第106話 一番人気は誰の手に
ううっ……、ぐすっ、2人が無事に元サヤに収まってよかったっ!
クリス様が許しを請うあたりからエンディングテーマが流れ始め、2人が抱き合うシーンでちょうど歌のサビの部分と重なったことで、否応なく感動が盛り上がる。
~君を悲しませた僕を許して
近すぎて大切さに気付けなかった
君はまだ僕のものだと言って
僕には君が真実の愛だと気付いたんだ~
いい歌だ……っ!
私は握り締めていたハンカチでそっと目元をぬぐった。
「……お前……、自分が考えた話でよく泣けるな」
「しっ、お静かに! 歌がまだ終わってません!」
上映の最中だというのに私語を慎まないクリス様を小声でたしなめる。
まったく、今後また上映するときは上映中のマナーを周知徹底しとかないといけないな。
おしゃべりは周りの迷惑です!
前の椅子を蹴らない!
通信機はマナーモードで!
「……いま終わったようだぞ」
クリス様のせいでせっかくの余韻が台無しになったけど、確かにちょうどいま歌が終わった。
「……そうですね」
歌が終わったというのに、会場は物音ひとつせず異様に静まり返っている。
あれ……?
無理強いするわけじゃないけど、拍手とか……ないの……?
ーーペチペチペチッ……。
「おもしろかったー!」
「もっとみたい!」
「おうじさまとおひめさまが、しあわせになってよかったあ!」
小さな拍手と共に可愛らしい感想が聞こえてきた。
呆然とした表情だった大人たちは、その声にハッと我に返ったようにパラパラと手を打ち始め、あっという間に会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
「素晴らしかったですわ!」
「いや、ものすごい迫力でしたな!」
「すっかり引き込まれました!」
いやあ、そんなに絶賛されるとぉ~、困っちゃうなぁ!
一瞬時代が私に追いついてないのかと焦ったけど、やっぱり才能ってどうやっても隠し切れないものなんだな、うん。
「……っ、これは、いったい何なのだ!? 劇場で見る芝居のようだが、なぜクリスティアーノ殿下や他の者があんなに大きくなる!?」
国王陛下のテーブルに同席している黒髪のおじさんが、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
なんだなんだ!?
ちょっとケンカ腰じゃないですか?
どことなく誰かに似てる気がするな……。
あ、国王陛下に座れと窘められてる。
「チェリーナ、みんなで舞台に上がって挨拶をしよう」
まったく収まる様子のない拍手に、顔を紅潮させたアルフォンソが小走りでやってきた。
「アルフォンソ、お疲れ様! 素晴らしい編集だったわ。撮り始めの頃と結末が変わってるとは思えないくらい、まったく違和感がなかったわよ」
「うん、編集で思い切って順番を入れ替えてよかったよ。最初の頃のは全て回想シーンにしたんだ」
私の当初の台本では、ラヴィエータが入学したところから物語が始まり、いろいろ嫌がらせ事件が起こって、婚約破棄騒動があって、私が投獄されて国外追放されてクリス様とラヴィエータが結ばれることになっていた。
……いま考えると最悪な話だな。
こんな内容じゃ受けるわけがないし、子どもにも見せられない。
いつのまにか主役と結末が変わってしまったけど、時系列どおりに物語が進むよりも、アルフォンソの編集の方がよりドラマティックな仕上がりになって結果オーライだと思うな。
「おい。みんな見てるぞ。壇上に行こう」
「あっ、はい。そうですね!」
既にカーテンも元通りに開け放たれ、出演者のみんなも集まってきていた。
クリス様を先頭に、私、お兄様、カレンデュラ、ルイーザ、ジュリオ、ファエロ、ガブリエル、ラヴィエータ、そしてアルフォンソが壇上に上がる。
「みなさま! お楽しみいただけましたでしょうか? このように大きな拍手をいただけましたこと、感無量でございます」
私がみんなを代表して挨拶を始めると、いったん鳴り止んだ拍手がまた大きくなった。
「ーーありがとうございます。この日のために、みんなで力を合わせてがんばった甲斐がありました。さて、事前にお知らせしておりましたとおり、これからお待ちかねの投票会がございます。一番後ろの出入り口付近に出演者の名前が書かれた白い板をご用意いたしますので、造花を一番よかったと思う出演者の名前の下へ飾ってください。お渡しした造花は白い板にくっつくように作られております」
投票方法は、ホワイトボードにマグネット付きの造花をくっつけてもらう方式だ。
ほう、と感心したような声が聞こえてくる。
「投票が終わった方は、出入り口を出たところにあるお土産の中から、お好きなものを1つお取りくださいませ。準備が出来ましたら後ろから声をかけさせていただきます。それではみなさま、本当にありがとうございました!」
大きな拍手に送られ、私たちは舞台を下りた。
さてっ!
大急ぎでホワイトボードと、お土産を用意しなくっちゃ!
「みんな、急いで会場を出て準備しましょう! 投票用の板設置班とお土産班の二手に分かれるわよ!」
「俺はお土産班」
ガブリエル!
相変わらずマイペースかつわがままだな!
私は会場の中から見えないように扉を閉めると、まずはホワイトボードと屋台を用意することにした。
「ーーポチッとな! 板設置班はこの板に線を引いて10等分して、それぞれに出演者の名前を書いてね。それから、お土産班は、これから出すお土産の箱を屋台に並べて」
「俺もお土産班がいい」
「僕も」
「俺も」
クリス様たちまでわがまま言わないでほしいな!
「チェリーナ、大丈夫よ。板設置は私たちに任せてちょうだい」
私が口を尖らせかけたためか、カレンデュラをはじめとした女性陣が板設置班になると申し出てくれた。
「ありがとう、みんな! それじゃあ、お土産班はどんどん並べてね、行くわよ!」
ちょっとしたお土産は飴でいいやと思っていたけど、飴はもう子どもたちに披露してしまったし、同じものでは芸がない。
やっぱり、もらって嬉しいお土産と言えばーー。
「ーーポチッとな! ボロニアの月にボロニアタルト、それからボロニアの恋人、これくらいでいいかしら」
私が好きだったお土産をイメージして出してみました!
半円状の黄色いスポンジ生地の中に、カスタードクリームがたっぷり詰まったお菓子と、お芋のペーストをタルト生地の上に絞り出したお菓子、それからホワイトチョコレートをクッキーでサンドしたお菓子だ。
「味見をしてみなくてはこれくらいでいいか悪いか分からない」
「そうだそうだ」
「その通り」
もう、いちいち相手するのめんどくさい!
私はむかつく気持ちを抑えながら、3つの箱の包み紙をバリバリと破った。
「これを味見用に開けましたので、味見をしたいというお客様がいたらこれを差し上げてください」
カサカサ、バリバリ。
男性陣は返事もせずに箱に手を伸ばし、小袋を開封している。
ああ、無視ですか、そうですか。
「……どれも食べてみたいが、この後はお茶の時間になるな」
小袋を開けたところでクリス様の手が止まった。
「クリス様、ナイフで切り分けて一口分ずつにしていただきましょう。チェリーナ、お皿とナイフが足りないよ」
足りないよって何よ!?
なんでお兄様たちのためだけにこんなこと……!
「ーーポチッとな! お兄様、お客様が味見する分もちゃんと切り分けて用意してくださいね!」
「なんで怒ってるのさ? もちろんお客様の分も用意するよ」
「それじゃあ、お客様に声を掛けますからね。カレン、そっちはどう?」
「こっちは準備万端よ」
やっぱりこういう時は女の子の方が手際がいいし頼りになるよね。
世の中に、わがまま坊ちゃまほど役に立たないものはないな。