第139話 料理は命がけ
どうやらアルフォンソのお眼鏡にかなう話だったらしく、真剣な顔でうんうんと相槌を打っている。
「なるほど。今回の商品に出来るかどうかは置いといて、それも試作してみてもいいかもね。それで、さっきの質問に戻るけど、パンを買うんじゃなくて手作り出来ないかな? なるべく安く済ませたいんだよ。
パーティの前に、王宮料理長のゼイラムさんが大量に作れる肉料理を考えただろう? あれなら肉の安い部位を使えるし、調理は事前に孤児院でやればいい。それに、パンに挟めば手も汚れないから、手軽に食べられる昼食として人気がでると思うんだ」
ああ、パンってそういう話だったの!?
やっと意味がわかったよ!
そういうことなら私に考えがあります!
「それはいい考えね! パンではないけれど、小麦粉を水で溶いて、鉄板に丸く薄く伸ばして焼くのはどうかしら? そこに、お肉や野菜を乗せて、焼けた生地を三角に畳んで食べるの。生地を作る時に卵と牛乳を混ぜて、焼けたらカスタードクリームや果物を挟むと甘いお菓子にもなるのよ」
お肉の方は、トルティーヤ的なプレーンな生地で包めば安く作れる。
クレープの方は卵や牛乳が必要になるけど、ジャムか蜂蜜を薄く塗って、あとは果物の甘さでごまかせば少しは安くできるかも……?
「へえー、面白いね。でもその案だと、子ども達がその場で調理しないといけなくなるな」
はっ、そうだった!
調理不要なものを考えてるんだったね……。
「あの! 私、毎日食事の支度を手伝っているので、簡単なお料理なら出来ます」
先日屋台で見かけた最年長女子のベスは、一大決心したような面持ちで一歩前に進み出ると、料理が出来ることを自己申告してきた。
おおっ、まだ11歳で料理が出来るとは将来有望なステキ女子だな!
「でもなあ、屋台で調理するとなると、炭火を扱うことになるからね。やっぱり子どもだけでは危険じゃないかな」
アルフォンソはベスの提案にあまり乗り気ではないようで、渋い顔をしている。
普通の屋台では炭を使って調理してるのか。
確かに、人の多い場所で火の不始末があったら大変だ。
消火用に火消しくんスーパーを持たせてもいいけど、使うたびにびしょ濡れになったら翌日の営業に支障が出るしなぁ。
「うーん。何か、安全な調理器具があればいいのよね……」
「チェリーナ?」
そうだっ、ホットプレートなら火を使わない!
前世で見たクレープの屋台では、丸い大きなホットプレートで生地を焼いていたっけ。
丸は描くのが難しいから、形は長方形で代用して。
半分のスペースでトルティーヤ生地を焼きつつ、もう半分を有効利用してお肉の温め直しも出来る。
……うん、いいかもしれない!
私は頭の中でホットプレートをイメージすると、ペンタブにささっと絵を描き込んだ。
「ーーポチッとな! みんな、これでお料理を作れば安全よ!」
何もないところから、いきなりテーブルの上に大きなホットプレートが出てきたことに驚いた子ども達が、オオーッと声をあげた。
ふふふ、驚いたでしょ?
性能もすごいんだから!
「チェリーナ、これは何? ただの鉄板みたいだけど……」
アルフォンソはホットプレートを手に取って、ひっくり返しながら怪訝そうに言った。
ただの鉄板じゃありません。
今から使い方を説明するからよく聞いててね!
私はアルフォンソからホットプレートを取り返すと、使いやすいようにテーブルの端のほうへ設置した。
「これは火を使わなくても料理を作れる魔法具よ。枠に付いているこの赤いボタンを押すと熱くなって、かまどと同じように使えるの。使い終わったらこっちの青いボタンを押すと熱が消えるわ」
火を使わない調理器具を思い付くなんて、我ながらエクセレントなアイデアだ!
私はみんなに説明しながら、エヘンと胸を反らした。
「わあ!」
「すごい!」
「ぼく、ボタンおしてみたい!」
うんうん、使ってみたいよね!
「じゃあ、実際に何か作ってみましょう。誰でも簡単に使えるのよ。ララ先生、小麦粉を水で溶いて持ってきてくれませんか?」
「はいっ、すぐにご用意いたします!」
キラキラした目の子ども達に負けないくらい目を輝かせたララ先生は、小走りで部屋を出て行った。
ほどなく、ボウルや水の入ったピッチャー、お皿や調理用品などを両手に抱えたララ先生が戻って来た。
「お待たせしました。あのー、お水はどれくらい入れたらいいでしょうか? 量がわからなかったので、別々に持ってきました」
え……、またもや水の量が問題に……。
パスタ作りでも水の量が原因で料理の手が止まったよね。
水ってそんなに重要なのかな。
もし多く入れ過ぎたら蒸発させればよくない?
目分量でどうにかなりませんかね?
「ラヴィエータ。水の量は、あなたにお任せするわ」
困ったときのラヴィエータ頼み!
この前のパスタよりは多めの水でいいからね。
あんまりシャバシャバでも、もんじゃ焼きみたいに固まらなくなっちゃうかもしれないから、適量の見極めをお願いします!
「はい……。後から調節できるように少し固めに溶いておきましょうか」
ラヴィエータは苦笑いしながらそう言って、手早く水を入れて生地の準備をしてくれた。
「そうね、それがいいと思うわ! じゃあ、焼くのは私がやってみるわね! よーし、赤いボタンを押すわよー。みんな、鉄板は熱くなるから触ったらダメよ!」
ラヴィエータに丸投げじゃ申し訳ないし、私も少しは貢献するからね!
「もう熱くなったかしら? どれどれ……」
私は温度を確かめようとホットプレートに手を伸ばした。
「あっ、マルチェリーナ様! 触ったらーー」
「ふぎゃあ! あっちぃーーーッ!」
指先で軽くホットプレートに触れて見たら、思った以上に熱くなってる!
急いで手を引っ込めるも、すでに指先が痛いー!
「チェリーナ!」
「すぐに水で冷やすんだ!」
「自分で触るなって言っておいて、間髪入れずに触るか……?」
私の不注意のせいで、周りが一気に騒然としてしまう。
確かに自業自得だけど、ガブリエルはまずは私の心配してよね!
「マルチェリーナ様、手を見せてください」
落ち着いた様子でそう声をかけるラヴィエータに、私は涙目になりながら手を差し出した。
うう……、ヒリヒリするよ……。
「いたいー! うう、いたっ……くない? あらっ、痛くないわ!」
私の指先に手をかざしたラヴィエータがニコリと微笑んだ。
「よかった。これくらいなら私の魔法で治せます」
そうか!
ラヴィエータは光魔法が使えるんだった!
「ありがとう! すごいわね!」
「そんな、私なんて。マルチェリーナ様の治癒の魔法具のほうが素晴らしいです。私は自分で自分を治すことは出来ませんから」
「あら、そうなの?」
「そうなんです。痛みがあると集中できなくなってしまって」
それはそうかもしれないな。
私もさっきは、とっさに治癒の魔法具を出そうなんて考えられなかったもんね。
「ふう……、それにしても、料理って命がけなのね。こんなに危険だとは思わなかったわ。よーし、気を取り直して焼くわよ!」
私は意気込んでテーブルの上のボウルを手に取ると、ホットプレートの上にボウルを傾けて少しずつ生地をたらしていった。
「おっとっと、……あ、あれ?」
想像してたよりちょっと広がり過ぎたかも。
あーあ、ホットプレートの端まで流れたせいで、丸じゃなくて四角っぽくなっちゃったよ。
ジュージューといい音を立てながら、だんだん流し込んだ生地のふちの部分が色づいてきた。
あっ!
そういえば、ひっくり返すものがない!
「どうやって裏返すのかしらっ!?」
フライ返しはどこッ!
「こちらをお使いください」
ララ先生がナイフのような形のフライ返しを手渡してくれた。
「ありがと……うッ!?」
さっそく生地の下にフライ返しを差し込んだところで、お礼も言い終わらないうちに無残にもボロッと破れてしまった。
こうしてる間にもどんどん生地は焼けて焦げ臭くなってくる。
「あ、あわわ」
ど、どうしよう!?
こんなに焦げたらもう食べられない!