第126話 幸せの連鎖
私たちがアントニーノ王子と遊んでいるところへ、昼食の支度が整ったと侍女が呼びに来た。
予想に反して国王陛下の昼食への招待はまだ有効だったようです……ガクリ。
「おお、来たな。まあ席に着きなさい」
長いテーブルのお誕生日席に国王陛下、そして国王陛下の左手前方に王妃様が座っている。
卓上にしつらえられたカトラリーが4セットしかないところを見ると、どうやらアドリアーノ殿下やアントニーノ王子たちは別で食事を取るようだ。
「はい」
国王陛下の右手前方、王妃様の向かいの席にはクリス様が座り、その隣に私が座った。
私たちが席に着くと、すかさず給仕がやってきて、飲み物と前菜をサーブしてくれる。
「お前たちに報告をしておこうと思ってな。食べながら聞いてくれ」
国王陛下と王妃様は顔を見合わせて仲睦まじげに微笑みあった。
「仲直りされたのですね。見て分かりましたよ」
クリス様は国王陛下の先を越して言った。
ええ、一部始終を見てましたから、改めてご説明いただく必要はございませんので……。
「そうか? ははは、まいったな」
「ほほほ」
お幸せそうで何よりですが……、そろそろお暇したいです……。
「お前たち2人のお陰だ。礼を言う」
「わたくしからも言わせてちょうだい。本当にありがとう。長年の胸のつかえが取れたわ」
以前は、どこか寂しげな白薔薇のような美しさだったけど、恥ずかしそうに微笑む王妃様はほんのり色づいたピンクの薔薇のように可憐で可愛らしい。
「クラウディア様が幸せそうで私も嬉しいです。やっぱり笑顔だと一段とお綺麗です!」
「あら。ふふふ、ありがとう」
「クラウディアの笑顔が見られて私も嬉しいよ」
「陛下……」
あの……、隙あらばいちゃつくの止めてもらえませんかね?
せっかくのおいしそうな食事が進みにくいです。
私は、砂を噛むような思いでなんとか口の中の前菜をごくんと飲み込んだ。
「それはそうと、今更なのだが、お前は本当に王太子を辞退したことを後悔していないのか? 本来であれば、正妃の子であるお前が王太子になるのが筋だというのに……」
本当に今更だな!
国王陛下は、26年越しの悩みを今日解決できたついでとばかりにクリス様の本心を尋ねてきた。
「……手紙に書いたとおりですよ。アドリアーノ兄上は、文武両道で人格に優れ、国王となるに相応しい人物です。ーーそれに、私にはコレが」
クリス様はそう言ってこっちを見た。
コレってなんだろ?
私の後ろに何かあるのかな?
私は首を捻って後ろを確認した。
……何もないけど。
「ブッ!」
「ふふッ!」
えっ、何がおかしかったの?
私としたことが笑いに乗り遅れたよ!
「どうかしましたか?」
国王陛下と王妃様は口元にナプキンをあてて、必死に笑いをこらえようとしている。
ええー、何事ですか?
「そういうわけで、私は王太子になることは望んでおりませんので。どうか私のことは心配しないでください」
「そうか、そうだな。お前たちは自由気ままに生きる方がいいだろう」
「そうね、籠の鳥なんてマルチェリーナには似合わないわ」
自由に羽ばたいてこそ私らしいってこと?
エヘ、そうかな?
「はい! ありがとうございます! 私、これからも気ままに生きますね!」
「ははははは、羨ましい生き方だ。しかしなあ、クリスティアーノの希望している領地だが、あの土地で本当に良いのか? もっと豊かな土地がいくらでもあるというのに、何もわざわざあのようなーー」
おっ、どこの領地をもらえるのか国王陛下が教えてくれそう!
私たち、どこに住むんですか?
「父上、いただいた領地は、いずれ私たちの手で豊かな土地に変えるつもりです。その日が来るのを見守っていてください」
ああーっ、クリス様、さらっと話を逸らしましたね!?
「そうか。クリスティアーノは、豊かな土地をもらって楽をするよりも、自分たちの手で一から築き上げたいのだな。それも貴重な経験になるだろう」
一から築くってまさか、開拓からってことじゃないですよねっ!?
木を切って、岩を掘り起こして畑にするの?
私はどっちかっていうと、楽して暮らすことを希望してるんだけどな。
魔法で黄金を出して遊んで暮らすとか。
お金に困ったらそうしようと割と本気で考えてます。
そうして昼食を終えた私たちは、国王陛下が用意してくれた馬車で魔法学院へ帰ることになった。
つ、疲れた。
もうヘトヘトだよ。
「疲れたなあー。そういえば、アルフォンソたちはどうしてるんだろうな? 今日は殺人事件の捜査に向かったんだろう?」
「あっ、そういえばそうでした!」
マーニを呼んで、ちゃんと守ってねって念を押そうと思ってたのに忘れちゃったよ!
ちゃんとアルフォンソのところに行ってくれたかなあ?
「忘れてたのかよ」
「いいえ、覚えてましたけど、ちょっと度忘れしただけです!」
「やっぱり忘れてたんじゃないか。度忘れと忘れるは同じ意味だろ」
ニュアンスが違いますから!
一時的にちょっと忘れただけで、完全に記憶から消去されてたわけじゃないし!
「マーニが守ってくれてる筈なので、危険はない筈です。何かあったら教えてくれる、筈」
「筈、筈って。そう何度も言われると逆に不安になってくるぞ。マーニにちゃんと頼んだんだろ?」
「今日の朝、マーニを呼んで念を押す筈が……」
「筈が?」
今日着るドレスを選んでたらついうっかり……。
「忘れました」
「忘れたのかよ。まあ、いったん了承してくれたんならちゃんと守ってくれてるだろ。なんせ神獣なんだから」
「そうですね。あっ、そうだっ!」
超重要なことを思い出したっ。
「なんだよ」
「クリス様、言っておきますけどっ! もしこれからクリス様が同じような罠を仕掛けられたとして、それに引っ掛かったら私絶対に許しませんから!」
クリス様は簡単に騙されないとは思うけど、念のため注意喚起しておかないと!
「いきなりだな」
「絶対に絶対に騙されないでください! あと、騙されてなくても、分かっててやるのも絶対に駄目っ!」
そんなことになったら私は許さないからね!
私が王妃様みたいに大人しく耐え忍ぶと思ったら大間違いなんだから!
「父上と母上は年の差があったからだろ。俺たちは2歳差なんだから、別に他の相手なんか必要ない」
あ、そう?
それならいいけど。
「そっか……、そうですね! よかったあ」
「ははっ、お前、意外に嫉妬深いんだな? 知らなかったよ」
クリス様は私の顔を覗き込んでニヤニヤと笑っている。
べつに……、私はただ念のためにっ。
嫉妬じゃないしっ。
翌日になり、私は朝食を取るために食堂へと向かった。
昨日気疲れしたせいでちょっとだけ寝すぎちゃったな。
まあ、今日も休みだから別に寝坊してもいいんだけど。
「みなさん、おはようございます!」
もうみんな集まっていて、またもや私が一番最後だったようだ。
「おはよう」
「遅かったな」
「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」
どうせ休みだし、別に急ぐ必要もないし、先に食べてればよかったのにと思うけど……。
なんで私を待ってたの?
「私を待ってたんですか?」
「そうなんだよ。アルフォンソがみんなに話があるっていうんだけど、チェリーナが来てから話すっていうからさ」
お兄様が首を傾げる私に説明してくれた。
ああっ!
昨日の殺人事件の捜査を報告してくれるのか!
そうと知っていたらもっと早く来たのにー!
「昨日の件ね! 何があったの、アルフォンソ?」
「じゃあ、みんな集まったし、早速報告させてもらうね。ーーラヴィエータ」
「はい」
アルフォンソはすっと立ち上がって、隣に座っていたラヴィエータに微笑みながら手を差し出した。
その手に掴まって立ち上がったラヴィエータは、アルフォンソを見つめて微笑み返している。
……ん?
なにこの雰囲気?
「実は、僕たち婚約したんだ」