第三章 均衡の終焉 第一節 暗殺
きりのいい場所がわからない
第一節 暗殺4
「一人ずつしか攻撃できないなら、あまり意味はないな」
フロールが攻撃を捌いて一人を突き飛ばす。
「あははっ、だから未完成。でも、少し慣れてきたのはこっちも同じ」
と、しかしそこで残った二人が同時攻撃を繰り出した。一人は足払いを、一人は掌底を身体の中心に。
フロールは飛び上がって足払いを避けるも、掌底はガードとなってしまう。いや、ガードで防がれていると言った方が良いか。
しかし、その僅かな硬直を狙い足払いをしていた方のミーシャがすぐに追撃する。足払いの遠心力を使った後ろ回し蹴りだ。これがフロールの腹部にヒットした。
ドブッ
「ぐはっ」
今度はフロールが飛ばされた。そのまま空中を漂い地面へと落ちていく。
と、
「風掴み」
ぼそりとそんな言葉がフロールから零れた。
すると、落ちていくだけだったはずのフロールの身体が宙に浮いている。よく見ると両の手で何かを掴んでいるようだ。
「今のは良かったぞ」
そう言って、目を見開き、手で掴んだものを引くようにしてミーシャの方に飛び出した。
ミーシャもその様を見て構え直す。
「加速、そして金剛の型」
フロールは空を蹴りさらに加速した。しかも顔つきが鬼神の如き形相になっている。心なしか目が赤く光っているようだ。
ミーシャは飛ばされた三人目が戻ってきていた。そして、三人が円を描きながら踊り出している。そして、三人が同時に手を前に出した。
「絶対防御」
「剛拳一閃」
三人で防御シールドを張るもそれはフロールの一撃で消し飛んでしまう。そのままフロールが距離を詰めて、鋭い蹴りで二人を蹴飛ばした。
三人目はめげずにその隙を縫って上から奇襲をかけるも、フロールのサマーソルトが顎を捉える。あえなく、三人とも飛ばされた。
目が覚めると、夜空が目の前に広がり、星々がキラキラと輝いていた。頭を動かそうとするとまだ少し痛みが走る。そして、いくらかくらくらしてしまう。
「目が覚めたか」
フロールが横で同じく空を眺めていた。どれくらい気を失っていたのだろう。
「ぎりぎりまだ授業時間内だ」
フロールがそう言った。
「本気出し過ぎ」
ミーシャは悪態を吐いて応える。
「思ったよりも優秀な生徒だったのでな。さて、早速復習だ」
フロールははっはっと笑って、講義に入った。
「最初、接近し過ぎだな。翻りを計算しても三メートル近づくのではなく、二メートル半で良かった。この五十センチがカンターを狙えるかどうかに変わる」
「いやいや、カウンターは無理っしょ。フロール相手じゃ。それに、もっと踏み込まれたら危ないし」
「全員が私のような使い手とも限らないだろう。それに、だとするならイメージ段階から練り直しておくべきだな。イメージで負けてては法力戦はまず負ける」
「フロールに勝てるイメージ湧かない」
「それと今回は模擬戦だから良いが、土の柱はもっと殺傷力のある刃状のものにする方が良いな。掴まれると足場にされる」
「掴んで足場にできる人なんてそうそういないと思うけどね」
「後、三人に分身する技だが、連携が取れないのであれば二人に絞った方が良いのでは。二人の時は連携攻撃ができていたようだが」
「ああーうん。そうかも。いや三人出せばビビるかと思って」
「多少関心はしたがな。こけおどしは普通、通用しないと思った方が良いぞ」
「はーい」
「とりあえず、以上だ」
「ありがとうございました」
「後はゆっくり休んでおけ」
そう言って、フロールはその場を離れていった。かくしてフロールの授業は終わった。
そこからミーシャは帰る訳でもなくしばらく空を仰ぎ見ていた。夜が更けるにつれ、増えて輝きが増す星を眺めながら、ぼーっと戦闘を思い返す。
フロールと以前戦ったのは半年前で、その時よりは成長できていたとは思う。しかし、それでもなお圧倒して負けた。そう思うと、溜息が一つ洩れるのである。まだまだやらなければならないことはたくさんある。そんなことを思ってから、ミーシャは起き上がった。
「では、補習に入ります」
ナハトがコホンと席を突いてから話し出した。ミーシャは席に座っている。
「今日の授業は簡単明瞭。どうすれば寝坊をしなくなるかです」
「えっ」
ノートをとる気満々だったミーシャが顔を上げて腑抜けた声を出す。
「貴女がどうしたら寝坊しなくなるかです」
「は、はい」
ナハトの目が意外と真剣なものだったので、ミーシャは居佇まいを正した。
「ガネーシャ、あれを」
そして、外に向かってナハトはミーシャの使用人の名前を呼ぶ。ミーシャはちんぷんかんぷんだった。そんな中、扉が開いて入ってきたガネーシャは久し振りで、ミーシャはそれとなしに言葉を掛ける。
「久し振り、ガネーシャ」
「ご無沙汰してます。ミーシャ様」
ガネーシャは両手に何かを持っており、大事そうに抱えていた。そのものをよく見るとミーシャは声を急に上げる。
「ってそれ」
「そうです。貴女が夜な夜な編んでいるセーターです」
「ちょ、待って、なんで」
ミーシャは完全に混乱しわたわたする。
「これが原因なのでしょう」
ナハトは強めの語気でミーシャを押さえつけるように言う。
「そ、そうだけど」
ナハトの語気で動きこそ止まるものの、ミーシャはどこか逃げ出しそうな格好である。
「正直に答えなさい。誰にあてたものなのですか」
ぐわんっとナハトが前に出るように迫ってくる感覚を覚えるミーシャ。しかし、実際は一歩も動いていない。これがナハトのプレッシャーだ。
「誰にあてたものなのですか」
「は、はい。ドラグナーです」
勢いに負けてミーシャは口を開いてしまう。
ご感想など頂けると幸いです。




