第三章 均衡の終焉 第一節 暗殺
今回も短いです。
第一章 暗殺2
「こんにちは、皆さん」
先生のハットが到着して挨拶をする。ハットはガーディアンズのリーダーだ。
ガーディアンズとは皇族を守るために作られた組織で、主にはこういった若い皇族の教育を担当している。先のナハト、レイロイ、フロールも皆そうだ。順に教育係、戦闘係、戦闘係と役割が分けられている。
「さて、お寝坊さんのミーシャも午後の授業にはきちんといますね」
ハットが皮肉を込めてそう言う。ミーシャは一気に顔が赤くなった。
「ちょ、ハット、やめてよ」
小声で合図を送るもハットは澄ました顔して無視している。公開処刑ということだろう。
「貴女、寝坊などをするのですか」
鋭く厳しい声がミーシャに突き刺さる。声の方を向くと、端正な顔をした女性が鋭い目でこちらを射抜いていた。ネイルだ。
「あっ、いえ、これは、えっと、事情があって」
ミーシャはどもりながら言葉を探す。よりにもよって第二系列皇女に目をつけられてしまった。
「ほう、事情。聞きましょう」
ハットは黙っている。このまま説教を肩代わりしてもらうつもりなのだろう。
「えーっと、夜寝るのが遅くなってしまって」
「それは自己管理の問題ではありませんか」
ミーシャの言い訳には弱過ぎる言葉を容赦なく切り捨てる。少し怒気が強くてミーシャは震えてしまう。
「はい、あのすみません」
「いいですか、皇族は恵まれています。しかしそれに甘んじてはいけません。人の上に立つ者としての務めを果たさなくてはならないのです」
ネイルが厳しく説教をする。ミーシャは完全に肩が窄んだままネイルを直視することができない。周りにも厳めしい空気が流れてきた。
「そうですね。ネイルの言う通りです。ここ、皇族街には皇族が三千といます。その三千は国民の税金により暮らしているのです。国民が血と汗を流して働いた得たお金でです。受けたものに対して皇族はしっかりと返礼をしなくてはなりません。そもそもーー」
ネイルの言葉を受けてハットが授業を始めた。そう、全体授業ではこういった皇族としての理念などが延々と話されるのである。他にはガーディー国の現状とかで、グループワークで対策を講じることもある。それがそのまま政策となるわけではないが、この国では政治を行うのは皇族と貴族となっている。その時の為のデモンストレーションだ。
政治を行うようになるのは25歳を越えてからだ。大人として扱われるのは15歳からだが、大人としての活動は皇族の場合25歳からなのだ。15歳は一般国民にとっての成人という意味合いが強い。
また、貴族も参加できるという事だが、貴族とは一定以上の税金を納めたものがなれるヒエラルヒーだ。五年貴族で居続けて、それ以降も貴族として生活できそうなものは皇族との結婚もできる。これのおかげで、近親類の結婚が少なくなり健康児が生まれやすくなるという寸法だ。ただ、皇族の拡大につながってしまうので、しばしば問題として騒がれることもある。
要は皇族が増えれば費用も増えるという事だ。
「では、今日の授業はこれまで」
ハットが教鞭を収めた。静かだった教室に解けた空気が流れる。しかし、騒いだりはしない。
血統順に退席していくのだ。最初にネイルが立ち上がり、ゾーテ、アイオスと続く。と、ネイルがミーシャの前で立ち止まった。
「貴女、名前は」
そこまで語調は強くなかったが、ミーシャはびくっとしてしまう。
「ミーシャと申します」
「そう。覚えておくわね」
そう言ってネイルは教室を出ていった。
三人がいなくなるとそこでようやく教室が騒がしくなってきた。各々が順番関係なしに立ち上がる。
「あらあら、大変光栄じゃない。ネイル様に名前覚えられるなんて」
後ろからミーシャに話しかけてくる女がいた。名はスリム。ミーシャの友達である。一応いとこにあたる。
「う、うるさい。最悪だ」
ミーシャは肩を落としながら溜息を吐く。名前を覚えられるのは光栄だが。状況が状況である。かなり悪い覚えられ方だ。
「まあ、身から出た錆ですな」
スリムはプフフと笑い飛ばしている。
「笑うな」
ミーシャはムッとスリムを睨んだ。
「でも、どうしていつも寝坊すんのさ」
スリムは笑ったままミーシャに聞く。
「今、手編みのセーター作ってて」
「えっ、手編みのセーター.。何々、好きな彼でもできた」
スリムが身を乗り出して聞いてくる。
「そんなのいないよ。ちょっとね。渡したい人がいるの」
ミーシャは視線を外して応えた。
「なーんだ、いないのか。で、渡したい人って」
スリムは相変わらずのノリノリである。
「ひ・み・つ」
ミーシャはスリムに視線を戻してしっかりとそう言った。
「ええーなにそれ。気になるじゃん」
スリムは口を尖らせる。
「はいはい、いいからいいから。次の授業行かなくちゃ」
ミーシャは立って、さっさとその場を去ろうとする。スリムもそれについていった。
「ねえ、じゃあ、いつかは教えてよ。いいでしょ」
「いつかはね」
そのまま二人は廊下に出て別れた。次の授業は治療系の授業で、先生はニーナだ。
実はこういった個人授業は皆に適用されるわけではない。皆に適用しようとすると先生、ガーディアンズが足りないのだ。
それでもミーシャが個人授業が多いのは特殊な例である。実はこうした個人授業はドラグナー候補クラスの待遇である。ミーシャはこの環境を自身が優秀な方だからと考えている。というのも、ミーシャは寝坊はよくするが、成績は良いのだ。宿題をきちんとやることに由来している。
「こんにちは、お寝坊さんのミーシャ」
「もう、わかったから、皆していじめないでよ」
ミーシャがニーナとの個人教室に入ると、早速ニーナがいじってくる。ミーシャは肩を落としながら抗議する。
「言われたくなければどうするの」
ニーナが不敵にミーシャを覗き込んだ。
「はい、もう寝坊はしません」
ミーシャはひしゃげてそう言った。
「もし、今度寝坊したらどうするの」
ニーナが威圧的に聞く。
「え~と、そのときは授業を一日増やします」
授業は基本的週休二日制だ。日曜日から土曜日まで週七日の中の土曜日と日曜日がお休みで、他に授業があるような形だ。
「良いでしょう。今のは記録に録りましたので」
ニーナがニコッとした笑顔を向ける。
「ええー、まじ」
「まじ」
ミーシャはがっくしとうなだれる。授業は嫌いではないが、やはり自由時間が削られるのは痛い。言うてもまだ15歳だ。遊び盛りである。
「じゃあ今日はまずダイエットについてね」
そう言って、ニーナが授業を始める。
治療系の授業という事だが、こういう一般知識的な事も勉強する。魔術や法力による治癒も行うのだが、物理的な物も扱ったりする。本当に治癒に関するものを全般的に扱った授業なのだ。
「じゃあ次に法力による治癒と、魔術による治癒の違いね」
ガーディー国では魔術も法力も扱うのだが、特に法力が重んじられている。法力はあまり攻撃的な側面を持たないが、こと防御や治癒という事に関しては優秀である。
「それだけじゃないわ。実は法力の治癒は身体の治癒能力を一時的に活性化させるものなの。そのおかげで、身体に適合した状態での治癒が可能になる。一方で、魔術は周辺にある元素を体組織に作り替えて結合させるもので、実は身体に負担が大きいのよ」
ニーナが説明する。
「じゃあ法力を使った治癒の方が良いってこと」
「いえ、正直状況によりけりね。法力は活性化だから、治癒に少し時間が掛かるの。瀕死の時なんかは魔術の方が良いかもね。ただ、両方とも身体に負担を掛ける行為だから、軽い怪我なんかは、物理的治療を施すのをおすすめするわ」
物理的治療というのは消毒したり、縫ったりという治療の事だ。ニーナはその方面もエキスパートである。
「でも、物理的な治療って、習得大変なんでしょ」
物理的治療の習得が許されるのは18になってからだ。ミーシャにはまだ早い。
「そうね。まあ、簡単なものなら教えても大丈夫よ」
そう言ってニーナは傷口の消毒の仕方などの講義に入った。
「ありがとうございました」
ミーシャは講義を終えてニーナに挨拶をする。
「もう、寝坊はしないようにね」
ニーナは釘を刺して見送った。ミーシャも苦笑いをして頷いてから後にした。
さて、いよいよ次からは補習の時間だ。フロールが指導してくれる、戦闘の訓練だ。実はミーシャは戦闘訓練が一番好きである。特にフロールの授業は個人授業という事もあり、個人の能力に合わせた授業である。ミーシャとしては気合が入る所であり、それは髪型に表れていると言っていいい。向かう道すがらもどことなく意気揚々としている。
ご感想など頂けると幸いです。




