第131話 婚約祝いの食事会
他のみんなも顔が映っていると思っていたようで、エッという顔をしている。
「えっ、騙したのか?」
「いやだな、騙すだなんて人聞きが悪いですよ。走り去る馬車の映像を見せたら向こうが勝手に自白したんです。いやあ、何かの役に立つかもしれないと思って、とっさに撮影しておいてよかったな」
アルフォンソ……、いつのまにこんなに一筋縄じゃいかない感じになったの……?
味方にいる分には頼りになるけど、敵になったら怖いです。
「エベラ男爵夫人と御者の男との関係は、前から知っていたのか?」
クリス様がアルフォンソに尋ねる。
「いいえ、2人ともあの時初めて会いましたし、当然どんな関係だったのかも知りませんでした。ですが、庇い合う2人を見て、お互いに特別な感情があるとピンと来たんですよ。早く駆け落ちしてくれるといいですよね、ははは」
ははは、じゃないよ!
アルフォンソの推理力がすごすぎる。
もしかして、アルフォンソって私の上をいく名探偵なのかもしれない。
ここにきて王国一の名探偵の座をおびやかす、とんでもないライバルが現れてしまった……。
「御者のヒースは、もともとは義母の実家に仕えていて、義母が結婚したときに一緒にエベラ男爵家へ移ったと聞いています。もしかしたら、2人は本当に幼馴染のように育ったのかもしれませんね」
「なるほどな」
へえー、そうなんだあ。
どうせなら結婚する前にお互いの気持ちを伝えればよかったのにね。
……まあ、マルティーノおじさまくらい楽天的で神経が図太くないと、何もかも捨てて駆け落ちなんてなかなか出来ないんでしょうけど。
「ともかく、2人とも怪我もなく無事に帰ってこれてよかったわ。心配していたのよ」
「うそつけ。忘れてたくせに」
クリス様、それは言わないで!
「そうだ、マーニを寄越してくれて助かったよ。神罰が下ると脅してきたから、たぶんもうこっちに関わってくることはないと思う。チェリーナ、ありがとう」
「お役に立ててよかったわ! 私からもマーニにお礼を言っておくわね」
マーニはちゃんと約束を守ってくれたんだな。
それにしても、ビデオカメラどころか神獣まで使って敵をやり込めるなんて、アルフォンソってかなり肝が据わってるよね。
見た目は爽やか好青年なのに。
「今日はアルフォンソとラヴィエータの婚約祝いに、みんなで外食しよう。俺のおごりだ」
クリス様の申し出にわあっと歓声があがった。
わあい!
何食べようかな!
でもクリス様、みんなにおごれるほどお金持ってるの?
「クリス様、お金あるんですか? 大丈夫ですか?」
「お前……、本当に失礼なやつだな。仮にもこの国の王子に向かってお金あるんですかって何なんだよ」
だって……。
全員でどんちゃん騒ぎしたらいくらになるのか心配だし。
ないならないで、ホームパーティでもいいと思うな。
「チェリーナ……、国王陛下がこの国で一番のお金持ちであることは分かってる? クリス様はちゃんと国王陛下から十分なお金をいただいているから。そうじゃなければ週末はろくに食事も出来なくなるじゃないか。大体、チェリーナはクリス様と食事に行くときはいつも払ってもらってるだろ」
お兄様に指摘されて気付いたけど、言われてみれば私いつもお金を払ってなかった!
だって私、お金持ってないし……。
「そうでした……。これからは割り勘のほうがいいでしょうか? 私がんばって働いてーー」
「お前な。俺を婚約者の食事代も払えないような情けない男だと思ってるのかよ?」
「あのね、チェリーナ。王都へ来るときに、父上からいただいたお金があるんじゃないの? それに、ほしいものがあったら買うようにと僕が父上から2人分のお金を預かってるから。貴族令嬢が自分で働いて食事代を稼ごうとする発想がわからないよ……」
お兄様が呆れたように言う。
お金もらってたっけ?
お父様からもらったお金、どこにあるのかな?
「お兄様、私のお金、どこにあるかわかりますか?」
「僕に聞かれても。いま持ってないなら、部屋に置きっぱなしなんじゃない?」
「でも置きっぱなしなんて泥棒が入るかもしれませんし……。あっ、そうだ! 盗まれないように旅行カバンの奥にお財布を仕舞って、その旅行カバンはアイテム袋に仕舞ったんだった!」
そうそう、思い出したわ。
落としたり盗まれたりしないようにと、奥の奥に仕舞いこんで忘れてたよ。
「呆れた……」
「エヘ?」
「やっぱり、チェリーナにたくさん持たせるのが心配だから、父上は僕に多めに持たせたんだな。僕が卒業するまでにしっかり金銭感覚を身につけるんだよ? もらったその日に全部使ったらダメだからね?」
お兄様、もしかして私をアホの子と思ってない!?
とんだ濡れ衣だ。
はっきり言って、お兄様より私のほうが金銭感覚はあるからね、絶対に!
「お兄様、私のほうが金銭感覚はあると思います! それに私、ドレスも宝石も興味がありませんし、無駄使いなんてしません!」
「金銭感覚はないだろ」
「ないでしょうね」
「あるわけない」
なんなの、みんな!
私ほんとに金銭感覚はすごいんだから!
むしろ、ちょっと元手をもらえれば、何倍にも増やせるようなやり手になりえるポテンシャルを秘めていると思う!
「チェリーナ、別に無駄遣いのことは心配してないよ。それより、持ってるお金を全部人にあげてしまうんじゃないかと、そっちを心配してる」
「ああ……、ノブレスは気前よくとか言ってたしな。確かに、お金に困ってる人がいたら、有り金全部渡してしまいそうな気がしないでもない」
は?
幸福の王子じゃないんだから、そんな聖人のような人がこの世にいるわけないでしょ?
「だからね、チェリーナは今までどおりあまりお金を持たず、保護者に払ってもらいなさい」
「それがいいぞ、チェリーナ」
2人揃って馬鹿にしてー!
お兄様、クリス様、私幼稚園児じゃありません!
「……やはりマルチェリーナ様は、神様に遣わされたお方だから、困っている人を放っておけないのではないでしょうか? マルチェリーナ様、もし奉仕活動などされるようでしたら、ぜひ私もお供させてください!」
え……、奉仕活動……?
ドブさらいとか、草むしりとか?
あいにく、まったくやる気ないから誘う機会はありませんけど。
「あら、それはいいわね。私も参加するわ」
「私も行きたいわ。アゴスト伯爵領にいたときは、よく孤児院の慰問をしていたの。私の母も慈善事業には力を入れていたのよ」
カレンデュラやルイーザも参加を表明している。
なーんだ、奉仕活動ってそういうこと!?
孤児院の慰問なら私もいきますよ!
「この学院のすぐ近くに孤児院があると聞いたわ。そこに、この前のパーティで知り合いになった子がいるの。今度みんなで顔を出しに行きましょうか」
屋台の売り上げが順調か気になるしね。
もし芳しくないようなら、私がコンサルになって売り上げを伸ばしてあげようっと!
「ええ、そうしましょう」
私たちは笑顔で約束を交わしあった。
その日の午後、私たちは2台の貸し馬車を頼んで街の中心部へと繰り出した。
日没には学院の門が閉まってしまうため、夕食ではなく、遅めのランチをみんなで取ることにしたのだ。
クリス様は豪勢に婚約祝いをすると張り切っていて、王都一の高級料理店の個室に案内してくれるらしい。
「クリス様、どんなお料理が食べられるのか楽しみですね! そのお店にはよく行くんですか?」
私はガタガタ揺れる馬車の中で、舌を噛まないように気をつけながらクリス様に話しかけた。
でもさ、王都一の高級料理店に予約もしないでこんな人数で突撃して大丈夫なのかな?
王族特典で顔パスなんだろうか。