第107話 黒髪のおじさん
私は会場の扉を開けると、ホワイトボードを中に押し入れながらお客様に声をかけた。
「お待たせいたしました! こちらの白い板に造花をつけてください。お土産は、この扉を出てすぐのところにご用意いたしましたので、そちらでお選びいただけます」
わあーっ、と歓声をあげていち早く走ってきたのは子ども達だ。
どうやらさっきから待ちかねていたようだ。
みんな、お待ち遠さま!
私はちびっこの前にしゃがみ込むと、優しく話しかけた。
「よい子のみんなは誰がよかったのかな?」
私かな?
「うーんとねー、えがうごいてすごかったー」
「うたがじょうずだったー」
「ぼくもベンベンにいってみたいー」
……えっと、俳優の立場は……。
でも言われてみれば、テーマソングや挿入歌を担当してくれたパヴァロ君にも投票される権利があるな。
「ありがとう、とてもいい指摘ね。歌を担当してくれたのはパヴァロ君という人なのよ」
私は縦に10等分されていた線の下の部分を消して、横長にパヴァロ君用のスペースを確保した。
「うわあ! せんがきえた!」
「おえかきしたい!」
「すごーい!」
ボクたち、すごいのは分かったから投票をお願いできるかな?
後ろに列ができちゃってるよ……。
「絵が動いてすごいと思った人は、アルフォンソのところへ花を付けてね。歌がよかった人はパヴァロ君のところ。それから、ベンベンは信じる人だけに見える特別なお店なのよ」
本当は架空の店だけど。
「さあさあ、みんな! あっちにお菓子があるわよ! 誰が早いか、みんなで競争よー!」
子ども達は、わーっと声をあげて走っていった。
なんとか子ども達を送り出すと、私は待っている人たちに声をかけた。
「お待たせいたしました。お次の方、前へどうぞ!」
今度こそ私かな?
「私は特に歌が素晴らしいと思ったわ」
あ、はい。
パヴァロ君ですね。
「私も歌が」
「私も歌で」
「私は絵が動いていることが衝撃的でした」
「私もですわ」
………………ん?
パヴァロ君とアルフォンソの一騎打ちなの!?
まさか過ぎる展開でしょ!
演技した俳優の立場は!
「君、あの歌を歌った人を紹介してくれないかね? 彼の声は素晴らしいよ。私は劇場を経営しているんだが、ぜひとも彼に会ってみたい」
パヴァロ君!
スカウトまで来ています!
「ええ、もちろんご紹介いたしますわ。……あの、ご一緒に女優もいかがですか?」
「いや、うちには美しく才能ある女優がたくさんいてね。間に合っている」
なんてこった……!
私の女優になる夢はどうなる!
私も才能は十分な筈だから、暗に美しさが足りないって言われてるんだろうか……。
でも私はどちらかといえば、美人女優枠よりも演技派女優枠狙いなんです!
……腑に落ちないものがあるけど、いまはパヴァロ君の才能が認められたことを素直に応援しないといけないな。
私は、どこぞの貴族と思われる40代くらいの紳士に向かって無理やり微笑んだ。
「左様でございますか。ーーラヴィエータ、悪いけれど、パヴァロ君を探してきてくれないかしら? こちらのお客様がパヴァロ君にご用があるそうなのよ」
「はいっ! すぐに呼んでまいります! 少々お待ちくださいませ」
ラヴィエータもパヴァロ君が劇場のオーナーにスカウトされたことに声を弾ませていた。
「来たらお知らせしますので、どうぞお先にお土産を選んでいてください」
「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう」
私が次のお客様の相手をしようとしたところで、クリス様が耳打ちしてきた。
「おい。そろそろ父上のところへ行くぞ」
ああっ、そうだ!
これから国王陛下にご挨拶するんだった。
しかもあのテーブルって、さっき立ち上がってわめいてたおじさんもいるんだよね……。
「はい……、承知いたしました。みんな、お客様のお相手をお願いね」
「ええ、任せてちょうだい」
私はカレンデュラたちに一声かけてから、クリス様の後について国王陛下の元へと向かった。
「父上、お久しぶりです」
「おお、クリスティアーノか。それにマルチェリーナも久しぶりだな。お前達の余興、大いに楽しませて貰ったぞ。絵が動くなど、あのような珍しい物は初めて見た。今日来られなかった者にもぜひとも見せたいものだ」
国王陛下は上機嫌でクリス様と私を迎えてくれた。
「お褒めに預かり光栄でございます、国王陛下」
私が深々と頭を下げると、国王陛下はまなじりを下げて私を見た。
「それにしても、マルチェリーナは随分と美しくなったものだ。クリスティアーノと似合いの夫婦になるだろう」
やった、本日2回目の褒め言葉いただきましたっ!
やっぱり美しさもクリアしてるよね!?
「そんな、美しいだなんてっ」
「お世辞はそれくらいにして、魔法具について話したい」
ああん!?
お世辞って失礼にも程があるな!
こんな失礼なことを言うやつは……、やっぱりあの黒髪のおじさんだ。
「ガリアーノ、お前というやつは……。マルチェリーナ、この者は王宮魔術師長のガルコス公爵だ。お前の作った魔法具のことが気になって仕方がないらしい」
国王陛下は呆れた目でガルコス公爵を見てから、私に紹介してくれた。
ガブリエルのお父さんかい。
いろいろそっくりだな。
「マルチェリーナ・プリマヴェーラと申します」
「無論何者であるか分かっているから話しかけたのだ。希少な創造魔法の使い手の実力は、この目でしかと確かめさせて貰ったぞ! 魔法学院卒業後は、王宮魔術師になるが良かろう」
なるが良かろう!?
誰も望んでないんですけど!?
「いえ、私は卒業後はクリスティアーノ殿下の妻にーーー」
「結婚をしたからといって王宮魔術師になれぬということはない。両立すれば良いではないか」
話しきらないうちに言葉をかぶせられたけど、私、卒業後は優雅な専業主婦希望なんでお断りします!
「ガルコス公爵。マルチェリーナは王宮魔術師にはならない。私たちは王都に住むつもりはないからな」
「なんと! 結婚後は王都にお住まいにならないおつもりで!? それはフォルトゥーナ王国にとって大きな損失! 国王陛下からもお口添えを!」
クリス様がさらりと断ってくれたけど、ガルコス公爵は口から泡を飛ばさんばかりの勢いで食って掛かってきた。
王都に住むなんてとんでもないよ!
この人の近くにいたら、干からびるまで酷使される未来しか見えない。
「あーーー、ガリアーノ。チェーザレがこちらを焼き尽くしそうな目で見ている。お前がマルチェリーナに無理難題を言っているのが聞こえているようだぞ」
国王陛下が目で合図した方向を見ると、確かにお父様がこっちをガン見している。
「たとえ相手がプリマヴェーラ辺境伯であろうとも、国家の一大事とあってはおめおめと引き下がるわけには行かぬ! どこからでもかかってくるがいい!」
ガルコス公爵はキッとお父様を睨み返す。
あの……、パーティ中に宣戦布告しないでもらえるかな?
「はあ……。誰か、チェーザレを呼んできてくれ」
「はっ」
よかった、お父様が来てくれるなら安心だ。
国王陛下のそばに控えていたロマーノが迎えに行きかけたが、お父様はせっかちにも席を立って大またでこちらに向かって歩いてきた。
「失礼致します。国王陛下、お呼びでしょうか?」
「ああ、チェーザレ。相変わらず見上げるほどの大男だな。頼もしい限りだ」
今日のパーティでは国王陛下への最敬礼は不要と事前に通達されていたため、お父様は国王陛下の前に立ったままだ。
そのせいで余計に高低差ができてしまい、国王陛下は思わずデカいなと素直な感想が口から出たようだ。
「恐れ入ります」
「実はな、ガリアーノがお前の娘にーーー」
「話がある!」
ガルコス公爵は、またも人の話の途中に乱入した。
いくらなんでも、国王陛下の話をぶった切るのは失礼すぎない……?
「プリマヴェーラ辺境伯、お嬢さんをいただきたい!」
え……、プロポーズですか……?
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今年は今日が最後の投稿になります。
みなさま、よいお年を!