第138話 屋台の商品
そしてララ先生は、玄関扉を押さえて私たちを室内に招き入れながら、廊下の奥の方へと声をかけた。
「院長先生、院長先生! 魔法学院の生徒さんたちが慰問に来てくださいましたよ! 先日、屋台を寄付してくださった方々です」
すぐに奥の部屋から院長先生や他の先生たちが現れ、子ども達に囲まれた私たちを見つけると笑顔になった。
「おお! これはこれは、ようこそお越しくださいました。私は教会とこの孤児院を任されております、トマス神父と申します。こちらは孤児院の手伝いをしてくれているジェンとエリザです」
トマス神父は50前くらいで、ジェン先生は30代、エリザ先生は20代くらいに見える。
裕福ではないにしろ、孤児院の関係者はみんなニコニコと優しそうで、子ども達が虐待されている心配はなさそうだ。
「こんにちは! 私たちは、匿名希望の学生たちよ。子ども達の屋台営業を立て直すために来たの」
「と、匿名希望……?」
「そうなの! こういう時は名前を明かさずにババンと助けるものでしょう?」
それとも、なんとかマスク的な仮名をつけた方がいいのかな?
「しかしその赤毛はプリマヴェーラ辺境伯様のお子様方では……? お二人とも魔法学院に通われていると聞いています」
小柄なトマス神父は、背の高いお兄様をのけぞるようにして見上げながら、躊躇いがちに私に尋ねた。
……特徴がありすぎるお兄様のせいで、早々に私たちの正体がバレています。
「ええまあ、私たち兄妹はいいのですが、この中に身分の高い方がいらっしゃいますので、ここは匿名ということにしておいてください」
お兄様がそういうと、トマス神父は納得したように頷いた。
「なるほど、そういうことでしたか。匿名の篤志家の皆さまですね、承知いたしました」
トマス神父は恭しく私たちに向かって一礼した。
別にクリス様のためとは考えてなかったけど、納得してくれたならまあいいか。
「それでね、子ども達が売る商品なのだけれど、甘いものはどうかしら? ケーキなら、孤児院で作っていけば、あとは広場で売るだけで済むでしょう? その場で作るのは、子どもには難しいものね」
どう?
私の練りに練られたアイデアは。
さあどうぞ感心してください!
「「「「……」」」」
あれ?
反応なし?
よく聞こえなかったのかな?
しかたがない、もう一回言ってみるか。
「みんな甘いものは好きでしょう?」
「「「「……」」」」
え……、なんでシーンとするの?
周りで成り行きを見守っている子ども達まで、まったくはしゃぐ様子がないんだけど。
「どうかしたの?」
「チェリーナ。商品を作るためには元手がかかることは分かるよね? 孤児院が無理なく用意できる材料で、いかに沢山の人に買ってもらえるかを考えて商品にしないと」
アルフォンソがたしなめるような口調で話してるけど……。
ごめん、なにが問題なのかよくわからないよ。
ケーキって小麦粉と卵とバターと砂糖が主な材料じゃない?
あとは、デコレーション用のフルーツとか?
……この中に、無理しないと用意できないものがあるんだろうか。
「アルフォンソ、どういう意味なの? お店に売っている材料で作れるでしょう? あっ、作り方が難しい?」
「チェリーナ、砂糖はとても高価なんだ。砂糖を使うケーキなんて、屋台で売るような値段では作れないよ。果物のジャムだと1瓶で銀貨1枚と銅貨を数枚位だけど、同じ量の砂糖だと銀貨3枚位はするからね」
アルフォンソは小さな子どもに言い聞かせるような口調で説明してくれた。
「えっ?」
「え?」
「ええっ!?」
私ももちろんびっくりしたけど、どうやら私以外のみんなも知らなかったようで、えっの輪唱になってしまった。
ジャム1瓶は200g位だ。
それで千数百円とは、結構高かったんだな。
それが砂糖だけになると三千円。
え、200gで三千円もするの!?
高っか!
私たちが小さい頃から甘いお菓子を食べ慣れているのは、恵まれた家に生まれたからだったということ……?
「マルチェリーナ様、砂糖よりは蜂蜜の方が安価ですよ。砂糖の代わりに蜂蜜を使ってもケーキは作れます。ただ、砂糖より安いとはいえ、やはりそれなりのお値段はしますが……」
さすがに街で暮らしていただけあって、ラヴィエータは砂糖が高価なものだと知っていたらしい。
なんてこった。
私のアイデア、まったく役に立たないじゃん!
「そうだったの……、知らなかったわ」
「残念だけど、甘いもの以外で考えた方がいいと思うよ」
そっか、そうだよね……。
甘いものが好きなクリス様を横目で見ると、新しいいちごのお菓子を期待していたのかガッカリした様子だ。
「ちなみに、今は何を売っているの?」
「おちゃだよ」
「え、お茶? それだけなの?」
それは……。
売れるのかい……?
「他にしょうひんになるものを買えないから……。でも、ひろばに持って行くまでにおちゃがさめちゃうから、ちっとも売れなくて……」
魔法学院で売っていた時はお茶が冷めない距離だったけど、広場まではだいぶ遠い。
冷めたお茶にわざわざお金を払うお客さんを見つけるのは至難の業なのだろう。
「わかったわ、じゃあ急いで別の案を考えるわね。いくらでも考えつくから心配ご無用よ!」
それならさ、ジューススタンド的なやつがいいんじゃない?
ジュースなら絞ればいいから調理不要だし、冷たくても問題ないし。
いや待てよ……、まさかフルーツも高いとか言わないよね?
あ、あれ?
私、結構庶民派お嬢様だと思ってたんだけどな。
前世ではバリバリの庶民だったのにおかしいな、こっちの世界で15年お嬢様やってたから感覚が鈍ったのかもしれない。
どうしよう、いくらでも考えつくって言っちゃったのに、自分の感覚に自信がなくなってきたよ……。
うーん……、お金がかからなくて、売れるもの。
めっちゃ難しいよね!?
うーん、うーん、うーん……。
「ううーん」
「ーーリーナ、ぱんつくれるかな?」
はっ!?
パンツくれるかな?
なにそれどういう質問!?
そいつはセクシャルなハラスメントですよ、大問題発言ですよ!
「あげないわよ! なにを言っているの、アルフォンソ!」
「えっ、あげないわよって何? チェリーナ、答えになってないよ」
あれ!?
おかしいな。
「パンツくれるかな、って言った?」
「パン作れるかな、って言った」
おや、イントネーションが違うようだぞ………?
ももも、もしかしてパン!?
パンなの?
紛らわしいわ!
……だがしかし、まだ今なら誤魔化せる!
「ゴホン! 揚げパンは作らないという意味よ。揚げ物は小さい子には危険ですからね」
「揚げパン? パンを油で揚げるの? パンは焼いて作るんじゃないの?」
ほっ、しめしめ話が逸れたぞ。
「アルフォンソ、誤魔化されるなよ」
クリス様、突っ込まないでください!
「チェリーナが聞き間違いを誤魔化そうとしているのはわかっていますが、揚げパンなんて聞いたことがないので興味があるんですよ。売れる商品になるかもしれませんし」
……どうやら全然誤魔化せてなかったようです。
「オホホ……。ええと、パン種を油で揚げても美味しいのよ。オーブンで焼くより短時間で出来るし、揚げたパンに砂糖をまぶすとお菓子みたいになるの。ーーそうだわ、砂糖が高いなら、蜂蜜を水で薄めて、揚げたパンに刷毛で塗ってもいいかもしれないわ」
蜂蜜は砂糖よりも甘みが強いって聞いたことがあるし、ドーナツでも甘いシロップがかかったやつがあった気がする。
水で薄めれば、その分安くあげられるよ!
水はタダだし!