第14話 アルベルティーニ商会の兄妹
ひとしきりお父様と遊んだ後、私たちはアルベルティーニ商会へと向かっていた。
うちの屋敷からアルベルティーニ商会までは、歩いて10分くらい。
アルベルティーニ商会は領都マヴェーラで一番大きな商会で、いつもたくさんのお客さんたちで賑わっている。
マヴェーラの街はあまり大きくはないけど、うちの領では一番の都会だ。
大通りの両側には、大小様々な商店や宿、食堂や酒場などが軒を連ねている。
それにマヴェーラの街には学校もあるよ!
私も10歳になったらそこの学校に通うつもり。
貴族の子どもは家庭教師に勉強を教わるのが普通みたいだけど、うちのお父様は私たちの好きなようにさせてくれる。
というわけで、私たちは一人ぼっちでお勉強するより、友達と勉強することを選びました!
「アルフォンソー! アルベルトー! あーそーびーまーしょー!」
私はアルベルティーニ商会に着くと、いつものように大声でアルフォンソたちを呼んだ。
「あらっ、まあまあ! マルチェリーナ様! お元気になられたのですね、よかったですわ。子どもたちもとても心配していたんですよ」
アルフォンソたちのお母さんのナタリアさんが出迎えてくれて、私の病気がよくなったことを喜んでくれた。
「チェリーナー!」
「チェリーナ! 元気になったの?」
私の声が聞こえたアルベルトとアルフォンソが、2階から駆け下りてバタバタと店先に走り出てきた。
「しんぱいかけてごめんね! もう、このとおり元気だよ。久しぶりにピクニックにいこうと思って、おやつもってきた!」
「わあ! ピクニック行こう!」
7歳のアルベルトは、ぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいた。
アルベルトが跳ぶごとに、ふわふわのくせっ毛も一緒に弾んでいる。
ここの兄弟は二人とも明るい茶色のくせっ毛で、エメラルドみたいな緑色の目をしているのだ。
「あれ? この子はどこの子?」
9歳にしては大人びているアルフォンソは、目ざとくクリス様の存在に気付いた。
「ああ、クリス様はお父様の知り合いの子だよ。病気が流行ってるからうちで預ってるんだ。王都から来たんだよ」
お兄様が説明すると、王都と聞いたアルフォンソたちは目を輝かせた。
「王都! すごいなあ、王都ってどんなところなんだろう? お城があるんでしょう?」
「城というより、宮殿だがな」
「お城ときゅうでんはちがうの?」
アルベルトが首を傾げる。
そういえば、私も違いがわからない。
クリス様、お城と宮殿は違うの?
期待の眼差しを向けられたクリス様は、たじろぎながらも端的に説明してくれた。
「城には戦争など有事の際に防衛拠点となる役割がある。宮殿は王族が居住する屋敷のことだ」
へえー!
そうなんだあ。
気が付くと、私たちだけじゃなくて、話が聞こえていたらしい大人たちも感心したような顔をしていた。
「さあ、ピクニックに行こう。いつまでも店先にいたら邪魔になっちゃうよ」
お兄様に促されて、私たちは野原を目指して外へ出た。
私たちがお店で遊んでいたら商売の邪魔になるので、いつも野原や川などで遊ぶことが多い。
「ねえ……、へんなおじさんが付いてくるよ?」
アルベルトが後ろを振り返りながら心配そうに小声で言った。
「へんなおじさん?」
どれどれ。
あ、本当だ、確かに二人のおじさんが付いてきています。
アルベルトの声が聞こえたのか、へんなおじさん呼ばわりされた二人は苦笑いしている。
「あの二人は俺の護衛だ。離れているから心配しなくていい。」
「ええー! 二人も護衛がいるなんてクリス様は大貴族のお子さまなのですか?」
アルフォンソはだいぶ気を使っているらしく、丁寧な口調でクリス様に話しかけた。
「……まあな。でも敬語は使わなくていいぞ。普通に話せ」
「は、はい……」
アルフォンソは、それでいいのと問うようにお兄様を見た。
お兄様は、笑顔で頷いている。
「今日は、クリス様がアルフォンソたちと遊びたいっていうから一緒に来たんだよ」
「なっ! ちがっ……!」
クリス様は不本意そうな声をあげた。
「そうなんだ! 今日は何して遊ぼうか?」
アルフォンソはにこりと笑ってクリス様に問いかけた。
「チェリーナの魔法であそびたいー! いろいろできるようになったんだよ!」
私はすかさず魔法が使えるようになったことをアピールした。
「えっ、チェリーナ、魔法使えるようになったの?」
ふふふ。
びっくりした?
私、大魔法使いになったんだよ!
「そうだよ! 魔法のおやつをたべたら、トアミンで魚をとりたいな!」
「とあみんってなに?」
耳慣れない言葉にアルベルトが首を傾げる。
「魚をとるあみのなまえだよ!」
「えっ、トアミンは魚を取る網だったの!? 盗賊を捕獲するための網じゃなくて?」
お兄様、細かいことは気にしないで!
逃げようとするものを捕まえるための網なんですよ。
対象となるものが魚であっても人であっても、そこは何でもいいんです。
「もともとは魚をとろうとおもって出しましたが、お役にたってよかったです」
「そうだったんだ……、チェリーナの発想は斬新だなあ。魚と盗賊が一緒なんてさ」
褒められたけど、私はまだまだ満足してないよ!
「おにいさま、チェリーナはつねに考えているのです。戦いにやくだつようなすごいなにかを出せないかと!」
「えっ、戦いに役立つすごい何かがトアミン……!? たしかに、役にはたったけど……」
「いいえ、チェリーナのちょうせんははじまったばかりなのです。ですから、いい考えがあればぜひ、チェリーナにお知らせください!」
私はこぶしを振り上げて力説した。
今回みたいに何かあった時に、指をくわえて見ているだけなんて嫌だよ。
せっかくの魔法なんだから、有効利用してみんなを守りたい!
「……へえ。お前もいろいろ考えてるんだな……」
「もちろんです!」
「あの、ハヤメールは人を運べるようにはならないのか? 上から捜索したり攻撃したりできれば、戦う上でかなり有利になる筈だ」
クリス様はそう言うけど、それは私もわかってるんだよね。
なにしろ、私本人を運ぶつもりで出したんだもん。
ハヤメールを拡大して出せば、重量のあるものでも運べるようになるかな?
いや、それよりプロペラの数を増やしてみる?
そうだ!
テレビで見たドローンには4つのプロペラが付いていた。
数百キロの重さのものを運べるドローンを、新発売だか開発中だかっていうニュースを見た気がするよ。
あれを参考にしてみよう!
よーし、家に帰ったら早速チャレンジだ。
でも今は遊びに来てるから遊ぶけどね!
「クリス様、ハヤメールをかいりょうできるか、やってみます!」
「そうか」
「チェリーナ、はやめーるって何なの?」
またもや飛び出した耳慣れない言葉に、アルベルトはこてんと首を傾けた。
「チェリーナが考えたおてがみをはこぶ魔法具だよ! 空をびゅーんて、馬よりもはやくとどくんだよ!」
「へえー! チェリーナはすごいなあ。ぼくも病気になったら魔法をつかえるようになるの?」
いや、ならんと思うよ?
しかし、そんなキラキラの目で見つめられたら本当のことを言うのも憚られる。
「病気にかかると魔法を使えるようになるわけじゃないぞ。元々の素質が全てだ」
うん、クリス様は幼い子の夢を切って捨てることも気にならないようだ。
私は目に見えてしょんぼりしてしまったアルベルトを慰めるように手を繋ぐと、目的地までかけっこをしようと提案した。
「みんな、小川のところまできょうそうだよ! 一番はやかった人にはチェリーナのとっておきのおやつをあげる!」
わっと歓声をあげて、みんな一斉に走り出した。
クリス様も目的地がわからないながらも、みんなが目指す方向に走っている。
ふふ、みんな子どもだな。
一番にならなくたっておやつはちゃんとあげるからね!