第一章 英雄の誕生 第三節 ぱっと言った一言が思ったよりも重視されてて焦る
さて本格的な話に入ります。
コルット編です。
第三節 ぱっと言った一言が思ったよりも重視されてて焦る
んつ、くっ、はっ
急に息が詰まりそうな感じがして、苦しくなったので、焦って息をする。目を開けてると、煌びやかな装飾が目に飛び込んできて、頭が混乱する。ここはどこだ。冷静に今の状況を整理する。
記憶があるのは、ゼーケに森に吊るされていて、縄がほどけなくて、困っていたら天女が出てきて、いや、天女じゃ無くてテンタティブドラグナーで、で、どうしたんだっけ。縄を解いて貰って、魔術師で、胸触れなくて、英雄を探すんだっけ。いや、ちょっと違う。英雄が同じ名前で、女の子にならないかって言われて。って、痛っ。
コルットは自分の右肩が鋭く痛むのに気が付く。見ると包帯でぐるぐる巻きにされており、どうやら手ひどい怪我をしているようだ。
「えっ、どこで怪我したのだ、私は」
ふと、急に女性の声が聞こえたので驚いて辺りを見回す。だいぶ近いところからの声だったが、どこにも人はいない。確認できるのは綺麗な部屋があるということだけだ。しかもやけにだだっ広い。立派なベッドが中央にあり、自分はそこに横になっているようだ。訝しく思いながら、自分の身体を確認する。さっきから自分の身体なのに違和感があるのだ。肩の傷もそうだが、動きが軽いというかなんというか、ふわふわしている。他に怪我しているのかもしれない。
と、左手で布団を押しのけようとする。その際、左手が見えるがやけに肌が綺麗で細小さい印象を受ける。そして、そのまま布団を押しやると、胸があった。包帯とブラジャーと押し当てられ、薄着がふわっと乗っている大きな胸がある。谷間が深い。コルットは暫くぽかんとした。何故胸がこんなに大きく……。
「そうか、あの少女か。シーミャとか言う」
そう言って、また驚く。先程から聞こえる声はどうやら自分のものの様だ。そして推測が確信めく。女にされたのだ。あのシーミャとか言う魔術師に。と、そう確信した瞬間コルットは何かを思いついたように左手で股間を触った。何もない。あるはずのものが。なにも。確信が実感になる。
「女になったぁーーー」
思わず叫んで、飛び起きる。と、肩の痛みが鋭く突き刺さる。コルットはぐっと、左手で肩を押さえた。
「サリー様、お目覚めですか」
どこからともなく一人の女性が現れた。女性は膝まずいて顔を下げいる。ちゃんとは見えないがたいそうな美人である。ところが、コルットはいつもよりはそうときめかなかった。まるで見慣れたものを見る様にしか感じなかった。
と言うか、この女性。コルットの事をサリーと呼んでいる。どうやらシーミャは体そのものを変化させたのではなく、サリーとかいう人と交換させたようだ。
「お、おはよう」
コルットは色々判明してきた一方で、まだ状況を掴めていない。とりあえず自分はサリーを演じていく必要があるか、それともコルットと明かすか。後者はどうにも信じて貰えなさそうである。ただ、サリーが何者でどういう人かもわからず、演ずるにしても無理がある。とにかく、挨拶はコミュニケーションの基本であるからにして、ニュートラルに対応できるだろうと結論付ける。
「あっ、はい。おはようございます」
目の前の女性が戸惑ったように応える。何か問題があっただろうか。とりあえず、目の前の女性の態度から察するにこちらの方が身分が上である様だ。だとするのなら、挨拶は少しおかしかったのかもしれない。
「状況は」
今度は少し偉そうに聞いてみる。今の状況的には自分は戦争で怪我をして、治療中と言ったところだろう。さらに部下らしき者がいて、豪華な部屋だ。まあまあ身分も高い位置にいると思われる。怪我で気絶してここにいたと考えて、この質問は妥当だろう。ともかくできるだけ状況を正確に整理したい。
「はっ、アマゾネス軍は大戦より退却。対戦事態も勝者がなく、各々国で富国強兵を整えております。サリー様は半月ほど横になっておられました」
やはりそうだサリーと言うものはアマゾネスの将軍か何かなのだろう。アマゾネス。美女だけが住む楽園である。少なくてもコルットにとってはそういう国だった。その楽園に自分は今いるのだ。そう思うと急に活力が漲って来る。
「今は休戦期間ということだな」
コルットはそれらしく言葉を繋げる。休戦期間とはその名の通り、各国が休戦し、富国強兵を行う期間の事である。大戦終了から最低でも三か月は休戦を破ることができないとされ、プル国に訪れる束の間の平和だ。この三か月というのは暗黙の了解であり、別段破っても差し支えない。ただ、この暗黙の了解を破る国は各国からの総叩きにあい滅亡するということだ。昔、北東の国が休戦期間であるこの三か月を破り、滅ぼされた経緯がある。と言っても、三百年前の話だが。
「はい、その通りでございます」
女性が恭しく応える。さて、ここで聞きたいのはこの女性の名前と、自分が一体どれくらいの身分であるかだ。だがどちらも本物のサリーなら知って然るべき内容である。どう聞くべきか。頭を打ったということにして記憶喪失を演ずるのが一番やりやすいのだが、割と今更だし、そもそも自分がどういう経緯でこの怪我をして、どうなってここで休んでいるのかがはっきりしない。まずはこれからか。
「私はどうなっている。この怪我は」
「はっ、ラニッチ軍の暗部から毒矢を受けた模様です。毒は既に中和していますが、傷の治りには時間が掛かるとのことです。サリー様は矢を受けた際に落馬しており、全身を強打していますが、そちらの方は如何でしょうか」
なるほど、これなら記憶喪失を偽れなくない。今更だが。怪しまれたらしょうがない。一か八かやってみるか。
「ふむ、この傷以外はなんともない。ただ、頭が混乱している。自分が何者で、何故ここにいるかがよくわからない」
どうだ。上手く言えたと思う。場合によっては職務解放で自由な楽園生活の始まりだ。自分も女だがこの際そんなことはどうでも良い。コルットはそうやって胸が高鳴るのを感じた。
「左様ですか。すぐにドクターを呼んできます。しばしお待ちを」
「うん。お願いする。ところで君の名前を聞いておいていいか」
止めの一撃だ。コルットは内心上手くいっていることを誇らしく思う。実際、名前がわからないのだから、間違ったことは言っていない。
「あっ、はい。サリー様にお仕えしているネネチと申します」
ネネチはそう言って、すぐに立ち去った。顔は険しく、どうやら記憶喪失だと思わせることはできた様だ。コルットは少し息をつく。
そういえば、この身体も女性のものだった。今や手にしたことのないものが手元にあるのだ。そう思うとコルットは興奮してくる。自分の身体なのだから、裸になっても問題ないはずだ。この際じっくり調べてみよう。鏡はないものか。コルットは部屋を見渡すと、大鏡が壁に掛かっているのを見つけた。そこまで足を運び、自分の姿を見る。
美人だ。絶世の美女と呼んでいいだろう。スタイルも抜群である。服は薄手のシルクパジャマである。位の高さが現れている。右手は上げると痛むので左手だけでボタンを開けていく。
意外とエロい。コルットは内心に起こる興奮を隠せないでいた。少しにやついてしまう。パジャマを脱ぐと、下着姿である。下着もシルクであり、この格好は間違えなくエロい。ゆっくりと自分の身体、乳房の辺りをなぞるように触る。これが、女の身体か。少し痛むが両手でホックを外し、パンツも脱ぐ。そして初めて見る秘境が姿を現す。
現したが、期待していたほどの高揚感がなかった。自分が女性だからか、自分の身体だからか、特別なものを見ている気にはなれなかった。いや、そんなものなのかもしれない。結局コルットは今まで妄想を膨らませていただけなのだ。実物など、その妄想に比べたらなんと陳腐なものか。少しずつ、冷静になってくる。
冷静になる最中に一瞬最後の足掻きか、敏感なところを触りたくなった。男のそれより敏感とされる部分。一体どんなものなのか。乳房の方を触ってみる。軟らかかった。妄想していたよりもとても柔らかい。だが、さほどの快感は押し寄せてこない。突起の部分を触ってみる。敏感かと思いきや、他の肌を触られるのと大した違いはなかった。聞いていた話と全然違う。優しく撫で回してみるが、さほどの快感はなかった。下の割れ目も弄ってみる。豆の部分も割れ目の中も肌を触られているようにしか感じない。さすがに変だと勘付く。
これがアマゾネスの身体なのかもしれない。アマゾネスは女性というよりは、女性の身体をした人間でしかないのだろう。弱点となりうる部分を極端に廃した戦闘人間なのだ。きっとそうに違いない。勿論、興奮しないのもそれによるところなのだろう。体質なのか、加護によるものなのかはわからないが、そういう種族なのだきっと。
調査が終わり、失望とも違う暖簾に腕押したような感覚の中、改めて自分の身体を眺めてみる。アマゾネスは美人であればあるほど強いという。このサリーという者は絶世の美女である。さぞかし強いのだろう。
しかしながら、その強さがこの身体にはさほども感じられない。つまり筋肉質ではないのだ。常人男性の二倍から五倍ほどの力が出るということだが、どこからその力が流れるのか。試しにバク転してみる。バク転などはやったことがないが、この身体ならいける気がした。軽々とできる。が、肩に激痛が走った。しまった、怪我しているのを忘れていた。次はバク宙。これも軽々とできる。一メートルは軽く浮いていたか。さほど勢いをつけたつもりはないが、意外な結果だ。やはりアマゾネス。信じられない力を持っている。
そうこうしていると、部屋の扉がノックされる。
「失礼します。あっ、これは」
部屋から入ってきたネネチとドクターらしき女性がコルットを見て固まる。コルットは自分が裸になっていることを思い出し、さらに自分がやっていたことを思い出し、恥ずかしさが込み上げてくる。女性相手だから裸を見られて恥ずかしいことはないが、つい後ろを向いてしまった。
「これは、お着換え中でしたか」
ネネチは言いながらも自信が無いようだった。コルットは着替えという格好の言葉を捕まえる。
「そう、そうだ。着替えようと思ったのだが、服の場所がわからなくてな」
コルットは向き直って、困ったように言った。かなりお粗末な演技だったが、果たして大丈夫だろうか。
「左様でございますか」
ネネチはそう言って影を落とす。そしてドクターに小声で何かを言う。
「ついでですから、お風呂に入っては如何ですか。その後傷を手当てし、お身体の具合を見てもらいましょう。包帯は一度取って良いそうです」
どうやら演技は見破られていないようだ。それにしても女性だけの国というのは自由なものである。仮にも素っ裸の人間を前に、そのことを何とも思わないほど皆冷静だ。
「そうだな。そうしよう」
とりあえず、言葉に従う。半月も寝たきりなら垢も溜まっていよう。勿論、お付きの者が清拭をしていたかもしれないが、こういうのは自分で洗った方がすっきりする。
ネネチはこちらですと声を掛けて、コルットを連れて行った。
やはり身分の高いものとなると浴場も豪華だ。ゼーケの家のコルットの寝室くらいは広さがある。湯船で足を伸ばして考える。先程から、考えていることを口に出すときに、思った通りの言葉が出ない。つまり、そうなんだと言おうとするとそうだなと口に出す。恐らく、元の人間の口癖がそのまま残っているのだろう。バク転の下りもそうだ。したこしたことないことだが、身体はいつものことのように軽々と動いた。
どうやら身体に染みついたものはこちらの思考に関係なくそのまま引き継がれるらしい。まあ、そのお陰で演技はだいぶしやすい。元の人間ならどんな口調なのかを考える必要がない。それに、何かをやれと言われても、たいがいこなせるだろう。
ところでやはりサリーであることは通していた方が良さそうだ。というのも女の裸を平然と見過ごせるような国なのだ。男が混じったとなったら大事だろう。そもそも敵国の人なのだから、拷問とかもされかねない。と言っても、軍の事は何も知らないが。知らないからこそ、拷問は続きそうで、苛烈を極めるような気もする。想像すると身震いが出る。ともかく今は記憶喪失ということで、上手くここを抜け出せないものか。抜け出せれば自由である。後は好き放題できるというものだ。
風呂場から上がると、ネネチが侍る。
「お着替えは、処置の後でお願いします」
そう言って両手でタオルガウンを渡してきた。コルットは身体を拭いてガウンを着る。下の下着も先に着ていて良いらしく置いてあったのではいた。男の頃は女のパンツというだけで興奮したものだが、今となっては何の変哲もない下着だ。そう考えると、コルットの中のエロ熱が段々下がってくる。
「まず、お名前は覚えておいでですか」
ドクターがコルットの方の処置をしながらそう聞いてきた。
「いや、覚えていなかったが、サリーと言うのだろう。ネネチと会話していてそれとなくわかった」
嘘は言っていない。が嘘だ。理由が違う。記憶がないからではなく、身体が入れ替わったからだ。
「なるほど、ご自分がどのようにして怪我をなされたかは覚えておいでですか」
「いや、知らない。だが、ネネチからラニッチ軍に射抜かれたからだとは聞いた。すまないが、私は何も覚えていない」
ドクターはふうむと少し考え込む。何を聞かれてもネネチと話したこと以上のことはどちらにしても答えられない。結論を急がせるわけではないが、不毛だと感じた。
「わかりました。サリー様はラニッチ軍に射抜かれて落馬しました。矢には毒が塗られていましたが、アマゾネスの加護により耐性のあった身体のお陰で大事には至っていません。しかし、その毒のせいで傷の治りが遅くなっています。完治には後一週間ほどかかりそうです」
ドクターは処置を終えて、改めてコルットの前に座りこちらを向く。首から下げられたカルテを手に取り、ペンを走らせる。
「では逆に何か思い出せたこと、思い出せるものはございませんか」
そう聞かれて少し考える。素直に無いと言っていいものかどうか。少しくらい思い出せた方がそれっぽいかもしれない。が、それを皮切りに記憶が戻ると信じられても困る。というか、当てずっぽうしか言えないので明後日の事を言ってしまうか。
「いや、すまないが、何も」
コルットはあくまでも記憶が全てないということを主張する。
「わかりました。貴方はこの国の大将軍であり、この国きっての武人であります。勿論同時に美女でもあります。騎兵隊を指揮していました。どうですか、何か思い出せますか」
コルットはううんと首を横に振る。というか、大将軍だったのか。コルットは内心驚愕する。周りが豪華なのにも頷ける。
「そうですね。全記憶喪失ですね。おそらく落馬の際に頭を打ち付けたのが原因でしょう。喪失前にやっていたことやったり友人に出会うと良いかもしれません。何かのきっかけで思い出すこともあるでしょうから。記憶喪失が心因性のものでないのかが気がかりです。もしかしたら心因分子が作用しているかもと捉えておいてもよいでしょう。ともかく、できるだけ喪失前と同じ生活を続けてみて下さい」
「ありがとうございます」
ネネチが礼を言う。コルットは少し困っていた。ようはいつも通りに行動しろというのだが、そのいつもがわからないし、そもそも自由を謳歌したいのにこれではおそらく暫く誰かが伴に付くということになる。
「ご安心下さい、サリー様。サリー様の行動は私が熟知していますから。私にお任せ下さい」
ほら、やっぱりだ。このネネチというのが纏わりつくに違いない。コルットは内心で落胆する。
「あ、ああ。宜しく頼む」
そうは言っても無闇に拒絶はできない。仕方なしにお願いする。自由までの時間が少し延びただけだ。そう気落ちするほどの事でもないだろう。
ご感想頂けたら幸いです。