第13話 修行の果て、そして決戦の時 最後に俺らが得た物とは
それからというもの、俺たちの修行は過酷を極めた。毎日狩りに同行し、一定数の魔獣を倒してはその場で霊界人たちやそれ以外の人たちと手合わせをし続け、夜は勉強をしていた。
その中で俺も彩音も、内なる力。霊量子という力の高まりを実感していた。そして2か月を過ぎた頃、俺たちは霊量子を完全に制御できるほどに成長していた。何もない状態から武器や鎧を1から作ることも、強大な魔獣を簡単に倒すことも。あの時の頃が信じられないほどに、互いに力がついたなと実感していた。
ハーネイトさんの仲間は軽く100人以上はおり、そのどれもが一騎当千級以上の実力者であった。忙しい中、遠路遥々から来てくださった方もおり、俺たちは感謝しながら自らの力を高め合った。そして2人で連携し、音楽に合わせて舞い踊りつつ、武器を巧みに操り多くの人を驚かせていった。
その中でも印象深かったのはエレクトリールさんと、伯爵さん。そして霊界人の人たちすべてと、最後にもう一度手合わせをしたハーネイトさんだった。いや、本当は出会ったすべての人が忘れられないほどの衝撃であった。それについて語り切れないほどの思い出が、あの3か月の間に凝縮されていたのだなと思うと、心の中で興奮していた。
しかし本当に、この域にたどり着くまでどれだけの鍛錬を積まなければならないか気が遠くなりそうになった。
俺も彩音も生傷が絶えず、時に本当に命がなくなるかというほどの目にもあった。しかしハーネイトさんやルシエルさんなどといった治療が得意な人のおかげで修業にも集中して取り組むことができた。
毎日魔獣、そして霊界人と手合わせを行いつつ、幾多の戦いの中で手ごたえは感じていた。そして芸も磨かれ、より美しく、より的確に過激に舞うことができるようになっていた。
そしていつの間にか、あの魂食獣「黒白」という存在に打ち勝てる自信もついた。彩音も以前よりも表情も顔つきもしっかりしたものになり、互いに支え合いながら毎日を噛み締めて生きてきた。
そしていよいよ約束の日。俺と彩音はハーネイトさんに連れられ、紫色の終わりが見えない空間の中を通り過ぎて、元居た地球に戻ってきた。
そこはすでに無人の野となり果てていた。文明の火は消え、生きる者の気配すら感じられない死の大地であった。わかってはいた、覚悟していたものの、これまでとは思わず俺は震えが止まらなかった。ここまでひどい状況が、あの魂食獣によりもたらされていることに恐怖していた。
ハーネイトさんいわく、伯爵さんたちが霊界側から、彼が人間界側から魂食獣の通り道を破壊する作戦であり、俺と彩音はその地球側に存在する、黒白が幾多の魂を取り込んで成長した「空白黒王」と戦うことになった。
つまり、俺たちを襲ったあの黒白はその、空白黒王の分身とも呼べる存在であり、それを倒すことですべてが終わるという意味であった。そして恐ろしかったのが、あれだけの人の魂があの巨大な獣の中に収められているという事実であった。
ハーネイトさんも門を破壊次第こちらに向かうと言っていたが、それまでの間、2人でその巨大な強敵をひきつけないといけなかった。すでにその姿は見えていた。
そしてハーネイトさんに倒し方のアドバイスを頂き、これですべてが終わるのだなと思いながら、霊量子で徹底的に強化した武器を構えた。
そして、俺と彩音の2人だけによる、過酷な勝負が始まった。
空白黒王は俺たちの姿を目でとらえるな否や、猛スピードで駆け出してきた。大地が揺れ、空気が振動する。しかしもう俺たちはあの時の俺たちではなかった。
「彩音、まずは足からだ!」
「ええ、行くわよ響!」
霊量子を足から勢いよく吹き出し、青白い光の波が空中に形成される。それにサーフィンの波乗りのように乗ることで滑らかにすばやく移動し黒王の白く輝く前足を思いっきり切り付け、強化した足でけり上げる。するとしっかりとした手ごたえと、黒王の呻き声が聞こえた。
「攻撃が通っている。修行の成果、かこれが。」
「いけるわ!さあ、ここからが本番よ。響、あの技で決着を!」
彩音の声に従い同時に、愛用の音楽再生機器を取り出し決して外れないように、女神に細工をしてもらったワイヤレスイヤホンを耳に装着した。そして呼吸を合わせ、リズムを合わせ俺と彩音は修行の成果を全力で、その仇の源である存在にぶつけた。
同時に切り上げ、上と下から一突き、そして乱れ突きから薙ぎ払い、そして霊量子の槍を無数に召喚しそれを黒王の体に打ち込む。さらに霊量子の力で加速し、勢いをつけて彩音と息を合わせ怒涛の斬撃を繰り出し、互いに体を光のように高速で翻弄し、霊量子の青白い刃で弱点の一つである国王の耳を切り落とす。
無論黒王も反撃しようとするも、音楽も空間も、そして時間すら支配している俺たちにはそれが止まって見えていた。
そして一旦距離を離してから再度突撃し、無数の霊閃を2人で指先から連射し間合いを詰めると怒涛の滅多切りを繰り出し、頭部に大ダメージを与えつつさらに空中に飛ぶ。互いに好きなあるアニメの挿入歌。そのサビの部分に入り俺たちの感覚は極限まで研ぎ澄まされ、イメージ通りに体が動く。
さらに追い打ちをかけ、2人で霊量子の剣を無数に作りそれを射出し体中を串刺しにする。それに合わせタイミングよく叩き切り、切り上げ、体をひねらせつつ強烈な槍と薙刀の一突き、そして曲のクライマックス。もう一度間合いを取って、無数の霊閃を浴びせ滅多切り、そして歌詞に合わせ無慈悲な虹になるように、思いっきり槍と薙刀を用いて全力で切り上げ虚空に虹を描きながら、黒王の胴体を天高く飛ばし、サビの最後に合わせ、互いに絶大な威力を持った、数十メートルもの刀身を誇る霊量子剣で袈裟切りを交互に繰り出し、そして終わりに、はるか高く俺と彩音は飛び上がり呼吸を合わせ、すでに崩壊しつつあった黒王の頭部を、地面に届くまでの勢いで一刀両断した。
「これが、サウンド・アーツ。これなら、どんな敵でも勝てる、ああ!」
「やったわね響。私たちの努力が、届いたのね。うわわわわん!」
崩れ去り、光の粒子となってはかなく消えていった空白黒王の姿を背景に、俺と彩音は体を強く抱きしめ合いながら今まで我慢していた感情を開放し、声をあげて泣いた。
その姿を遠くから見ているハーネイトさんに気づいたが、彼はしばらく天を見ていた。彼も、自身の役目を終え一息ついていたのであった。そして2人で彼のもとに駆け寄った。
「ハーネイトさん……。」
「無事に、勝ったね。努力は諦めなければ、実を結ぶ。それを響と彩音は形として見せてくれた。今頃母上、ソラも君たちの活躍を見て喜んでいるだろうね。途中からだったが、実に美しく、華やかに、しかし力強いものだった。サウンド・アーツか。また会ったときは、もっと話を聞かせておくれ。」
「あ、あの。また、貴方のいる世界に行きたいのです。時間があるときに。」
俺の放った言葉に、ハーネイトさんはやれやれというか、困った顔をしながらもかすかに微笑んでいる顔が見えた。まるで彼の母親である女神のように、それは美しいものであった。
「そうか。……仕方のない君たちだね。伯爵からは話を聞いていた。確かに守護者になれれば、女神の力を借りて移動はできる。しかし戦う定めからはもう逃れられない。覚悟は、できているのか?」
ハーネイトさんの言葉に、俺と彩音は一呼吸置いてからこういった。
「ああ、とうの前に覚悟はできている!」
そう、すべての声を出し尽くすかのように、俺と彩音は同じ言葉を同じタイミングで放った。
その声を聴き、ハーネイトさんは目を閉じて、間を置くと何かを呼び出し、俺と彩音に渡してくれた。
「こ、これは一体。」
見るからにお守りに見える、しかし膨大なエネルギーが内包されている代物であった。そしてもう一つは、少々見た目がごつい携帯のようなものであった。
「これを使い、世界をイメージすればその世界にたどり着ける。それと二人に、特別に作った異世界用の通信装置だ。ボルナレロたち科学者に感謝するとよい。何かあればこちらからも連絡するし、君たちからしてもよい。ただ忙しいから出られない時もあるが、その時は伯爵とかにかけてくれ。あの万年グータラ男にはちょうどいい暇つぶしだろう。」
ハーネイトさんは伯爵さんの話を全て聞いて、受け止めてくれてこのような素敵なものを俺と彩音に渡してくれた。感謝してもしきれない。ああ、彼の伝説はこの優しさから生まれたのだなと理解できた。
「そろそろ一旦お別れだ。短い間だったが、響、彩音。私はとても楽しく、嬉しかった。住む世界は違えども、力を合わせてこれからも、戦おう。若き、未来の守護者たちよ。では、さらばだ。」
そう言い終えると、ハーネイトさんの目が光りだし、俺たちを飲み込み始めた。その閃光の中で、また俺たちは意識を失った。
次に目が覚めた時、俺と彩音はあの最初の頃の場所にいた。何も変わらない、穏やかな街の雰囲気。あの街を悲劇が襲う前の状態。そして時刻を見ると、すでにその時は過ぎていた。
「あ、彩音。俺たち……。」
「フフ、夢を見ていたのかもしれないっていうのでしょ?」
先に思っていたことを言われ俺は焦った。そして彩音はカバンの中から、あのアイテムを取り出して見せてくれた。
「ほら、ハーネイトさんから渡された二つのアイテム、ちゃんとあるよ。」
「あ、ああ。本当だ。俺たち、取り戻したんだな。」
俺もズボンのポケットの中を探り、同じものがあることを確認した。そう、あれは夢ではない。時間も時も戻ったが、俺たちの記憶はそのままだ。そして学んだことすべてがしっかりと脳内に刻まれていた。そして、約束通りハーネイトさんはあのすべてが荒れ果てた地球を、ある時まで遡って再現させて元に戻したことを、今こうして五感のすべてで実感していた。
「ありがとう、異世界の英雄王さんたちと霊界人たち。そして多くの人たち。また、会いに行きます。」
彩音は目を閉じ、祈りながらそう言った。そうだ、俺もまた会いに行ってハーネイトさんが聞きたがっていた日本の話をさらにしてあげたいと思っていた。そして腕時計をふと見ると、俺は慌てていた。昼過ぎから予定が入っていることを忘れていたのであった。
「あ、やっべ。親と約束していたの忘れてた。」
「私もよ。急ぎましょ、響。また、二人きりで話しましょう!」
「そうだな、旅行の準備しとかねえとな。さあ、未来が俺たちを待っている。諦めなければ、どんな未来も掴み取れる。ああ、多くのことを学んだ3か月だった。」
「そうね。次はお土産でも持っていきましょうね。」
そういいながら、俺と彩音は人ごみの間をかき分けながら駅の方へ走っていった。
そしてそののち、新たな戦いの始まりとそれが更なる力の目覚めをもたらすことを、その時俺たちは、まだ知る由もなかったのであった。
「とてもいいものを、見せてもらったわ。当分この人という存在が作り出した世界は飽きそうにないわね。おめでとう、響と彩音。君たちは、未来を取り戻したのよ。」
ソラ・ヴィシャナティクスは二人の活躍を始終見た感想を述べ、あの美しい青空と小麦畑が広がる空間でひたすら祈っていたのだった。




