第122話 猪突猛進
それにしても、子どもの頃にアドリアーノ殿下からすこしだけ聞いた内容と、王妃様がいま話してくれた内容とでは、国王陛下の印象がだいぶ違う気がするな。
あの時の印象では、国王陛下の方が仲直りしたがっているように聞こえたけど、王妃様はそうは思っていないみたいだ。
王妃様は、仲直りしたがっているのは自分の方で、国王陛下には捨て置かれていると感じてるような気がする。
もしかして、お互いの仲直りしたい気持ちが相手に伝わっていないんじゃ……?
「あの……、実は、私は子どものころにアドリアーノ殿下にお会いしたことがあるのです。その時にアドリアーノ殿下は、国王陛下が側妃様を娶ることになられた経緯を少しだけお話になったのですが、たしか、なんとか伯爵の罠に嵌って責任を取らざるを得なくなったと言っていたと思います。ええと、側妃様のお父上の、なんとか伯爵……なんとか子爵だったかも?」
「えっ? インテンソ伯爵の罠に? いったいどういうことなの?」
ああ、そうそう!
あんまり憶えてないけど、そんな名前だった気もしないでもない!
「詳しい話は教えていただけなかったのですが、子どもには聞かせられない内容だとおっしゃっていました」
「……なるほど。子どもに聞かせられない手段を使って罠にかけたということね」
王妃様、どんな方法かわかったんですか?
あっ、そうだ。
もう1つ思い出した!
「それから、子どもの頃から可愛がっていたクラウディア様の怒りを買うことになってしまって、国王陛下にとっては不本意なことだったと……、そんなお話もされていました」
「その話は本当のことなの? ーー陛下は、望んで側妃を娶ったのでは……ないということかしら……」
「望んでそうなったわけではありません! そこは自信があります!」
わざわざ好き好んで罠に嵌る人なんていないと思うし!
「ふふっ、あなたが自信を持つの?」
あれ?
私が国王陛下の気持ちに自信を持つのもおかしいか?
「アドリアーノ殿下がそうお話になっていたことは間違いないという意味です」
「そう……」
「あの、差し出がましいようですが、国王陛下とクラウディア様には、話し合いが必要なのではないでしょうか。人生はまだまだ長いのです。これから先もずっと苦しみ続けるようなことがあってはいけません。この機会に、つらい悩みは元から断ちましょう!」
気持ちに蓋をするだけじゃ何の解決にもならない。
王妃様、ここはひとつ勇気を出して解決しましょうよ!
よーし、こうなったら私も一肌脱ぐからね!
ちょちょいといい感じに丸く収めるからご安心ください!
「ふふっ、たしかに人生はまだまだ長いわね。不思議だわ……、あなたと少し話をしただけで、長年の苦しみが薄らいだ気がするの」
こんなに酷い話をいままで誰にも話せなかったんなら、それは長年苦しむのも無理はない。
私だったら、何かあったらすぐにお父様かお母様に話を聞いてもらうし、クリス様やお兄様だって相談に乗ってくれる。
なんなら一丸となってやり返しに行くかもしれない。
それなのに、王妃様はこんなに長い間たった1人で胸に抱えていたなんて……。
どれほど辛かっただろう。
「少しでもお役に立てたなら嬉しいです」
「クリスティアーノも、あなたと一緒ならきっと幸せになれるわね。……あの子には幸せになってほしいと思っているの。わたくしは、いい母親ではなかったというのに、勝手な願いなのだけれど……」
少し疎遠だったみたいだけど、クリス様に対して愛情があるみたいだし、別に悪い母親ってことはないと思うな。
「そんな! いい母親でないなんてことはありません!」
「いいえ、本当にいい母親とは言えないの。陛下にそっくりなあの子を見ると、どうしても陛下を思い出してしまって……。わたくしは、あの子に笑いかけてあげることすら、うまく出来なかった」
う……、笑いかけてあげてなかったの?
それは子どもにとっては、ちとキツイかも……。
「クリス様は国王陛下に似ていらっしゃいますか? 私は、クリス様はクラウディア様にそっくりだと思っていました。お二人とも、とても綺麗です!」
「……似ている? クリスティアーノがわたくしに?」
「はい! そっくりです!」
クリス様の言葉を借りるなら、二人とも白薔薇のような美しさですよ!
「そう……。あの子は、わたくしにも似ていたのね。そんなことにも気付かないなんて、わたくしは、あの子をちゃんと見ていなかったのかもしれないわ」
「これからいくらでも仲良くなれますよ! 今度クリス様に会ったら、ぜひ笑いかけてあげてください」
「そうね。そうするわ」
王妃様は晴れやかな笑顔で頷いてくれた。
そうだ、こうしちゃいられない!
善は急げ、好機逃すべからずだよ!
「私、ちょっと行ってきます!」
私はそう宣言すると、すっくと勢いよく立ち上がった。
「えっ、行くって、どこへ行くの?」
「国王陛下のところです! 誤解があるなら解かなければなりません! ちょっと待っていてください!」
王妃様の代わりに、ひとこと言ってやらないと!
いくらなんでも言葉が足りなすぎだよ!
「ちょ、ちょっと、お待ちなさい! マルチェリーナ!」
走り出した私の後ろから王妃様の引き止める声が聞こえるけど、こういうことは早いほうがいいんだから!
早いっていっても、もうすでに26年くらいは経ってるけど。
だからこそ余計に、これ以上時間を無駄にはしたくない!
「すぐに戻りまーす!」
私は重い扉を自分で開けて、王妃様にひと声かけてからパタンと閉じた。
「お帰りでしょうか? 馬車をご用意いたしますが」
護衛騎士の1人が私に尋ねた。
「いいえ、ちょっと用事があるだけです。パパッと済ませてすぐに戻ってきますので、どうぞお構いなく!」
「あっ、お待ちください! マルチェリーナ嬢、どちらへっ!」
関係ない人に長々と説明している暇はない。
ここは逃げるが勝ちだ!
私は護衛騎士の引き止める声を振り切ってダッと駆け出した。
はあはあはあ……。
ここ、どこ……?
追ってくる護衛騎士を撒くためにあっちこっち曲がりまくったら、自分がどこにいるのかわからなくなった。
なんで王宮ってこんなに広いの?
こんなに広くする必要なくない?
税金の無駄遣いだよ、まったく!
道を聞こうにも、人っ子一人歩いてないし……。
もしかして私、もう一生王宮から出られないの……?
「うう……っ、クリス様……」
「なんだよ」
「うひゃあっ!」
心細くなってクリス様の名前を呼んだら、真後ろから間髪入れずに返事があって思わず飛び跳ねた。
「そんな大声を出すな。人が集まってきたらどうする」
クリス様はそういうと、ミエナインを脱いで姿を現わした。
「クククク、クリス様! いつからそこに?」
「最初からいたぞ。お前が母上の部屋から出たときに一緒に出てきたんだ」
ええっ、そうだったの!?
その前に、いつの間に王妃様の部屋に入ったんですかっ?
「び、びっくりしたっ!」
「俺もびっくりしたぞ。ミエナインを着てこっそり部屋に入ったら、お前がいきなり振り向いて俺を見たんだ。俺が入って行ったことに気付いたんじゃなかったのか?」
ああっ、侍女が厨房にお茶を入れに行ったときか!
あのとき扉を開けた隙に入り込んだんだね。
クリス様の気配がすると思ったらほんとにいたんだ!
「なんとなくクリス様がいるような気がして振り向いたんです。でも、ほんとにいるとは知りませんでした」
「そうなのか。なんとなくでも、結構分かるものなんだな」
心なしかクリス様が上機嫌になった気がする。
なんかいいことでもあったの?