第116話 週末の予定
私は小走りで近づきながらラヴィエータの名前を呼んだ。
「ラヴィエータ! いま、あなたの部屋に行っていたところだったのよ」
「そうだったんですか。あの、マルチェリーナ様、少しお時間をいただけますでしょうか?」
何をおっしゃいます、少しどころかたっぷり聞かせていただきますよ!
「もちろんよ! ところで、この寮には2人部屋があったのね? 知らなかったわ」
「はい。身分の高い方は1人部屋を使用されますので、ご存じなかったのでしょう」
ええっ、身分で部屋を割り振られてたの!?
それは知らなかったな。
「まあ! それは不公平ね! 同じ生徒同士なんだから、みんな平等にするべきよ! いいわ、私から校長先生にーー」
「チェリーナ。いいから早く部屋に入れてくれ」
んっ!?
ラヴィエータの声……じゃないよね。
どう聞いても男の声だ。
というか、アルフォンソの声じゃない!
「あら!」
どうやらミエナインで姿を隠して忍び込んできたようだ。
いや、アルフォンソは結界のマントしか持ってなかったかも?
ミエナインも結界のマントも見た目は同じだから、どっちがどっちか分からないのが玉に瑕だよね。
まあ、別にどっちでも問題はないかな。
戦闘中、結界のマントを着たつもりでいて、間違ってミエナインを着ていたら死ぬかもしれないだけだ。
…………大問題じゃないですか!
今度から目印に裏地の色を変えることにしよう。
「さあ、入って入って! アルフォンソ、もういいわよ」
私は2人を招き入れて扉をパタンと閉めると、アルフォンソに声をかけた。
「ふう。部屋の前であのまま長話を始められるのかと焦ったよ」
「えへへ、ごめんごめん。アルフォンソがいるとは知らなくて」
アルフォンソは結界のマントを脱いで姿を現わすと、真剣な顔で私を見た。
人目を忍んで部屋にやってくるなんて、なにか重要な話があるんだ……!
ゴクリ……。
「チェリーナ。僕も2人部屋だけどね。みんな平等に部屋割りするように校長先生に進言するのは止めてほしいな。クリス様やガブリエル様と同室になってしまう生徒の苦労を考えてやらないとね。身分の近い者同士のほうが気兼ねがなくていいと思うよ」
ガク。
そっちかよ!
でもまあ、言われてみれば確かにクリス様やガブリエルと同室なんて大変そうだな。
うん、あの人たちは現状どおり1人部屋にいていただこう。
「それもそうね。そんなことより、私に話があったんじゃないの?」
「ああ、実はね……。その前に座っていい?」
おっと、席を勧めるのを忘れていたよ。
「ええ、どうぞ! 椅子が2つしかないから、テーブルをこっちに移動して。私はベッドに座るから、2人は椅子に座ってね」
私はアルフォンソにテーブルを運んでもらうと、ベッドに腰を下ろした。
「よいしょっと。それでね、話なんだけど」
うんうん、さっきからお待ちかねだよ!
「ええ。何があったの?」
「……まだ詳しいことを話せる段階じゃないんだ。確信もないのに、軽々しく吹聴していい話でもないしね。だから、裏を取りに行こうと思ってるんだよ」
私、誰にも言わないよ!
これでも貝のように口が堅いって有名なんだから!
「聞き込み調査ね! それで、どこへ行くつもりなの?」
「それもまだ秘密にしておきたい。とにかく、今週末にラヴィエータと2人で行ってくるつもりだ。トブーンで行きたいから、ラヴィエータの分も結界のマントを出してもらえないかと思って頼みに来たんだよ」
ええーっ、今週末じゃないとダメなの?
「あらっ、私も一緒に行きたいわ! でも、今週末は王妃様に呼ばれていて……、あっ、この話は内緒だったんだわ! ええと、ちょっと野暮用があって……」
「……王妃様はチェリーナのことをよく知らないからね。秘密にしたいことがあるなら、チェリーナには聞かせないに限るのに」
ちょっと口がすべっただけなのにひどい!
「私は口が堅いと有名よ! 誰に聞いてもそう言うわ! だから、ラヴィエータの事情も詳しく話してもらって全然大丈夫! 信用してちょうだい!」
「物心ついた頃からチェリーナとは友達だけどね、チェリーナの口が堅いなんて聞いたことがないよ。話せるときが来るまで待っていてほしいな」
ええーーーー!
アルフォンソの知らないところでみんな言ってるんだよ!
「そんなあ」
こうなったら、アルフォンソがいないときにラヴィエータに聞くしかないか。
「悪いけど、命に関わることだから。ラヴィエータから無理やり聞き出そうとしないでね」
エスパーですかっ!?
「何を考えているのか顔に出てるよ」
「うう……」
「あの、マルチェリーナ様。詳しい説明もせず、お願いばかりで申し訳ありません」
しゅんとするラヴィエータを見ていると、こっちが意地悪をしているみたいな気分になってくるな。
「いいのよ! ーーポチッとな! はいどうぞ」
私は結界のマントをラヴィエータに手渡した。
「ありがとうございます」
「ラヴィエータ、僕のアイテム袋に入れておくよ。貴重な魔法具を部屋に置きっぱなしにするのはまずいからね」
「はい」
そわそわそわそわ。
ほんとに私が一緒に行かなくていいのかなっ?
今週末でさえなければいつでも一緒に行けるんだよ?
考え直すなら今だよ?
「それじゃあ、僕はそろそろ行くね。チェリーナ、頼みを聞いてくれてありがとう。助かったよ」
えっ、まさかこのまま行っちゃう気じゃないよね。
しかたない、私から話を振ってあげましょう!
「なんならもっと聞いてあげるわよ。本当は一緒に行ってほしいんでしょ? アルフォンソったら遠慮しなくていいのに!」
「じゃ、おやすみ」
アルフォンソは結界のマントをばさりと羽織って姿を消すと、振り向きもせずさっさと部屋を出て行ってしまった。
「……」
あれ?
一緒に行ってほしいくせに、やせ我慢は体に良くないな!
「あの、マルチェリーナ様。私もそろそろ失礼いたします。貴重な魔法具をお貸しいただき、本当にありがとうございました」
「ええ、いいのよ……。おやすみなさい、ラヴィエータ」
「おやすみなさい、マルチェリーナ様」
2人とも行っちゃった……。
ラヴィエータは普段から遠慮深いもんね。
自分からは言い出せないのかもしれない。
なにしろ、王妃様に呼ばれてるってポロッと言っちゃったしなあ。
王妃様の用事より、自分の方に付いて来てとは言いにくいよね。
よしっ、2人の遠慮する気持ちはよくわかったよ!
それならせめて、強力な助っ人を呼んであげるからね!
私はすうっと大きく息を吸い込むと、猫なで声を作って呼びかけた。
「マーニ! マーニー! たまにはこっちにも遊びに来てほしいなー!」
(……)
ほどなく、テーブルの上にスーッと白いモフモフの塊が現れる。
おおっ、今日は1回で来てくれましたか!
割と高確率で無視されることが多いけど、今回はすぐに姿を現わしてくれた。
それはいいんだけど、なぜかそっぽを向いたまま返事もしない。
「マーニ? どうかしたのかなー?」
(お前……、この俺を都合よく使おうとしているな? まったくずうずうしいやつだ)
はっ、そういえば、私の考えてることはマーニにはバレバレなんだったっ!
「えへへ。使うだなんて、そんな言い方しなくても。私はただ友達のことが心配なだけよ。マーニは、プリマヴェーラ辺境伯家の血を引いている人しか助けてくれないの?」
(……別に助けてやらないとは言っていない。アルフォンソは、子どものころから俺もよく知っているしな)
えっと、アルフォンソ限定!?
ラヴィエータもお願いしますよ!