第11話 討伐の顛末
その日の夜、プリマヴェーラ辺境伯家の食堂は、私たち家族や両家の騎士たちで溢れ返っていた。
とても全員は入りきれないので、玄関ホールの椅子やソファ、それから椅子代わりに階段に腰掛ける人までいるほどの大賑わいだ。
私は、早速お父様にねだって事の次第を聞かせてもらった。
カレンデュラがフィオーレ伯爵家を出る時、侍女と4名の護衛騎士、それに御者の総勢7名で出発したそうだ。
自領では順調な旅だったが、領境を越えたあたりの人気のない街道で待ち伏せをされていたらしく、あっという間に大勢の盗賊たちに取り囲まれてしまった。
4名の護衛騎士たちは必死に応戦したが、20名ほどの盗賊相手では多勢に無勢、抵抗むなしく馬車ごと盗賊に奪われてしまう。
護衛騎士たちは、お父様たちが見つけたときには出血がひどく、命が助かるのか危ぶまれたが、治癒効果のあるラップを巻いたことで小康状態になったらしい。
そのまま4名の護衛騎士たちと、プリマヴェーラ辺境伯家の騎士1名をその場に残して、残り29名で盗賊の追跡をしようとしたその時、お父様の頭に赤い布がぱさりとかかったそうだ。
「何だ、この布は? どこから来たんだ」
手を伸ばして掴もうとすると、赤い布はすっと離れてしまう。
「お父様、その布にチェリーナの頭文字が書いてありませんか?」
「そうか? よく見えんな」
更に手を伸ばすと、そのままブーンと離れて飛んで行ってしまいそうになった。
「追ってみるか」
何か意味があるのかもしれないと思い、慌てて馬で後を追っていくことにした。
まるで道案内するかのように、付かず離れずの距離で飛んでいく布を追って森の中を進むと、赤い布は洞窟の中に消えていった。
洞窟の入り口には見張り役らしい男が二人立っている。
「見つけたぞ」
お父様は少し離れたところから様子を窺い、小声で指示を出した。
「皆、マントを羽織って姿を消せ。大勢で洞窟に入っては戦いにくい。突入は3名、残りは出口を固めて逃げてくる敵に対処しろ」
「はっ!」
「チェレスは大人しくーーー、ん? チェレス? チェレスはどこだッ!?」
気が付くと、お兄様の姿がどこにも見えなくなっていた。
思いがけない事態に緊張が走る。
「ま、まさか……一人で洞窟に入ったのでは……」
騎士の一人がぽつりと言った言葉に顔を青くしたお父様は、無言でマントを羽織るとダッと駆け出した。
「チェーザレ様! 俺達も、後に続くぞ!」
あっという間に洞窟の入り口に辿り着いたお父様は、剣の柄で見張り役の頭を殴りつけ、声をあげる隙も与えず気絶させた。
そのまま洞窟の中へと進むと、奥の方から大きな悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃああーーーッ!」
「うわああああ!」
「ギャーーーーッ、たすけてくれーーー!」
叫び声をあげながら、盗賊たちは出口に殺到してくる。
お父様はさっと脇によけ、盗賊たちをやり過ごすと足早に悲鳴の聞こえた方へと進んだ。
「チェレスッ!」
洞窟の奥に、お兄様とカレンデュラ、そしてカレンデュラの侍女の姿を見つけたお父様は、ほうっと安堵のため息をついた。
マントを脱いで姿を現わすと、さっそくお兄様を叱り飛ばした。
「はーーーーっ、……まったく、お前は! 一人で洞窟に入るとはどういうつもりだ! マントで姿が見えなくなると言っても、本当に消える訳じゃないんだ。切り付けられたら死んでいたかもしれないんだぞ!」
額に青筋を立てて怒鳴るお父様に、お兄様はもちろんのこと、カレンデュラや侍女まで身をすくめる。
「お父様、ごめんなさい。でも、カレンは僕が助けたかったんです」
「お前な……、十年早いんだよ! そういうことは、剣も魔法も、もっと強くなってから言え!」
「はい……。ごめんなさい」
お父様は、素直に謝るお兄様に一つ頷くと、カレンデュラのほうへ向き直った。
「カレンデュラは怪我をしていないか? 侍女の方も無事ですか?」
「チェーザレおじさま、私たちは大丈夫です。怪我はしていません……、でも、でも、こわかったっ……ううっ」
カレンデュラも侍女も相当恐ろしい思いをしたらしく、助かった今もガタガタと震えが止まらないようだった。
お兄様はそんなカレンデュラをやさしく抱きしめると、落ち着かせるように背中をさすった。
「もう大丈夫だぞ。さあ、表へ出よう。フィオーレ伯爵家の護衛騎士たちは大怪我をしていたが、なんとか命は取り留めそうだ」
「フィオーレ伯爵家の騎士たちに会ったのですか?」
騎士たちのことを心配していたらしい侍女が尋ねた。
まだ10代半ばの若い侍女だ。
「ああ、ここに向かう途中でな。出血が酷くてどうなるかと思ったが、幸い治癒効果のある魔法具を持っていたから助けられたよ」
「よかった……、ありがとうございます! プリマヴェーラ辺境伯様!」
侍女はぽろぽろと涙をこぼしながら、助けてくれたお父様に感謝した。
「ところで、盗賊どもはなぜ急に叫んで外へ出て行ったんだ?」
「それは、僕が脅かしたからです」
「脅かした?」
「はい。こうやって。ーーーーうぅ…僕を…殺したのは、だぁれ……? おまえだーーー!」
お兄様はマントを羽織って、合わせ目から顔だけ出して恨めしげな声を出した。
体や頭が消えていて、顔だけ出ていると幽霊のように見える。
自分たちが殺した子どもの幽霊が出たと思ったのか、盗賊たちは我先に逃げ出したのだ。
「おお、顔だけ出すと確かに不気味だ」
「そうでしょう!」
お兄様は得意げに顔をほころばせた。
「さあ、暗くなる前に屋敷に帰ろう。行くぞ」
お父様はそんなお兄様に苦笑しながら、先頭に立って外へと誘導した。
お父様たちが外に出ると、あたり一面に投網に絡め取られた盗賊が転がっていた。
うちの騎士たちの話では、洞窟から出てきた盗賊に投網を投げるだけの簡単なお仕事だったらしい。
お父様はうちの騎士たちに盗賊の始末を任せると、お兄様たちと数人の騎士を連れて先に屋敷へと戻ることにした。
フィオーレ伯爵家の護衛騎士たちを置いてきた場所まで戻ると、そこにはフィオーレ伯爵家の騎士たちとミケーレの姿があった。
「おおっ! カレンデュラ様っ、よくぞご無事で!」
「カレンデュラ様!」
「ああ、よかった!」
フィオーレ伯爵家の騎士たちは口々にカレンデュラの無事を喜んだ。
お父様がなぜここにいるのかと尋ねると、プリマヴェーラ辺境伯家から空飛ぶ魔法で知らせが届いたのだという。
フィオーレ伯爵家の騎士たちは取るものも取り合えず駆けつけたが、既に日が傾き始めてしまった。
暗い中を捜索するのは難儀だと思っていたところに、負傷した騎士たちに偶然出くわした。
ちょうどそこへお父様たちがやってきたのだという。
「なるほど。ご覧の通りカレンデュラは無事に救出した。今夜は我が屋敷へ泊まられてはいかがかな? 暗い中を子どもや怪我人を連れて帰るのは大変だろう」
お父様はフィオーレ伯爵家の一行に、今夜はうちの屋敷へ泊まるようにと申し出た。
フィオーレ伯爵家へ帰るよりも、プリマヴェーラ辺境伯家の方が近いもんね。
そして、一人を伝令としてフィオーレ伯爵家へ帰して、追いついてきたうちの騎士たちも一緒にこうして大勢で戻ってきたという話だった。
ああ、みんなが無事で本当によかった!