第114話 右も左も謎だらけ
「なんで俺に秘密なんだよ? なぜお前だけ招待する必要がある?」
クリス様、それを私に聞かれても……。
私もクリス様と同じくらい不思議に思っています。
「どうしてでしょうね」
「よし、俺も一緒に行ってやる」
「ええっ! それは困ります!」
王妃様が内緒でって言ってるのに、早速バラしてしまったことがバレてしまうじゃないですかっ!
「なんでだよ」
そんな憮然とした顔をしてもダメなものはダメだよ!
「王妃様の信頼を裏切ることになってしまいます! お手紙にはクリス様には内緒でって書いてあるんですよ?」
これからお姑さんになる人を結婚前から怒らせたりしたら……ッ!
ネチネチネチネチネチネチと、死が二人を分かつまでずーーーっといびられることになりかねない。
……うう、考えるだけで寒気がしてきたぞ。
そんな恐ろしい事態だけはなんとしても避けねばなるまい!
「……仕方がないな。じゃあ、俺はその日トニーのところに遊び行くから。王宮でばったり会ってしまったものはどうしようもないだろう」
ばったり会ってしまったって過去形で言わないでください!
まだ会ってませんから!
「そんな……。いいのでしょうか」
「いいんだよ。とりあえず最初だけ1人でいれば十分だ。後から俺が、偶然お前を見かけたという設定で母上の部屋に行くから心配するな」
設定って……。
「せめて30分くらいは間を空けたほうが……。大事なお話があるのかもしれませんし」
「その大事な話を聞き逃さないためにわざわざ出向くんじゃないか。万が一、お前1人のときに重大な決断を迫られたらどうするんだよ。ーーまあいい、明日また話そう。今日のところはもう帰るぞ。誰かに見つかったら出入り禁止になってしまうからな」
寮母さんがまた来ることはないとは思うけど、カレンデュラやルイーザが訪ねてくる可能性もあるもんね。
「わかりました。クリス様、お気をつけて」
「ああ、じゃあな」
クリス様はミエナインを羽織りながらドアノブに手を伸ばした。
「あっ、待ってください……!」
王妃様から手紙が届いてうやむやになってしまったけど、私まだクリス様に謝ってない!
私が悪いんだし、やっぱりきちんと謝るべきだよね。
「なんだ」
出て行こうとしていたクリス様が振り向いた。
「あの、今回のこと……。いいえ、いままでのこと本当にごめんなさい。私、心から反省しました」
「ああ……。わかってくれたならいいんだ。それにまだ99回だからな。もう言うなよ? 結構傷つくんだぞ」
クリス様はそういって優しく微笑むと、私のおでこにちゅっとキスを落として部屋を後にした。
「クリス様……」
片手でおでこを押さえながら、胸のつかえが取れた私はほうっと安堵のため息をついた。
100回目じゃなくて本当によかったな……。
翌日私が食堂に入ると、既にみんな集まってテーブルに着いていた。
私が来るのを待っていてくれたのか、まだ誰も朝食を取りに行っていないようだ。
「みなさん、おはようございます!」
「おはよう、チェリーナ。昨日は夕食に来ないから心配していたのよ」
カレンデュラが心配そうに言った。
「ごめんなさい。部屋に戻ったら疲れが出て、つい眠ってしまったの」
私は無難な言い訳でお茶を濁した。
さすがに昨日の経緯を全員に大公開するのは恥ずかしい。
「そうだったの。昨日はいろいろあったものね。疲れるのも無理はないわ」
いろいろと言われて思い出したけど、あのあとラヴィエータは大丈夫だったのかな。
「アルフォンソ、ラヴィエータの怪我はどうだったのかしら?」
私は、向かい側に座っていたアルフォンソに尋ねた。
「ああ、チェリーナにもらった治癒薬を使ったからね。たぶんもう治っていると思うよ」
「あっ、噂をすればラヴィエータだわ。ラヴィエータ!」
おおい、こっちこっち!
食堂の端の席に腰を下ろそうとしていたラヴィエータを目ざとく見つけた私は、ブンブンと手を振って合図を送った。
ラヴィエータも私たちと一緒に食べればいいのに、いつも遠慮して同じテーブルに着こうとしないんだよね。
「マルチェリーナ様、みなさま、おはようございます」
「おはよう、ラヴィエータ! 足の具合はどうかしら?」
「はい。おかげさまですっかり良くなりました。マルチェリーナ様の治癒薬はすごい効き目なんですね。昨日はいろいろとご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ラヴィエータが謝罪の言葉を口にした。
「ラヴィエータが謝ることはないわ! 悪いのはあの黒馬車よ!」
「ぶふっ! 黒馬車連続殺人事件だっけ?」
私は憤慨して黒馬車と言ったのに、変なところに食いついたジュリオが吹き出した。
重大事件なのに、この人のんき過ぎじゃないかな。
「そうですけど」
「確かに馬車に轢かれそうにはなったけど、誰も死んでないのに連続殺人って! ぶはっ!」
ふーんだ、笑いたければ笑えばいいじゃない。
あとで私の名推理が正しいことが証明されたときに、吠え面かくことになるのはジュリオのほうなんだからね!
「ぶっ、思い出させるなよ、ジュリオ。犯人は崖の上にいるんだったか」
ガブリエルまでジュリオに加担して茶化してくる。
「”犯人は、10代から20代、あるいは30代から40代の、女性もしくは男性である可能性が高いでしょう!”とも言ってましたね」
意外と芸達者なファエロは、器用に私の声色を真似た。
結構うまいじゃないか。
「ぶはっ!」
「ははははは!」
「ふふっ、そんな、笑いすぎよ。ふふ」
ちょっとちょっと、みんな酷くない?
なにがそんなに面白いのかまったく分かりませんけど。
やれやれ、これが箸が転がっても笑えるお年頃というやつなんだね。
「ーーえっ?」
私は何の気なしにラヴィエータの顔を見て、思わず驚きの声をもらした。
ラヴィエータが顔色を失くして、はっきり分かるくらいガタガタと震えていたのだ。
「ラヴィエータ、どうかしたのかい?」
異変に気付いたアルフォンソはサッと立ち上がると、ラヴィエータを誘導して自分の隣に座らせた。
「いえ、あの……、犯人は、崖の上にいるんですか……?」
「えっ? ええ、まあ、そういうことになるわね!」
ドラマでは、そこを探せば間違いなくいるよね。
でも、そこまで驚くことなのかな?
ラヴィエータが何をそんなに驚いているのか、本当に不思議なんだけど。
「それに……、連続殺人……」
「えっ、そうね、だいたいそんな感じよ。正しくは、そんな感じになりつつあると言ったほうがいいかしら?」
この部分についてはあんまり自信ないから、少し幅を持たせる言い方に変えておくことにする。
「連続殺人に……、なりつつ、ある……」
ラヴィエータは、なぜか言葉の意味を噛み締めるようにひとことひとこと区切りながら繰り返した。
「どうかしたの?」
「……」
ラヴィエータは、ついには黙り込んでしまった。
その様子を不審に思ったみんなも、笑うのを止めて一様に不思議そうにラヴィエータを見ている。
「こんなに大勢の人がいる中では話せないことなのかもしれないよ。どこに耳があるか分からないからね。ラヴィエータ、よかったら場所を移して話そうか」
「アルフォンソさん……」
アルフォンソは、ラヴィエータの手を取って立ち上がる手助けをした。
ラヴィエータもアルフォンソの言うがままに大人しく立ち上がる。
「えっ、2人とも朝食は食べないの?」
「前にチェリーナにもらった食料がアイテム袋にまだあるから。僕たちは適当に朝食を済ませるよ」
そう言ってひらひらと手を振りながら行ってしまった。
……ええっ!?
ほんとに2人だけで行っちゃうの?
理由が気になって仕方がないよ!




