第143話 白馬に乗った王子様
ちょ、ちょっと!
私まだ死にたくないんだけど!
「ガブリエル様、リモコンを返してください!」
必死になって取り返そうとするも、ガブリエルはガッチリとリモコンを掴んで離さない。
「邪魔するな! 大人しくしてろ!」
こっちのセリフですけどっ!?
ガブリエルと心中なんてまっぴらだよ!
「クリス様ー、たすけてえーーー! ガブリエルの気が狂いましたーーー!」
私は声を限りに、前方を飛ぶクリス様に助けを求めた。
だけど、お互いのトブーンがぶつからないようにと距離を取って飛んでいたことが災いして、クリス様の耳に私の声は届いていないようだ。
こうしている間にも、みんなのトブーンはぐんぐんと私たちから離れて行ってしまう。
「クリスさまーーー! おにいさまーーー!」
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
もうヤダこの人!
ガブリエルって、刃物やリモコンは持たせたらいけない種類の人だったんだ!
「ううっ……」
こんなところでこんな人と死ぬ羽目になるなんて……、涙が出てきた。
過去の楽しかった思い出が走馬灯のように頭をよぎるよ……。
お父様、お母様、先立つ不孝をお許しください……。
「こんな時に泣くな! あれを見ろ!」
……ん?
あれってどれ?
ガブリエルに言われて下を見てみると、なにやら追いかけっこをしている馬が見えるような……?
前を行く3頭の馬に乗っているのは、どう見ても怪しい風体の山賊風の男たちだ。
そして、それを追いかけるのは、白馬に乗った華麗な王子様……?
どういう組み合わせ!?
「あれは……」
「何かあったに違いない。行ってみよう」
うん、確かに怪しいし、何かあったに違いないと思わせる雰囲気が漂っています。
「よかった……。てっきりガブリエル様の頭がおかしくなったのかと……」
「失礼な奴だ! この俺の頭がおかしいわけがないだろう! まったく、どさくさに紛れて呼び捨てにしやがって」
えー、そうだったっけー?
ゴメンゴメンー。
「ごめんなさい。でも、訳があるなら説明してほしかったですわ。私、墜落して死ぬんじゃないかと怖かったんですからね!」
「フン! あの男どもの真上に追い付いたら俺の魔法で攻撃する。だから、トブーンはお前が操縦しろ」
はいはい、了解しましたよ。
悪いけど、私は攻撃魔法はアレなんで、1人で頑張ってくださいね。
援護は出来ないけど、心の中で応援しています。
「いくら怪しいといっても、いきなり殺さないでくださいね? まだあの人たちが何かしたと決まったわけじゃありませんから」
「ああ……、そう言われればそうだな」
殺す気だったんかい!?
この人怖いよ!
「瀕死の重傷を負わせるのも止めてください!」
「わかったよ。なるべく軽い傷で済ませる」
……うん、無傷で捕らえる選択肢はないんだね。
まあ、瀕死よりはマシだけどさ……。
「ガブリエル様、もうそろそろ真上です!」
「ーーリミテッド・ブリザード!」
ガブリエルが呪文を唱えたとたんに、男たちの頭上に灰色の雲がもくもくと現れ、ゴーッと激しい音を立てる猛吹雪が吹き荒れ始めた。
「うわっ、なんだ!」
「前が見えない!」
「凍える!」
おお、すごい!
直系10メートルほどの範囲をピンポイントで吹雪に出来るなんて、ガブリエルって器用なんだなあ。
ただのわがまま坊ちゃんだと思っていたけど、どうやら攻撃魔法は得意なようだ。
ヒヒーン!
ヒヒィーーーン!
ああっ、そう言えば、男たちを乗せている馬も被害にあってるじゃない!
たいへんだ、凍えて死んじゃうよ!
「ガブリエル様、これでは馬が死んでしまいます! もうちょっと違う魔法で捕まえてください!」
「なんだよ……。ーークラウド・バースト!」
ドッシャアアアアアアア!
うわあ……、冷え切ったところに豪雨ですか……。
ガブリエル、かなり相当えげつないけど、本当に殺意はないと思っていいんだよね……?
「ガブリエル様! もう馬の足も止まっています! 止めてあげてください!」
あの人たちが万が一無実だったらどうするのよ……。
「フン、手ごたえのない奴らだったな」
ガブリエルがめんどくさそうにパチンと指を鳴らすと、激しい雨を降らせていた雨雲は一瞬で掻き消えた。
吹雪と豪雨で体が冷え切ってしまったのか、馬も男たちもその場から動けずにいる。
お馬さんたち、ガタガタ震えててかわいそう……。
「ガブリエル様、トブーンを着地させますよ」
「ああ」
私たちがトブーンを着地させると、ちょうど白馬に乗った王子様(仮)が駆けつけてきて、私たちの傍で馬を止めた。
「どうどう! やあ、君たち。ずいぶんと派手にやったね。やっぱりこの男たちは何かやったのかい?」
「えっ!?」
癖のある長い金髪を後ろで1つに束ねた王子様(仮)が、美しい顔で私たちに問いかけてくるけど……。
私たち、王子様(仮)がこの人たちを追いかけているのを見て、何かあったんだと思ってっ!
まさか、通りすがりの無実の人をこんな目に合わせてしまったんじゃ……。
「この者たちは、遠目に私の姿を見つけたら急に方向を変えて駆け出してね。どこかで強盗でもやったかと思って追いかけてきたのだ」
確かにどう見ても怪しい見た目だし、行動も怪しいですもんね……。
何かやらかしててくれないと困るよ!
「ジャルディーニ先輩」
「うん……? おや、君はもしやガルコス君かい?」
王子様(仮)はガブリエルの姿を見つけて青い目を瞠った。
えっと、お2人は知り合いだったんですか?
ちょっと話が長くなるかもしれないから、とりあえず事情を聞くまで男たちに逃げられないようにトアミンで捕獲しておくか。
そぉーれ!
うん、ガチガチと歯を鳴らして、抵抗する気もないみたいだな。
「ええ、ガブリエル・ガルコスです。この辺りはジャルディーニ伯爵領でしたか。先輩はこんな人通りのないところで供も付けずに遠駆けを?」
「ははは。これでも魔法の腕も剣の腕もそれなりにあるつもりだよ。そちらの可愛らしいお嬢さんは君の婚約者かい?」
ふ、不吉なことを言わないでください……!
可愛いと言ってくれたことは嬉しいですけども!
「まさか。こいつは……ゴホン、こちらの令嬢は、マルチェリーナ・プリマヴェーラ嬢です。チェレスの妹ですよ。あー、マルチェリーナ嬢、こちらは、魔法学院で俺達の1年先輩だったオルランド・ジャルディーニ嬢だ」
はて?
嬢って何?
ガブリエルって紹介もろくに出来ないんだろうか……。
「ガブリエル様、ジャルディーニ嬢だなんて……」
「なんだよ?」
小声でそっと窘めるも、ガブリエルは何を注意されているのか分かっていない様子だ。
まったく、男の人に嬢はおかしいでしょって言ってんの!
「マルチェリーナ嬢、ガルコス君の紹介は間違ってはいないよ。私は未婚の女性だからね」
「えっ!?」
白馬に乗った王子様ではなく!?
白馬の隣に立つすらりとした長身のオルランド様は、服装が男性用だからか、はたまた帯剣しているせいか、どこからどう見ても美形な男の人だ。
それに、オルランドって男の人の名前じゃないの?
「ところで、その乗り物はプリマヴェーラ君から借りてきたのかい? 以前、彼が乗っているのを見かけたことがあるよ」
「ああ、これはマルチェリーナ嬢が魔法で出した乗り物なんですよ。チェレスも近くにいる筈です」
キリッとした顔も凛々しいけど、ほほ笑みを浮かべてガブリエルと会話するオルランド様も麗しいなぁ。
キャーッ、目の保養になるぅ~!
うっとりとオルランド様を眺めていた私は、どこからか聞こえて来た子どもの声で現実に引き戻された。
「う……、だれか……、たすけて……」




