第136話 通りすがりの広場で
ガブリエルの終わりの見えない希望を聞きながら、わいわいと楽しく時を過ごしているうちに、あっという間に夕方になってしまった。
ずいぶん長居をしちゃったな。
「そろそろ帰ろうか。もうすぐ門が閉まる時間だ」
「そうですね。もうこれ以上食べられません」
クリス様はテーブルの上に置かれていたベルを手に取ると、チリンチリンと鳴らして合図を送った。
ほどなく、音に気付いた給仕が顔を出した。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、会計と、貸し馬車の手配を頼む」
「承知いたしました。すぐにご用意いたします」
タクシーと違って流しの馬車なんて走ってないからね。
それにしても、プリマヴェーラにいた時とは違って、王都では自由にトブーンを乗り回せないから不便だな。
「ん? あれは……」
店を後にしてほんの少し馬車を走らせたところで、クリス様が何かに気付いたような声をあげた。
「どうしたんですか?」
「あれは、お前の屋台じゃないか?」
そう言われてクリス様の方に身を乗り出して窓の外に目を凝らすと、広場の中に一際目立つ屋台があるのが見えた。
あっ、そうそう!
あれはどう見ても私の屋台だね!
いやあ、真っ赤な屋根の屋台って遠くからでもずいぶん目立つなァ。
「そうですね。何を売っているのかしら?」
「それより、何となく揉めてる雰囲気じゃないか? 荒っぽい男が子ども達の前に立ちはだかっているようだが」
なぬ!?
たたたた、たいへんだ!
おまわりさーんっ、アイツです!
「止めて! 馬車を止めてくださいッ!」
私は御者席がある方の壁をゴンゴンと叩きながら声を張り上げた。
「どうどう!」
声が聞こえたらしい御者は、すぐに道の端に馬車を寄せてくれた。
「ありがとう! クリス様、私ちょっと行ってきます! コリャーーーーーッ、なにをやっとるかー!」
私は御者へのお礼もそこそこに、広場に向かって一目散に走り出した。
はあはあはあ……!
け、結構遠いし、食べ過ぎたせいでおなかが重い……ッ!
「お前、相変わらず足が遅いな」
「ク、クリス様! はあっ……、危険ですからっ、馬車で、待っていてくださいっ、……はあっ」
「馬鹿だな。危険だから来たんだろ。チェレスもいるぞ」
あれ、お兄様、いたんだ?
ちょっと……、止まって話をしよう……。
「まったく。次から次へと」
「はあはあ……。お兄様、私のせいじゃ、ありませんからね! 悪者から、子どもを、助けるのは、大人の使命です!」
知ってる子が悪者に絡まれてるのに、見て見ぬふりなんて出来ないよ。
「それはそうだけど。じゃあ僕が話をつけてくるから、チェリーナとクリス様は馬車に戻っててよ」
「でもっ! お兄様じゃ言い負かされるかもしれませんし! ここは私が冷静かつ穏便に、そして迅速に解決します!」
どう考えても私のほうが上手く取り成せると思う!
「……」
「……」
あれ?
返事がないな。
「どうしたんですか?」
「チェリーナはいつも根拠のない自信に満ち溢れてて羨ましいな」
褒められた?
でもなんでうんざりした顔なのかな?
「エヘ、そうですか?」
「とにかく、僕たちも一緒に行くから。お金で解決せざるを得ないかもしれないだろ?」
「なるほど! よく分かりました」
そうかそうか、お金に物を言わせる作戦ですか。
それならお兄様のお財布も必要ですね!
そうと決まれば、もうひとっ走りがんばりますよ。
うおおおおりゃーーー!
「待て待てえーい! 話は聞かせてもらったッ!」
私は男と子ども達の間にズサッと走りこんだ。
「な、なんだっ!?」
顔に大きな傷のある男は、私の華麗な登場に驚いて一歩後ずさった。
「はあっ、はあっ、はあっ……! は、話はっ!」
うう、息が切れる……!
運動不足かな。
「大丈夫かい? ちょっと落ち着きな。そんなに息せき切って何かあったのか?」
あれっ、この人顔に似合わずいい人じゃない?
荒っぽい男はどこ?
「ふうー……、もう大丈夫です。馬車の中から子ども達が見えて。ちょっと揉めているように見えたので、こうして急いで来たのですが……」
馬車から見えた人ってこの人でいいんだよね?
「いや、揉めてるわけじゃねえがよ」
「えっ、揉めてるわけじゃないけど何なんですか? やっぱりあなた子ども達に何かしようとしてたんですか!」
やっぱりこの人で間違いないらしい!
「お、おねえちゃん! ちがうよ、この人はわるくないんだ。わるいのは、ぼくたちのほう……」
この前のパーティで会った男の子が、私のスカートを引っ張りながら割って入った。
「えっ!? どういうことなの?」
「さっき、話は聞かせてもらったって言ってなかったか?」
え、私そんなこと言った?
ぜんぜん聞いてなかったから最初から話してよ!
「妹が失礼しました。代わりに僕がお話を伺います」
男の背後からお兄様が声をかける。
その声に気付いて振り向いた男は、目の前にあったお兄様の胸から徐々に視線をあげ、お兄様の顔を見ると驚愕に目を見開いた。
「チェ、チェーザレ様っ!?」
え、お父様を知っているの?
「えっ?」
「いや、それにしちゃ若いな。もしかして、チェレスティーノ様ですかい?」
「ええ、そうですが」
お兄様も目をぱちくりさせている。
「そうすると、こっちの威勢のいい嬢ちゃんはマルチェリーナ様! いやはや大きくなったもんだ。あの小さかった坊ちゃんと嬢ちゃんがねえ」
「僕たちをご存知なのですか?」
「俺はリコといいますが、8年前までエスタの街で冒険者をやってたんですよ。怪我が元で冒険者を続けられなくなって、王都の実家へ戻ってきたんですがね。マヴェーラの街でお2人を見かけたことが何度かありましたよ」
「まあっ、そうなの!」
なんだか、急に親近感が湧いちゃうな!
リコって顔に似合わず可愛い名前だね。
「いや、懐かしいな。2人ともチェーザレ様によく似てなさる」
エヘへ、そうなの、私はよくお父様に似てるって言われます。
でもお兄様は、お父様と比べたらまだまだ筋肉が足りないと思うな。
お父様の筋肉は、イケメンゴリラの上を行く筋肉なんだから!
「それで、子ども達が悪いとはどういうことなんでしょうか? お力になれるかもしれませんので、僕たちに話してください」
「実は……、場所代のことなんですよ。広場で屋台を出すには決められた場所代を払う必要があるんですが、この子達の屋台は売上が芳しくなくて。場所代を払えないんですよ」
「まあっ!」
ま、まずい……。
この人全然悪くないのに、かなりケンカ腰で接してしまった。
「きのうもはらえなくて……。このおじさんがきのうの分のお金をかしてくれたんだ……」
えええええ!
めっちゃいい人やん!
素敵やん!
「そうだったの……。お兄様、支払いをお願いします。私がどんな物を売ったらいいか一緒に考えてあげなかったせいね。屋台をあげただけでほったらかしにしてしまった私が悪いわ」
気まぐれに施すだけで満足してはいけなかったのだ。
自立を支援しないと、真の助けにはならないのに……!
「リコさん、場所代はおいくらですか? 僕が2日分お支払いします」
「いいんですかい?」
リコは、無関係のお兄様からお金を受け取ることにためらいを見せた。
「いいんですよ。次に店を出す時は僕たちも商品を考えますので、これからも子ども達のことをよろしくお願いします」
「わかりました。じゃあ、1日につき銀貨3枚ですから、2日分で銀貨6枚になります」
「1日銀貨3枚ですか。それなら、次回分の場所代も前払いしておきます。そうすると銀貨9枚ですね。おつりは昨日立て替えてくれたお礼ですよ。とっておいてください」
お兄様はそう言って、リコの手に大銀貨を1枚乗せた。
銀貨3枚というと、3,000円くらいか……。
別に法外な値段でも何でもない。
それが払えないなんて、いったい子ども達は何を売っていたんだろう?