第115話 完璧な女……?
残された私たちは、ぽかんとして顔を見合わせた。
こんな状態で置いてきぼりにしないでほしかったよ、アルフォンソ……。
「一体なんだったのかしら?」
「気になるよな」
「それにしても、アルフォンソのほうがよっぽど名探偵っぽかったな」
むう、聞き捨てならないことを言ったのは誰っ!?
私だって名探偵なんだからね!
私の推理をとくと聞きたまえ!
「ラヴィエータは、犯人に心当たりがあるんじゃないでしょうか? 犯人は、知人の線が濃厚です!」
よしっ、言ってやった!
この台詞、昨日言いたかったのに言えなかったからね。
「知人か……、その推理は当たってるかもな。心当たりがあるから、あんなに動揺したのかもしれない」
うんうん、クリス様、ついに私の推理の支持者になってくれたようですね。
さすがお目が高い!
いやあ、自分でもかなり説得力あるなあと思ったんだよね。
通り魔的な犯行よりも、顔見知りによる犯行のほうが断然多いと思って間違いないんだから!
「はい! 私たちで犯人を捕まえましょう!」
「……チェリーナ。そんな大声でぶっそうなこと言わない方がいいよ。せっかくアルフォンソが気を利かせたのに、悪目立ちしてしまうじゃないか」
お兄様にたしなめられて、私は遅ればせながらハッとした。
そうだ。
犯人はこの中にいるかもしれない!
「っ! 犯人はこの中にーーー」
「それはもういいから」
お兄様がぴしゃりと遮る。
せっかくの決め台詞だったのにひどいよ!
「この中にいる筈ないだろ」
「馬車で走り去ってるんだぞ」
「状況からみて、来客の犯行に決まってますよね」
……むむむ。
じゃあもう犯人は外部犯でいいですよ、そこは譲ります。
でも他の部分については私の推理が当たってると思うよ。
割と自信あるし。
「みんな、そろそろ朝食を取りに行こう。ちょっとのんびりしすぎたよ」
お兄様に言われて時計を確認すると、1時限目の授業が始まるまであと30分ちょっとしかない。
気が付かないうちに、だいぶ時間が過ぎてしまったようだ。
「そうですね」
私たちはぞろぞろと連れ立ってカウンターにトレイを取りに行くことにした。
朝食はいつも卵料理と付け合せの野菜のソテー、それにスープとパンと紅茶程度の簡単なものしかない。
朝早くから凝った料理なんて作れないもんね。
大盛りと普通盛りの2択しかないから選ぶのが楽でいいけどさ。
夕べは食べ損なったから朝食は大盛りにしようかな。
今日のスープはキャベツとベーコンのクリームスープかあ、おいしそう。
「ーーチェリーナ」
私が今日のスープに気を取られていると、お兄様が小声で話しかけてきた。
「はい? なんで小声なんですか?」
「昨日、母上からチェリーナの様子を気にかけてやってと連絡がきたんだけど……。いつも通り元気そうだね?」
「ああ!」
そういえばお兄様には話してなかったな。
「もう大丈夫です! 私が婚約……、いえ、KKHKと99回言ったせいで、クリス様に距離を置こうと言われてしまって。100回言ったら本当にKKHKするつもりだったそうなんです。でももうちゃんと仲直りしましたよ!」
ふー、危ない危ない。
危うく100回目の”婚約破棄”を言ってしまうところだった!
「けーけーえいちけー? またおかしなことを言い出したな。婚約破棄って意味でいいんだね?」
お兄様が眉間にしわを寄せて私を見る。
「はいっ、そうです!」
「……それで、99回言ったって? クリス様が、それをいちいち数えていたと?」
お兄様は目を細めて、一層眉間のしわを深くした。
「ええ。そうですけど?」
「チェリーナ。クリス様が本当にそんなこと数えてるわけーーー」
「チッ!」
ん!?
何の音?
不意に聞こえた舌打ちのような音の出所を見ようと後ろを振り向くと、クリス様が笑顔で立っていた。
なんかニコニコして機嫌がよさそう?
私も笑っておこうっと!
「ふふっ、クリス様! 何かいいことでもありましたか?」
「ーーチェリーナ。兄として忠告しておくけどね。大事なことは決して1人で決めないようにね。……騙されていても気づけないんだから」
お兄様はなぜか私を憐れむような口調でしみじみと言った。
え、突然なんの話ですか?
急激に話が変わり過ぎじゃない?
「心配は無用だ。俺が付いているからな」
クリス様は私の隣に並んで、私の腰に手を回した。
「……激しく心配ですよ。チェリーナ、言っても無駄だろうけど、もう少し賢くなってほしいな……」
むっ、失礼しちゃう!
私これでも結構頭はいいほうだと思うんだけど!
「チェリーナは今のままでいいんだよ。ずっとこのまま変わらないでいてほしいくらいだ」
ほらっ、クリス様もこう言ってるじゃない!
やっぱり私は完璧なんだな。
「はい! 今のままでクリス様に完璧だと思っていただいてますし、私、このままでいますね!」
「……完璧?」
「……むしろ、馬鹿な子ほどかわいい的な意味合いに聞こえたけど」
どこをどう聞いたらそんな風に思えるの?
お兄様って理解力に乏しいんじゃないかな。
「それより、早く食べないと授業が始まってしまいますよ!」
「そうだったね」
「急ごう」
それから急いで朝食を済ませ、私たちはそれぞれの教室へと向かった。
教室に入ってしばらくすると、キーンコーンと授業開始を知らせる鐘が鳴り始める。
気になってラヴィエータの席に目をやると、そこに座る人の姿はなかった。
「まだ話をしているのかしら……」
このままサボるつもりなのかもしれないと考えていると、廊下からパタパタと走る足音が聞こえてきた。
ガラッと教室の戸が勢いよく開き、息を切らせたラヴィエータが飛び込んでくる。
走ったせいか、さっきより顔色が良くなっているようだった。
話を聞きたいけど、教授が来てしまったので残念ながら今は時間切れだな。
「うーん、気になる……」
学院の中というのは、内緒話をするのに向かない場所だ。
ラヴィエータに話を聞きたかったのに、一日中チャンスに恵まれなかった。
昼食の時に、それとなくアルフォンソから聞きだそうとしたんだけど、場所が悪いから話せないと断られてしまったし……。
「よしっ、聞きにいこう!」
夕食が終わって自室に戻ってもまだ好奇心がおさまらなかった私は、ラヴィエータの部屋を突撃することを思いついた。
思い立ったが吉日って言うし、そうと決まれば早速行ってみようっと!
コンコン!
「はい」
私がラヴィエータの部屋の扉をノックすると、見知らぬ女の子が出てきた。
「あらっ? この部屋はラヴィエータの部屋じゃなかったかしら?」
3階の右側の一番端って聞いた気がするけど……。
もしかして、左だったかな?
「マルチェリーナ様! はい、ラヴィエータの部屋で合ってます。ここは2人部屋なんですよ」
女の子は、突然の来訪に目を丸くしながら説明してくれた。
私は知らない子だったけど、向こうは私のことを知っているみたいだ。
同じクラスじゃないのに、なんで知ってるんだろう。
「まあ、そうだったの。ラヴィエータはいるかしら?」
「いえ、まだ部屋には戻ってきていません」
どこに行ったのかな?
外はもう暗いし、行くところもないと思うけど……。
「そうなの……。それなら仕方がないわね。ありがとう」
「マルチェリーナ様がいらしたことは伝えておきます」
おお、気が利くいい子だ!
「ありがとう。お願いするわね」
私はにっこり微笑んで、自分の部屋へと引き返した。
ーーあれっ?
私の部屋の前に立っているのはラヴィエータじゃない?
なーんだ、すれ違いになっちゃったのかあ!