第133話 お祝いの歌
私からの個人的なお祝いは後で考えるとして、せっかくパヴァロ君がいるんだし。
「そうだわ! パヴァロ君、ここで一曲披露してくれない? 2人への婚約祝いということでどうかしら?」
「えっ、ここでですかっ!? し、しかし、ここは料理店ですし……。それに、みなさんまだ料理の注文もしていないのでは?」
「料理なら店のおすすめを持ってきてくれるよう頼んであるぞ。ここなら個室だし、他の客に迷惑ということもないだろう」
おお、クリス様、いつの間に注文したの?
もてなされて当たり前みたいな顔してるけど、ホスト役をやっても結構ソツがないんだな。
「あああ、あの! お祝いの歌ということでしたら、マリアと2人で歌わせていただいてもよろしいでしょうか? ちょうどいい歌があるのです」
「ええっ、私も歌うの?」
急に話を振られたマリアが驚いている。
パヴァロ君、なんなら私が一緒に歌ってあげてもいいよ?
「頼むよ、マリア! 1人でなんて緊張して無理だよ……!」
パヴァロ君は必死にマリアに頼み込んでいる。
あの、私もいるよ?
「わかったわ……。あの歌でいいのね?」
「うん」
2人は喉の調子を整えるようにンンッと咳ばらいすると、本日の主役であるアルフォンソとラヴィエータの方に向き直った。
「それでは、僭越ながら、私たちの歌でお2人のご婚約をお祝いさせていただきたいと思います」
そしてパヴァロ君はすうっと大きく息を吸い込むと、ゆっくりと歌い始めた。
~何も持っていない僕だけど、君を諦めることだけは出来そうにない
僕は君にふさわしいだろうか
迷いながら辿り着いた、本当の愛に
僕の歌を君に贈るよ
心からの愛をこめて~
パヴァロ君はマリアを見つめながらしっとりと歌い上げた。
この歌は……、もしかしてマリアへの告白なんだろうか……?
~何も持っていない私だけれど、あなたを諦めきれなかったわ
私はあなたにふさわしいかしら
戸惑いながら気付いた、本当に気持ちに
私の歌をあなたに贈るわ
心からの愛をあなたに~
ああ、マリアのこの声!
天使の歌声とはまさにこういう声を言うのだろう。
パヴァロ君の突出した才能にまったく引けを取っていない。
~どうか受け取って、この歌を
どうか受け取って、この愛を
どうかずっと傍にいて
2人の愛は永遠に~
甘い旋律に乗せてお互いへ愛の告白をしているかのようなその歌は、最後のパートで美しい声が重なり合ったことで、よりドラマティックな盛り上がりを見せる。
やがて静かに歌が終わると、一瞬の静寂の後、割れるような拍手が鳴り響いた。
えっ、あきらかに10人分以上の拍手が聞こえるような……?
私はぐるんと頭を捻って後ろを見ると、そこには、飲み物をトレイに乗せた給仕と、店内にいたらしいお客さんたちが鈴なりになっていた。
いつの間にっ!?
「素晴らしい!」
「なんという声だ!」
「どこの劇場で聞けるのかしら?」
確かに2人とも、とても素人とは思えない美声の持ち主だ。
人が集まって来てしまうのも無理はない。
短い歌だったけど、まるでオペラの一幕のようだったよね……、はあ……、うっとり……。
「そこの給仕の君。扉を閉めてくれたまえ」
まだ夢の中にいるかのような表情をしていた給仕は、クリス様に促されてハッと我に返った。
どうやら飲み物を持ってきて扉を開けたところで、歌に聞きほれて仕事を忘れてしまったらしい。
「し、失礼いたしました。食前のお飲み物をお持ちいたしました」
「ああ」
給仕は、それぞれの席に飲み物を配り終わると、そそくさと退出していった。
そんなに焦らなくても、別に誰も怒ってないよ?
「パヴァロさん、マリアさん、素晴らしい歌をありがとう。僕たちにぴったりの歌だったね、ラヴィエータ?」
アルフォンソは片手を伸ばしてラヴィエータの手を取った。
「ええ、本当に。まるで私たちのために作ってくださったような歌でしたね、アルフォンソさん」
ラヴィエータもぎゅっとアルフォンソの手を握り返している。
あの……、みんないるんで……。
2人の世界に浸るのもほどほどにお願いしますね?
「パヴァロ君の幼馴染もずいぶんと歌が上手いんだな?」
クリス様がパヴァロ君に話しかけている。
「ええ、そうなんです。マリアは誰よりも歌が上手いので、地元の教会で賛美歌を歌っているのです」
パヴァロ君はマリアを褒められて嬉しそうに顔をほころばせた。
「賛美歌だけではもったいないな。君は、劇場で歌う気はないのか?」
クリス様は、今度はマリアに直接尋ねた。
「ロッティ子爵領には劇場がないのです。歌で生計を立てようと思うなら、王都へ出るしかないのですが、王都へ行ったところで雇われる保証はありませんので……」
マリアは諦めたように視線を落とした。
「なるほど。パヴァロ君、マリア嬢。君たちを雇いたいのだが、考えておいてくれないか? 私は結婚したら父上から領地を賜る予定なのだが、そこに劇場を作りたいのだ。本格始動するのは3年ほど後になるだろう。実は、パヴァロ君が卒業する頃に話をしようと思っていたのだが、他にもパヴァロ君に目を付けた者がいると聞いては早めに手を打っておかないとな」
「ク、クリスティアーノ殿下の劇場に私たちをっ!?」
パヴァロ君は驚きに目を見開いた。
えっ、クリス様、劇場作るの?
初耳だけどな。
なんで私には出演オファーがないのかな。
「ああ。私の劇場の専属歌手になってもらいたい。王都の劇場と同等の給料を保証しよう。君が学院を卒業するまでなら、王都の劇場に出演してもらっても構わない」
「し、信じられない……! 僕は夢を見ているのか?」
「夢じゃないわよ、パヴァロ! クリスティアーノ殿下に早くお返事を!」
夢じゃないといいながらも、マリア自身もクリス様の申し出を夢じゃないかと思っているような顔だ。
「クリスティアーノ殿下、そのお話、喜んでお受けさせていただきます! 私は、貧乏子爵家の三男で、何の取り柄もなくて……、このままでは結婚も無理だと……っ! ううっ」
パヴァロ君はとうとう嬉し泣きし始めてしまった。
「何の取り柄もないだなんて何を言うの! あなたには歌があるじゃないの、唯一無二の素晴らしい才能よ!」
「マルチェリーナさん、ありがとうございます。これでっ、僕もやっと求婚できますっ」
え、求婚?
まさか私に?
私にはクリス様がいるからね?
「マリア! 子どもの頃の約束、憶えているかい? あの約束を果たせそうだよ」
なんだ、プロポーズの相手はマリアか。
そりゃそうか。
「パヴァロ……、もちろん憶えているわ」
「どうか、僕と、結婚してください!」
うひょー、公開プロポーズ!
もう、あっちもこっちもみんな婚約婚約って、すごい婚約ブームだな!
「パヴァロ!」
マリアはまなじりからポロリと一筋の涙をこぼすと、パヴァロ君の広い胸に飛び込んだ。
そしてしばらく抱き合った2人は、顔をあげて私に視線を向けた。
「マルチェリーナさん、やはりあなたは救いの女神のような方です。あなたが歌うように言ってくださらなかったら、このような幸運は訪れなかったでしょう」
「マルチェリーナ様、本当にありがとうございます」
いやいや、いいってことよ!
……って、私、何もしてないんだけど。
「いいのよ! 卒業してからも2人に会えるなんて嬉しいわ。これからも仲良くしましょうね!」
「はい! こちらこそ是非よろしくお願いいたします! ーーあの、こんな時にずうずうしいかもしれませんが、いまご利用券を使用させていただいても?」
はて?
ご利用券とな?