第127話 アルフォンソの回想 ~エベラ男爵領へ~
ジツハ、ボクタチコンヤクシタンダーー。
え、何語?
落ち着いてよく考えよう。
実は、僕たち、婚約、したんだ……?
「「「「「「えええーーーっ!?」」」」」」
なんでなんで?
いつの間にそんなことになったの!?
というか、殺人事件はっ?
「まあっ」
「おめでとう」
驚きをあらわにする男性陣と私をよそに、カレンデュラとルイーザは顔をほころばせて祝福の言葉を口にした。
この話にびっくりしないなんてびっくりだよ!
「なんでそうなった!?」
「2人は付き合っていたのか?」
「いったいいつから?」
みんなが大きな声で口々に質問するせいで、他のテーブルからも大注目を浴びてしまっている。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてください。ここではちょっと話しにくいな……」
「よし、生徒会室に移動だッ!」
クリス様がガタンと立ち上がって仕切り始めた。
そうですね、それがいいと思います!
「行きましょう、おーッ!」
私は雄たけびをあげてクリス様に続いた。
そして他のみんなもバッと一斉に立ち上がり、私たちは足早に生徒会室に向かった。
「さあ話せ! いきなり婚約って何がどうなったんだよ?」
クリス様は全員が生徒会室に入り終わるなり、ガチャリと内鍵をかけてアルフォンソに詰め寄った。
「いやあ、ははは、どこから話したらいいのかーー」
「最初からッ! 最初から全部話してよ、アルフォンソ!」
照れて話せないとか止めてよね!
一から十まで余すところなく全部吐いてもらいますからね、フーンッ!
「ちょ、わかったから。チェリーナ、すこし離れてよ……、鼻息がかかる……。みなさん、とりあえず座りましょう」
アルフォンソはシャツの胸元を掴んだ私の手を迷惑そうにべりっと引き剥がすと、みんなに席を勧めた。
そして自分も席に着くと、コホンと咳払いをしてから口を開いた。
「数日前に朝食を取ろうとしていたとき、ラヴィエータの様子がおかしくなったことを憶えていますか? あの後、僕たちは場所を移してーーー」
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僕はラヴィエータを伴って、食堂近くの空き教室へと移動した。
誰もいないことを確認すると、窓際の席にラヴィエータを座らせ、自分は前の席の椅子を反転させて向かい合わせに座る。
「ラヴィエータ、大丈夫かい? ここなら誰もいないよ。何があったのか僕に話してみない? 力になれることがあるかもしれないし」
僕が促すと、ラヴィエータはおどおどと言いにくそうに俯いてしまった。
「アルフォンソさん……。あの、とても話し辛いことなんです……。私の、家のことで……」
「うん。ゆっくり考えていいからね」
僕は無理強いしないように、あえてのんびりとした口調で言ってみる。
ラヴィエータは少し顔をあげて、そんな僕を上目遣いに見た。
「アルフォンソさんは、あの時馬車に向かって風魔法を放って私を助けてくださいました。それに、魔法具で足の治療もしてくださいました。……私、アルフォンソさんのことを信用しています」
僕の魔法に気付いていたのか。
でも、クリス様の魔法のほうが強力だったし、治療だってチェリーナの治癒薬だしなあ。
そこまで役に立ってたわけじゃないけど、まあ、信用してもらえるのは素直に嬉しいかな。
「うん。ありがとう」
僕が笑顔を浮かべると、それに安心したようにラヴィエータはゆっくりと語り始めた。
「……実は……、私の母は1年ほど前に馬車の事故で亡くなったんです」
「えっ!?」
思いがけない告白に目を瞠る。
「見ていた人の話では、馬車は止まることなくそのまま走り去ってしまったそうです。私……、マルチェリーナ様のお話を聞いて……。あれは事故ではなく仕組まれたことだったのではないかと……、次に殺されるのは私ではないかと……、そう思ったら怖くてっ」
ラヴィエータはそう言って身を震わせると、所在なげに机の上に乗せていた手をぎゅっと握りしめた。
「なんだって! ラヴィエータが轢かれそうになった時と同じじゃないか! ーーそういえば、チェリーナには夢見の力があるとクリス様やチェレス様が言っていたことがあったな……」
黒馬車連続殺人なんて、チェリーナが勝手にそう名付けたと聞いた時は呆れたけど。
本当に亡くなってる人がいたとは……。
「ええっ、夢見のお力をっ!? ではやはり、マルチェリーナ様の言うとおり、私の母は殺されたのでしょうか?」
僕はラヴィエータの震える手を、宥めるようにぽんぽんと軽くたたいた。
「でもあの話、信じられるのかな? みんな笑っていたけど」
「いいえっ、みなさんはご存じないから笑うんです! エベラ男爵家が崖の上にあることを!」
チェリーナが言っていたことを話半分にしか聞いていなかった僕は、その事実に衝撃を受けた。
「えっ、本当に崖の上に!?」
「はい。マルチェリーナ様のお力は本当に恐ろしいほどです。まるで自分の目で見てきたようにピタリと言い当てて……」
ラヴィエータはすっかりチェリーナに心酔しているようだけど……。
チェリーナの話はほとんどが馬鹿馬鹿しいから、たまに真実が紛れていてもどうしても信憑性にかける気がしてしまうんだよな。
それでも今回は、当たっている部分がかなりあることは認めざるを得ないだろう。
「そうか。チェリーナの言うことを参考にするべきなのかもしれないね。ところで、ラヴィエータは犯人に心当たりがあるようなそぶりに見えたけど、誰の犯行か分かってるの?」
「確信があるわけではありませんが……、母や私を殺そうとする人なんて、エベラ男爵夫人しか思い浮かびません」
まあ、普通に考えたら一番怪しい人物だろうね。
「……あまり詳しい話は知らないけど、ラヴィエータはエベラ男爵の庶子だと聞いたことがあるよ。本妻であるエベラ男爵夫人が、ラヴィエータたちに恨みを持っている可能性は十分に考えられる」
しかし、身内の犯行となると、安易に罪を暴くとラヴィエータまでとばっちりを受けるかもしれない。
僕は腕を組んで、考えられる影響について頭を巡らせた。
「私たちが恨まれるなんてっ。母も私も、父がエベラ男爵家の当主で別の家庭を持っていたとは知らなかったんです。父は、自分は商人で、仕事でよその土地へ行くことが多いからあまり家に帰れないのだと、そう言っていましたから。私たちもずっと騙されていたのに……っ!」
そんな風に説明されていたのか……。
目にうっすらと涙を浮かべ、肩を震わせるラヴィエータはいかにも儚げで、否応なく庇護欲を掻きたてられた。
「それはラヴィエータが憤るのも無理はない。なぜかこういう話では、浮気した男は責められず、相手の女性に怒りが向くことが多いよね……。とにかく、エベラ男爵家へ行って証拠を集めよう。このままラヴィエータが理不尽な復讐をされるのを、手をこまねいて見ているわけには行かないよ」
「アルフォンソさん……。私を、助けてくださるのですか?」
ラヴィエータは潤んだ瞳で僕をじっと見つめた。
うっ……、こんな可愛い子にすがるような目で見つめられて、助けない男がいるわけないじゃないか!
「とても放ってはおけないよ。早速今週末に出発しよう」
「はい」
そうと決まれば、とりあえず今は腹ごしらえだ。
僕たちはサンドイッチで手早く朝食を済ませると、始業の鐘の音に追われながらそれぞれの教室へとすべり込んだ。
約束の日になり、僕たちが校庭の隅で準備をしていると、僕の足元にふっと白い塊が現れた。
「んっ? やあ、マーニじゃないか。久しぶりだね、元気だったかい?」
「あら、かわいい!」
ラヴィエータがかがんでそっと手を伸ばすと、マーニはその手を避けるようにさっと僕の体を駆け上がって肩に座った。
「ははっ、マーニはなかなか懐いてくれないんだ。僕も弟も、触らせてもらえるまで何年もかかったんだよ」
「えっ、何年って、この子は子狐じゃないんですか?」
確かに見た目は子狐だけどね。
マーニはすでに数百年だか数千年だかの年月を生きているらしい。
「マーニは、プリマヴェーラ辺境伯家を守護する神獣なんだ。……もしかして、チェリーナが言ってた助っ人ってマーニのことだったの?」
「キャン!」
マーニは肯定するように一声鳴いた。
チェリーナ、神獣をこき使うなんて……、恐れ多すぎるよ……。
「ありがとう、マーニ。よろしく頼むね?」
あごの下をくすぐりながらお礼を言うと、マーニは満足そうに目を細めてから僕のシャツの中にもぐりこんだ。
うん、そこにいれば風で飛ばされる心配はないな。
僕はアイテム袋から取り出した結界のマントをラヴィエータに手渡し、自分もばさりとマントを羽織った。
「よし、出発しよう!」