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第105話 映画『運命の輪』


ロウソクの火がゆらゆらと揺らめく薄暗い小部屋の中に、酔い潰れてテーブルに突っ伏す男の姿があった。

男が熟睡していることを確認した黒装束の侵入者は、壁にかかっていた鍵の束を手に取ると、ランタンの明かりを頼りに地下牢へと続く階段を忍び足で駆け下りていく。


「ーーチェリーナ」


「……っ! お兄様!」


牢の隅に力なく蹲っていたマルチェリーナは、声の主が兄であることに気が付くと、眩しさに目を瞬かせながら明かりの方へにじり寄り鉄格子にぎゅっとしがみついた。


「しっ。静かに。牢番に眠り薬入りの酒を届けさせたんだ。いまのうちに急いで逃げよう」


「逃げるって……どこへですか? うちに逃げてもすぐに追っ手が来ます」


「うちとは反対方向に逃げる方がいいだろう。ともかく、話は後だ。まずはここを抜け出さなくては」


チェレスティーノはポケットから鍵の束を取り出すと、牢の錠をガチャリと開けた。

様子を窺いながら慎重に階段を上がり、外へ出たところでチェレスティーノは小さなカバンを差し出した。


「チェリーナ、これを。平民の服と干し肉、それからお金が入っている。裏に馬が繋いであるからそれに乗って逃げるんだ。……一緒に行ってやれなくてごめんよ」


「お兄様……」


マルチェリーナは不安そうに、受け取ったカバンを抱きしめた。


「僕はチェリーナを信じている。ここに残って、何が起こっているのか探るつもりだ。迎えに行くまで、どうか持ちこたえてくれ」


「分かりました……。私はひとまず隣国のパーチェ王国へ向かいます」


「パーチェか、それはいい。あの国は平和だからね。必ず迎えに行くよ。さあ、急いで行ったほうがいい」


マルチェリーナは頷くと、今生の別れとなるかもしれない兄の姿を万感の思いで見つめ、やがて振り切るように身を翻してその場を去っていった。




月明かりの中で懸命に馬を走らせながら、マルチェリーナは過去の出来事を思い出していたーー。


幼い頃からの婚約者であるクリスティアーノは、1人の少女との出会いを機に別人のように変わってしまった。

そのことを密かに思い悩みつつ静観していたマルチェリーナだったが、ある日突然濡れ衣を着せられ、弁明の余地もなく囚われの身となった。


『マルチェリーナ・プリマヴェーラ! お前との婚約を破棄する!』


衆人環視の中での婚約破棄。

あの時のことを思い出すと、マルチェリーナの胸に生々しい痛みが蘇ってきた。


「もう……、忘れなければ。これでお別れです。クリスティアーノ殿下」


マルチェリーナは1人そう呟くと、きりりと前を向いて手綱を握り直した。




「マルチェリーナが逃げただと!」


クリスティアーノは憤慨して大声をあげた。


「はっ……」


「ラヴィエータが危険だ。チェレスティーノ、ジュリオ、ラヴィエータの警護をしてくれ」


「承知いたしました」


2人がラヴィエータの元へ向かう途中、前方にラヴィエータを狙う赤毛の女の後姿が目に入った。

手にはギラリと光るナイフを握っている。


「何をしているっ!」


チェレスティーノが大声をあげると、赤毛の女は振り返ってこちらを見た。


「……っ、チェリーナ!?」


赤毛の女はダッと駆け出して逃げようとするが、チェレスティーノとジュリオの足にはかなわない。

チェレスティーノの伸ばした手が、赤毛の女の髪に絡まった。


すると、ズルリと髪がすべり落ち、地毛と思われる金色の髪が露になった。


「なっ! これは、カツラか! 貴様、チェリーナじゃないな!?」


「ふっ、今頃気が付いたの? 揃いも揃ってどん臭いったらないわね! あははははは!」


「しかし、顔はマルチェリーナ嬢と同じじゃないか! 一体どういうことなんだ!?」


ジュリオが困惑していると、騒動に気付いて追いかけてきたラヴィエータが息を切らしながら呟いた。


「……私にいやがらせをしていたのは、マルチェリーナ様ではなかったのですか? 私、なんとお詫びすればいいのか……。あなたは、どうしてこんな事をしたんですかっ!?」


「フン。説明してやる義理はない」


女は、ふてぶてしくそっぽを向く。


「こいつ! クリスティアーノ殿下の元へ連れて行って取り調べよう」


「ちょっと! 痛い!」


チェレスティーノに腕を掴まれた女は、ずうずうしくも文句を言う。


「こ、これは何事だ! その女は……!?」


「クリスティアーノ殿下」


振り向くと、いつの間にかクリスティアーノが後ろに立っていた。


「……この女が、マルチェリーナのふりをしてラヴィエータ嬢に危害を加えていたようです。赤毛のカツラを着けていました」


「なにっ!? マルチェリーナは……、無実だったのか! なんということだ! なぜこんな事を!」


クリスティアーノは女に詰め寄った。

クリスティアーノの剣幕に怯んだように、女はぼそぼそと話し始める。


「……仕事だよ。この国の王子を籠絡しろという命令でね。だから、婚約者と、王子に近づくラヴィエータとかいう女を、いっぺんに追い払える方法を取ったまでだ。……私の魔法があれば簡単な事だったよ」


「この国の王子だと!? お前は、他国のスパイなのか! お前の魔法とは一体何なのだ!」


「私の魔法は、暗示の魔法……。お前たちには、私の顔がマルチェリーナの顔に見えている筈」


女の口がニヤリと弧を描いた。


「……くそっ!」


この女はマルチェリーナではなかった。


それなのに、自分は婚約者であるマルチェリーナを信じることもせず、大勢の人の前で彼女を糾弾し、その上地下牢へと閉じ込めたのだ。


クリスティアーノは自分の所業を後悔し、頭を抱えた。





隣国に辿り着いて数週間が経ち、マルチェリーナは兄に渡された資金が尽きないうちにと小さな店を始めていた。


チリンチリン。

ドアベルが鳴る。


「いらっしゃいませ! あなたの街のほっとステーション、魔女の便利屋”ベンベン”です! 本日はどのようなご依頼でしょうか?」


今日の客は、早くも常連になりつつある料理人だ。

普段の仕事に役立つ、料理関係の道具を買い求めにくることが多い。


「店長さん、食料を長く保つ方法はないかな?」


「ありますよ! 魔法の保存箱の中に入れておけば長持ちします」


「あるのかい? それじゃあ、火を使わず冷めた料理を温める方法はないかな?」


「ありますよ! 魔法の加熱箱の中に入れればすぐに温まります。2つとなると、作成に少しお時間をいただきます」


客の希望を聞きながら手際よく受付を進めていると、またドアベルの音が鳴った。


チリンチリン。


「いらっしゃ…………っ!」


マルチェリーナは驚きに目を見開いた。


「ーーマルチェリーナ……」


「クリスティアーノ殿下……」


まさか、王子自らが他国まで捕えに来るとは思ってもみなかった。

思わず後ずさると、後ろの棚にドンとぶつかり、棚の上のものがバラバラと落ちてくる。


「危ない!」


クリスティアーノはマルチェリーナの手を引っ張り、棚のそばから移動させた。


「チェリーナ……、ごめん。真犯人が見つかったんだ。他国のスパイが魔法でチェリーナに化けていた」


「えっ、他国のスパイが魔法で? ……そうだったのですか……」


マルチェリーナは、自分にかけられていた嫌疑が晴れたことに、ほっと胸を撫で下ろした。


「本当にすまない。婚約者である君を信じず、他国のスパイに踊らされるとは自分が情けないよ」


「クリスティアーノ殿下……、いいのです。今回のことで、私は人間的に大きく成長できたような気がしているのです。自分ひとりでお金を稼ぎ、生活をする。貴族の娘として生きていれば、到底経験できないことでした」


「しなくていい苦労をさせてしまったな……。チェリーナ、どうか俺を許し、国に戻ってきてくれないだろうか?」


クリスティアーノは、マルチェリーナの両手をぎゅっと握って懇願した。


「クリスティアーノ殿下……」


「もうクリス様とは呼んでくれないのか?」


「お呼びしてもよいのですか?」


マルチェリーナは涙で潤んだ目でクリスティアーノを見つめた。


「もちろんだ。人生を共に過ごすのは、やはりチェリーナしかいないと分かったんだ」


「クリス様!」


「チェリーナ!」


そして2人は、もう離さないとばかりにきつく抱きしめあった。



ーー紆余曲折を経て改心したクリスティアーノは、その後結婚したマルチェリーナの良き夫となり、2人はいつまでも幸せに暮らしたというーー






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