第三章 均衡の終焉 第一節 暗殺
そろそろ一節終わります。
第一節 暗殺6
薄く立ち込める霧に城壁が顔を出す。堅牢な城壁に囲まれた城の中を見渡すと、街並みが靄にかかりながら顔を覗かせ、奥には豪勢な住宅街が広がっていた。そして、その豪勢な住宅街の中側には木の立ち込める中庭があった。中庭にはちょっとした森があり、その森を囲むように人が点々と配置されていた。
「そろそろか」
レイロイはあくびを一つして伸びをした。ナハトの言っていることもわかるが、そこまで気に掛けることだろうかとというのがレイロイの意見だ。ミーシャとドマリオスの密会は今に始まった話ではない。正直物の受け渡しも今までだってやっていたことだとは思う。
「ナハトは神経質なんだよな」
と、愚痴をこぼしていると、靄の中から人影がゆらゆらと見え始めた。
レイロイは即座に臨戦態勢をとる。ただ、その先にいる人物が誰かは見当がついており、身構え程警戒をしていない。
「ドマリオス様」
靄が解けていき、現れたのは我らがガーディー国のドラグナー、ドマリオスだ。従者も特にはなく一人で歩いてきている。
「おお、レイロイか。今日は気配が多いな。何かあったのか」
昨日の今日の事なのでドマリオス自体には警備の事は伝えていない。というより、サプライズでプレゼントを渡すのに先に知らせるのは野暮だ。
「いえ、特に気に掛ける頬の事ではないのですが、一応暗殺を頬めかす封書が届きましたもので」
レイロイは適当な事を言って誤魔化す。これが一番ベストだろう。
「暗殺」
ドマリオスは怪訝な顔を浮かべる。
「いえ、本当に大したことではありません。そういう類のものは、山ほど届いていますから」
レイロイは自分の言ったことを後悔した。当人に暗殺がどうのと教えるのは考えてみればあまり好ましくない。
「しかし、その山ほど届いているものに何か引っかかることがあったから、警備を増やしているのだろう」
さすがに国王ともなれば誤魔化しは聞かない。変な所を勘繰られてしまう。
「いえ、タイミングの問題なのですよ。封書自体はいつもと変わらぬものでしたが、最近トルティ国の方で魔王が出現したという話がありましたから。封書に対してというよりかはその情報をもとに暫くは警備を打強めようという方針です」
よくもまあこれだけの口から出まかせが言えたもんだとつくづく自分を褒めたくなる。しかし、まあ今言ったことは懸念すべきことだなぁ、言いながら自分で思う。後で皆に提案してみるのも良いかもしれない。
「ああ、なるほどな。ではしっかり頼んだぞ」
ドマリオスも納得して、奥へと進んで行った。
「はい、お気をつけて」
レイロイはその背中を見送った。と、一陣の風がヒューっと吹いた。レイロイはその風に気配が乗っているように感じ、すぐに後ろを振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。
「気のせいか」
よくあることだ。戦士としての性ともいえる。ちょっとしたことにすぐに違和感のようなものを感じ、神経質になるのだ。少し強い風が吹いただけではないか。そう思い、もう一度ドマリオスの方を見る。ドマリオスはもう既に靄の中に紛れているところだった。
ミーシャは大きく伸びをした。まだまだかという心のウキウキが中々収まらない。昨日は疲れもあってぐっすりは寝たのだけども、起きたのはいつもよりも少し早い。いや、いつもは昼近くまで寝ているのでこの言い方だとあれかもしれない。起きたのは四時半を回ったくらいだ。
それでも目はぱっちりと覚めていた。シャキシャキと準備をして十五分後には外に出ていたのだ。約束の時間は五時半である。
「なんて言って渡そうかな。寒くなる前に万全な備えのために、かな。いやいやいつも言うでしょ、万全に備えれば憂いなしって、寒くなる前に、これ、かな」
三十分ほど前からずっとこんな感じで独り言を言っている。周りから警備についているガーディアンズは皆呆れていた。
と、そこに靄のゆらゆらに黒い影が映り始める。ミーシャはすぐに発見し咄嗟にマフラーを後ろ手に隠した。
「おはよう、ミーシャ」
「おっはよーん」
ミーシャは元気いっぱいに挨拶する。
「ははっ、朝から元気だな」
ドマリオスは久しぶりに見るミーシャの元気な姿に日ごろの仕事の疲れを忘れ、自然とにこやかになる。
「何、じぃじはまだ眠いの」
ミーシャはドマリオスの事をじぃじと呼んでいた。皇族ということもあり、遠い親戚なのだ。
「まあの。まだ朝も早いからな」
「もう、じぃじも歳だね。引退してずっと一緒にいようよ」
ミーシャがそう言うと、周りの森から小石が飛んでくる。ガーディアンズの誰かが文句を言っているのだ。
「ははははは。確かに歳かもしれないな。だが引退するほど老いぼれてもおらんよ」
ドマリオスは笑い飛ばして応えた。
「ただ、ずっと一緒にいたい気持ちはわしにもあるがの」
そう言ってウインクをする。
「じゃあ、一緒にいようよ~。どうして親戚同士なのにいつも自由に会えないのさ」
ミーシャは子どものように駄々をこねた。
「はは。確かにそうだな。だが、私にもやらなければならないことがある。立場もあるし、危険もある。ミーシャを危険に巻き込みたくはないのでね」
ドマリオスは優しく説明した。
「危険なんか怖くないよ。私これでもまあまあ優秀なんだよ。今日だってフロールに一太刀浴びせたもん」
圧倒して負けたのだが、少し虚勢を張って大きくものを言う。別に嘘ではない。
「ほう、フロールに。大したものだ。まだ若いのにな」
ドマリオスは素直に感心した。フロールは当然だが優秀な戦士だ。
「私、将来はじぃじの助けになるように、なれるように頑張るよ。ってか頑張ってる」
「それは心強い。だが、寝坊していてはそれも難しいかもしれないな。そんなに甘くはないぞ。仕事というのは」
それとなく聞いていたミーシャの最近の授業態度を指摘する。
「あぅ、なんでじぃじが知ってるのさ。それには理由があるんだよ、一応」
ミーシャは面食らった顔になりながら言った。そのまま後ろ手をもじもじさせる。
「ほぅ、どんな理由だ」
ドマリオスは明らかに様子がおかしくなっているミーシャに注目する。
「教えるから、後ろ剥いて、目を瞑って」
ミーシャははにかみながらそう言った。
「ああ、それは構わないが」
ドマリオスはそう言って、ミーシャに背を向ける。
ミーシャはマフラーを後ろから前に出し、ゆっくり近付いてドマリオスの首にそれを掛けようとした。
掛けようとしたが、その時、急にハットが現れる。
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