第三章 均衡の終焉 第一節 暗殺
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第一節 暗殺5
「ド、ドラグナー。ドマリオス様か」
ナハトがドラグナーという言葉に幾らかたじろぐ。目つきも先程より鋭くなっている。
「一体なぜ」
ナハトは目を真っ直ぐミーシャに向けて、その奥に潜むものを伺った。ミーシャはその目が嫌で、顔を背ける。
「プレゼントだよ」
ミーシャは一応の答えを落としといた。そうすることでナハトの目が無くなるのを期待したのだ。
「ミーシャ様、貴方がドマリオス様と仲が良いのは知っている。が、貴女もわかっていると思うが相手はドラグナーだ。プレゼントとは言え、簡単に渡せるものではないぞ」
ナハトの目は無くならなかった。むしろ幾らか非難の色が出てきて、一層に居心地の悪いものとなっている。
「だから、こっそりとしてたのに」
「こっそりとじゃありません」
ミーシャのぼそっとした言葉に被せてナハトの怒声が響き渡る。ミーシャは背けていた顔を戻し、ナハトを見つめた。かなり怒っている。
「国の長というのはいつも危険と隣合わせなのです。軽率な行動は控えて下さい」
ミーシャは言葉の荒しに晒されて、いくらか身体が仰け反ってしまう。しかし、ミーシャも黙っていない。
「じゃあ何、私がマフラー型の爆弾でも渡すってこと。ただのマフラーじゃん」
「ミーシャ様が何もしなくても、他の者が利用するかもしれません」
「だからこっそりとしてるってば」
「話した者がいないのですか」
「それは、まあ、いないことはないけど」
「ほれ見なさい」
「でも信頼できる人だし」
「確かに信頼できる人かもしれない。だが、その信頼できる人が他の誰か信頼できない人に話さないとも限らない。あるいはその人に話す際に誰かが聞いてたかもしれない」
「どうしてそう疑り深いのさ」
「それほどにドラグナーという立ち位置は危険と隣り合わせなのです」
「危険危険って、ドマリオス様だって強い人だよ。なんせドラグナーなんだから。簡単にやられるわけないじゃん」
「確かにドマリオス様は国一番の使い手です。しかし、不意を打たれれば案外と簡単にやられてしまうものですよ。所詮は人です」
「じゃあ、どうやって渡せっていうのさ」
「渡さないのがベスト。気持ちだけでもドマリオス様なら喜んでくれます。それでも渡したければ所定の手続きを済ませてお贈り下さい」
「所定の手続きって、何か月かかると思ってるの。下手したら年だよ年。ナハトは贈る側の気持ちがわかってない」
「ではどうやって渡そうとしてたのですか」
「今度会う時だよ。こういうのは直接渡すものなの」
「明日ですか」
「そう」
ここまで口論してナハトは黙った。ナハトがミーシャとドマリオスの密会を知っているのはガーディアンズだからだ。
「いつもより警戒を強めなければなりませんね」
「えっ」
ナハトの言葉を聞いて、ミーシャは急に熱が冷める。
「いいの」
「どうせ何を言っても聞かないでしょう」
ナハトは顔を少し落として、眼鏡を直した。
「なんだ、最初からそう言ってくれればいいのに」
ミーシャは急に上機嫌になる。
「しかし、念のためマフラーはこちらで預からせて頂きます」
ナハトはそう言って、ガネーシャに促した。
「ちょっと待ってよ。まだ最後の仕上げが」
ガネーシャが立ち止まる。
「こちらで仕上げておきます。色々と調べたりもあるので」
ナハトはここが妥協点ですよと言わんばかりに当然のように言う。
「本気で言ってるの。デリカシー無さ過ぎ。調べるのは良いよ。でも仕上げるのは私の仕事。ね、ガネーシャもそう思うでしょ」
「え、ええまあ」
ガネーシャもさすがに仕上げるのは気が引けたのか、ミーシャに同調する。ただ、ナハトに対しても気が引ける場面なので目を合わせることができない。
「ガネーシャ」
ナハトが強く呼びかける。
「ナハト、常識無さ過ぎ」
味方を得たミーシャが少し調子に乗って話しかける。
「譲れません」
ナハトはミーシャをしっかり見返して強く言い返した。
「じゃあさ、できたら渡すよ。もう少し作業させて、ここでするから」
と、ここでミーシャはナハトの立場もあるというのを考慮しての妥協案を提案した。しかし、ナハトは曇った顔をしている。
「この授業内で仕上がるのでしたら問題ないのではないですか」
すっと、ガネーシャが助け舟を出した。さりげなくマフラーの状態をチェックしている。ミーシャとしても後一時間くらいあれば終わる内容だ。
ナイス、という意味を込めてウインクをガネーシャにした。
「では、補習内容は裁縫とします。しかし、私は裁縫はできないので、ガネーシャが監督するように。また、仕上がったものに関しては提出してもらいます。いいですね」
「おっけー。かしこまりました」
ミーシャはガネーシャと顔を合わせてにっこり微笑んだ。ナハトは自分の席に戻って本を広げている。
「何かわからないことあったら仰って下さい」
ガネーシャがそう言いながらマフラーをミーシャに渡す。
「大丈夫大丈夫。もう慣れてるから」
ミーシャは受け取るや否やすぐに作業にかかり始めた。もうガネーシャは眼中にないようだった。
「フフッ」
ガネーシャは笑って、向かいの席に座り見守ることにした。
ーーーー
「そこはこうすると綺麗に纏まりますよ」
「えっ、ほんとだ。ガネーシャすごい。慣れてると思ってたのにまだまだだな私も」
「いえいえ、とてもお上手ですよ」
「ねえねえ、じゃあここはどうした方が良いかな」
「コホン」
和気あいあいとした空気が流れる中でナハトは咳ばらいを一つ吐いてみた。
「へぇーそうやるんだ。すごい」
しかし、一向に相手にされることはなかった。
教育者として授業を楽しんで、興味深く取り組んでくれることはこれほどにもない賛辞だ。ただ、ここで問題なのはナハト自身は鞭を取っていないことと、とっくに授業は終わっていることである。
先ほども言ったが、授業を楽しんで興味深く取り組んでおりそれが授業時間がに及ぶのであれば、これは教師としては万々歳なのだ、が。
かれこれ二時間は経過した。もう寝る時間である。明日の準備もしなければならない。いや、既に手配はしておいたのだが、実際に自分で調整したい箇所もある。ナハトはミーシャの作業が終わるまではここに釘付けなのだ。
コンコンコン
扉の音がして入ってきたのはフロールだった。
「一通りの段取りはできたぞ。こっちはどうだ」
そう、ガーディアンズはナハトを除いて集まって、明日の話し合いをしていたのだ。ナハトの提言で。
「見ての通りだ」
ナハトはどこか遠い目でミーシャとガネーシャを見た。
「まあ、途中で取り上げるのはさすがに無かったと思うが、ここまで粘られるのも困るな。約束は授業内だったのだろう」
ナハトは苦虫を噛むように顔を曇らせて、ああ、とだけ返事をした。
「終わりだと言えばいいだろうに」
フロールが当然の事を聞く。
「もちろん言ったさ。すると、即座にちょっと待ってと来る。無理に止めようとも思ったが、あーあーあー、ナハトのせいでずれた。とか言い出すのだ。ドラグナー様に出すものだぞーって」
ナハトはぼそぼそと感情なく説明した。
「ははは。それは困ったな。まあ意欲的な生徒というのもそう多くはいまい。貴重な体験と受け止めておくか」
フロールは快活に笑って皮肉っぽいことを言う。ナハトは明後日の方を向いた。
「と、冗談はほどほどに。そこの二人。もう遅いぞ。時間もとっくに過ぎてる。もうできてるのだろう。提出しなさい」
フロールが威厳あるしっかりとした声で二人に言葉を浴びせた。
「はーい」
すると、二人はすんなりとマフラーを持ってくるのである。
「ちょ、えっ、おい、どういうことだ」
ナハトは明らかに動揺してそれを口に出す。
「えっ、できたから持ってきたんだよ」
ミーシャに何言ってるのと純粋な目で見られてしまった。
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