第141話 ご当地グルメの旅
「クリス様とガブリエル様は好みが似ていらっしゃいますね」
私がそう言うと、クリス様は若干不服そうに眉を寄せた。
ぷぷ、ガブリエルと似てるって言われたくないんだ。
「いちごを嫌いな人間の方が珍しいじゃないか」
「あの魔法はいい。美味いいちごを育てるのに役立つ」
は?
ガブリエル、急に何言い出したの?
「おいおい、ガブリエル。僕のカレンをいいようにこき使ったら許さないからね? カレン、ガブリエルの言う事なんて無視するんだよ」
すかさずお兄様がぴしゃりとガブリエルの圧力を撥ねつけた。
「ふふっ。でも、美味しいいちごは私も食べたいです。チェリーナの考えた新しいお菓子に役立つなら、私も協力いたしますわ」
「ほら見ろ! チェレスはケチケチするな」
フフンと勝ち誇った顔のガブリエルが憎たらしい。
まったく、こんなことくらいで勝った気になれるなんて小学生か。
「カレンがそう言うならいいけど。僕も食べてみたいしね」
「チェリーナ、私もその新しいお菓子を食べたいわ。それに、今日作ったパン代わりの生地を見ていたら、うちの領の魚介のチーズ焼きを思い出したの。今度の休みにでも、またみんなで集まって試食会をしましょうよ」
お兄様もルイーザも結構乗り気みたいだね。
いちごのミルフィーユとピザでプチパーティかぁ。
うん、いいかもしれない!
「でも王都の魚介類はちょっとなあ……。王都の魚は川魚だからな。やっぱりポルトの町の魚とは全然違うんだよ」
ジュリオが急に魚介類へのこだわりを見せる。
え、ジュリオってそんなに食べ物にこだわるタイプだったの?
「へえー、ジュリオ様は魚介類がお好きなんですか?」
「まあ、小さい頃から食べているしな。それに、いずれはルイーザと俺がアゴスト伯爵領を継ぐことになるんだから、やっぱり地元の料理には愛着を感じるよ」
ふうん、そんなもんなのかぁ。
私は特にプリマヴェーラの料理に愛着はないけど……。
あ、前世の料理には愛着があったわ!
「せっかくなら、美味しいものを食べたいですよね。そうだ! みんなで、ポルトの町へ遊びに行きませんか? トブーンで行けば、1泊2日あれば十分遊べますよ」
夜はルイーザのところに泊めてもらえばいいし!
「1泊2日って、まさかアゴスト伯爵家に泊めてもらうつもり? チェリーナ、自分の家に招待するんじゃないのに勝手なことを言ったらダメだよ。この人数で押しかけたらアゴスト伯爵に迷惑だろう?」
お兄様に言われて気付いたけど、確かに10人はちょっと多すぎるかもしれない。
じゃあ、ガブリエルは留守番……?
かわいそう……。
「あら、チェレス様。うちなら大歓迎ですわ。両親も妹達も、チェリーナはいつ遊びに来てくれるのかしらと楽しみにしているんです」
ほらっ!
ルイーザもこう言ってるじゃない!
いつでも遊びに来てねっていつも言われてるんだから。
「それならいいけど。じゃあお言葉に甘えて、みんなでお邪魔しようか?」
わあい!
みんなで旅行だ、嬉しいな!
「せっかくですが、僕とラヴィエータは、プリマヴェーラに帰って僕の家に婚約の報告をしようと思っているんです。また次の機会に誘ってください」
「私もパーティ準備の忙しさにかまけてしばらく婚約者に会ってなかったので、久しぶりに会いに行くつもりなんですよ。ですので、今回は遠慮します」
アルフォンソとラヴィエータ、そしてファエロが不参加を表明してきた。
これでガブリエルが行かなければ6人か。
6人ならトブーン3機でちょうどいいね。
「俺は行く」
あ、ガブリエルは行くの……?
この人、1人でトブーンに乗れるのかな。
勝手な行動しないか激しく心配なんだけど。
「では7人ですね。家にはハヤメールで連絡しておきますわ」
アゴスト伯爵家の人たちはこの前のパーティには来てなかったから、久しぶりに家族に会えるルイーザは嬉しそうだ。
ほらー、やっぱりいい考えだったじゃない!
そして、楽しみにしていた週末がやってきた。
私たちは早起きして朝食を済ませると、30分後に校庭の片隅に集合ということで待ち合わせをした。
まだ姿を見せていないのはガブリエルだけだ。
もういつでも行けるのに……、なんでガブリエル待ちなの……。
ヤツには団体行動なんて無理そうだし、やっぱり置いてくべきなんじゃないかな。
「ガブリエル様、遅いですね。もう置いていきましょうか」
「さすがに置いて行くのはかわいそうだよ。もうちょっと待ってみよう。食堂には来てたんだから、きっともうすぐ来るよ」
お兄様がそういうならもう少しだけ待つけど。
まったく、着ていく服を悩んでるんじゃないだろうね……。
「あっ、来た来た! おーい、ガブリエル! こっちだ!」
遠くにガブリエルの姿を見つけたジュリオが声を張り上げた。
やっとお出ましかい……。
「えっ!?」
「あら……」
「あれはいったい……」
遅れて登場したガブリエルの姿に、私たちは絶句した。
「待たせたな」
「ちょっと、その荷物は何なんですか!? トブーンにはそんなに載せられませんよ!?」
ガブリエルは、まるで山登りにでも行くような大きな荷物を背負って現れたのだ。
「なんとか積み込んでくれよ。どれも必要なものばかりで置いていけない」
必要なものって、何を持ってきたのよ!?
「何が入ってるんですか?」
「道中食べるおやつ」
はあっ?
そんな山になるほどおやつ持ってくるって気は確かなの?
遠足のおやつは300円までって相場が決まってるでしょーが!
おまけして、バナナはおやつに含めなくていいけど!
「それと、着替えを2組。万が一野宿することになった時のための毛布と、念のために食料も持ってきたぞ」
ガブリエル……、今からわざと遭難するつもりじゃないだろうね……。
「そういえば、ガブリエルはまだトブーンに乗ったことがなかったっけ」
お兄様は困り顔でガブリエルの背中の荷物を眺めている。
「馬車より早いとは聞いている」
乗ったことがないどころか、見たことすらなかったようだ。
お兄様とクリス様は、ほぼ毎週うちに帰ってきてたもんね。
「ガブリエルの家族は王都住まいだし、一緒に遠出する機会がなかったから仕方がないか……。トブーンは、大人が2人座ったらもう一杯なんだよ。それに、そんな大荷物を背負ったままじゃトブーンには座れない」
「えっ、そうなのか?」
「ガブリエルは1人では乗せられないな。どうしようか……。トブーンを操縦できるのは、僕とチェリーナとクリス様か」
お兄様はあごに手を当てて、トブーンに乗る組み合わせを考えているようだ。
ここに来て問題発生とは……。
もっと早く気付いていれば、放課後にでも特訓させたのにな。
「俺は前にチェレスのトブーンで実家に送ってもらったことがあるし、少し操縦もさせてもらった。簡単だったから俺もできると思うよ」
「じゃあ、ジュリオを入れて4人か。悪いけど、クリス様とチェリーナは別々に乗ってもらうしかないね」
お兄様の言葉に、クリス様は頷いた。
「仕方がないな。じゃあ、ガブリエルは俺の隣に乗れ」
「男2人じゃ狭い」
ガブリエルは、シレッとした顔でクリス様の申し出を拒絶した。
こ、こいつ……。
誰のせいでこうなってるのか分かってないの!?
とんでもないわがまま坊ちゃんだ。
「わがままを言うなよ」
「わがままではない。男2人では物理的に狭いと言っているだけだ。男女の組み合わせのほうが限られたスペースを有効利用できる」
それはそうかもしれないけど!
でもさあ、もっとこうさあ、自分のせいで迷惑かけてすみませんって気持ちを持てないものなの!?
「それじゃあ、チェリーナの隣に座る選択肢しかないじゃないか」
「不本意だが、そうなるな」
ふふふ、不本意だとぅ!?
こっちのセリフだよ!