第一章 英雄の誕生 第三節 ぱっと言った一言が思ったよりも重視されてて焦る
模擬戦編です。
コルット活躍できるかな?
第三節 ぱっと言った一言が思ったよりも重視されてて焦る3
コルットはリリィに跨り、自分の指揮下にいる騎兵達を見つめる。桃色の兵装に包まれた凛々しく頼もしい部下達がそこにいた。だが、そんな頼もしい部下達を見ても尚、不安は拭えない。戦とはどうやるべきか。
この三日でネネチから戦の基本となることは大体聞いた。騎兵隊の長所は機動力で、タイガー隊の長所は小回りと攻撃力だそうだ。他にも色々聞いたが、要は如何に有利な状況を作り出し、如何に迅速に動くかなのだ。難しく考えることはないだろう。負けてもいいのだし。と、コルットは気楽に考えることにする。
三日と言うのはまだ傷が癒えていない状況なので、コルット自身が暴れ回ることはできない。そもそも暴れるつもりはコルット自身にはない。まだ傷が癒えないうちに模擬戦をする理由は恐らく特使の件があるからだろう。傷が癒えないうちに行った方が良いし、場合によっては傷を増やして行かせるつもりかもしれない。そう考えてコルットはぞっとする。ミータと言う女王は思った以上に曲者かもしれないのだ。模擬戦も正攻法では突破できないだろう。
負けてもいいとは言うものの、実際に部隊を動かす経験などそうそうできるものではない。コルットが意外に積極的なのもこれで最後と考え、体験を謳歌しようという気持ちだからだ。とは言え、いつもそんなことを考えつつ、何故か成功ルートを歩んでいる気もする。思いっ切りというのは意外に効果が高いのかもしれない。以外にも勝てるかもしれないなどとほんのり考えてしまう。
もちろんそんなことはさすがに無いだろうが、勝たなかった場合はどうなるのだろう。そのまま解任か。いや、特使の件があるからそうはならないだろう。あるいは特使の件も白紙に戻すってことだろうか。故郷に帰り、自分の身体を探し出すチャンスがなくなるのは正直辛い。無論、軍から抜け出せればそれも叶うかもしれないが、どうもそういう風にはならないようにも思える。なんにせよ、勝ちにいかなくてはいけないようだ。
「ではサリー隊とミータ隊との模擬戦を始めます。両者一万。時間は夕刻まで。はじめ」
ロロアが号令を掛けると、銅鑼がけたたましく鳴り響く。いよいよ開始か。気楽に構えるとは言ったものの、やはり緊張はしていたようだ。胸の奥から高鳴りが沸き起こってくる。息が熱い。
コルットは始まった瞬間に号令を掛ける。正面からのぶつかり合いは分が悪い。丘の上の有利な地形を得るのが先決だ。全軍を丘の上まで移動させる。ミータ隊はまっすぐ突っ込んで来ていたが、こちらの挙動を見て足を遅らす。虎が相手の動向をゆっくりと見つめるようにじりじりと詰めてくる。
コルットが丘の上に陣を張ると、虎が二つに分かれた。どうやら両側から挟み撃ちにするようだ。このまま待っていても相手の思うつぼである。十分距離が離れたところで動いてない方を全軍で突破するのが良いだろう。コルットは号令を掛けて一気に繰り出す。すると動いていない虎は突如動いている方とは別の方に動き出す。騎兵の群れがそれに合わせて方向を変えていく。と、虎はほどほどに進んだ場所で一気にこちらに突撃してきた。
そこでようやくコルットはまずいと思った。直角に下るはずの丘が今や三十度ほどの緩やかなけいしゃになっている。それに、傾きが変わったことで後方の位置が変わってしまった。先の動いていた虎の隊がちょうど真後ろにいる。今頃こちらに突撃して来ているだろう。
「全軍交戦するな。丘を直角に下れ」
鍛錬された騎兵達が綺麗に方向転換する。おそらく良く鍛錬された兵達でなければ上手く方向転換できずに虎に食い散らかされていただろう。コルットは冷や汗が出る。なんとか事故は防いだが、立場が逆になってしまった。丘の上をタイガー隊が占拠し、騎兵隊は丘下にいる。
「全軍、このまま後退する」
この地形で戦うの不利だ。一度平地での戦いに切り替えるべきだ。この模擬戦場はかなり平地の多い地形で、丘がある以外は小さな森があるくらいだ。森での戦闘は小回りの利くタイガー隊の方が有利である。また、どちらにせよ一万もの兵を潜ませられるほど広くはない。丘での戦闘が無理であるならばもう平地で決着をつけなければならない。
模擬戦と言うこともあり、今回使用する武器はいずれも殺傷能力なく、それぞれペイントが塗られている。ペイントに塗られた兵士は離脱することが決められている。大将、今回で言うミータかコルットにペイントが塗られるか時間が来たら試合終了だ。殺傷能力がないとはいえ、死傷者が出ないとも限らない。虎の攻撃や馬に踏みつけられれば重傷や死は免れないだろう。けっして生易しいものではない。
コルットは先程の戦闘での被害を数える。どうやら今コルットの下にいる騎兵達は今は八千五百ほどのようだ。少し被害が出ている。ミータ軍はほぼ無傷だろう。早速不利である。コルットは作戦を考える。
やはり正攻法ではだめだった。虎の機動力は思っていたよりも高い。その上、ミータもさすが女王なだけある、機転が利く。タイガー隊の弱点と言えばその持久力のなさである。ただ、それは騎兵隊も同じで、あまり持久戦向きではない。騎兵隊とタイガー隊は共に似たような面があり、上手く弱点をつこうにも、そういう相性ではないのだ。
強いてあげるなら、この騎兵隊の中には騎馬弩兵がいる。およそ二千ほどの数だが、この騎馬弩兵を上手く使えばタイガー隊の攻撃が届かない距離からの攻撃ができる。ただし、タイガー隊も機動力はあるので、すぐに詰められてしまうだろう。ここをどう組み立てて効果的に攻撃していくかだ。コルットは頭を悩ます。弩兵を除いた部隊で互角に渡り合うのは至難の業だ。
「森に伏兵を置く。弩兵と千の騎兵は森に隠れて指示を待て」
コルットが絞り出せたのは伏兵による二段攻撃だ。伏兵の存在を悟られなければ相手の虚を突き有利に戦闘できるはずだ。コルットは、残った騎兵に旗を倍持たせることにする。
ミータ隊は暫く様子を見る。既に丘は降りており、森付近に構えるサリー隊と対峙している。数は有利であるため、別に守りに徹する必要はない。それにサリーは記憶喪失であり素人も同然だ。実際騎兵対タイガーの場合、地形が同じなら攻撃した方が有利なのだ。両方とも防御に向いていない。
サリー隊は森の近くに陣どっている。つまり森に伏兵でもいるのだろう。いるとわかっている伏兵ほど意味のないものはない。先に森を制圧してしまうのも良いが、対応して出鼻をくじく方が効果的だろう。ミータは騎兵隊に突撃する。
コルットはミータ隊が森を通り過ぎ、横腹を空けたところで号令を出す。伏兵に隊列が乱されるはずだ。と思ったが、ミータ隊は隊列を崩さず的確に隊を分けて対応する。やはりバレていたか。そこでコルットはもう一つの号令を掛けた。実は丘に登った際、騎馬弩兵千をそのまま丘を通り越して下らせて、潜ませていたのだ。さすがにこちらは気付くけないはずだ。コルットはミータ隊の動きを観察する。
ミータとしては誤算だった。伏兵がもう一隊潜んでいたとはさすがに思わなかった。しかしいつだと、頭が混乱する。第二伏兵は背後から迫ってくる。このままだと三方からの攻撃に対応しなければならず、かなり不利だ。ミータは仕方ないと一つ深呼吸し、冷静になる。奥の手を使うしかない。ミータはタイガー隊に号令を掛けた。
「虎のキバの陣」
コルットは焦った。虎の群れが一心不乱に騎馬隊を掻き分けて突撃してくる。これでは騎馬弩兵も上手く敵を狙えない。その塊の中に一際大きなタイガーに乗る少女の姿が映し出されている。ミータだ。ミータとその周りのタイガー達は、騎兵達には目もくれないといった様子で、まっすぐコルットの方へ向かってくる。無論騎兵達は応戦し、その無鉄砲な突撃を撃退していくのだが、肝心のミータは勢いを殺さず突撃してくる。
まるで、隊全体がミータを目的の場所まで連れて行くために周りを掻き分けているようだ。一つの大きな虎が、そのキバで相手の急所を噛み切るかの如く。決戦と言うことだろう。コルットは身構える。負傷している状態では満足には戦えない。故に一瞬でかたをつける必要がある。
程よい距離になったところでコルットも駆け出す。もうタイガーはそのキバを残すのみだった。ミータが飛び掛かてくる。それを痛む肩を耐えてなんとか防ぐ。そのまま逆方向に弾き飛ばすが、既にタイガーが回り込んでおりミータは上手くタイガーに飛び乗る。着地を狙ってコルットが剣を振り下ろすが、そのままミータが反転して剣を受け止める。
しかしそれはコルットの想定通り、思いっきり体重を預けてミータを上から押し倒すように飛び上がる。そのまま身体を反転させ、剣を振りかぶりミータの背後を狙う。
が、ミータは仰け反った身体を更に仰け反らせ、コルットの剣を防ぐ。そして流し、胴に一撃を入れるのだった。
「勝負あったな」
ミータは地面に蹲るコルットに手を差し出した。コルットは腹を押さえながらもその手を取る。負けた。やはり戦場は過酷なものだとつくづく思う。
「なかなかの用兵だったぞ。身のこなしも良いではないか、傷が癒えていなかったら危なかったな。合格だ」
ミータがコルットを引き上げてそう言う。コルットは一瞬痛みを忘れてキョトンとした。負けたのに何故合格なのだろう。
「合格ですか」
つい聞いてしまう。
「ふむ、少なくても妾はサリーが大将軍の任を全うできると確信したぞ」
そう言いながら、ミータはコルットをタイガーに乗せる。そしてしっかり捕まってろと言って駆け出した。コルットは未だに整理が付かずにただ揺られていた。タイガーは馬のそれよりも上下に良く動き、振り落とされないために必死であまり深く考えられなかったというのもある。
宮殿の入り口まで来ると、先日同席していた将軍の面々が待ち構えていた。ミータが率先して中に混じる。
「どうだ、サリーが大将軍であることに異議のある者はいるか」
ミータが諸将に尋ねた。首を横に振る者はいない。
「では、サリーは現職を維持し、国のために働いてもらうことを決定する」
ミータがそう宣言する。すると先日と同じように皆が手を胸に当て下を向く。コルットはきょとんとしていた。
「えっ、どうしてですか。私は負けたのに」
コルットが疑問を口に出す。するとロイヤが顔を上げて言う。
「勝ち負けはあまり関係ないのです。戦術が効果的か、兵の指揮をとれるか、そういう部分が評価されます」
続けてアミもそうだと賛同する。そしてメリッサが加える。
「それにサリー大将軍は戦術面では勝っていたように思えます。最後のタイガー隊の特攻は力技ですから」
コルットは漸く事態が飲み込めてくる。どうやら自分は高く評価されてるようだ。コルットとしては初めての戦でプロとも呼べる人達から認められたのだ。がむしゃらだったとは言え、そう認められるのは気分が良い。
「まあ、まだまだ未熟な部分もあるようだがな。最後の伏兵は中々だったと思うぞ」
ミータも言葉を添える。コルットは身体がじんじんと鳴り出すような感覚に襲われる。こんな感覚になるのは初めてだ。普段はエロい事ばかり考えていた。それがこうして模擬戦の指揮を執り、良かったと褒められたのだ。いや、そういえばコルットは褒められたこと自体があまりなかったように思う。そんなせいか、得も言われぬ感情をコルットの中に呼び起こる。コルットは達成感と言うものを全身で感じるのだった。
「あ、ありがとう、ございます」
なんと言葉に表していいかわからずに、コルットはぽつりとそう言った。腹を打たれた痛みなどはとうに忘れていた。
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