移住に焦がれる者
幕間です
幕間2 移住に焦がれる者
「ウインド」
「シールド。ファイアーボール」
「ちっ、やっぱり魔術戦は向こうが一枚上手か」
二人の男が空中で激しい魔術合戦を広げていた。一人はドルト、魔術都市の王である。そして、もう一人はイサエル。王の戦闘訓練の相手である。
「武闘。四式」
イサエルがそう叫ぶ。すると、魔力が四肢に集約し始める。
「三連サンダー」
ドルトがそう叫ぶと、雷が三連続でイサエルを襲う。通常では避けられるはずのないそれだが、イサエルは避けた。四肢に集約した魔力が肉体のスピードを限りなく上げているのだ。
「魔術武闘か」
ドルトが呟く。いくらか余裕のあった構えが警戒のそれへと変わった。
「覚悟」
イサエルが叫んで飛び掛かる。鋭い突きがドルト目掛けて飛んでいく。
パリンッ
ドルトのシールドがいとも簡単に壊される。
パーン
しかし、壊れた瞬間に衝撃波が生じ、ドルトもイサエルも飛ばされる。間合いができてしまった。近接攻撃が主体なイサエルにとっては厄介なシールドだ。
「アマゾネスを想定させてもらう」
ドルトが言う。
「好きにしろ。すぐ突破してやる」
イサエルは構わず突っ込んだ。
それからしばらく突っ込んでは離れて、突っ込んでは離れてを繰り返す二人。イサエルの方がしびれを切らしてくる。
「思った以上に厄介だな、そのシールド」
「そうでなくては困るのだがね」
ドルトは今のところ無傷だが、あまり余裕は伺えなかった。それは、イサエルの攻撃にシールドを張るのがいっぱいいっぱいなのだ。反撃の好きがない。
「アイスストリーム」
だからこういったちょっとした隙を最大限に生かすしかなかった。冷気が氷の飛礫と共に飛んで行く。
「武闘。回転」
それをイサエルが今度はガードした。自身をこま状に回して外からの攻撃を無力化する技だ。
「アイスビックバン」
すると、今度は先程よりも高難度の技をドルトは繰り出した。
ガキーン。ガリガリガリッ
しかし、それでもイサエルの防御の型は崩れなかった。巨大な氷が削られていく。
カキ―ン
しかし、削られた氷が冷気を強めてその周り一帯を今度は氷の塊にする。もちろん、イサエルごとだ。イサエルは動きを止めざるを得なかった。
「チェックメイトだ。サンダーランス」
そう言って、ドルトの右手には雷のランスが形作られる。ドルトは構えて、それをイサエル目掛けて投げた。
パリ―ン
と、その最中、氷にひびが入り、中からイサエルが飛び出してくる。手には氷を多量に持っていた。
ドルトはサンダーランスを投げ終わった後で、体勢が整わない。
「シールド」
そこでドルトはまたもやシールドを展開した。
「無駄だ」
イサエルはそう言って、手に持った氷を投げつける。するとそれはシールドに触れてドルトを吹き飛ばした。しかし、その瞬間、前にいたはずのイサエルがドルトの後ろに回ってる。ドルトは渾身の一撃を貰う羽目に。衝撃波で飛ばされている最中ナため威力は何倍にもなるーー
と、イサエルは攻撃を止め、ドルトを抱えた。
「俺の勝ちだな」
イサエルは誇らしげにそう言う。
「全く、末恐ろしい男だよ。しかしいい練習になった。学ばせてもらったよ」
ドルトは抱えられながらそう言った。
ドルトは間違えなく魔術の天才だった。魔術ストックが十あるだけでも人の何倍も有利に戦えるが、一個一個の魔術の質もずば抜けていた。頭も切れる。そんなドルトが王になるのは至極当然だった。しかし、彼には勝てない相手がいた。それがイサエルだ。
イサエルはストックを七しか持っていない。魔術の質も良い方だが、たかが知れている。しかし、いざ戦闘となると魔術武闘という体術を使いこなし、ものすごい嗅覚で相手を追い詰めるのだ。戦いのセンスだけならばドルトを圧倒していた。
強いものが上に立つプル国の特徴としてはイサエルが上に立たないのはおかしいと言えばおかしい。しかし、王にはその国の統治と言う側面も持ち合わせていなければならず、イサエルはそこのところからっきしダメなのだ。
更に、総合的な力で言うとやはりストックが三も違うドルトとイサエルではスペックが違うと言っていい差がある。イサエルも認めることだが、本気の殺し合いになればドルトが勝つだろうという事なのだ。
それに近接主体のイサエルでは対策も取られやすい。そういう意味でもドルトが王としてふさわしいとされている。
しかし、こういう王と同等かそれ以上に強いとされるが王としてのカリスマ性の無い者の行先は決まっている。そう、テンタティブドラグナーだ。国の代表としてテンタティブドラグナーになることをイサエルは打診されていた。
「それで、どうだ。返事はどうなる。これは名誉なことだぞ」
ドルトがそれとなくテンタティブドラグナーの事をイサエルに聞いた。
「いや、俺は実はテンタティブドラグナーには興味がない。もっと言えば、この国に興味がない。俺は魔導を極めたいんだ。隣のトルティ国に行こうかと思っている」
すると、イサエルから意外過ぎる回答が出てきたのである。
「他国に移住しようというのか。前例がないぞ」
ドルトは驚きを隠せなかった。それもそうである。この国に限っては 地区間での移住も珍しいくらいなのに国の移住と来た。その国に生まれた者は基本その国のドラゴンの下、一生を過ごすことが基本のこの世界では珍し過ぎる例だ。そもそも受け入れられるかもわからないのだ。
「魔術に身を置く者としては、その研鑽の為、一番研究が盛んな所に行くのは至極当然だろう」
イサエルはどこか得意気だ。
「いや、無理だ。考え直せ。魔術の研究ならここでもできる。トルティ国との国交の玄関口はここだ。こんなに恵まれた環境はないぞ」
そう、プル国南西に位置する魔術都市は一番トルティ国と近い所であり、故に一番交流が多い。それ故にこの地が魔術を主体とした地区になったと言っても過言ではない。
「しかし、トルティ本国に比べたらその情報は少ししかない」
イサエルは頑なに聞く気配がない。
「いや、よすんだ。止めておけ。受け入れられるはずがない。この世界はそうはできていない。殺されるかもしれないぞ」
トルティ国は魔王が時々潜り込んでは選挙に出ると聞く。確かトルティ国のドラグナーはもう七十だ。そろそろ選挙になってもおかしくない。怪しまれたら確実に殺されるだろう。
「俺が簡単に殺されると」
イサエルは自信満々だ。
「いや、そうは言わないが、向こうの国にも強者はたくさんいるはずだ。それ全部を敵にして勝った上で説き伏せるというのか。ドラグナーもいるんだぞ」
ドルトが冷静に指摘する。
「うーん。さすがにきついか。何か案ないか」
わかったのかわかってないのか、イサエルはどうしても行くようだ。
「はぁ」
ドルトは大きく溜息を吐いた。さすがに折れたらしい。
「せめて行商に化けるくらいはしていけ」
と、アドバイスをしてしまう。
「おっ、その手があったか。早速準備しなきゃな」
どうやらもう行く気である。思い立ったらすぐに動く性格だ。
「ちょっと待て、もう行くのか」
念の為確認してみる。
「ああ、そうだな。そうか、お前ともこれきりだ。色々楽しかったぜ。またな」
そう言ってイサエルはその場を後にした。
「またな、な。また会うみたいじゃないか。碌な挨拶もせずにあいつは」
またな。きっとこれはまた会う機会があったら宜しくなの略だ。また会う機会。それがあればいいなとドルトは思うのだった。
早速イサエルは準備をして旅立った。トルティ国へは大橋が掛かっているのだが、そこを行商人っぽく荷馬車で移動することにする。トルティ国までは約一か月かかる。途中、宿屋のような施設もあるので、そこまで食べ物とかには苦労しないだろう。
この大橋は横が物凄く広く、五十メートルはあるくらい広かった。また、意外と行商の行き来は多く、賑やかである。一応、この大橋は完全な中立地帯であり、戦闘などは禁止されている。
ただし、暗黒大陸の近くを通るため、動物がその影響を受けて魔物化することがあり、そういう戦闘は仕方なく行われることがある。ここに出る魔物は強いことで有名である。
しかし、この男を強かった。普通なら逃げるであろう強敵を前にしても平然と戦いを挑み、勝ってゆく。いつしか他の行商人たちは彼の後をついていくようになるのだった。
そうこうしているうちに二日が過ぎる。そしてここで事件が起きた。
「イサエル殿はトルティ国で何をなさるおつもりで」
ついてくる商人が挨拶がてらそんなことを聞いてくる。
「いや、俺は、その、実は移住を考えててな」
言い訳を色々考えたが、すぐにバレるだろうと思い本当の事を口にする。というのも、後ろの商人たちには自分が商人ではないことはバレている。
「移住。えっ、移住ですか。そんなことできるんですか」
商人が驚きを隠せないでいる。
「できるかどうかはわからんが、やる。俺がやると決めたらやる」
イサエルは胸を張りながらそう言った。と、そこで目の前で魔物が暴れているのが見える。
「今日も粋の良いのが暴れているな」
見ると、その魔獣はかなり大きくなっており、体調は5メートルを超えていそうだ。熊型の身体でかなり立派な馬車群を襲っている。
「あれは、旦那。トルティ国の御車ですぜ。おそらく外交の類かと」
「何。トルティ国の。ならばいっそのこと助けるべきだな」
イサエルは即座に四肢に魔力を走らせ、飛び出した。ここで恩を売っておけば移住も簡単にできるかもしれない。
ドーン
イサエルの拳が魔獣の死角を抉る。魔獣はその巨体を数メートル吹き飛ばされた。
「援助か」
護衛隊の隊長らしき人物がそう言う。見ると女性のようだった。剣を構える様は隙がない。かなりの手練れだと確信した。
ともすると、目の前の敵は強敵である。この女性が手を焼くほどのものだ。それに、先ほどのパンチも思た以上に聞いていないようだ。すぐに体勢を立て直し、こちらに向かってきている。
「イサエルだ。話は後だ」
「承知。ヌードラだ」
二人は短く言葉を交わし、すぐに魔獣への対応へと向かう。魔獣が怒りに任せて大きく手を振る。そのスピードは凄まじく、ぎりぎりでしか躱せなかった。しかし、しっかりと躱して二人して懐に入り込む。
「流麗撃」
「渾身の一撃」
流麗撃とは右ストレート左フックからの回し蹴りという、流れるような攻撃だ。
そして、渾身の一撃とは一度、前宙し、溜め込んだ力を一撃に乗せて思いっ切り斬る隙の大きめの技だ。おそらくヌードラはイサエルの攻撃で相手が怯むのを計算して放っている。
二人の一撃は見事ヒットした。
魔獣がたまらず後ろに下がる。ダメージは大きいようだ。しかしまだ倒れない。
魔獣は暴れ回る様に突撃してくる。
ただ、暴れ回っているだけなのだが、攻撃の出所が掴めずに、しかも攻撃スピードが速いためガードするので手一杯になる。しかしそこで、イサエルが隙を縫って魔獣を思いっ切り蹴り上げた。魔獣の身体を宙に浮く。
「今だ」
今の攻撃で体勢が崩れているイサエルが叫ぶ。しかし、その叫びを聞くまでもなくヌードラの身体は動き出していた。
「滝登り」
落ちる滝を真っ二つに斬るとされる斬り上げの大技だ。魔獣に直撃する。
魔獣は真っ二つに斬り裂かれた。二つの塊が地面に転がる。二人は勝利した。
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