第三章 均衡の終焉 第二節 混乱する国政
第二節 混乱する国政4
「一つ、宜しいか」
静まり返る会場から控えめな発言が聞こえてきた。今までだんまりとしていた比較的若い重鎮だ。
「ガーディアンズが言うことと、我々の言う事。両方であったとするとどうなるか」
「どういうことだね」
他の重鎮たちが聞く。
「はい。犯行を行ったのは魔王。しかし、手引きをしたのは、つまり情報を流したのはドラグナー候補の者だったとしたら如何でしょう。魔王が情報を得るのは難儀なはず。そう考えれば私の中で辻褄が合います」
「内通者。つまり裏切者がいるという事か。しかし魔王と結託して何の得がある。魔王に国を売れば滅ぼされるだけぞ」
「それはわかりません。ただ、トルティ国ではドラグナーになろうと魔王が選挙に混じると聞きます。つまり、次期ドラグナーと魔王が手を組むことは魔王側にもメリットがあると考えます。実際、リバルド様の住居は結界があり、魔王と言えど簡単には侵入できません。そこをドラグナーが協力すれば、入る事ができます」
「魔王が次期ドラグナーと繋がる理由は分かった。しかし、次期ドラグナーが魔王と繋がる理由がわからんな。魔王にリバルド様が殺されればせっかくなったドラグナーも意味が無くなる」
「わかりませんが、この国、あるいは人間に強い恨みがあるとかはどうでしょう」
「そんな人が候補者の中にいたか」
「あるいはミーシャ様なら恨みも持ってそうですが」
ここでまたミーシャの名前が出たことでハットの目が鋭く若い重鎮を射抜く。
「どういうことですかな」
「いえ、その。ミーシャ様は他の候補者、ひいいては国に実の兄弟を殺されております。早くに養父母も亡くされてまともな生い立ちではありません故、例えばの話です」
若い重鎮は肩を窄ませながらも自分の意見を真っ直ぐに言った。
「ミーシャ様がどうやって魔王と連絡を取ったというのですか」
「それはわかりません。ですが、魔族は人の心の闇が好物だと聞きます。あるいは引き寄せられて接触した可能性はなくにはないかと」
「推論の域を出ませんね。それならミーシャ様でなくても引き寄せられた可能性はあるでしょう」
ハットは冷静にそう言った。
「手元にある情報だけだと怪しいのはミーシャ様というだけです。他の候補者に闇がある可能性は実際調べた方が良いでしょう」
「だから調査が必要だと言っている」
「そういえばゾーテ様はオカルト好きとか言っていたな」
「暴論だな。魔王と候補者が繋がる可能性は低過ぎる」
ここに来てまた会場が騒ぎ始めた。ハットは顎に手を当て、その様子を少し放っておいてみた。
「しかし、ガーディアンズを突破し、ドマリオス様を速やかに暗殺。その後リバルド様に手を掛けていないという事実を解釈するにはそれくらいしかありません」
「先にも言ったが、事前の情報があり虚を突けば人間にもできることだ」
「だから調査が必要だと言っている」
「そもそもドラグナーにもなろうという者が魔族に与する理由もあまりピンときませんな」
「では、こう考えてみてはどうでしょう。次期ドラグナーはやはり魔王を憎んでいた。故に魔王を確実に滅するために魔王の手助けをしてみたという考えです」
「はて、意味がわからないが」
「次期ドラグナー候補は考えました。魔王をこちらから駆逐する方法は無いかと。そこで、上手く魔王を引き入れ、リバルド様と共に倒せばよいのではないかという事です。ドラゴンとドラグナーの二人が共闘した時は魔王の力を凌駕します。故に上手く魔王を引き込めれば、リバルド様と倒せると踏んだのです。実際、トルティ国ではつい先日魔王を撃退したという情報が来ています」
「暴論だな。だからと言ってわざわざドマリオス様を暗殺する理由にはなるまい。少なくてもドマリオス様よりも他の候補者は力が劣るはず。そういうことはドマリオス様に進言し任せた方が成功率も高かろうて」
「進言したのではないですか。そして、断られた。故に暗殺に踏み切った」
「だが、やり過ぎな気がするな。そこまでして魔王を撃滅したい理由がわかりかねるな」
「それはわかりません」
「だから調査が必要だと言っているだろう」
「彼の意見は粗が多くて空想論に思える。だが、こう考えるとどうだろうか。魔王が次期ドラグナーを操っているとするというのは」
「それだ」
「操っている。なるほど。それはあり得そうだ」
「やはり次期ドラグナーは我々の中から決めるべきだ」
「確かに、魔王に操られているのだとしたら、上手くドラグナー候補を変える必要がありそうですね」
「皆様、宜しいですか」
ここでハットが口を開いた。ちょうど皆が考え込む時分だったので注目が集まる。
「だいぶ、本来の目的から話がずれてしまったようです」
ハットは静かに言った。
「どういうことだ」
「というのも、この会は次期ドラグナーを候補者の中から如何にして決めるかの会です。犯人探しや、候補者の見直しのためのものではありません」
「しかし、今候補者の誰かが操られている可能性が示唆されたぞ」
「だから調査が必要だと言っているだろう」
「そうですね。ですが、候補者の誰かがです。全員ではありません。そもそも、代々続くガーディー国のドラグナー選定基準をそう易々と変えることはできません」
「何が言いたい。どうしろというのだ」
「操られている者が次期ドラグナーにならない方法を模索するべきです」
「だからしているではないか。そのために候補者を変えようと」
「失礼しました。そうではなく、今いる候補者の中から操られている者がドラグナーにならない様に試験を組みましょう。という事です」
「危険過ぎる。候補者を変えた方が安全だ」
「さて、それはどうでしょう。候補者を変えるのが本当に安全なのでしょうか」
「どういうことだ」
「操られている者が、この中にいる可能性だって十分いるという事です。その者が議論を誘導して自身が候補者になろうとしてるやもしれません」
ハットのこの言葉に会場は騒ぎたった。
「あれ得ない」
「いや、ゼロではありませんな」
「だから調査が必要だと言っているだろう。ってあれ」
「我々を疑っているのか」
「確かに、無くはない」
「確かに誘導されていた感はあるな」
「では、決を取ってみましょう。候補者を変えることに賛成の方はどれくらいいますでしょうか」
会場を見渡すと、三割くらいの人が手を上げていた。
「では、反対の方は」
今度も三割程度だった。
「残りの方はどちらでしょうか。まあ、どちらにしても選定基準は変えられないと思いますが」
「では何のための決なのだ、これは」
「議論を先に進めるか、このまま続けるかの決ですよ。私としてはいつまでも同じようなことを話していたくはない」
「なるほどな。では私は反対に手を挙げよう」
一人の重鎮がそう言って手を挙げると、他の者も私もだ、私もだと次々と手を挙げた。約三割の人がそうしている。
「どうですか、過半数を超えました。話を進めて宜しいでしょうか」
「ふん。ガーディアンズの口車に乗せられよって。どちらが議論誘導だ」
重鎮の一人が悪態を吐く。しかし、ハットは素知らぬ顔で話を進めた。
「では、話を進めます。試験は一か月後。場所は北の広大な森。試験内容は簡単にリバルド様の所へ先に行った者が次代のドラグナー。しかし、森の中でいくつかの試練を乗り越えるというのはどうでしょうか。一か月はその試練のための準備期間です」
「公平性が大事だぞ」
「いや、操られている者を蹴落とすにはむしろ不公平性が必要だろう」
「はい。ある種公平で、ある種不公平な試験にするべきでしょう。試練の内容は我々が決めるというのはどうですか。それと、それぞれのスタート位置も。怪しい者は遠くに、そして相応しい者は近くに等」
「その基準はどうするのだ」
「だから調査が必要だと言っているだろう」
「はい。調査を行います。試練の準備もあるので一週間ほどにしましょう。その情報を元に我々で決めるというので如何でしょうか」
「調査をするなら賛成だ」
「異存はない」
「良かったです。今日話すべきことは以上かと思いますが、何かある方はいらっしゃいますか」
皆、議論につかれているのか手を挙げる様子の者はいなかった。
「では、また一週間後に」
ハットがそう言うと、一人また一人と席を立ち重鎮たちが会場を後にした。しかし一人だけ、腕を組みハットを睨む者がいた。
「何か御用でしょうか」
ハットは恭しく接した。
「ふん、調子に乗るな。それだけだ」
その重鎮はそれだけを言ってその場を去った。ハットはその後姿に深々と礼をして、その重鎮がいなくなると顔を上げた。
「調子になど乗っておりませんよ」
そう言葉を漏らして、ハットも会場を後にする。
騒々しかった会場も静かに落ち着いて、夕日の赤が静かに引いていった。
第二節終了です。
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