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第120話 王妃様の居室で


先導していた近衛騎士に声をかけられて前を見てみると、おしゃべりに花を咲かせているうちにいつの間にか王妃様の部屋に着いていた。


大きな扉の両脇には、帯剣した王妃様専属の護衛騎士が2人立っている。

いかにも、ここに重要人物がいます、と丸分かりの佇まいだ。


一日中ここに立ってるのかな?

話も出来ずにただ立ってるだけなんて、地味につらい仕事だよね。


「では、私はここで失礼する。久しぶりに話が出来て楽しかった」


どうやらファビアーノ殿下は王妃様の居室には入らないようだ。

まあ、微妙に顔を会わせ難い間柄だもんね……。


「私もとても楽しかったですわ! わざわざ迎えに来てくださって、本当にありがとうございました」


「ああ。そのうちまた会おう」


「はい」


私はファビアーノ殿下に一礼し、マントを翻して立ち去る後姿を見送った。


「準備はよろしいでしょうか?」


ファビアーノ殿下が角を曲がって姿が見えなくなったところで、近衛騎士がノックをしてもいいかと尋ねてきた。


「はい、お願いします」


私は扉の方に向き直ると、すうっと息を吸い込み呼吸を整えた。


コンコン!


「失礼致します! マルチェリーナ・プリマヴェーラ嬢のご到着です!」


近衛騎士は大きな声で私の到着を告げた。


ガチャリ。


「お待ちしておりましたわ。どうぞ中へお入りくださいませ」


すぐに扉が開くと、ニコニコと愛想のいい侍女が招き入れてくれた。


「王妃様はお隣の部屋でお待ちですわ。こちらへどうぞ」


へえー、さすが王妃様ともなると続き部屋を使ってるんだなあ。

白と金色を基調とした優雅な部屋だ。


扉がたくさんあるみたいだけど、何部屋続きなんだろう?

3LDKくらいかな?

いや、キッチンはあるわけないか。


「王妃様、マルチェリーナ様がお見えになりました」


「いらっしゃい、マルチェリーナ。ずいぶんと大人になったわね」


明るい窓辺に置かれたテーブルセットに座っていた王妃様は、優しい笑顔で私を迎えてくれた。


やっぱりクリス様にそっくりなクールビューティだな。

王妃様は金髪碧眼だからクリス様とは色が違うだけで、顔のつくりは瓜二つの美形親子だ。


「お久しぶりでございます、王妃様。この度はお茶にお招きいただき、身に余る光栄にございます」


「まあっ! ふふふ、挨拶も大人みたいね。でも、そんな堅苦しい挨拶はいいのよ。遠からず親子になるのですもの。わたくしのことは王妃様ではなく、名前で呼んでほしいわ」


ええーっ!

王妃様をまさかの名前呼び!?

要求のレベルがすさまじい!

クリアできる気がしないよ!


「そ、そんな。よいのでしょうか……」


「いいのよ。わたくしがいいと言っているのに、誰が反対するというの? さあ、呼んでみてちょうだい」


ク、クリス様……!

着席もまだだというのに、早速ピンチが訪れてしまいました!


どうしよう……。


「ク……、ク……、ク……ッ!」


「がんばって」


折れてくれる気はないんですね……。


「ク、クラウディア様っ!」


ぜいぜいぜい……。


「ふふっ、なにかしら?」


王妃様は嬉しそうに小首を傾げて私を見た。

いや、呼べといわれたから呼んだだけで、特に用事はございません。


「王妃様、お茶のご用意が出来ました」


天の助け……!

タイミングよく侍女がお茶のトレイを運んできてくれたことで、返しにくい質問への回答はうやむやに出来そうだ。


「ありがとう。マルチェリーナ、どうぞ座ってちょうだい」


「はい。失礼いたします」


はー、しょっぱなから喉がカラカラだよ……。


つめたい飲み物を一気飲みしたいと思いつつテーブルの上に目をやると、侍女が私の前においてくれたティーカップには、澄んだ色の紅茶が注がれていた。


そして次に出てきた小皿には、スライスした皮付きのりんごと、花の形に型抜きした角砂糖が綺麗に盛りつけられている。


うわあ、紅茶にりんごのスライス?

レモンじゃなくて?


「最近わたくしが好んでいる飲み方なのよ。すこし濃い目に出した紅茶に砂糖を2つ、それからりんごのスライスを好きなだけ浮かべて、仕上げにこれでかき混ぜるの」


王妃様は実演しながら教えてくれた。

最後にかき混ぜている棒状のものは、香りからするとシナモンスティックかな?


「いい香りですね」


「そうでしょう? 心が安らぐわ」


私も王妃様に教えられたとおりに真似をして、ひとくち口に含んだ。


はあー、おいしい。

ほっとする味だ。


それにしても、クリス様ほんとにここに来る気かなあ?

いつ来るのかなあ?



ーーハッ、クリス様の足音っ!?


「どうかして?」


何かが聞こえた気がしてバッと後ろを振り向いた私を、王妃様は不思議そうに見た。


「あっ、いいえ。何でもありません」


いるわけないか……。

よく考えたら、こんなに毛足の長いじゅうたんが敷き詰められているのに、足音がするわけなかったわ。


はあー……、おいしそうなお菓子があるからいただいておこう……。


しばらく無言でお茶とお菓子を味わっていると、隣の部屋辺りから争うような声が小さく聞こえて来た。

かすかに、「入れろ」とか「なぜだ」と言っているのが聞き取れた。


「ーーやっぱり来たわね。来ると思っていたわ」


「えっ?」


「クリスティアーノのことよ。内緒にするようにとは書いたけれど、あなたを呼んだら絶対に付いて来ると思っていたわ。でもわたくしの護衛に、何があっても入れないようにと言っておいたから心配しないでね。ふふふ」


そっちの心配はしていませんっ!

クリス様、入ってこれないの……?


「……どうやら諦めたようね」


耳をすませてみても、確かに人の声は聞こえなくなっている。


「はあ」


クリス様……、どっちかというと諦めが悪いタイプかと思っていたのに、いやにあっさり諦めましたね……。


「実はね……、クリスティアーノに聞かれたくない話があるの」


「はい」


やっぱりクリス様が予想した通り、何か悪い話をされるんだろうか……。

なんとなく身構えてしまう。


「……」


「……」


えっと、話があると言う割に、一向に話が始まりませんね?


「……お茶のお代わりはどう? そうだわ、今度は水と牛乳で煮出した紅茶にしてみましょう。ーー厨房で用意して来てちょうだい」


王妃様は、今度はチャイ風紅茶をご所望のようだ。

だけど、前もって聞いていなかったのか、言いつけられた侍女が困惑している様子が見てとれた。


「厨房で用意でございますか……」


どうやら、この部屋にいる侍女は自分1人なのに、席を外していいのだろうかと迷っているようだ。


「ええ、料理人に頼むのではなく、あなたが作ったものが飲みたいわ」


侍女とはいっても、王妃様付きの侍女ともなれば、どこぞの大貴族のお嬢様に決まっている。

火なんか使ったことのないお嬢様に、自分で牛乳を沸かして紅茶を煮出せと!?


かわいそうに、無茶振りされた侍女の顔色が悪いよ……。


「承知いたしました。しばらくお待ちくださいませ」


「ゆっくりでいいわ。まだお茶が残っていますからね」


「はい……」


気の毒な侍女が退出するのを見送り、私たちは隣の部屋の扉がカチャリと開きパタンと閉じる音を聞いた。


これは、もしかして、人払いってやつですか……?

どうやら本格的に悪い話が始まる雰囲気になってまいりました。

クリス様……、来てくれないのかな。



ーーハッ、クリス様ッ!?


またもやクリス様の気配を感じた気がした私は、一縷の望みをかけてバッと振り向いた。


シーン……。


いないか……、いないよね……。

あんな厳つい護衛がいたんじゃ、とても入れないもんね。


「後ろに何かあるのかしら?」


「いっ、いいえ。気のせいでした」


私は王妃様の方に向き直ると、愛想笑いを浮かべて誤魔化した。


そして、王妃様は2人きりになるのを待っていたかのように、ゆっくりと口を開いた。



「あなたは、許したのね……」






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