第11話 本格的な修行の始まり
翌日の朝もジョギングを終え彩音やエレクトリールさんたちと食事を済ませると、前日ハーネイトさんが言っていた対人戦を今から行うと指示があり、装備を身に着けると街の外れに案内された。そこにあったのは、楕円状の形をした、石で組まれた何かのステージのような場所であった。
「ここは、何かの舞台でしょうか。」
「ここで、戦えということでしょうか、ハーネイトさん。」
「そうだ。今日はシャックスとユミロ、そして私と戦ってもらう。あの魂食獣はかなり高い知能を有しているものが少なくない。その動きは強い戦士の動きに相当するという。それと霊量子の活性化の件もあるし、二人とも、力を出し切るのだ。」
ハーネイトさんいわく、俺らの街を襲ったレベルの魂食獣なら高度な戦い方をしてくる連中が少なくないというらしい。それと霊的なものに対抗できる霊量子の力を鍛える一石二鳥の訓練がこの対人戦であった。
「それじゃシャックス、よろしく頼む。」
「いいでしょう、遠距離攻撃を仕掛けてくる魂食獣、神獣は多いです。それをよけながら私に一傷を入れなさい。」
シャックスはそういうと石造りの舞台の上に颯爽と飛び上がった。俺と彩音もその上に立った。
「では、始めてくれ。止めるときはこちらから指示を出す。行け!」
ハーネイトさんの号令とともに、俺が先に前に出て、彩音が左から回り込む感じでシャックスさんの退路を断とうとする。これも俺と彩音が長い時間をかけて連携し戦うすべを磨く中で見つけた戦い方である。しかしシャックスさんは背中に背負っていた三日月形の剣を手に持つと、その上半分が左右に広がるように展開させて、いきなり光の矢を放ってきた。それに反応し方向転換でそれをかわす。
「なかなかやります、ね。では、これはどうでしょう!」
こっちは囮となり、彩音に攻撃をさせる連携攻撃、しかしシャックスは足を光でまとわせると攻撃が来ていたことをすでに把握していたように、着地際を狙い彩音を蹴り飛ばす。それに俺も対応できず、彩音とともに吹き飛ばされた。
「弓だけが武器とは、思わないでくださいね、響と彩音。」
「それも、そうだな。」
「ぐっ、なんて蹴りなの。あんなに細い体なのに、衝撃がすさまじかったわ。」
彩音は一撃をくらい少し動揺していた。俺もシャックスさんを侮っていた。あの赤い変形する弓だけでなく、体術も得意だとは知らなかった。
「だったら、こうするまでだ!」
俺は突貫し、ステップを織り交ぜながらシャックスさんの動きを誘い惑わせる。そして槍の一突きをフェイントに、左手にした剣で彼を切り上げようとした。だがその一撃はその赤き弓に防がれ、今度は反撃で無数の矢を飛ばしてきた。それを俺と彩音は互いに真反対に飛びかわした。
「今のは、いい一撃ですね。おもしろい。」
シャックスは糸目のまま微笑んでいた。しかしこの男、表情や態度とは裏腹に抜け目のない男である。一見油断させておきながらも確実にこちらを追い込んでいた。
さっきの一撃は、音楽舞闘で使うある曲の一部分の動きを再現したものであったが、これを軸に戦えばどうにかなるのではないかと考えた。
そして彩音もシャックスを見ながら何かを考えていた。
「どうしました、早く来なさい。」
「言われなくても、ああ、彩音!」
「ええ!」
彩音は俺に小声で声をかけてきた。あの曲のリズムに合わせ仕掛けようと。俺もその提案に乗り、互いに分かれながらもその先で合流するように走った。
「これでも距離を詰めますか、でしたら。」
シャックスの手元が光り、その赤い弓の先から太い矢が一本現れていた。
「震えろ、フルンディンガー! バーシュ・パタ!」
彼がそう叫ぶと、強烈な光が瞬時にこちら側に向かって襲い掛かってきた。なんてすさまじい力だと感じながらも、それでもひるまず射線上から逃げつつシャックスに立ち向かった。そして、俺と彩音はそれぞれ手にした槍と薙刀で互いに違う角度から体ごと、その武器でシャックスの手元に向かって一突きを加えた。
「ぐっ、技を見切られるとは、やりますね。」
「止め!そこまでだ。二人がかりとはいえ、やるじゃないか。シャックス、けがの手当てを。」
「すみません、お願いします。」
シャックスは舞台から空中で数回体をひねりながらダイナミックに舞台外に着地した後、ハーネイトのもとに向かい何か魔法のようなものをかけてもらっていた。
「はあ、はあ。なんて力だ。他にもこんな力を持つものがごまんといるのかよ。」
「しかし、私たちの連携は、悪くはなさそうね。考えて、しかし本能で攻め立てる。それが必要なのかも。」
俺はシャックスのあの一撃に恐怖しながらも、それでも同に勝ったことにほっとしていた。そして彩音は冷静に、戦術を考えていた。
「さて、と。まだ霊量子の反応が薄いみたいだ。シャックスも思うだろ?」
「そう、ですね。あの一撃は手負い覚悟で、霊量子で体を包めば攻略もできなくはない代物。よけられるとは思いませんでしたが。そうなると、ユミロさんよりもリリエットか、ハーネイトの手合いの方が効率がよさそうですね。」
「加減があまりできないからな。リリエットも出払っているし、うーん。」
二人は何やら話し込んでいた。その会話から、もしかすると次に戦うのは、ユミロさんではなくハーネイトさんではないかと俺は考えた。
いきなりラスボスクラスの人と戦うのかよと、心の中で俺は相当焦っていた。そもそも彼がどのような戦い方をするのかまだ見ていない。彩音にもそれを伝えたが、当の本人は、
「だったら、出方をうかがってスキを突くだけよ。」と言った。
完全にやる気満々の彩音に少し呆れつつも、俺は自身で気合を入れた。
「ということで、ユミロの代わりにこの私が次に戦うことにしよう。満足させられれば、今日はそのあとは自由にしていい。」
ハーネイトは舞台の上に瞬時に移動してきた。テレポートという奴か、あの本には彼が女神の息子であるという記述があったが、どこまでのものなのか、実は気になっていたのだった。俺も曲りなりに武闘家だ。強い相手と対峙し戦うことに興奮するときもある。先ほどの恐れは消え、俺も彩音も武器を構えた。
「いいね、そうこなくっちゃ。それじゃ、始めようか。手始めに、穢れなき糸、報われぬ執念。縛りて絞めてすべてを奪え、地より現る万縛の呪布。大魔法が1番の号「結束万布」
ハーネイトが何かを詠唱し始めた。いやな予感がして距離を取ろうとしたその時、足元から白い無数の長く伸びる布が俺と彩音の手足に絡みつき、動きを封じてきたのだった。幾ら力を入れても全くほどける気配がしない。そんな中ハーネイトさんが歩み寄ってきた。
「はあ、昨日本はちゃんと読んだ?私が魔法使いであることは、理解していたかしら?」
普段の声とは違う、女性のような高い声で俺らにそう話しかけてきた。
「だから、なんだというのですか!」
「わざわざ詠唱したのだから、全力で潰しにかかってくれないと、命が足りないよ。」
そういい、ハーネイトさんは振り返り背中を見せた。紺色のコートと、首元に何か輪っかのようなものがついているのを確認した瞬間、体中を無数に切られそれと同時にその白い布も切られていた。確かに斬撃を幾つも体に受けた。しかし目立った傷はなかった。彩音も不思議がっていた。
「っつ……。」
彩音が先にスキをついて後方に飛んで回避し、それとほぼ同時に俺も距離を取った。一体彼は俺たちに何をしたのだろうか、それが怖くなり防御の構えをとった。
「ん、今何が起きたかわかっていないようだね。数回、刀で切りつけただけだよ。布も断ち切ったんだから感謝してね。」
何を言っているのか理解に少し時間がかかった。刀で切っただと?彼は一度もその腰に帯刀している紺と金色の鞘に収まった刀を抜いていないはずだ。
「もしかすると、響くん。」
彩音が小声で話しかけてきた。
「尋常ではない速度で本当に切った可能性があるわ。しかも相当手加減しているわきっと。」
確かに、それならばそうだと思ったが少し待て、どういうことだ。そこまでの神速の剣技をこのハーネイトという人物が出せるのか。だとしたら、勝機をどう見出だせばよいのか。
「だったら、私たちのあれ、見せつけましょう?」
俺は彩音のあれについて理解していた。丁度音楽機器は持っていた。壊れていたのを女神さまに直してもらった。一か八かでやってみるしかない。そう思い、俺と彩音はあの戦いの時と同じように、耳にイヤホンを付け、同じ曲を流し始めた。
「五感の一部を封じるか、何をするのか。」
ハーネイトさんがそう言ったその時、彩音が先に仕掛け、猛スピードでハーネイトさんの足元を薙刀で薙ぎ払い、上にかわした彼に俺は高く飛びあがり剣で切りつけようとし、刀で防がれるも彩音が薙刀を高速回転させながら左右に振り回し彼に防御を強いられるようにして、その間に俺が背後から一瞬のスキをついて槍で滅多打ちにしようとした。だがハーネイトさんは瞬時に移動し、高らかに笑っていた。
「面白いね、格段にスピードもキレも増している。それが君たちの戦い方か。使いどころによっては面白い。ああ。だが、まだこれからだな。弧月流・刃月!」
ハーネイトさんは刀の刀身を天に向け、そこに天の光を吸収させると、その神々しく光った刀で素早く切り下した。すると同時に光の波が俺たちに押し寄せてそれに二人とも飲まれていった。とっさに身構えたが、抵抗むなしくそのまま意識を失った。
「よう、気が付いたかな?」
「はっ!あれ。」
「うっ……。」
次に目が覚めた時、目の前に顔を覗き込んでいるハーネイトさんの顔が見えた。どうもあの一撃で吹き飛ばされ、彩音と同じく気を失っていたようだった。
「なかなか、面白かったよ彩音、響。音楽か、私も好きだ。今度ゆっくり話をしたいね。えへへ。」
ハーネイトさんはまるで子供のような、愛くるしい笑顔で俺たちを見て笑い、そっと俺と彩音の頭を撫でた。
「さて、もうお昼だね。食事しようか?」
彼の言葉に俺も彩音も同じく元気よく返事をし、ハーネイトさんの後をついていったのであった。




