第117話 強力な助っ人
それでも、なんとか了承してくれそうな雰囲気でホッとした。
「ありがとう、マーニ!」
(でも俺も忙しいんだよな。なにしろ、小さな子どもが3人もいると片時も目を離せないんだ)
「えっ? まさか、マーニが子守りをしているの?」
マルティーノおじさまにやらせればよくない?
製造責任を果たしてもらわないと。
(あのな。マルティーノには仕事があるだろ。毎日ジョアン侯爵にビシビシしごかれてなかなか大変そうだぞ。それに、3人それぞれに専属の子守りがもういるんだよ。でもなあ、上の2人はちょこまか走り回るから、子守りが付いていけなくて見失ってしまうんだ。あのやんちゃぶりは間違いなくプリマヴェーラ辺境伯家の血だな)
へー、そんなに元気なんだ。
でも男の子はやんちゃなくらいでちょうどいいんじゃないの?
(ころんで膝をすりむくくらいなら俺も放っておくんだが……、この間は真ん中の子が井戸によじ登って危うく落ちるところだった。一番上の子は産まれたばかりの弟を抱きかかえて、勝手に外へ連れ出したりしてくれたな。本人たちは遊んでやっているつもりだったようだが、赤ん坊が冷たい地面に直接寝かされていては病気になってしまう)
そ、それは。
詳しく話を聞いてみると、なかなか手強そうだな。
だからマーニはあっちにつきっきりで、私のところに顔を出さないんだね……。
「わかったわ! 私からマルティーノおじさまに連絡して、今週末は子守りの体制を強化してほしいとお願いしてみるわ。きっとティーナも手伝ってくれるだろうし、アルフォンソたちも暗くなる前には戻ってくるでしょうから、ほんの数時間でいいの。お願いよ、マーニ!」
(……そうだな。アルフォンソは命を狙われてはいないが、巻き込まれる可能性はあるしな)
またアルフォンソだけ!?
ラヴィエータもお願いしますって!
(しかたがない。今回だけだぞ。話は終わりだ、久しぶりにステーキを出せ)
「はいはい、好きなだけ食べてね。ーーポチッとな!」
そしてマーニは、私が出した最高級和牛フィレステーキ弁当をガツガツとむさぼると、可愛い顔に似合わぬ豪快なゲップ音を残して帰って行った。
翌朝、食堂に向かう途中でアルフォンソの姿を見かけた私は、早速マーニのことを報告することにした。
「アルフォンソ、おはよう! 例の件だけど、強力な助っ人を用意したから安心してね!」
「強力な助っ人? 例の件て何の話……」
またまた、とぼけちゃって!
「いやね! 例の件は例の件よ!」
ほらっ、例のアレだよアレ!
私は片目をパチパチと瞬かせて合図を送った。
「……顔が引きつってるけど、なんかの病気?」
病気じゃないし!
ウインクだし!
「ゴホン。まあ、私が言いたいのは、これで命が危険にさらされることはなくなったから安心してほしいということよ」
「ああ、あの話か。命の危険がないように結界のマントを頼んだんだから、そこは心配してなかったけど」
まったく、ああ言えばこう言うんだから!
「敵の罠にかかって、どこかに閉じ込められて出られない、なんてこともあるかもしれないでしょう? 直接的な攻撃ばかりが命の危機というわけじゃないのよ? そんな時に、私の助っ人がバーンと登場するわけですよ! 何かあったら私に知らせてくれるから、すぐに助けにいけるわ」
「……万が一、そんな状況になったら通信機で助けを呼ぶけど」
くうー!
いい加減イライラしてくるよ!
「もうっ、もしも猿ぐつわを噛まされたらしゃべれないでしょ!」
「なるほど。そういうことになる可能性がないとは言えないな。わかったよ、ありがとう」
ふう。
ついに分かってくれましたか。
「お安い御用よ! なんでも私に相談してね! 必ず力になるわ!」
「う、うん……。それは、心強いな……」
そうでしょう?
なのになんで若干迷惑そうな表情なの?
いや、迷惑なわけないか。
目の錯覚だな。
「うふふ」
「チェリーナ。もし本当に助けに来てくれるときは、1人で来るんじゃなくて、まずはチェレス様に相談してほしいな……」
お兄様に?
なんで?
「ええ? 私1人でシャッと助けに行ったほうが早くないかしら?」
もしお兄様が助けに行く前に着替えたいとか、髪をセットするとか言い出したら時間かかっちゃうし。
それに、縛られてるアルフォンソの縄を切れば、あとは自力で戦うでしょー?
縄を切るくらいなら私1人で十分な気がするけどな。
私とラヴィエータは、アルフォンソが敵をやっつけるまで結界のマントにくるまって待っていればいいよね。
「……無策のまま飛び込んでこられても、人質が増えるだけだから」
無策って?
ちゃんと策はあるよ?
私がこっそり縄を切って、アルフォンソが敵をやっつける作戦でいいでしょ?
「私が助けに行くと人質が増えるの? 誰が捕まるのかしら」
まさかマーニのこと?
マーニはどこからでも抜け出せるから心配しなくていいのに。
「……頼むよ。チェレス様に相談すると約束してくれないかな」
「そんなに言うなら……、わかったわ」
アルフォンソがあからさまにホッとしたところで食堂の入り口に到着し、私たちはみんなの待つテーブルに合流した。
悪者との対決を脳内シミュレーションしているうちに数日が過ぎ、明日はいよいよアルフォンソとラヴィエータが捜査に向かう日となった。
「明日のことだけどな」
放課後、私の部屋に遊びに来ていたクリス様がふいに明日の話を持ち出した。
「あっ、クリス様も聞いたんですか?」
「そりゃ聞いただろ? お前が言ったんじゃないか」
ええっ、おかしいな、いつの間に口がすべったんだろう?
誰にも言わないように気をつけていたはずなのに……。
「クリス様! 私から聞いたなら内緒にしておいてください。アルフォンソとラヴィエータの命に関わることなんです」
「は? 何の話だよ? 明日王宮に行くんだろ? 母上から手紙をもらっていたじゃないか」
ああっ、そっち!?
とんだ引っ掛け問題だ。
これはどんな人でも引っ掛かっちゃうよ!
「そ、そうでした……」
「アルフォンソとラヴィエータの命に関わるって何の話だよ?」
ギク……。
その話、忘れていただくわけにはいかないでしょうか……。
「え、何の話ですか?」
「いまお前が言ったんだろ?」
全力でしらばっくれたい……。
「……記憶にございません」
「また悪徳大臣の真似か。そんな言い訳じゃはぐらかされないからな」
クリス様が鋭い目付きで私を見据える。
クリス様の性格からして、追求の手を緩めることはなさそうだし……。
これはもう、言うしかないパターンだよね……。
「実は……、明日、黒馬車連続殺人事件の捜査に出向く予定なんです」
「はっ? お前がか?」
さすがにそんな話とは想像してなかったらしいクリス様は、あっけにとられて目を見開いた。
「いえ、行くのはアルフォンソとラヴィエータです。私は王妃様にお会いすることになっていますので」
「そうだよな。よかったよ、お前にも若干の良識が残っていて」
クリス様はほっとため息をもらしながらも、私を馬鹿にすることにかけては手を抜かない。
まったく嫌味っぽいんだから。
もうちょっとさあ、他に言い方ないのかな。
「私は良識の塊ですよ! 若干残っているどころか、むしろ主成分が良識といっても過言ではありません! 呼ばれてもいないのに王妃様の部屋に乱入しようと企てるクリス様の方が、よっぽど良識を疑われるべきなんじゃないでしょうか!」
どうだ!
ぐうの音も出ないでしょ!