第101話 待ちに待った日
ハンバーグを味見したとたん、やる気を漲らせたゼイラムさんは、頭の中にアレンジのアイデアがどんどん浮かんでくるようだった。
「一つ一つ成形してもいいが、型に入れてオーブンで焼くのもいい。中にゆで卵や彩りのいい野菜を入れても、切り分けたときの断面が美しいな。この料理には無限の可能性がある! ーーーフフフフフ、ハハハハハ……、ハーーーハッハッハッ!」
大興奮を抑えきれないゼイラムさんは、高笑いをあげながらすごいスピードで塊肉をひき肉に変えていく。
あの……、笑うのはいいけど、ツバが飛ばないか気になります……。
そして小一時間ほど経った頃、調理を担当してくれたゼイラムさんたちにより、私の提案した料理は驚くほど洗練されて仕上がった。
見事に再現されたデミグラスソースのハンバーグに、とろけたチーズが食欲をそそるイタリアンハンバーグ、それから色とりどりの断面が華やかなミートローフがずらりと並んでいる。
イタリアンハンバーグはトマトソースの他に、お皿に緑のソースで模様が描いてあったりして超キレイじゃない?
なにこれ、バジルソースなの?
「では、みなさん。出来たものから試食を始めましょう」
各自のお皿の上には、ゼイラムさんが一口分ずつ綺麗に盛り付けてくれたハンバーグ各種が並んでいた。
ラヴィエータとピアが作った料理は、オーブンで焼き上げるのにもう少し時間がかかりそうだ。
みんなどれから食べようかと迷いながらも、思い思いに料理に手をつける。
「んんーっ、おいしいっ!」
「美味いな」
「おべんとーのハンバーグもおいしいけど、これもおいしいわ」
通信機で呼び出したアルフォンソも、目を輝かせながら熱心に料理を眺めている。
「これはいいね。この調理方法なら、一度に大量に作れるところが素晴らしいよ。昼時に、パンに挟んで売ったらかなり売れるんじゃないかな。……前日に作り置きして、切り分けてから鉄板で表面を焼き直せば、楽な上に温かい状態で販売することもできる」
アルフォンソが特に興味を持ったのは、私のハンバーグ……ではなく、ゼイラムさんが作ったミートローフだ。
パンに挟んだらほぼハンバーガーじゃない?
抜け目ないアルフォンソのことだから、そのうちアルベルティーニ商会で人を雇ってハンバーガー屋を始めたりするかもしれないね。
それにしても、王宮料理長の作った料理は味もさることながら見た目が大変美しく、私の提案した家庭料理とは一線を画す出来栄えだ。
これが王宮料理長の匠の技……。
もしかして私、プロ中のプロである王宮料理長の仕事に口を出すなんて、出過ぎたことをしたんじゃなかろうか。
今更ながら心配になってきたよ……。
そして、大勢の人を巻き込んで準備を重ね、ついに待ちに待った創立記念パーティ当日がやってきた。
今日のパーティは子連れ参加もOKのため、日中に開催されることになっている。
10時半頃から受付を開始して、11時に予定されている校長先生の挨拶でパーティが始まり、続いて来賓の国王陛下の挨拶がある。
しばしの歓談の後、12時頃にビュッフェ形式で昼食が振る舞われ、午後3時頃にお茶とお菓子が振る舞われる予定だ。
私たちの劇は、昼食とお茶の時間の間、昼食が一段落する13時半頃からの1時間を割り合てられている。
「清々しい朝だわ!」
私は朝早くに目を覚ますと、カーテンを開け放って手早く支度を整え、食堂へと向かった。
私が一番乗りかと思いきや、私と同様に早くから目が覚めてしまった人がいたらしく、食堂は多くの生徒たちで賑わっている。
その中にアルフォンソとカレンデュラとルイーザ、そしてラヴィエータの姿を見つけた私は、元気よく朝の挨拶をした。
「おはよう、みんな! 今日はいい天気ね! きっと日ごろの行いがいいからだわ!」
「おはよう、チェリーナ。午後からの上映のことを考えると、緊張してよく眠れなかったよ」
そう訴えるアルフォンソの顔を見ると、確かに目の下にうっすらと隈が出来ている。
「あら、準備はもう万端なんだし、緊張することなんて何もないじゃないの。これから生の舞台で演技をして見せるわけじゃないんだし」
いまから緊張したって録画済みの内容は変わらないよ?
「それはそうだけど、観客の反応を考えるとやっぱり緊張するよ。みんなで長い間がんばって作り上げた作品だし、思い入れがあるからね」
なるほど……、大勢の人に私たちの作品をしっかり見てほしいよね。
そうだ!
観客側もただ見るだけじゃなくて、参加型の上映会にするのはどうかな?
「いいことを思いついたわ! 観客には、一人一人に造花か何かを渡して、上映後に一番よかったと思う人に投票してもらうの。投票してくれた人には、お礼にちょっとしたお土産をあげるのよ。そして、投票で一番票を集めた出演者には、私から賞品をあげるというのはどう? 素敵じゃない? とてもいい考えだわ!」
我ながらナイスすぎるアイデアだ!
「あら、それはいいわね」
「私もいいと思うわ」
「確かにそういう風にすれば、観客の真剣さが変わってくるね」
うんうん、ちょっとしたお土産は大阪のオバちゃんを見習って飴ちゃんでいいよね!
私からの賞品は商品券にしようかな?
商品券の金額に応じて、私作の魔法具を1つか2つプレゼント的な?
でもまあ、一番になるのは私だから、商品券は無駄になっちゃうか。
「おはよう」
声をかけられてそちらを見ると、お兄様たちが私たちのテーブルに近づいてくるところだった。
「おはようございます! いまちょうどいいことを思いついたところだったんですよ!」
「えっ……、この期に及んでまだ思いつきで何かする気なの……? できればもうこれ以上思いつかないでほしいな……」
お兄様が嫌な顔をして私を見る。
「お兄様ひどい!」
「チェレス様、本当にいい考えなんですよ。観客が一番よかった人に投票をすると、お礼にちょっとしたお土産をもらえることにするんですって。そうすれば、ちゃんと劇を見てくれる人が増えるんじゃないかしら。それに、一番票を集めた出演者にはチェリーナから賞品が出るそうですよ」
カレンデュラの説明に、バッと音がしそうな勢いで首を捻って私を見たのは、ガブリエル、ジュリオ、そしてファエロだ。
「なんということだ! なぜそれを最初に言わない!」
「出番が多い方が有利じゃないか、不公平だぞ!」
「出演交渉時にその提案があれば……」
えっと……、お坊ちゃま方。
まさかの賞品狙い!?
ふふん、そんな不純な動機の人が私を差し置いて一番になろうなんて、100万年早くってよ!
「みなさん、出番の多い少ないは関係なく、演技力がものをいうのです。それにガブリエル様には魔法具を前払いしてるじゃないですか」
「もっともらえるならもっと欲しいぞ!」
しらんがな。
ガブリエルに魔法具をあげる理由もないし、無視だ、無視!
ツーン!
10時を過ぎた辺りから、続々と馬車が校庭に入って来た。
主を下ろして去っていく馬車もあれば、校庭に馬車を止めて主の帰りを待つらしい馬車もある。
御者や馬はパーティを楽しむことなく、ずーっとあそこで待ってるんだよね……。
なんか気の毒だから、お昼時に何か差し入れしてあげようっと。
人間には和牛ステーキ弁当と紅茶、馬にはにんじんとりんごでいいかな。
ブーブーブーブー!
「ひゃっ! びっくりした! はい、こちらチェリーナ隊員です、どーぞー!」
『チェリーナ、俺だ』
んっ、オレオレ詐欺?
じゃなくて、その声はお父様!
「お父様! もう着いたんですか? 私たちは正門側の校庭にいますよ! お父様はどこにいるんですか?」
『俺たちはトブーンで来たから目立たないように裏庭にいるよ。図書室の近くだ』
「わかりました! いま迎えに行きますね!」
やったやった、お父様だー!