第三章 均衡の終焉 第三節 ミーシャの夢
夢は大切です。
第三節 ミーシャの夢3
「スリム」
ミーシャがそう叫ぶと、廊下を歩いていたスリムがびくっとして立ち止まった。
「ミーシャ」
その言葉には覇気がなく、スリムの様子はどこかよそよそしいものだった。
「実はね……。どうしたの。元気ないの」
ミーシャはその様子に気付いて出かかりの言葉を呑んで、先に様子を伺った。
「えっ、いや、その。ミーシャ……様。何の御用ですか」
そしてスリムはメイド宜しく腰を砕いて応対し始める。
「えっ、スリム。どうしたの、急に。あっ……」
言いながらミーシャは出かかりだった自分の言葉を思い出す。そう、ミーシャは今や第一血統であり、筆頭ドラグナー候補なのだ。
どうやらそのことは既に周りにも知られてしまっているようだ。
「スリム、いつも通りで良いよ。ううん。いつも通りでいて」
ミーシャは少し悲しい目を帯びながらお願いした。
「……うん……」
スリムもまた悲しい目を帯びている。かなり目を泳がせてもいる。
そして、暫く沈黙が続いた。ミーシャがスリムの言葉を待ったのだ。いつもの調子のスリムの言葉を。
「私達、はとこじゃなかったんだね」
しかし、いつもの調子のスリムはそこにはいなかった。
「う、うん」
そう言えば、はとことして知り合って仲良くなったのだったと、ミーシャは思い出す。
つまりはスリムとミーシャの関係の基盤が揺らいできているのだ。
大前提がひっくり返されて、しかも身分違いで、スリムの頭の中はかなり混乱に包まれているのだろう。と、ミーシャは理解し始める。
「でも、私達は私達だよ。変わらない。でしょ」
ミーシャの中では半分お願いだった。そもそもこんなはずではなかったのだ。ドラグナー候補であることを打ち明けて、喜んでもらう予定だった。
それが、今はその真逆である。
「変わらない、か。でも、現実的にミーシャ、様がーー」
「ミーシャで良い」
「はい。ミーシャがドラグナーになったら変わらなくちゃいけなくなっちゃうよ」
言葉こそいつも通りのそれに近付けてもらったが、その距離は未だに遠いままだ。
「へぇ、私がドラグナーになれると思ってるんだ」
これでは埒が明かないと、ミーシャは態度を変えてみる。相手を挑発するようだ。
「そりゃ、ミーシャ優秀だもん」
だが、スリムは意に介していないようだ。
「他の候補者たちも十分に優秀だよ。しかも年齢も私より年上だし、いきなりの事で私も混乱してる。簡単になれるとは思ないな」
引き続きミーシャはどこか挑発するように話す。
「でも、候補者筆頭なんでしょ」
スリムはどこか絶望したように話している。
「準備できてない。私には準備ができてないのよ。他の候補者は散々準備してきた。でも、私は急。だから不利なの」
ミーシャは言いながら自分が何をやりたいのかわからなくなってきた。
「ミーシャはドラグナーになりたくないの」
スリムはなんともなしに真っ直ぐな質問をした。
ミーシャは実はまだその質問に答える真っ直ぐなものがない。むしろ、それを探しにスリムの所へ来たと言っても過言ではない。
「それは、うん、一応はね。なりたいよ」
「そりゃそうだよね。ドラグナーだもんーー」
「でも、夢を諦めたわけじゃないから」
ミーシャは言葉を被せるように言った。
「夢。ミーシャの夢って、確か実力で高官になるって夢だよね。ドラグナーになっちゃったら無理じゃない」
「無理じゃない、と思う」
ミーシャは勢い良く言って、その後尻窄んだ声を出す。
「いやいや、無理っしょ」
「無理じゃない。実力でドラグナーを勝ち取るから」
「えっ、どういうこと。ドラグナーになれるのは血統だよ」
スリムは混乱してきていつの間にか素になっている。
「候補者同士の試練がある。そこで実力で勝ち取る」
「ねえ、前から少し思ってたんだけど、ミーシャのその実力実力ってやっぱりこの国じゃ無理だよ。どうせ試練って言っても血統が良い人が有利になるに決まってる。本当の意味での実力勝負にはならないと思うよ」
「無理じゃない。ここだけの話なんだけど、一番不利になる様にお願いしたから」
「はっ、なんで」
スリムは素っ頓狂な声で聞いた。その声が意外にも響いたのでミーシャは慌てて口を押えた。
「ここだけの話だから」
ミーシャはひそひそと言う。スリムはびっくりした目のまま頷いた。
「実力で勝ち取るためよ」
ミーシャは誇らしげに言う。スリムは当てられているミーシャの手を解いた。
「本気なの」
一応遠慮してひそひそ気味にスリムも話す。
「うん。それが夢だから」
「変なの。折角のチャンスなのに」
スリムは納得はできてないが、目の前のミーシャならやりかねないことを悟った。
それが、今まで過ごした二人の時間がなせるものだと気付いた時、
スリムは自分の中にあったもやもやが晴れるようだった。
「変わらない、か」
ミーシャはスリムのつぶやきに首を傾ける。このタイミングで何を言っているのか掴めなかったのだ。
「確かに変わらないけど、一つ変えて良い」
スリムは構わずそのまま進める。ミーシャの事だからすぐにわかってくれるはずだ。
「ああ、ああ、うん。いいよ」
「ミーシャが持っていた夢は私が引き継ぐ」
「えっ」
今度はミーシャが混乱した。
「私、将来ミーシャの側に仕える高官になるから」
スリムははつらつとそう言った。
「ああ、うん。そういうことか。ありがとう」
ミーシャもすぐにそれを理解し、心に勇気が湧き上がってくるのを感じるのだった。
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