第三章 均衡の終焉 第一節 暗殺
暫く短いです!
第一節 暗殺3
「私は今、非常に怒っている」
フロールが片足をカタカタと鳴らしながら腕を組んでミーシャを出迎えた。
「私の授業がそんなに嫌か」
そう、フロールの授業は朝一の事が多く、ミーシャの出席率が悪いのだ。
「ならば、この補習もなしで良いのだぞ」
ミーシャは忘れていた。フロールがかなり気が短いことを。
「ご、ごめん。私好きだよ。フロールの授業」
目を輝かせながらやる気のあることをアピールする。
「では、何故遅刻する。いや、無断欠席だな、したのは」
フロールの顔には青筋がたっていた。まだ怒鳴り散らさないだけ冷静な方だ。
「貴様が優秀なのは認めてやる。しかし、優秀であるから授業は必要ないという事なのかな」
しかし、いつ怒鳴り散らしてもおかしくない状況ではある。
「いや、ちが、違うんだって。たまたま、たまたまだから」
ミーシャは冷や汗を流しながら必死に弁解する。
「たまたまがそう何度もあってたまるものか」
そして遂にフロールは爆発した。
「たまたま敵の攻撃が当たった。これが繰り返されてみろ、死ぬのはこっちだ。戦闘において必要なのはラッキーパンチじゃないのはお前もわかっているだろう」
と、怒鳴りながら講義に入った。さすがは教師である。
ミーシャははい、はい、と、小さくなりながらその話を聞いていた。
「憂さ晴らしも兼ねて模擬戦闘をする」
そして、フロールとの模擬戦闘という一番過酷な授業が始まった。
「ちょ、いいけど、憂さ晴らしって」
ミーシャとしては一番好きな授業になる。一番得るものが多いのだ。ただ、過酷なのは変わらない。フロールの体力は底なしなのだ。
「なんだ。何か言いたいことがあるのか」
フロールが凄い圧で聞いてくる。これはかなり無尽蔵に戦闘が続くであろう予兆だ。
「いえ、何も」
しかし、反論は許されない。これ以上フロールの機嫌を損ねる訳にはいかない。ミーシャは気合を入れ直した。何だったら予想していたことでもある。そのために戦い易い髪形にしたのだから。
「では、法力での戦闘とする」
フロールはそれだけ言って距離を取った。その距離五メートル。フロールの間合いだ。
「無限の輪舞」
そして、フロールの声が聞こえてくる。
「古の円舞曲」
ミーシャもすぐに法力フィールドを展開した。
法力と魔術の違い。
魔術は無い所から無限に物を生み出す力がある。例えば、どんなところでも炎が出せて、水が出る。雷も落とせるのだ。
しかし法力は違う。基本的にある物を強化する方法しか取れない。ろうそくの火を巨大化させたり、コップの水を武器にしたり、曇りの日に雷を落とすなどだ。ただし、魔術と違ってストックという概念がない。
当然、戦い方もかなり変わってくる。こういう何もない広場では身体を強化して戦う以外の方法がないのが法力だ。つまり、フロールの言う法力のみの戦闘とは、必然的に物理的な戦闘を意味する。
そして、身体の強化方法も単純に身体が強化されるわけではない。強化された後の活動範囲が限られるのだ。イメージフィールドと言って、使用者のイメージ力で活動範囲が決まる。先のフロールは半径5メートルのイメージフィールドを持っている。対してミーシャは3メートルだ。
ミーシャは展開した後すぐに後ろに下がった。フロールの間合いから離れるためだ。と言っても、自分の攻撃範囲になるわけでもなく、ともかく一方的な展開を嫌っただけだ。フロールが一歩寄れば一歩離れて、十歩寄れば十歩離れる。そういう展開がしばらく続いた。
(って持久戦に構えてても良いことないんだよな)
そう、じりじりとした展開はフロールが有利だ。基本的に技の持久力が違う。このままじりじりしていてもフィールドが切れるのはミーシャが先だ。
(いつも通り無理しますか)
ミーシャはそう思うとすぐに後ろに下がる足を止めて、トンットンッと跳ねだした。
「ミュージックスタート」
ミーシャの足音は子気味良く三拍子に刻まれ、リズムを作り出し始める。さながらワルツを踊っているかのようだ。
敵対するフロールはその様子を見てニヤッとした。そして、躊躇なく自分の間合いに踏み込んだ。
トンッ
すると、目の前、二メートルの地点にミーシャは移動していた。フロールが間合いに入った瞬間、一気に距離を詰めたのだ。これでお互いのフィールドが重なり合った。
「読めてるよ」
しかし、一瞬の移動の隙を突いてフロールも踊り出す。二メートルある距離を一気に詰めて、後ろ回し蹴りを繰り出した。
「私も読めてます」
と、後ろ回し蹴りは空を切ることになる。ミーシャは移動した足をすぐにステップアウトして、身体を翻したのだ。こういった流れる動作はイメージフィールドの中でしかできない。つまり、前回の地点から3メートルの範囲でしか対応できる内容ではなかった。
どういうことかというと、新しい地点からフィールドを張り直すには少し時間がいる。つまり、ミーシャの今の行動は前回の地点から計算されたもの、範囲でないと動けないという事だ。そのための三メートル詰めなのだ。つまり、一メートル分回避のための余裕を作っていたのだ。
「甘いよ」
フロールは空を切った足をすぐに下し、別足での足刀を繰り出した。ミーシャの翻った先を的確にとらえている。
ドッ
ミーシャはそれをなんとかガードする。しかし、その衝撃で三メートルほど飛ばされてしまう。翻った分と合わせると三メートル以上離れている。
トンットトッ
と、今度はフロールがリズムよくステップを踏み出した。
「全部受けられるか」
フロールが一方的に距離を詰めて、攻撃を繰り出した。二連撃、三連撃、四連撃。異なる旋律がリズムよく繰り出される。ミーシャの三拍子では防ぎきれたのは三連撃までだった。
ドブッ
「ぐはっ」
背中にかかと落としをされて、地面に勢い良く叩きつけられてしまった。続けざまにフロールの追撃が来る。
「土の壁」
と、ミーシャは両の手を地面につけて素早く唱えた。地面が隆起し、ミーシャを押し上げる。
フロールは追撃を止め、距離を取った。
「悪くない」
フロールは短くそう言った。
「だが、それだけか」
そして、すぐに高く飛び上がる。すぐさまミーシャのいる壁の上まで来た。
「それだけではないよ」
ミーシャも少し休めたのかすでに体勢を立て直している。
「土の柱」
ミーシャがそう言うと、隆起した土の壁から細長い柱がいくつも飛び出した。
「足場を有り難う」
しかし、フロールは意に介さず、柱を足場にして迫ってくる。
「えっ、それは嘘でしょ。空中だよ」
「関係ない」
ミーシャの作り出した柱は確かにフロールの身体の中心を捉えていた。しかし、フロールはそれを手で掴み、側転気味のアクロバットで乗ったのだ。その後はリズミカルに他の柱に移りながら柱の勢いを超えるスピードでミーシャに迫る。
「ちょ、待った。負け負け。もう何もできないって」
ミーシャはわたわたと手を交差させて降参の意を示す。
「殴り足らん」
「いやいやいや、これ授業でしょ」
「殴り足らん」
どうやらフロールはまだやる気のようだった。仕方なしにミーシャは構える。
「わかったよ。せめて一発くらい」
覚悟を決めて、一発当てる算段を計算する。一応足場の有利はこちらにある。当てるならフロールが近づいてきた次の瞬間だ。
「土の壁」
ミーシャは地面に手を当ててもう一度壁を作り出す。フロールは既に目の前だ。が、その壁に押し上げられて、また距離が離れる。
「エイシェント」
フロールはすぐに壁を降りてくる。しかし、その時にはミーシャの足場は三つできていた。
「トリプルワルツ」
ミーシャが強めにもう一度フィールドを張る言葉を発すると、先ほどの三つの足場にミーシャの分身が現れた。
「ほう、新しい技だな」
フロールが感心する。
「未完成だけどね」
ミーシャが短く答えた。
と、
その瞬間フロール対ミーシャ×3の攻防が始まった。
フロールは奇策にも負けずにしっかりと対応しているが、相手が3人という事で防戦一方だ。
ミーシャの方は各々が一人ずつしか攻撃できないのか、攻撃の連携が少し悪い。
攻防は均衡を極めて、硬直状態となった。
が、少しずつフロールも慣れてきたようだ。捌き方が軽やかになってきた。
ご感想など頂けると嬉しいです!




