第二章 忍び寄る魔王の脅威 第五節 魔王
2章終了!
第五節 魔王3
空高く飛翔したまま、眼下の光景を注視していた。しかし、何も起こらなかった。ドットゥルーは消滅したのだろうか。そんなことをリオンは思い始める。
「魔王はそんな簡単には滅びんよ」
ブードーが声に出してそう言う。そして、その言葉は本当だった。次の瞬間にたくさんの水しぶきを上げて、巨大なものが迫ってくる。どうやら、さきほどより大きくなっている。いや、大きくなりながら迫っている。
そのスピードの凄まじい事と大きくなるという不確定要素が相乗効果となり、ブードーの避ける動作が
遅れてしまった。しっぽを掴まれてしまう。そして、そのまま回される。
目にも止まらぬ速さで回され、リオンはしがみつくのでいっぱいいっぱいだった。そして回転が最高潮に達した時、そのまま海へと飛ばされる。抵抗叶わずにそのまま真っ直ぐ海へと叩きつけられた。
ドボーン
海であって良かったかもしれない。ただ、海であっても身体がバラバラになるんじゃないかって衝撃であった。ドットゥルーは休まずに追撃に来る。体勢を立て直さなくては。
苦し紛れにブードーは魔法弾を発射する。リオンも同じことを考えていたのか、魔法弾を発射する。しかし、それらは避けられてしまう。ただ、なんとか体勢を立て直す余裕はできた。
ドゴッ
しかしそれでもドットゥルーの素早い攻撃がブードーに刺さる。強烈な蹴りを食らってしまった。更に海の下へと落とされる。
海であるのは最悪かもしれない。ここではリオンは呼吸ができない。つまり海の中では活動限界がある。実際、リオンの息がもう持たない。その上、呪文も唱えられない為、強力な魔法が発動できない。体術で下回ってるとなると、絶望的だ。
ブードーは羽を勢い良く広げ、下へと行く身体をなんとか止める。そして、羽を上手く動かして宙返りし始める。
ドゴッ
今度はブードーの蹴りが炸裂した。追撃に来ていたドットゥルーの顎を捉える。ドットゥルーはそのまま打ち上げられた。
ここぞとばかりにブードーも上へと上がる。打ち上がるドットゥルーに並走するかのように素早い。
ドバーン
高い水しぶきを上げて、二つの塊は空に戻った。すかさず、ブードーは魔力を溜め始める。リオンも詠唱に入った。ドットゥルーはまだ打ち上がっている。
ドットゥルーは打ち上がる身体を後ろに流し、宙返りする。そして、並走してきているブードーの顎目掛けて拳を突き上げた。と、一瞬見えたブードーの口には多量の魔力が溜まっていた。
ドーーーー
ドットゥルーの拳より先にブードーの魔力が光線型になってドットゥルーを襲う。ドットゥルーはその光線に押されていった。そして、
「エアウォール」
押されるドットゥルーの後ろに壁ができ、それ以上押されなくなった。
「シャインレイ・ボム」
その言葉でブードーの攻撃が止まる。壁も無くなったようだ。
リオンの第二の禁呪だ。ストック9。リオンが編み出した禁術である。実は人間界に伝わる最高難易度かつ最強の魔術はジェノサイド・ウォーなのだが、リオンはそこに改良を加えて、更に威力の高い術へと昇華させていた。
ドットゥルーの周囲に鏡が球状に何個も出てくる。更に空間に波動が出て、なんとそこから幾多の光線が出るのであった。光線は鏡を乱反射し、中にいる者を焼き焦がす。球状に攻撃が繰り出されるため、逃げ場はない。光線が乱反射して敵を射抜いていくその様は、遠目からは段々球体が輝いていくように見える。
ブードーは再び魔力を溜め込む。先程よりも時間を掛けしっかりと。そして、おそらく最大まで溜まったであろう段階でそれを吐き出した。大きさこそ、変わらないが、先程よりも密度の濃い光線がドットゥルーに伸びていった。
ブードーの光線が届き、いよいよ球体の輝きは最高潮になる。そして、爆発した。
ドカーン
爆発した後も輝きの余韻が暫く残る。徐々に中にあったものが元の世界に戻ってくる。と、そこに穴だらけの物体が浮いていた。
「覚えてろ」
こと切れそうだが、しっかりと恨みのこもった声が聞こえてくる。その言葉の後、近くの空間が歪み、ドットゥルーはその中へと入って行った。
魔王を撃退した。リオンの中で安堵感が一気に押し寄せてくる。魔力も使い果たしている。それはブードーも同じなのか、はためく翼が少し重々しかった。ブードーと共に竜穴の入り口のあったところへと降り立つ。リオンはブードーの背から降りた。
「なんとか撃退できましたね」
リオンは降りた後にそう言った。
「ああ、ぎりぎりだった。やはり魔王は手強いな。万全を期したつもりだが、やはりドラゴン単体では何ともできない」
ブードーは疲れた声で応えた。
「ドラグナーとしての最後の経験としては実に興味深いものでしたが、もうこんなことはない方が良いですね。できれば次のドラグナーには経験して欲しくない」
リオンも肩を落としながら疲れている。
「ときに。次のドラグナーはどうなりそうかな」
「はい、ケーテとドメスと言う者が残っています。両者とも曲者です。特にドメスと言う者は意外に武にも長けているようです」
リオンはコヨルドとの戦いを思い出しながら言った。
「ほぅ、それは楽しみだな。何にせよ、今後の進行は安全だな」
「はい。その通りで。しかし、セメスだとは痛い場所でした。あわよくばドラグナーに選任されかねない位置でしたので、私のせいで」
リオンは改めて思い返して頭を抱える。
「やはり、そなたの言う通り、選挙制では限界が近いのかもしれないな」
ブードーは深く溜息を吐いた。
「ご検討の程宜しくお願いします」
リオンはお辞儀をして改めてお願いした。
「ところで、お住まいの方はどうなさるおつもりで」
リオンは顔を上げて聞く。
「ああ、すぐに元に戻すよ。少し休んだらな」
ブードーはそう言って、その場で丸まった。
「では、それまで今しばらく」
リオンもその場で大の字に倒れて寝転がった。
「リオン。そなたがドラグナーで本当に良かったぞ」
ブードーが呟く。
「いえいえ、私など。次のドラグナーの方がきっと何倍も優秀でしょう」
リオンは謙遜する。
「そうだといいがの」
そう言って、ブードーは目を閉じた。リオンも、そこで目を閉じる。
絆で結ばれた二人が仲良さそうに休むのであった。
日が沈みかける頃。赤い光に目が覚めると、人だかりができていた。ブードーが表に出てきているので、物珍しそうに人が見学に来ているのだ。
リオンは少し困った気持ちになる。
竜穴の入り口には原則ドラグナー以外は入ってはいけないことになっているというのもあり、人だかりは遠巻きにできていた、というより、どうやら軍隊が抑えているらしい。指揮しているのはどうやらヌードラだ。
「お勤めご苦労様であります」
ヌードラがこちらの様子に気付いて近づいてくる。よく見ると身体には毛布が掛けられていた。
「随分と人がいる様だな」
「はい。しかし私共が抑えていますので。魔王はもういらっしゃらないという事で宜しいですか」
こうして、拡声器なしだとヌードラも敬語が使えるものなのだなと改めて思う。
「ああ、なんとか撃退したよ」
「それは良かった。これでまた暫しの平和が訪れるのですね」
そう言って、敬礼をしてヌードラが戻って行った。そして何やら人だかりに叫んでいる。すると、人だかりから歓声のようなものが沸き起こった。
「人と言うのは、見ていると微笑ましいな」
ブードーがリオンに話しかける。
「ええ、そうですね」
リオンは人だかりを見ながらそう言った。
「何か言ってから行かれますか」
リオンがブードーの気配を察してそう言う。
「そうだな。そうしよう」
ブードーは大きく伸びをした。その様を見ると、一際大きくブードーが見える。
「皆の者。お初にお目にかかる。我がブードーだ。今しがた魔王と戦い、疲れを癒していたところだ。魔王は撃退した。疲れもとれた。故に私は住処に戻ろうと思う。人の子よ、ドラグナーとドラゴンがいる限り魔王に悪さはさせん。安心して暮らされよ」
ブードーが演説すると、一瞬シーンと静まり返る。そして、堰を切ったような歓声が沸き起こった。ブードー、ブードーと湧く声や、ドラグナー、ドラグナーと湧く声が起こり、日が暮れる頃だというのに大賑わいだ。ブードーは歓声を背に海の中へと入って行った。
次世代のドラグナーはドメスに決まった。
魔王の撃退の件もあり、リオンの続投の声もかなり上がっていたが、さすがにそれだと収拾がつかない為、引退は変わらずにドラグナーの選挙は続行されたのだ。
圧倒的な立場があり、頼りがいのあるケーテと
立場の弱く、主張が弱いドメスであったが、
ケーテが二点において、少し不安要素を出したのだ。
一つはケーテの屋敷での事。非公式に勝手に行われたという点や、結局魔王であるセメスを追い詰めることができなかった、取り逃がしてしまった点を言及された。
もう一つは観測者の増強問題であった。暗黒大陸に軍を送るという提案は期待もあったが不安を抱える人も少なくなかった。特に、魔王が観測者と共に乗り込んできたかもしれない仮説があるのも痛かった。
そして、逆にドメスは一つポイントを稼いでいた。
盗賊団の逮捕からの魔王セメスを特定した行為である。コヨルドとさしで勝ったという点も評価されている。
当初は魔王抜きの選挙で、魔王がわからないからと言う理由で立候補したドメスが圧倒的に不利であったが、そういった事情や、話せば話すほど頼りがいのある面を見せるドメスに流れがついて来て、最終的には僅差で勝ったという事である。
奇跡的逆転勝利となり、カリスマ性をも手に入れる結果になった。
かくして新ドラグナードメスが生まれ、その最初の演説が以下のものになる。
「皆さま。新ドラグナーとなったドメスでございます。今回は多大なる支援・ご投票の程とても嬉しく思っております。皆様の期待に恥じぬように今後とも精進したいと思います。
さて、最終投票の結果もそうですが、この度の選挙は非常に接戦が続いていたものと思われます。それは各候補者がそれぞれ相応の評価と支持を得ていたからであると思います。そこで、私としては今後の国の運営はやはり彼らの意見を踏襲していくことに国の未来があると信じています。ライバルとして手強かった意見も多数ありましたが、それらが成就できる国づくりに努めていきたいと思います。
しかし、一方で、矛盾するであろう政策も少なからずある事でしょう。そう言った政策は勿論協議を重ねた上で皆が納得できる形を目指していきたいと思います。その際にも皆様のご協力を是非お願いします。
そして、前任のドラグナーであるリオン様からも強い提案を受けました。それはドラグナーの選任の方法についてです。選挙制を止め、負の産物である魔王が介入できないものをブードー様と協議し、皆さんにご提示できればと思います。
つきましても、皆様のご協力の程、宜しくお願いします。以上になります」
ドメスが演説を終えると、大歓声が沸き起こる。ドメスは大手を振るってそれに応えた。
リオンは遠目からその様子を見ていた。これで肩の荷が下りた。ドラグナーとして四十二年。半生に渡り国に仕えていたという重荷が取れたのだ。
やりがいはあった。故にやっている間は無我夢中だった。
しかし、こうしてその重荷から解放されると、それがどんなに重く自分にのしかかっていたのかが良くわかるのだ。ドラゴンを守るという事だけではない。国を引っ張っていくこと。その難しさがしみじみと身体の中から染み出てくる。
もし、ドメスが困るようなことがあったら助けてやろう。何分にも自分はまだ魔王を撃退するくらいには動けはする。それに、国一番の魔術師である事にも違いない。
リオンはそれとなくそれを決意し、長椅子にもたれかかるのであった。
どこからかキーン、キーンと高い音が鳴っているようだ。それはとても心地の良い音で、リオンを眠りへと誘った。
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