第二章 忍び寄る魔王の脅威 第五節 魔王
二章最終節です。
第五節 魔王1
リオンは急いでいた。森を駆け抜け、南へ南へと向かう。ここからだとブードーの竜穴は遠い。もし、その間に魔王がと思うと、休むことなんかできなかった。ただ一つ安心できるのは、ブードーからの緊急連絡はまだきていないという事だ。ドラグナーとドラゴンの間には危機の時にお互いにそれを知らせるものがある。それが来てないということはまだ大丈夫なはずだ。
リオンは走りながら、状況を確認する。コヨルドの話により、魔王が選挙で失敗しても二の矢を打つ準備があることを知った。しかし、一応は今はまだ打っていない。ということはまだ魔王が勝ち残る位置にいるか、歴史書の改竄が済んでいないかのどちらかだ。
コヨルドは偽の歴史書の方を持っていた。ということは、魔王は本物の歴史書を持っている可能性が高い。
盗賊団は偽物とわかりつつ歴史書を取りに来た。偽物であるならば、盗賊団が捕まる可能性が高い。その危険を冒してまで取りに来た理由とは何か。
もし、改竄がもう少しのところで終わるのだとしたら。
その場合、意識を盗賊団に引きつけ、自らは竜穴に向かうだろう。そして、満を持してドラグナーのいない、罠もないドラゴンの住処へと向かうのだ。その可能性は極めて高い。
だとするならば、魔王は誰か。ケーテも、ドメスも違った。するとセメスなのか。いや、一番安全なはずだ。
では、グローバか。いや、状況的にあり得ない。
コヨルドは操られているものだった。
ヌードラか。ありえなくはない。しかし……。
ライチか。可能性が低過ぎる気がする。
ニム。勘違いでという事だろうか。
テト。考えにくい。
イサエル。ほぼあり得ない。
やはり……。
リオンが魔術を駆使し、竜穴へと着く頃には朝日が昇っていた。リオンが息を切らせながら。竜穴の入口へと歩いていく。すると、一つの人影がそこにあった。
「セメス」
「リオン様。どうしてここへ」
「いや、それはいい。それこそお前こそどうしてここに」
と、リオンはセメスが何やら本を持っていることに気付く。
「ええ、ちょっと見てみたくなりまして。ドラグナーになった時はここに訪れるのだなと」
「セメス、何を持っている」
リオンがそう言うと、セメスはハッと気づき、その本を後ろに隠した。
「いえ、ちょっと最近読んでる本を」
「歴史書か」
リオンは詰め寄る。
「いえ、歴史書は盗賊団に盗まれたままです」
セメスが顔を背けて後退る。
「では、なんだ」
リオンはもう一歩詰め寄った。
「小説です」
セメスが更に後退る。
「苦しいぞ」
さらに数歩詰め寄った。
「ところで、リオン様、だいぶお疲れのようですね。早く帰りませんか。私ももう済みましたので」
セメスがさらに下がった先は既に竜穴の中だった。罠が発動するはずである。しかし、発動していない。
「確かに、済んだようだな」
そう言って、すかさずリオンは魔法弾をセメスに飛ばした。セメスはすぐにそれを弾き飛ばす。
「ちっ、来るのが早過ぎんだよ。老いぼれが」
セメスが遂に正体を現す。間違いない。彼が魔王だったのだ。セメスは魔法弾を両手から発射し、リオンを襲う。その素早い事と言ったら例えようがない。しかし、それでもリオンは国随一の魔術の使い手である。しっかりと結界を張って対処する。
結界越しにすさまじい衝撃が走った。さすがは魔王である。威力も桁違いだ。しかし、防げないほどではない。爆風による塵が収まるまでに、リオンは次の行動を練ることにする。ただ、爆風は凄まじく、塵は暫く止まなかった。
やっと塵が収まると、そこには既に魔王の姿はなかった。
「しまった」
どうやら今の攻撃は殺傷を目的とした攻撃ではなく、目くらましの為のものだったのだ。それであの威力なら本来の攻撃は防ぎきれないかもしれない。いや、今はそれよりも魔王より先回りしなければ。
「エピゴン・メターバシ」
リオンは呪文を唱えた。リオンが設置したドラグナー用の罠の類である。ドラグナーの意志でブードーの竜穴、ブードーの住処まで移動できる。これが解除されていないのは、歴史書に書く罠は引退の時だけだからだ。つまり、ドラグナー達は引退してから自分が施した罠を記すのである。リオンはまだ引退していない。
「どうしたのだね。リオン」
急に現れたリオンに対して、ブードーは冷静に対応する。
「はい。もうすぐ魔王がここに来ます」
リオンもまた、冷静になりつつ現状を伝える。
「そうか、魔王がか」
そう言って、ブードーは立ち上がって少し伸びをした。もう臨戦態勢になったようだ。
先回りはできた。ドラグナーがいればドラゴンも安心である。
それにしても、とリオンは思う。
正直セメスが魔王だとは思わなかった。推薦枠というのが完全に裏目に出る結果だ。詰まるところはいつ成り代わったかだ。セメスが性格的に特別な変化を現した形跡はない。
ということは、グローバの仮説が正しかったことになる。つまりはセメスが中央庁に入ってリオンの秘書になる頃からはずっと魔王だったのだ。死体が上がってないことからすると、成り代わったのではなく、変化しているだけかもしれない。この国に潜伏してからはこの国の国民として国を学び、選挙に備えていたことになる。
ようは本気だったという事だ。今回で決めにきている。それぐらいに周到な計画なのだろう。それにそうだとしたら、観測所の報告とも合致する。魔王が来た時期がわからない。つまりかなり前なのだ。あるいは何かに紛れて入り込んだか。例えば、観測者を送り込む時、いや帰ってくる時とか。例えば、コヨルドが帰ってくるとき。
コヨルドが帰ってきたのは、十年前だ。
しかし、どうしてか気になる点もある。まず、なぜこのタイミングなのか。
正直、放っておいても当選しそうな存在である。それがどうしてこんな賭けのような真似に出たのか。わざわざ危険を冒す必要はないはずである。
考えられることは二つ。
ドメスが盗賊団の調査をしていた。これを払いきれなかった。つまり、盗賊団が捕まり自分の身元がバレる可能性を危惧した。
そして、モリスの挑発と調査。これが上手く刺さっており、盗賊団は動かざるを得なかった。つまり捕まる可能性があり、その場合身元がバレるのを危惧した。
いずれも盗賊団絡みだ。この両方かもしれない。皮肉なことに軽視していた盗賊団は魔王の足枷として足を引っ張っていたということだ。おそらくこの時期に接触するようなへまはしていないだろう。しかし、それは直接指揮することができないという事であり、そこに誤算が生まれた可能性は高い。
次に、ケーテの屋敷でのことだ。
結果的にしゃっくりは始めのやつは出たのだろう。しかし、二回目、リオンの問いへはしゃっくりが出なかった。つまりは嘘じゃなかった、一回目もしゃっくりが出なかったという事になる。
そして、あの危機的な状況だ。いくらなんでも滅せられるかもしれないあの状況で何の抵抗もないのは変過ぎる。魔王ならば自分で打開できるはずだ。リオン自身の対応も本当にすれすれのところだった。魔王であったなら何故自身で払い除けなかったのか。まるで、リオンが来ることをわかっているかのようだ。
そこまで考えてリオンはハッとする。
そうだ、セメスはリオンが来ることがわかっていたのだ。何故ならセメス自信がリオンに告げ口をしているから。告げ口をすればリオンが隠れて様子を見ることがわかっていたのだ。それくらいの仲だ。リオンとセメスは。お互いがお互いの性格をよく知っている。
だとするならば、ポテヘルの条件、心理的圧迫はなかったと言える。全て計算されたことなのだから。
計算、か。
トルティ国に長く住んで魔王も変な知識を得たようだ。明らかに今までとは違う。あるいは一人しかいない魔王は他にもいたという事だろうか。いや、考えたくない。そんなにたくさんいたらたまったものじゃない。
魔王は確認されているのが一人だけだ。もちろん、複数人いる可能性もあるが、少なくても確認されたのは一人である。名はメルドールというらしい。二百年プル国に現れたようだ。普段魔王は結界の外、つまりこちら側に来るときは人間に化けているため、その本性を確認できないが、その時は自らの本当の名と姿を現したと報告されている。
その折にプル国のプルードと直接対決になったとか。本来、ドラゴンと魔王の力関係は魔王が上であるが、その時はプルードが勝ったという。力のドラゴンの力は伊達ではないという事か。あるいは何か魔王側に不利な条件が出てきたか。
プル国は基本的にドラグナーがいない。ドラグナーを決めるための戦争が終わらないのである。そこで、国の争っている地域からそれぞれテンタティブドラグナーという仮のドラグナーを輩出しているらしい。彼らの活躍があったのかもしれない。
つまり、条件が整えば魔王を撃退することは十分可能であるという事だ。実際、こちらはドラグナーとドラゴンが揃っている。この世の摂理から言っても負けるわけがない。ドラグナーとは魔王を撃退するための力なのだから。
「随分、疲れているな」
ブードーがリオンの息遣いを見て聞く。その言葉でリオンはハッとする。
そうだ、自分は今かなり魔力も体力も消耗している。
リオンの額に汗が出てくる。港からここまで一晩かけて無理やり駆け抜けた。普通なら急いでも三日は掛かる道のりを、リオンは魔術を駆使して一晩で駆け抜けたのだ。国一の魔術の使い手の秘術がもたらした結果であり、そのおかげで間に合った。が、その反動はかなりのものである。
加えて外で魔王と軽く一戦している。そして、緊急用の魔術も使った。
今や、リオンの魔力蓄積量(ストックとは違う魔術が使える限度。通称:MP)はゼロだった。
(まずい)
不安が一気に駆け巡る。今リオンの戦闘力はゼロに近い。この状態でドラゴンと共に戦っても、何の力にもなれないのではないか。
ドラグナーとして戦ったことはない。それは幸せな事であり、しかし未知なものでもある。勝手がわからないのだ。果たして本当に力となることはあるのだろうか。
「大丈夫だよ。リオン。私は君が来てくれて助かっている」
ブードーがリオンの気持ちを察して話しかけてくる。リオンはそれで少し安心できた。何を言わそうあの絶対的な存在が言うのだ。ちゃんと力になれるのだろう。最悪、プルードのように一人でも撃退できるかもしれない。
「とりあえず、休んでいなさい。必要な時は呼ぶから。そこの窪みに身を隠してなさい」
ブードーはそう言った。ドラゴン本人が言うと頼もしい。リオンは言われるがまま休むことにした。ブードーの言った窪みは空間の端っこの隠れた場所にあった。そして、そこへ行くと身体に力がどんどん漲って来る。どうやらここは回復ポイントの様だ。
リオンはそこでしばらくじっとすることにする。
そして、魔王が来た。
今後の活動のためご感想など、頂けると幸いです。




