第二章 忍び寄る魔王の脅威 第四節 蜃気楼の盗賊団
盗賊開始
第四節 蜃気楼の盗賊団2
厳戒体制にて警備が行われる中、リオンは歴史書を編纂するふりをした。実際は、毎日書くよなものではなく、こうして毎日書くとすると書くことが無くなってしまう。しかし、これはカモフラージュのための作業なので、一から編纂しており意外と暇はなかった。
仮に、盗賊団がこの歴史書が偽物だと看破しても、実際リオンが直筆している時点でこの書自体にも価値が出るのだ。盗む価値は十分にあると言っていい。
一日が過ぎ、二日が過ぎ、毎日に満員長蛇の列で見学する人々がいた。そしてその中にその姿を発見する。ドメスだ。
ドメスは港町の出身だ。故にここにいても何ら不思議はないのだが。先の情報もあり、少し怪しく見えてしまう。ドメスは無表情でリオンが編纂する姿を見つめ、特に面会する訳でもなく、暫くするとその場を離れた。さすがにつけていくような指示まで飛ばせるような状況ではなかったため、そのまま見逃す形となる。
ドメスは盗賊団であり、彼が情報収集しに来たという事だろうか。いや、しかし、彼だと目立ちすぎる気がする。しかし、彼の街という意味では不自然ではなく、それを隠れ蓑に来たとも考えられる。もちろん、ただ見学に来ただけかもしれないが。
そして、さすがにドメスであっても無くても盗賊団が下見を済ませただろうと思う頃、遂にその日がやって来た。
五日目の夜。日が暮れてしばらく経った頃、その人影は音もなく近づいてきたのだ。
トトトッ
「んっ、なんだ」
警備員が気配を感じ外に出る。辺りは静まり返っており、月明かりが煌々と輝いていた。しかし、その明かりだけでは暗いので、光の魔術で辺りを照らしてみる。照らしてみるも、特に人影はなかった。
「うーん。一応回ってみるか」
警備員は盗賊団の事もあるので、そのまま館内を調べることにする。
「ちょっと、見回り行ってくる」
警備小屋にいる仲間に声を掛ける。
「んっ、早くねえか。まだ十五分しか経ってないど」
仲間が疑問を口にした。どうやら仲間は気配を感じていないようだ。
警備は三十分ごとに巡回することになっている。通常は一時間ごとだが、今回は盗賊団の事もある為警備が強化されているのだ。もちろん、盗ませるのなら強化する必要がないのだが、だからと言ってリオンもいて、本物の歴史書が例外的に来ているという設定の中で、警備を強化しないのは逆に怪しい。
「何かを感じたのだな。よし、では、私も行く」
と、奥で休んでいたモリスが出てきて、一緒に行くと言い出した。モリスは自ら夜の警備を買って出ていたのだ。あわよくば、その場で捕まえるか、そのまま追跡するかを狙っている。また、先と同じで警備を本気だと思わせる意味もある。
「わかりました。では行きましょう」
「私は、外を見るから、君は中を見てくれ」
モリスはそう言って自らも光の玉を出し、そそくさと行ってしまった。警備員は夜中でも機敏に動くモリスを見て、感心した。さきほどまで休んでいた人とは思えない動きだ。見えなくなるまで眺めてしまい、見えなくなったところでやっと我に返る。
「まあ、たぶん。気のせいだけんどもな」
そう呟いて館の前に行った。そして、扉を開いた。と、少し粉っぽいものが顔にかかる。思わず、くしゃみをしてしまった。
「埃かな」
そう思って、気にせずそのまま中へと入っていった。
館内には人気がなかった。やはり気のせいかと思いながら中を見回っていく。しかしやはり中には人もその気配もなかった。偽の歴史書も無事である。まだ中に侵入していないだけか。しかし、外はモリスが見てくれている。いや、きっと気のせいだったのだ。とりあえず自分の役目は終わったと、警備員はその場を後にした。
「誰もいなかった。そっちはどうだ」
外へ出ると、モリスが待ち構えており、すぐに聞いてくる。
「いえ、気のせいだったようです」
警備員は申し訳なさそうにそう言った。
「おい、起きろ」
と、急にモリスが怒鳴りだした。しかし、見ると口元は動いていないようだ。不思議に思って首をかしげる。
「ええ、私は起きています」
一応そう応えてみた。
「いや、すまない。では小屋に戻るか」
モリスは何事もなかったように歩いていく。警備員は首を傾けたままついていった。
「おい、こいつの面倒を見ていてくれ、俺は中を見てくる」
小屋に戻ると、またモリスが怒鳴り声をあげる。急に怒鳴るので警備員は縮み上がった。
「どうしたんです」
警備員は、モリスの後ろ姿に問うた。
「いや、すまない。トイレに行きたくてな」
モリスは振り返り笑顔でそう言った。
「はぁ。私は自分の面倒は見れますのでお気遣いなく」
警備員は傾けた首を逆に振りながらそう言った。
「ああ、そうだったな」
モリスはそう言って、奥へと消えていった。
「おい、起きろ」
今度は仲間が叫んでくる。さすがに訳が分からなくなり警備員も怒鳴り出す。
「だから俺は起きてるってば」
仲間に対してだから強く言い返せた。仲間はそれを聞いて申し訳なさそうな顔をする。
「あっ、そうか。なんだか眠そうな顔してたからつい」
そう言って頭を掻いている。
「ったく、なんなんだ一体」
警備員はぶつぶつと文句を言った。
「トランプでもやるかね」
仲間が空気を戻したくて提案する。
「くそっ、盗られてる。すぐにリオン様に報告だ」
と、モリスの怒声が響き渡った。警備員はびっくりする。盗られている。盗賊団が現れたという事か。しかし、モリスは今トイレにいるはず。一体どうなっている。そんな疑問を抱きつつも言葉を聞いて反射的に外に出ていた。
と、地面が歪む。いや、目の前の空間も歪んでいる。自分が立っているという感覚がなくなり、頭がガンガン痛くなってきた。そこにきてようやく警備員は自分に起こっている異変に気付いた。マンドーラだ。蜃気楼の盗賊団が使う、幻惑の花。扉を開けたあの時だ。
しかし、気付いた時にはもう遅かった。自分という感覚はなくなっており、目の前は真っ暗だ。頭が激しくガンガンする。そしてそのまま深い闇に落ちて行った。
リオンは夜中に目を覚ました。何か胸騒ぎがしたのだ。今夜、盗賊団が来るかもしれない。そんな予知が働いたのだ。身支度を整え、モリスの下へ向かおうとする。と、そこで連絡が届いた。
コンコンコンッ
「失礼します」
刑事が一人入ってきた。急いでいるようで返答は待たずにずかずか入って来る。
「起きておいででありましたか」
刑事はリオンが準備万端である様子を見て一瞬驚く。
「出たのか」
リオンが確認する。
「はい。モリス殿が捜査本部で待っておられます」
刑事は端的に伝える。
「そうか、すぐに行く」
リオンは騒いでいる胸を撫で下ろしながら、応える。
「はい、では私は先に」
そう言って、刑事は出ていった。
かくして、予知は当たっていた。盗賊団への胸騒ぎ。これは魔王が関わっているかどうかもわかる重大な事件になった。ドメスが魔王なのか、あるいは魔王に繋がる何かを盗賊団をは持っているのか。胸の中で鳴りやまないアラームがずっとなっているようでもあった。リオンはそれを少し落ちつけてから、外へ出ていった。
「リオン様。お待ちしておりました」
捜査本部にいるモリスがそう言った。何やら地図を広げて熱心にそれを見ているようだった。
「ご覧下さい」
モリスがそう言うので、地図を見ると赤い矢印が浮き出ている。
「これが歴史書のある位置です。西の岬の奥に本拠地を張っているようですな」
モリスが説明する。つまりは、偽の歴史書には予め場所がわかるように魔術がかけられていたという事だろう。
「うむ。ところで盗み方はどうだった」
確か、置き換える類の盗みを誘発していたはずだ。
「いえ、持っていかれただけです」
モリスが残念そうに答える。
「しかし、問題ありませぬ。盗賊団を一網打尽してしまえば済む話であります」
モリスはいつも通り勢いよくそう発言し、胸を張った。
まあ、正直それはリオンにとってどちらでもよかった。ただ、相手の動向から相手がどういうつもりなのかを見極めたかったのだ。
つまり、交換したとなると偽物を本物と勘違いしていたはずであり、本を開くことに警戒はない。しかし、偽物とわかっているようなら、警戒はするし、こういった追跡への対応もするはずなのだ。
「厄介なことになったな」
リオンは呟いた。
「とにもかくにも、この地点へ行ってみましょう」
モリスの反応から、リオンが考えていた事はモリスもわかっているようだ。確かにモリスの言う通り、とにもかくにも行ってみるしかない。二人は捜査本部をすぐに飛び出した。
西の岬の奥、地図が示した地点に行くと、いかにもお誂え向きな洞窟があった。ここに巣くっているのは事実だろう。それほどに見つけ辛かったのだ。わかっているから見つけられたようなものである。リオン達は警戒しながら中に入っていく。
リオンの後ろからはちゃんと刑事たちがついてきていた。団体で洞窟に入ることになる。通常こういう場合は大将を前線に出さないが、今回は例外だ。洞窟には罠が仕掛けられているかもしれなく、そういったものに一番よく対処できるのは何を言わそうリオンなのだ。率先して洞窟内の罠を解いていく。
分かれ道では、効率よく部隊を分けて進むことにした。一応いる罠解除係を先頭に各隊が散らばっていく。この分かれ道はかなりあって、進むにつれて部隊の数が減っていくのだった。そして、遂にはリオンとモリスの二人だけで進むことになってしまった。
二人で罠を解きながら進んでいると、奥から人の気配がした。警戒しながら気配を消して近づいて行く。すると、見たことある姿がそこにあった。
奥には覆面を被った男が偽の歴史書と思われる物を持っていて、その姿はどこか見覚えがある。そして、それに対峙するようにいるのが、後ろ姿できちんとは見えないが、あれはドメスだ。
「ちっ、邪魔者が増えた様だな」
奥の覆面の男がこちらに気付いたのか、そんな悪態をつく。そして、手元にある偽の歴史書を開けた。
「まずい」
モリスが叫ぶ。その声にドメスが驚いて振り返った。と、偽の歴史書から白い煙が急速に広がった。もくもく、もくもく。白い煙が洞窟内を這って行く。それはあっという間の出来事で、視界も煙に覆われた。
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