第三章 均衡の終焉 第一節 暗殺
少し短いです。
第一節 暗殺1
「わわわわ、遅刻だ。ナハトに怒られる」
ベッドから飛び起きたのはまだ15歳であるミーシャという少女だ。彼女はこのガーディー国の皇女である。
「ったく何でもう、誰も起こさないのかな」
ミーシャは慌てて身支度を整える。皇女という立場だが、彼女に召使はいなかった。ちょっとした事情があるのだ。
「ああーもう、無理。また説教されるコースじゃん」
ミーシャはそう言いながら、ろくに髪も解かさないまま飛び出していく。ドタンバタンと扉が荒々しく開かれ、閉じる。手で髪を解かしながら一応の身だしなみを整えるようにしながら走る。慌ただしい足音が廊下に響いた。
いま彼女が向かおうとしているのは、ナハトという皇族の教育係を務めている者の小屋だ。十時からのレッスンを受けることになっているのだが、今は十時十五分。完璧に遅刻である。
そしてミーシャはその小屋を目の前まで来たところで尻込んでしまう。
「怒られるよなぁ」
そろーりそろーりと小屋に近づき、窓から中を伺ってみる。ナハトが仁王立ちで待っていた。ちょうど窓を見ており、目が合ってしまう。
「やばっ」
すぐに顔を隠すも時すでに遅し、バレている。
「隠れてないで出て来なさい。貴重なレッスンの時間を更に無駄にするおつもりですか」
ナハトの腹から煮え渡っているような怒声が聞こえてくる。
「やばっ、本気で怒ってるやつだ」
ミーシャは観念して。さっと前に出る。
「申し訳ありませんでした」
そして、勢い良く土下座した。
「皇族たる者、簡単に頭を下げてはいけません」
しかし、結局怒られるのである。
「じゃあごめんなさい」
直ぐに立って、にははと苦笑いをしながら謝る。
「それでは誠意が見えませんね」
ナハトが注意する。
「じゃあどうすれば良いのさ」
ミーシャは口をぷーと膨らませ、軽く逆切れをする。
「怒る立場ではないでしょう。そうですね、補習は受けてもらいますよ」
ナハトが済ました顔でそう言った。
「ええーそれはやだ」
ミーシャは激しく首を振る。
「断れる立場ではないでしょう。第一、今日は朝から戦闘訓練もあったはずです。レイロイとフロールから連絡も来ています。何故こんなに寝坊できるのですか」
「それは、その。誰も起こしてくれないんだもん」
ミーシャはやはり口を膨らませている。
「そんなの当り前です。もう15歳にもなって何を甘えているんですか。そんなだから召使を外させるように進言したんです」
ナハトの説教に火がついた。
「15歳と言えば立派な大人です。ミーシャ様は大人としての自覚を持ちなさい。もう子供じゃ無いんです。誰かに甘えるなどあり得ません。大体なんですかその髪型は。服装も。皇族としての恥を知りなさい。いいですか、そもそもーー」
こうなると、手に負えないのはミーシャは良く知っている。少し、面倒くさそうになって顔を背ける。
「ちゃんと聞いているんですか。ちょっとそこに正座しなさい」
ナハトのエンジンは絶好調だった。ミーシャは言われるがまま正座に座ることになる。このまま授業は無くなるなとミーシャは心の中で思った。
「ということで、補習は私の授業の他、フローラの分も受けてもらいます」
「えっ、えっ、ええー」
途中から聞いているふりをして、寝ていたミーシャがその言葉を聞いて驚愕する。何がどうなって、そうなったのかがわからない。
「当たり前です、レイロイの分はフローラの分を二倍やるという事で話をつけておきます」
つまり、さぼった分はきっちり補習させるという事だ。
「ちょ、ちょっと待って。そりゃないよナハト。ナハトの授業だけにして、お願い」
ミーシャは両手を合わせてお願いする。
「ダメです。当然の罰です。では、私は次の授業があるので」
ナハトは容赦なく切り捨てた。そしてそのまま出て行ってしまう。
「あっ、ちょっと待っ、つたた」
ミーシャは立ち上がって追おうとするも、足が痺れて暫く動けなかった。
とりあえず、午前の授業はこれで終わりである。もっとも授業らしい授業はなく、ただ寝ていただけだったが。ここから午後一時までは昼休憩だ。ミーシャはとりあえず部屋に戻って身だしなみをきちんと整えることにする。
ミーシャの一日はこうだ。
朝六時に起床(予定)
朝七時に一限目(個人授業)
朝八時半に二限目(全体授業)
朝十時に三限目(個人授業)
昼一時に四限目(全体授業)
昼二時半に五限目(個人授業)
残りは補習や自由時間である。
授業は基本的に一時間で、三十分は移動の時間である。敷地が広いのでそれくらい取らないと間に合わないことがあるのだ。
朝が早いがそれだけで、そこまでハードな日程ではない。が、朝の弱いミーシャにとってはこの朝六時に起床というのがどうにもネックになっている。
大抵二限目までは寝過ごしてしまい、補習が午後の終わりに入るのである。
つまり、正しくは、
夕方四時に補習一
夕方五時半に補習二
が入る。
今日に限っては
夜八時に補習三(一時間半の休憩がある)
である。
意外と夜中までやるのだ。
まあ、ちゃんと朝に起きていればこうはならないのだが、自業自得である。ここに宿題がつくので、今日はミーシャにとってほぼ一日勉強の日となる。ミーシャが補習を嫌った理由はここにある。
ミーシャは遅刻はするが宿題はきちんとやる方であり、意外と勤勉家だ。決して勉強が嫌いなわけではない。が、自由時間に色々やりたいことがあるのだ。
部屋に戻ると、用意されていた昼食が置いてあった。召使はいないと言ったが、正しくは姿を現さないが正しい。ガーディー国では15歳で成人なのだが、それに際してお付きの召使が常駐ではなくこういう必要な時に少し関わる程度になったのだ。よって顔を合わせる機会も激減している。自立促進を図るためだ。ナハトの進言もある。
昼食を食べ終え、身だしなみを整える。午後は全体授業だから粗末な格好だと笑われる。ナハトにも怒られたばかりだ。急いで行った誠意のつもりではあったが、結果的には怒られて損をした。それを思うと少しムスッとしてしまう。少しくらい誠意を受け止めてくれてもいいのにと。
きちんと髪を結ってばっちり服装も正す。今日は戦闘スタイルだ。髪を上に結って、一つ結び。ふさって広がる髪が力強く映える。フロールの授業が二回分と言っていた。フロールもレイロイも戦闘技能系の授業だ。特にフロールはミーシャ専属の教官である。気合を入れる意味のスタイルだ。
「さて、まずはハットの授業か」
そう言って、ミーシャは自分の部屋を後にした。
全体授業は基本的にいつも同じ場所で行わられる。皇族宮中央の大教室である。特にこの午後の全体授業は六年違いの年代が集まっている。対象は14歳から20歳までの皇族だ。一年代が大体二十人くらいなため、クラスとしては120人のクラスである。内容も比較的常識的で簡単なものである。いわゆる皇族学と言って、皇族としての心得を勉強するのだ。
「おはようございます」
ミーシャは恭しく礼をしながら教室に入った。中を見ると皆静かに席についている。全体授業の時はいつもこうだ。実は、皇族にも序列のようなものがあり、それに従って振舞う必要がある。簡単に言うと、次代のドラグナー候補は偉く、そうでないものは偉くないのだ。ミーシャは候補ではない。
こうして教室が静かなのは、そういった序列の中で下手を打てない候補ではないメンバーが肩を窄ませているからである。一方で候補者は候補者で互いに牽制しているし、候補ではないメンバーとは違うという空気を出すため、交流自体が少ないのだ。
現在のドラグナー候補は第二系列皇女ネイル
第三系列皇子ゾーテ
第四系列皇子アイオス
この三人である。
第一系列皇子は既に他界している。
系列とは、言ってしまえば現ドラグナーの兄弟だ。
ドラグナーになれるのは15歳から25歳までのドラグナーの兄弟血統になる。
第一系列はドラグナーの直系血統
二系列以降はドラグナーの兄弟の年長者から順になる。
系列事態に優劣はなく、条件を満たしていれば皆平等にドラグナーになる権利が与えられる。というのは建前で、当然の如く裏では数字通りの優劣が存在する。
第一系列はその抗争の中で殺されたと噂されている。
今後の活動のため、感想など頂けると幸いです。




