第13話 子どもらしい笑顔
「ええっ! そ、それは失礼いたしました。私の娘をそこまでお気に召していただけたとは……、か、感慨無量で……、完全終了……」
お父様はなぜか意味不明に韻を踏んだ。
お父様、しっかりして!
クリス様の思いがけない頑固さに混乱してるのかもしれないけど、いまそんな場合じゃないから。
「その、商会の息子たちとは何者なのだ!」
「は。領都マヴェーラの街で一番大きな商会を営んでおります、アルベルティーニ商会のアルフォンソとアルベルトの兄弟です。チェレスやチェリーナと同じ年頃ですので、幼い頃より仲良くしております」
アルフォンソは私より1歳上で、アルベルトは私の1歳下だ。
私の病気のせいでしばらく遊べなかったけど、私たち4人は小さい頃から大の仲良しなのだ。
「気に入らない……」
「は? 何かおっしゃいましたか?」
「別に! おい、お前! 今日はその商会を見に行ってやる。ついて来い!」
クリス様はじろりと私を見ると、声高にそう宣言した。
はあ。
まったくわがままだな。
どう育てればこんなにわがままになるのか、親の顔が見てみたいよ!
「なんだ、その顔は。不満があるのか」
おっと、イラッとしたのが顔に出ちゃったみたい。
「いいえ。チェリーナも久しぶりにアルフォンソたちと遊びたいので、行くのはかまいませんけど……」
「けど、なんなんだ」
「なぜクリス様はおこっていらっしゃるのですか?」
ほんと、何で怒ってんの?
もしかして友達がいないから、私に友達がいて嫉妬してるとか?
「別に怒ってない!」
「おこってるじゃないですか……」
こんな訳も分からず怒ってる人に会わせるなんて、アルフォンソたちがかわいそうだよ。
「チェリーナ、出かける支度をしてらっしゃい。帽子をちゃんとかぶって、あまり日に当たらないようにしないといけないわ」
クリス様とにらみ合っていると、お母様が支度をしてくるようにと言った。
「クリスティアーノ殿下、アルベルティーニ商会の兄弟は二人ともとてもいい子ですが、チェリーナとはただのお友達ですのよ。主人が勝手なことを言いましたが、あちらはチェリーナのことは友達としか思っていませんわ」
お母様がにっこり笑ってそういうと、クリス様は目に見えて落ち着きを取り戻した。
「そうか……」
「はい。クリスティアーノ殿下もお帽子をかぶられたほうがよろしいですわ。病み上がりですから日に当たりすぎないようにお気をつけくださいませ」
クリス様はこくりと素直に頷いた。
「クリス様、僕もご一緒いたします! そうだ、みんなで食べられるようにおやつを持っていきましょう!」
「おにいさま、おやつならチェリーナのとくい分野です! チェリーナにおまかせください!」
おやつと聞いては黙ってはいられません!
私にはりんごと大箱入りのチョコレートがあるんです。
せっかくだからアルフォンソとアルベルトにも食べて貰いたいな。
「いいけど……、あの変な色のりんご以外でね?」
えっ、まさにそのりんごを出そうとしたのに。
「おいしいですよ?」
「色が食べ物の色じゃないよ……」
うう、そうかあ。
みんなに受け入れられるには、見た目も大切だね。
要改善事項だな。
じゃあ、チョコレートだけじゃ寂しいから、箱入りシリーズでショートブレッドでも出そうっと。
バターたっぷりでさくさくのショートブレッド、久々に食べたいし。
いやでも、ショートブレッドってかなり口の中の水分持ってかれるんだよなー。
このペンタブ魔法って、飲み物も出せるのかな?
そうだ!
パック入りのりんごジュースとかなら出せるかも!
丸のままのりんごがダメならジュースでリベンジしますわ、お兄様!
「チェリーナ、また一人でニヤニヤしてる」
「新しいおやつと、のみものを考えていたのです! 楽しみにしていてください!」
「う、うん。食べられるものにしてね?」
信用ないなあ。
あのりんごだって食べられるのに。
「おお、そうだ。チェリーナにいいものをやろう。ちょっと待っていろ」
お父様は何かを思い出したように玄関ホールを横切って自分の執務室へと入っていくと、小さな板状のものを手にすぐに戻ってきた。
あっ、あれはもしかして!
「ほら。大工に作ってもらったんだ。絵本で線を引くのは難しいだろう?」
それは、20センチほどの長さの木の定規だった。
1ミリとか1センチとかの目盛は入ってなかったけど、丁寧にやすりをかけてある。
まっすぐな線を引くには十分だ。
「おとうさま、ありがとうございます! この大きさならいつでも持ち歩けます!」
「ははは。魔法の練習がんばれよ」
私がお父様の足に抱きついてお礼を言うと、お父様は嬉しそうに笑った。
それにしてもお父様は大きいな。
私も大人になったら2メートル超えちゃうのかな、どうしよう……。
「おとうさま、このまま歩いてください!」
考えても仕方ないことは考えない!
私は、久しぶりにお父様の足の上に乗って遊ぶことにした。
「まったく、チェリーナはいつまで経っても子どもだな」
お父様は苦笑しつつも、私をコアラのように足にくっつけたまま居間へと連れて行ってくれた。
「チェリーナ、クリスティアーノ殿下の前で恥ずかしいですよ」
きゃっきゃと笑い声を上げながらアトラクションを楽しんでいたら、お母様にたしなめられてしまった。
そうですね、私としたことがちょっと子どもっぽかったかもしれません。
少しだけ反省してクリス様のほうを振り返ると、クリス様は一人ぽつんと寂しそうにこちらを見ていた。
もしかして……、クリス様もお父様の足に乗りたいのかな?
かわいそうだから誘ってあげないと!
「クリス様! クリス様もおとうさまの足にのりますか? おもしろいですよ!」
「お前な。馬鹿も休み休み言え! 俺がプリマヴェーラ辺境伯の足に乗るわけないだろう!」
「だって……、うらやまし……、そうに……、見て……、いるから……、のりたい……、のかと……、思って」
「本当に休み休みしゃべるな!」
クリス様が休み休み言えっていったからそうしたのに怒られた!
なぜだ。
おこりんぼめ!
「じゃあ、僕が代わりに乗るよ! お父様、歩いてください!」
お兄様はそういうと、お父様の足の上にちょこんと乗った。
「おいおい、チェレスもチェリーナもいい加減にしろ。お父様は乗り物じゃないんだぞ」
「ええー、ちょっとだけ!」
お父様は文句をいいながらも、私たちに押し切られてしぶしぶ歩いてくれた。
さすがに両足に子どもをくっつけていては歩きにくそうだ。
私たちがきゃあきゃあ喜んでいると、後ろからクリス様の声がした。
「ーーそんなに言うなら! 乗ってやってもいいぞ!」
え……。
別に誰も何も言ってませんけど?
やっぱり乗りたいんじゃない、しかたないな。
「クリス様、ではこちらにどうぞ。足の甲に乗って、振り落とされないように太ももにしがみついてください」
お兄様は、さっとクリス様に場所を譲った。
そうそう、落とされないようにしっかりつかまっててね!
「ハ……、ハハハ……、ハハ」
クリス様と私にしがみつかれたお父様がうつろな笑いを漏らしている。
どうしたのかな?
「おとうさま! さあ、歩いてください!」
お父様がギクシャクと動き出すと、クリス様は表情を明るくして笑い声をあげた。
「うわっ、動いた! ははっ、愉快だな!」
紫色の目をキラキラと輝かせている。
いつもの不機嫌そうなクリス様とは違って、子どもらしい楽しそうな顔だ。
嬉しそうでよかった。
滅多に見られないクリス様の笑顔を見られて、なんだか私まで嬉しくなっちゃうな。