第8話 魔獣狩り 前編
朝になり、俺は先に目を覚ました。夜明けの空が美しく、しばらく見とれていた。空気がややひんやりしており、眠気もそれに触れたことで覚めた。そして彩音を起こさないように静かに着替え、ベランダにそっと出てみた。
その先には、地平線が見えるほどの広大な海が広がっていた。時折強い波の音が耳の中に入ってきた。しばらく俺はそれを感じながら、明けていく空を見てから部屋を後にした。
「ん、響……。」
彩音は朝が少し弱く、まだ寝かせとかないと起きた後も調子が悪いことは付き合いの中で分かっていたので、先に部屋をそっと出てから建物の外に出た。
「魔法探偵&解決屋?ハーネイトさんはこういった仕事をしているのか。道理で忙しいのか。」
玄関の入り口をよく見ると、そこにはそう書かれた看板と、病院らしきマークがあった。昨日はあまりよく見る暇がなく、改めて見てからハーネイトさんがいくつも兼業していることが分かった。
「病院、のシンボルか何かだろうか。何でもやるお方、というわけか。……久しぶりにジョギングでもしようか。」
俺はそう考え、街の中を静かにジョギングし様子を見ることにした。どの建物も、コンクリートや石でできているような堅牢な建物で、ちょっとやそっとの衝撃では壊れないような作りをしているのは見ただけでも結構分かった。
「ふう、体も温まった。」
「もう、響ったら。朝ごはんだってよ!」
「起きていたか、済まない彩音。今行くよ。」
走り終わるころにはすでに彩音は起きており、俺にそう呼び掛けた。そして部屋に戻ると、ミレイシアさんたちが俺と彩音に気を遣い、日之国というところから取り寄せたお米と川魚、それにこの街で採れた野菜で朝食を作ってくれたのだった。
「日本、というところから来る人は少なくないです。他にもドイツ、フランスといった異世界の国の人たちも来ますが、割合的にはなぜかそうなのですよ。日之国、そこは日本という場所で暮らしていた人が作り上げた都市です。よく味わって食べるのですよ。」
そうミレイシアさんが説明しつつ、部屋まで料理を運んできてくれて用意までしてくれたのだ。俺も彩音も驚いていたが、そういう場所もあるのだなと感心し、感謝しながら食事を堪能した。そのどれもが非常においしく、また懐かしさを感じるものであった。
食べ終わり、鍛錬の準備を終えた俺たちは命令通り、建物の外に出て、入り口の前で待機していた。
「済まないな、またせたか。」
「い、いえ。」
「そうか、朝からまた仕事の連絡が入ってね。遅れて済まなかった。」
「だ、大丈夫です。」
ハーネイトさんが少し慌てて外に飛び出してきて、そう俺らに誤った。別にそうする必要もないのに、済まないと言ってくるあたり上に立つ人として何かがおかしいなと感じた。しかしどこか、親しみを持てる感じがした。彼こそが女神の言っていた息子の一人であることを知っても、やはり人間だとそう感じるほどに。
「さあ、今日は魔物狩りに同行してもらう。武器も装備もあるな。ニャルゴ、二人を乗せてあげて。」
ハーネイトさんは何やら胸ポケットからペンのようなものを取り出し振りかざした。すると次の瞬間、目の前に漆黒の獣が現れていた。
「了解した、マスター。」
「でかい、猫ではないのか。てかしゃべるのか。」
「これは豹、かしら。」
俺はこの豹らしきものが言葉を話していることに、彩音はその大きさに驚いていた。
何でもこのニャルゴと呼ばれる大きな黒豹はハーネイトさんの使い魔であり、恐るべきことに4段階の変身まで行える強力な魔獣であった。そしてその変身の度に移動速度は跳ね上がり、第2形態まででもマッハ2程度の速度で走ることができるという、彼にとって重要な足とも呼べる存在であるという。また、その大きさから二人くらいまでなら乗れそうだと俺は思っていた。
「ああ、ニャルゴは幼い時からの長い付き合いでね。仲良くしてくれ。ではここから50キロ先にあるフラフムというところに向かう。しっかりしがみついといてね。」
そういい、ハーネイトは一目散に走りだした。するとニャルゴも彼の後を追うように走りだした。まるで風を切り、飲み込むように走るニャルゴ、俺も彩音もしがみつくのがやっとで、その尋常でないスピードを体験する羽目になった。加減はしてくれていたようだが、それでもお互い目的地に着くころには目を回していた。
「お疲れさま、よく耐えたね。初めてにしてはやるな。さあ、今回の修行は、あのオルガべスという小型の魔獣の討伐だ。あれが見えるか?」
ふらふらしながらニャルゴから降り、ハーネイトさんが指さした方角を見た。するとあの街を襲った獣とよく似ているが、体つきの違う獣が群れを成して移動しているのを目視で確認した。その数は100以上はいるように思えた。ゆっくりとした移動だが、荒野を構成する土が煙のように時々上がっているのが見える。
俺はあの集団と戦わなければならないのかと思い、恐る恐る彼に質問した。
「あれを、どうするつもりですか?いきなり全部ではないですよね。」
「そりゃね。お互い一頭、極力傷つけずに倒してこちらまで連れてきて。」
「りょ、了解しました。」
彩音は一瞬目を閉じるも、覚悟を決めたあの表情になると薙刀を持ってオルガべスの群れに向かって走り出したのだった。