第三章 均衡の終焉 第一節 暗殺
なかなかストックが溜まらない。
第一節 暗殺7
「危険です、お逃げ下さい」
突然の事でミーシャもドマリオスも一瞬固まってしまう。何が起きたのか。
辺りに意識を向けると、煤けた煙と木の倒れる音が聞こえてきた。
火事だ。
「えっ、えっ、どういうこと」
ミーシャは頭では状況がわかったが、まだ完全には飲み込めていなかった。
「自然発火という訳ではないでしょう。誰かが王を狙っております。早くお逃げ下さい」
ハットがそう言いながらミーシャの手を掴む。そして強引に抱きかかえてしまった。ミーシャは未だに、へっ、へっと混乱している。
「さっ、こちらです。ドマリオス様」
そして、ハットはミーシャを抱えたまま跳躍して、太い枝に飛び乗った。そしてそのまま飛んで次の枝へと移る。
すごい脚力だと思うかもしれないが、これは法力か魔術、おそらく法力を使っての移動である。イメージフィールドを張って、その範囲にある枝に瞬時に移動しているのだ。
それにしてもすごいスピードである。後ろのドマリオスがきちんとついてきているか心配だ。ミーシャがそう思い始めた時に、ハットは急に止まった。
「ドマリオス様」
ポツリと、そう言いながらミーシャを見つめるハット。何か彼の中で手違いがあったようだ。不思議な目でミーシャを見ている。
と、ミーシャも周りの異変に気付く。炎に包まれて煙だらけになっているはずの森からその気配が消えていた。木が倒れるような音もしない。
「しまった」
ハットはそう言って、ミーシャを手から離した。当然ミーシャは地面に落ちていく。ただ、ミーシャも予測できたのか咄嗟にイメージフィールドを張っていた。上手く着地する。
と、その時にはハットはその場にはいなかった。急いで戻っているようだ。
「ちょっと待ってよ、ハット」
ミーシャも自らのイメージフィールドを駆使して、来た道を戻って行く。
敵にしてやられた。
と言っても誰が敵なのかははっきりしないのだが、やはり国王という立場には常に危険が伴っているという事なのだろう。
ミーシャは見えなくなったハットを必死に追った。力量からも追いつくわけはないのだが、どちらにしても行きつく場所は同じである。この森の事はよくわかっているので迷う事はない。
「こくおーう」
先ほど、ドマリオスと会っていた場所に近づくとその悲鳴が聞こえてきた。ハットの声だ。
ミーシャは立ち止まってしまった。その声にびっくりしたからではない。その先にあるものを見たくないという衝動が声と共に身体を駆け巡ってきたのだ。それでも、進まなければ確認できない。ミーシャは急いでいた歩を緩め、のそのそと近づいて行った。
バサッ
と、急に腕を誰かに捕まれる。振り返るとそこにいたのはフロールだ。こちらの目を見て首を振っている。その様を見てミーシャは一瞬立ち止まる。そして視線を地面に落とした。
ドッ
ミーシャは急に活動し出して持たれていた手を振り払った。そして、すぐにイメージフィールドを展開し、ドマリオスの下へと移動した。
「」
何も言葉が出なかった。口に出そうとはした。しかし何を口に出せばよいかわからない。
そこにあるのはドマリオスの力なき姿と、それを取り囲むガーディアンズの面々だった。皆、顔を伏せている。
ミーシャは信じなかった。信じたくなかった。故に倒れているドマリオスは、倒れているだけで、起こせば何とかなることを皆に示したかった。
「あっ、そうだ。マフラー」
ミーシャはプレゼントのことを思い出し、すぐにそれを取り出そうとする。しかし、それは手元にはなかった。どこかで落としてしまったらしい。
「あれ、くそっ、どこ行ったのかな」
ミーシャは必死になって探した。ただ、ドマリオスが見えなくなる場所までは探しには行かなかった。
「ごめん。落としちゃったみたい」
ミーシャは倒れているドマリオスに話しかける。
「マフラー編んだんだ。じぃじのためだよ。ほら、備えあれば憂いなしって言うでしょ。木たるべく冬に備えてさ」
努めて明るく話しかけるも、その声は虚しく森に吸い込まれるだけだった。
「そう、備えあれば憂いなし」
そして、自分の言葉をポツリと繰り返した。
「来るべく冬に……」
その言葉で沈黙した。そして、涙が溢れ出てくる。
「どいつもこいつも、一体何のための警護なのよ」
ミーシャはじっと項垂れているガーディアンズの面々に怒鳴り散らした。涙が飛び散っている。
「警備を増やして、どうしてこうなるの」
ミーシャの言葉は容赦ない。涙も容赦なく流れてくる。
「それとも何、私がマフラー編んだのが悪かったっての」
今度は自分を責める。
「マフラーを編んだのが……」
「ミーシャ様のせいではないわ」
そう言ったのはニーナだった。
「ねえ、ニーナ治せないの。ニーナでもダメなの」
国一番の治癒能力を持つニーナならもしや、と儚い望みを抱く。
「無理よ。心臓を一突きにされてる。どうしようもないわ」
「ドマリオス様ほどの使い手をどうしてこうも簡単に」
そう言ったのはレイロイだった。片手で頭を抱えている。どうやら頭を強打されているようだ。
「それを言うならお前を襲った手口も中々のものだ」
ナハトだ。
「それに幻惑の魔術。私が引っ掛かるとは」
そして、ハットだ。
「一体誰がこんな事」
ミーシャが呟く。
「魔王」
フロールがぽつりとそう言った。すると、全員が一斉にフロールを見た。
「いや、魔王ほどの使い手でもなければこうも簡単に突破されることはないはずだ。なんせ、ここに集まっているのは国一番の猛者たちなのだから」
「魔王がこの国にいるってこと」
ミーシャが聞いた。
「ええ、そうなるかと」
フロールの言葉に全員が沈黙する。そんな中、ミーシャだけは違った。
「何黙りこくってるの。だったら非常事態じゃない。ドラゴンはどうなるの。この国はどうなるの。ここでじっとしていても何も始まらないじゃん」
先ほどまで涙を流していたとは思えないほど頼もしい激励だった。いつの間にか、ミーシャの涙は流れていなかった。
「じぃじならきっとそう言うよ」
今度は呟くようにそう言った。
「目が覚めましたミーシャ様。確かにその通りです。リバルド様の身の安全と、すぐに次代のドラグナーを擁立しなければなりません。こんなところでショックを受けている場合ではありませんね」
ガーディアンズのリーダーであるハットがそう纏めた。皆も頷いている。
「では早急に対応策を講じましょう」
ナハトがそう呼び掛けた。
そこからの動きは見事だった。遺体を片付け、護りのドラゴンであるリバルドに報告。国にも事態を知らせて厳戒態勢を引いた。
そして、次代のドラグナーを決める算段が整っていくのであった。
これにて一節の終了です。
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