第一章 英雄の誕生 第三節 ぱっと言った一言が思ったよりも重視されてて焦る
さて、
コルット、軍の会議に出る
って話です。
第三節 ぱっと言った一言が思ったよりも重視されてて焦る2
「今日は一先ず騎兵隊の訓練を見学されては如何ですか」
騎兵隊か。馬になんか乗ったことはないが、例の如く上手く乗りこなすのだろう。そう考えると乗ってみたい気もする。滅多にできる経験ではない。いやいっそ、ここにいる間に金持ちしかできないことをやるというのもいいかもしれない。コルットはいくらか前向きに考え始めた。
ネネチが持ってきた兵装に着替えて訓練所へ向かう。兵服はやはり豪勢で派手なイメージだ。というか、部族の集落の女性並みに露出が高い。ほぼ豪華な下着を着けているだけだ。男のまま来たかった。コルットは内心で溜息をつく。
「全たーい、整列」
ネネチが号令を掛けると、馬に跨った美女達がキリッと整列した。今まで軍というものを見たことがなかったため、壮観である。自分もあのように馬に乗れるのだろうか。コルットは興奮してくる。
「何か、思い出しませんか」
ネネチがコルットの様子を伺いながらそう言う。すごく心配そうである。コルットは内心で興奮しているのが申し訳なくなる。
「いや、何も」
このやり取りはこの後何度も繰り返すことになるのだろうか。コルットはいくらか気が滅入る。ネネチは少し考えた後、提案をする。
「馬に乗ってみてはいかがでしょう」
ネネチの方から言ってきた。正直コルットの方からは言い出し辛かったから都合が良い。コルットは沸き起こる興奮を隠しながら応える。
「あ、ああそうだな。乗ってみるか」
コルットはつくづく演技が下手だと自覚する。だいぶ緊張気味になってしまった。しかしネネチはその緊張を勘違いしてくれたようだ。
「大丈夫です。私が手綱を引きますから」
コルットはふうと溜息をつく。
「そうか、宜しく頼む」
ネネチが大人しそうな馬を引いてくる。毛並みが赤色で堂々としている。いかにも速そうだ。
「これが、サリー様の愛馬です。リリィと申します」
馬までもメスなのか。コルット変なところに感心する。鐙に足を掛けて勢い良く乗る。どこか懐かしい感覚が沸き起こり、次の動作が自然と身体を突いてくる。
「あまり馬上ではしゃべらないようお願いします。舌を噛んでしまいますので」
「手綱は良い。乗れそうだ」
ネネチがゆっくりと手綱を引こうとするところに、コルットはお願いする。ネネチはびくっと止まり、意外だという顔を向けてくる。が、コルットの表情が真剣なものだったので、静かに離れた。馬の腹を蹴り、馬はその合図をもって走り出した。右手は痛むため、左手で手綱を握り、訓練場を駆け巡った。風が体中を駆け抜けるのが気持ち良い。リリィも久し振りのご主人との散歩に喜びを表しているようだ。
離れてみてわかったが、コルットのいた場所は宮殿だったようだ。陽光が照らし、建物自体が輝いているようだ。コルットはリリィに合図を送る。ジャンプし、ターンし、一周回る。陽光はコルットとリリィをも照らし、周囲にいる兵士は息を呑んだ。自然と拍手が舞い起こる。
「お見事です。何か思い出せましたか」
暫く走って元の位置に戻ると、ネネチが誇らしいような顔持ちで聞いてきた。
「いや、だが走り方は覚えているようだ」
コルットは初めての馬乗りに興奮を覚えながらもそれらしい返事をする。言葉を予め考えていたのでそんなに言い淀まなかった。ただ、走った爽快感にばかり気を取られ、少し浮ついた返事になる。記憶のこと等どうでも良いように聞こえたかもしれない。
「そうですか」
しかしネネチはそこまでは考えていないようで、ただ肩を落としていた。コルットはリリィから降りて、ネネチの元に行く。
「記憶の事はあまり期待しないでくれ。正直戻らなくてもいいと思っている。大将軍とやらも辞任していいと思っている程だ。今の私では戦力にはならないだろう」
コルットは気落ちしているネネチを見ているのが居たたまれず、本音を明かした。戦争もしたことない自分が大将軍など務まるわけがない。自分が離れた方がアマゾネス軍のためにもなる、とコルットは自分なりに考えている。勿論、大本音は自由になりたいからだが。
「そんな。サリー様は我が軍に欠かせないお方。そのようなことを言わないで下さい」
ネネチっがはっと顔を上げて悲痛な面持ちで訴える。先程より居たたまれない顔になり、コルットはつい目を逸らす。
「サリー、起きたのか」
と、そんなところへ快活な声が響き渡る。コルットが声の方を見ると、比較的小さな少女が飛び込んで来た。その少女はそのままコルットに一方的に抱き付く。コルットは不意の事で尻餅をついてしまう。咄嗟の事で右手を突いてしまい激痛が走る。コルットは痛みに呻くが、そうなっても尚抱き付いてくる少女は手を離さない。
「ミータ様。サリー様はお怪我をなさってます。ほどほどにお願いします」
ネネチが横からフォローを入れてくれる。その言葉でようやくミータと呼ばれた少女がコルットから離れる。コルットは左手で右肩を押さえた。ミータと言ったかこの少女。ミータと言えばアマゾネスの女王だ。
「おお、まだ怪我が治ってないのか、すまん」
コルットはミータをまじまじと見る。こんな少女が王なのだろうか。確かに綺麗だ。故に強いのだろう。いや、むしろ可愛いと言った方が良い気もする。どう見積もって十代後半くらいだ。スタイルも抜群に良く、身長は小さくても出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。ただやはりその見た目からは強さを感じられない。ただ異様な圧を感じるのは確かだ。その美が全てを引き付け、全てを支配するような不思議な圧だ。
「で、どれくらいで復帰できるのだ」
あどけない声色で嬉々として聞いてくる。行動も口調も子供っぽい。
「はい。怪我は安静にしていれば後一週間ほどです。ですがーー」
「そうか、一週間か」
ネネチの言葉を最後まで待たずにまたコルットに抱き付く。コルットとしても女王相手に突き飛ばす訳にはいかない。うっとおしいが我慢する。
「ですが、記憶喪失になってしまって、自分のことがよくわかっていらっしゃらないようです」
ネネチが冷静に続けた。すると嬉々としていた態度―もし尻尾を持っていたらずっと振り続けているような状態―が凍り付き、ネネチの方に振り向いた。
「記憶喪失じゃと」
ネネチは静かに頷いてみせる。ミータはネネチとコルットの顔を何度も往復する。
「妾の事も忘れたのか」
ミータはコルットの方に顔を向けて、目をうるうるさせながら聞いてくる。
「は、はい。一応」
コルットは勢いに押されながら、申し訳なさそうに返事する。それにしてもこのサリーと言う将軍はだいぶ信頼があるようだ。
「そうか」
そう言って、ミータは逡巡する。
「ならば会議じゃ。すぐに皆を集めい」
ミータは近くにいた近衛兵に命令を告げる。会議か。自分も参加するのだろうか。コルットは疑問を持ちながらミータの様子を伺う。
「勿論、お主も来るのだぞ、サリー」
ミータはコルットの目を見てそう言った。おそらくサリーについての会議なのだろう。やはり辞任を迫られるか。それならそれでいいとコルットは思う。ただ、ミータの意図が汲み取れない為確証はない。ともかく今は流されるままになってしまいそうだ。
ミータはコルットから離れ、そのまま宮殿の中まで戻って行った。ネネチの方を見ると、少し心配そうな面持ちである。コルットの視線に気付き、少し弱弱しく口を開く。
「大丈夫です。サリー様はこの国に必要な方ですから」
先程と同じ言葉だが、今度ははっきりと言い切れないようだった。コルットは立ち上がり、ネネチを励まそうとする。
「まあ、なるようになるさ」
サリーと言う人物はこのネネチという者にはだいぶ慕われているようだ。いや、もしかしたらサリーはこのアマゾネス軍の皆に慕われてるのかもしれない。女王ですらなついていた。あながちアマゾネスにとって欠かせない存在というのも間違いではないかもしれない。
ネネチは浮かない顔のままコルットを会議室まで案内する。
「サリー」
会議室の前まで来て中へ入ろうとすると、後ろから声が掛けられる。
「これはメリッサ様」
メリッサと言われた女性が、興奮気味にこちらに近づいてきた。どうやらこちらもサリーと親しい人の様だ。呼び捨てである。
「もう起き上がっていいのか」
メリッサは心配そうにコルットの身体を見回す。
「ああ、大丈夫だ」
コルットは短く応える。特に他に掛ける言葉がなく、何を言おうかとやきもきする。その様子を見てメリッサは訝る。
「メリッサ様。サリー様は今記憶をなくしておられます」
そこにネネチが助け舟を出す。メリッサは驚き、サリーの顔を見つめた。
「記憶を。私の事も覚えてはいないのか」
「ああ、すまない」
コルットは申し訳なさそうにそう言う。会う人会う人に申し訳ない気持ちになるのは少し疲れる。コルットは小さく溜息をした。
「いや、いいんだ。しかし記憶喪失か。この会議もそれに関することなのかな。何かあっても私はお前の味方だ。遠慮なく頼ってくれ」
メリッサはそう言うと会議室の中へと入って行った。コルットは一呼吸おいて中に入る。そこは円卓になっており、ミータと先のメリッサが席に座っていた。コルットは三番目に来たらしい。ネネチが席までコルットを誘導する。そこでは私語が一切交わされず、さっきは陽気だったミータもだんまりと真剣な面持ちでそこに佇んでいた。コルットは身を引き締めて暫く待つ。すると、一人また一人と将軍らしき人が集まってきた。
「さて、皆の者揃ったか」
円卓が埋まると同時にミータが声を発する。先程とは違う荘厳な響きのある声だ。張り詰めていた空気が更に引き締まる。
「今回集まったのは他でもない、サリー大将軍を交えて改めて前回の敗戦と今後の作戦を練っていきたいと思ったからだ。ただし、サリー大将軍は先の戦いの傷により記憶を無くしてしまったらしい。まずはそのことについて話していきたい」
ミータの声が円卓に染み込む様にしっとりとのしかかる。コルットはこのような会議に出たことはもちろんない。これほどの緊張感があるものかと、汗が滲み出てくる。
「記憶喪失ということですが、どれほどのものなのですか。武人としてもう活躍が見込めないということでしょうか」
ちょうどコルットの対極側右手にいる女性が声を掛ける。この円卓の席は特殊に配置されており、六人しかいないが左右対称になっていない。ミータ女王の右隣、一番近い所にサリー、左側は少し離れてロロア、更に女王から少し離れてサリーの右側メリッサ。左側四番目に離れてロイヤ。ミータ女王のほぼ対極右側にアミという将軍が座っているらしい。ネネチがこっそりとコルットに耳打ちをしていた。今発言したのがアミだ。
「それについては私がお答えします。武人としての嗜みは身体の記憶として残っているようであります。少しならせば遜色はないかと」
ネネチがフォローに入る。あまり無理する必要はないのにとコルットは思う。
「うん。それは間違いないようだ。妾も訓練所で馬を自在に操るサリーを見た」
ミータも続ける。ミータ本人としても解任させたいわけではないのだろう。ただ、立場があるからこういう場を設けているのか。
「それならば無下に扱う必要はございますまい。このまま大将軍として職務を預けましょう」
「果たしてどうだろうか、武芸に秀でているというのは確かに戦力として有難い。だが、大将軍ともなるとそれだけでは務まらないと思う」
新たな問題提起をしたのはロイア将軍だ。一人だけ透ける絹を纏っている。
「確かに、大将軍に必要なのは武芸以上に統率力や戦術に対する知識であろうな」
ミータが続ける。ミータがこの会議を開くに至ったポイントでもあったのだろう。
「つまり、記憶がないということはそういった知識や統率の仕方に影響が出るということでしょうか」
メリッサが整理する。サリーとかなり親しい仲であるようだが、軍の指揮官としての立場を顧みてもサリーをフォローするつもりだろうか。
「平たく言えばそういうことですね」
ロイヤが返答する。
「しかし今までの功績もあります。無下に退任を迫るのはどうかと思います」
メリッサが反論した。やはり援護する気なのだろう。
「いえ、私もそう言った功績を無下にしろというのではありません。ただ、できないことをやらせるのは結果的に本人への負担にもなります。勿論我が国への負担にも」
ロイヤも反論する。コルットはロイヤの方が的を射ていると感じた。どう足掻いても自分では兵を纏めることも、友好的な策を弄することもできない。良い所一兵卒が妥当だ。
「サリー大将軍が我が軍を弱体化させると言うのか」
メリッサが激昂する。まあメリッサからしてみれば親友を馬鹿にされたように聞こえるだろうから、それも一つの反応かとも思うが、やはり無理にフォローしなくていいのにコルットは考える。
「まあ、落ち着いてください。サリー殿の意見はどうなのですか。今の職務を全うできる自信はありますか」
ロロアが割って入る。彼女はサリーと同じ大将軍らしい。さすがの落ち着きである。ここできちんと本人確認する辺りも有能さが出ている。
「私は、私としてはロイヤ殿の言う通り現在の職務遂行に対する自信はない。解任であればそれはそれで構わないと思っている」
コルットは素直な意見を述べる。しかしこの言葉は思ったよりも重く響く。暫く皆が押し黙った。
「童から提案がある」
その空気を引き裂いたのはミータだった。
「模擬戦をするのはどうだろうか。我がタイガー部隊と戦わせれば実力もわかると思うが」
コルットの言葉は一先ず置いておいてということなのだろう。また違った切り口からの解決案を提示する。
「なるほど、模擬戦ですか。それは良い。賛成です」
アミ将軍が激しく同意する。他の将軍達も一様に賛成の色を見せる。
「統率力や戦術はそれで確かめられるとして、策についてはいかがなさいますか。サリー将軍はアマゾネスの参謀として活躍を噂されておられる英雄です」
ロイヤが指摘する。
「貴公はまだそのようなことを言うか」
メリッサが激しく反発する。
「それについては、この後話し合う今後の方針でわかることだろう。サリー大将軍にはこのまま参加してもらう」
ミータが応えた。コルットはえらいことになっていると焦る。何度も言うが戦の経験がないのだ。模擬戦などで勝てる訳もない。それに今後の国の運営について云々も正直ついていける自信がない。そもそもコルットは反戦派なのだ。長引く戦に嫌気がさしている。ここは洗いざらい自分の思う反戦策でも披露しようかとも思う。こういうお国柄だから、戦争について何も考えたことが無い訳では無い。現場を知らない見当違いな意見になるだろうが、コルットとしてはさっさと見限られたくもある。
「それならば」
ロイヤは同意する。他の者もそれ以上意見はないようだ。
「では、今後の方針についてだが、その前にロロア方から簡単に今の状況を説明して欲しい。サリーにもわかるように」
「はい、かしこまりました」
ロロアは一呼吸おいてからざっと説明する。どうやら先の大戦ではアマゾネス軍が敗戦しており、ついでドルト、ラニッチが敗戦。コスカとタイオー軍での決戦となったが決着がつかずに大戦規定の一か月が過ぎ、今は休戦状態に入ったばかりだとのこと。
大戦規定とはプル国のドラグナー争奪戦に関するルールのようなものだ。大戦は一か月以内に決着させることと、次の開戦まで最短は三か月だとか、開戦は必ず全地域が参加の下行うとか、暗黙の了解とされてることが決められている。あまりにも戦いが長引いて国が窮するのを防ぐためにあるとされている。
「ここまでで何かわからないことはありますか」
ロロアがいったん説明を切る。
「いや、大丈夫だ」
コルットは返事をする。
「おや、おかしいですね。記憶がないというのに、各地区の王の名前や大戦規定などは問題なく理解されるのですね」
ロロアがサリーに詰める。大将軍だけあってかなり目聡い。コルットは記憶喪失である設定を甘く認識していた。
「あっ、それは、その」
コルットは上手く返答できない。今更記憶喪失でなく、身体が入れ替わったなどとは言えない。
「もしや、記憶を取り戻されたのでは。医師の話によると、何か記憶喪失する前と同じ刺激を受けることで記憶が戻るかもしれないと言ってました」
ネネチがおずおずと発言する。すると、皆の注目がサリーに集まった。
「記憶が戻ったのか」
ミータが慎重に聞く。こうなったら、ご都合的に言うしかあるまい。
「戻ったと言いますか、それらの事柄はなんとなく理解できるのです。これは不思議なのですが、そのままそれと理解することができます。プル国が今ドラグナーを輩出するために地区同士で争っていることや、ドラグナーの代わりの、そうテンタティブドラグナーがいること。世界には三国があること。中心には暗黒大陸があること。魔族の存在など、一般知識と言うのでしょうか、そういうことはわかるのです」
言うだけ言ってみたが果たしてどうか。コルットはこれでも言い訳は上手い。何度もゼーケを騙して、女の子達を誘い出しているだけのことはある。変なところで特技が光る。
「左様ですか」
ロロアはそう言って少し考える。どちらにせよ、皆コルットの言葉を信じるしかないのだ、それがどんなにご都合的なものでもだ。
「では続けます」
ロロアはまるっきり納得したという様子ではないが、話を続けた。他の皆も訝しんでいるようだ。コルットはその様子を素知らぬ顔でやり過ごす。
話によるとどうやら当面は次の戦のためにどう準備し、どう開戦するか、ないし大戦に参入するかがポイントらしい。そして、今のところ五人で話し合った結果としては、先の敗戦のこともあるし積極的な開戦は避け、国力を高めるべきだということである。アマゾネスは数が少ないので、少しでも兵を募り育てたいのだ。
「ロロア、ありがとう。では、サリーに意見を聞きたい」
五人で話し合った結果なのだから、コルット一人が意見を差し込んでどうにかなるわけではないだろう。コルットは随分と乱暴なやり方だなとつくづく思う。まあ、適当に自分なりの事を言って、それでおしまいだ。コルトは開き直る。
「正直、今までと同じようなことをやってアマゾネスが勝つことも、戦争が終わることも期待できないと考えます。ここは同盟を組んで次の戦に備えるべきです」
コルットは毅然とそう言った。同盟。この国では考えられないことだ。先の戦のように利害ある形での一時的共闘ならいざ知らず、同盟となるとまた話が変わってくる。空間がどよめいた。
「同盟じゃと。そんなことができるというのか。そもそも何のメリットがある。ドラグナーは一人しか選ばれないのだぞ」
ミータが喰らいついてくる。そう、まさにミータが言ったことがそのままなのだ。ドラグナーは一人しか選ばれない以上、どちらかが恭順する形で辞退しなければならない。辞退させるのは事実上無理だ。
「同盟を組み、一か月以内で戦乱を治めた後に一騎打ちで決めればよいのです。ミータ女王ならば誰を相手にしても負けますまい。また、一騎打ちであれば大戦ではないので大戦規定には漏れず、一か月で全てを治める必要もありません故、ルール違反にもなりません」
コルットが一般人なりに考えていた戦争を早く終わらせる方法だ。いや、正確には王同士の一騎打ちだけで良いとは思っているのだが、どうにもそう丸く収められるほどこの国は都合良くはできていない。大戦による勝利もきっと必要になる。そういうところまでこの国のシステムは来ているのだ。
「主張はわからなくもないのですが、一体どこと同盟をするおつもりですか」
アミがおずおずと発言する。
「タイオー軍です」
コルットはきっぱりと答えた。
「その心は」
アミが続けて質問する。
「第一にアマゾネス軍は数が少ないのが弱点です。そこを補ってくれるのは国一番の勢力であるタイオー軍でしょう。最悪、他三勢力と同時に対峙してもアマゾネス・タイオー同盟軍なら対等に戦えます。また、タイオー軍の王は男性なので、一騎打ちにも有利でしょう」
まあ、この辺は正直コルットとしては後付けであり、本音は母国だからである。
「しかし本当に三勢力が相手となったらことではありませんか」
メリッサが異を唱える。こういう場所ではさすがに敬語になるようだ。
「可能性はなくはないですが、限りなくないと言っていいでしょう。というのも同じ同盟を組もうにも唐突には難しいというのと、三勢力が同盟すると一騎打ちが三人になり何かと不都合なはず。よって、同盟は開戦まで秘密裏で行うものとします」
それっぽいことを言ったが、これで答えになっているだろうか。コルットは心配になる。
「アマゾネス側の方略としてはありだとは思いますが、タイオー軍はうんと言ってくれるでしょうか。タイオー軍から見ればこの場合ラニッチ軍と組んだ方が得に思えます」
ロイヤが反論する。確かに戦乱を治めるだけならラニッチ軍と組んだ方が良いだろう。
「いえ、ラニッチ軍では不安でしょう。タイオー軍も騙された場合の対処を考えるはず。。その場合一番対処しやすいのは数の少ない我が軍です。それに倍以上の戦力差があれば場合によってはタイオー軍から裏切ることもできますから」。タイオー軍にとっては同盟を組むなら我が軍が一番やりやすいはずです」
コルットとしてはでまかせと言うほどのことを言っているつもりはないが、結構アドリブの多い意見なだけに、しゃべればしゃべるほど不安になる。無論説得など失敗しても良いのだが、思いつくままに話している勢いがあって引くに引けない。なんとなくそれが良い気がするのだ。
「では懸念の通り裏切られたらどうするのですか」
ロロアが疑念を顕わにする。
「裏切りは想定しておけばいいのです。おそらく裏切るタイミングは同盟軍が勝利した後です。予めわかっていれば対応は幾らでもできます。それに結果軍で勝利すれば誰も文句は言わないでしょう。つまりこの策はタイオー軍の裏切りまでが策の一部です」
口ではそう言ったがタイオー軍が裏切らない方がコルットには都合が良かった。コルットの知り合いも戦場に出ている。そいつらが死ぬ可能性のある機会は極力避けたい。
「なるほど、これは大変な奇策になりそうですね」
アミ将軍がそう言った。どうやら周りもそれとなく肯定的な反応をしている。
「どうやら、根本にある知恵も絶好調のようだな」
ミータが満足そうにそう言った。なにやらコルットの提案は受け入れられるようだ。自分で言っときながら、コルットは驚きを隠せない。こんなのでいいのだろうか。
「後は、誰を特使として派遣すべきか」
ロイヤがぼそっと漏らす。
「それに関しては私が行くのが妥当でしょう。私は御覧の通り怪我をしてます。この怪我は暫く治らないことにしましょう。また、アミ将軍も死亡したことにしましょう。タイオー軍の裏切りがあった場合の切り札になって頂きます。こうすれば、タイオー軍も油断しやすいと思います」
コルットとしては古郷へ戻るチャンスである。場合によってはとんずらもできるかもしれない。それに、元の身体のことも気になる。おそらくサリーと言う人が身体に憑依しているのだろうが、近くにいて貰わなければいざという時に元に戻れないかもしれない。
というか、どうやったら元に戻れるのだろう。そういえば、あまり戻ることに関心がなかったから気になってなかったが、そもそも戻れるのだろうか。またシーミャと言う魔女にどうにかして貰うしかなさそうだが、彼女はまだあの近辺にいるのだろうか。
確かテンタティブドラグナーと言っていた。ドラグナーが正式に決まる頃にはもう一度見えることがあるだろうが、そうなると否が応にも戦争を終わらせる必要がある。英雄がどうこう言ってたし、戦争が終わるまでは会えない気がしてきた。
「サリーの案に反対の者はいるか」
ミータが話を締めに掛かる。誰一人として反対の意を表さなかった。
「では後は模擬戦だけだな」
ミータが起立し閉会の意志を見せると、皆も立ち上がる。コルットも慌てて立ち上がった。
「模擬戦は三日後。特使は五日後にする」
ミータがそう高らかに言うと、他の者が胸に手を当てて首を倒した。コルットもすぐに真似をする。コルットはその戸惑いの様子を鋭く見られたような感覚になって、焦る。よく考えれば、自分の言ったこととこういう行為ができないことは少し矛盾している。それを悟られたか。皆が動き始めてもコルットはずっと顔を伏せていた。今、表情を見られるのはまずい気がする。
「サリー様、もう大丈夫ですよ」
二人きりになったところで、ネネチが寄ってきてそう言った。コルットは緊張で溜まっていた息を吐き、深呼吸する。記憶喪失というのも一苦労である。
ご感想頂けたら幸いです。




