第二章 忍び寄る魔王の脅威 第四節 蜃気楼の盗賊団
遂に盗賊団が動き出す。
第四節 蜃気楼の盗賊団
ドメスが魔王か否か。今やそこにのみ焦点を当てることとなった。仮にドメスでないならば、魔王は例に倣って強硬手段を取ろうとするはずである。毎回正体がバレると暴れるのだ。もちろん、ブードーの所までは辿り着けずに最終的には撤退するが。
ともすると、ドメスが魔王である可能性はとても高い。あるいは、陰で何かしらをまだ企んでいるのか。死体はまだ上がっていない。
三人の中に操られている者がいたとしたらどうであろう。だとするなら、現状を保つ意味が魔王側にもある。
しかし、ケーテは考え辛い。先の事件が証明している。あそこまで魔王を追い詰めようとするとなると、魔王サイドである可能性は極めて低い。
セメスはどうか。言葉の荒さは元々とは言え、操られたことでより顕在化しているという考え方はできる。可能性としてはゼロではないか。魔王であるという可能性もそうするとあるのかもしれない。とは言え、先の会合でほぼ、違う事が証明されたようなものだ。元々の信頼を考えても違うと考えるべきだ。
やはり、ドメスか。操られている者である可能性、魔王である可能性。その両方を考えられる人物だ。ただ、その両方に突き刺さるのが、あまり言葉が荒くないという事である。過剰演技。これができるか否か。およその焦点はそこであり、それがわかればすぐに決定する話だろう。
と、考えを巡らせている時に、あの事件が見え隠れし始めた。
「リオン様。遂に準備が整いました。蜃気楼の盗賊団を捕まえて見せます」
元気はつらつにモリスが話す。リオンはそれを聞いて幾らか肩を落とした。
「ああ、そうか。そんな事件もあったな。しかし、今は選挙中なのだ。私は忙しい。その件は任せてあるはずだ。朗報を期待しているよ」
モリスのやる気をそがない様に気を使いながら話す。あまり、やる気を削ぐとこれがまた面倒なのだ。
ではどうしたら、
何がいけないのですか、
私が考えるには。
延々と話が続いてしまう。
「はっ、勿論お患いのないようにこちらで処理します。しかし、一つ気になることが」
モリスは元気よく返事をしてから、少し声を落とす。その変化にリオンも訝しがる。
「んっ、どうした」
「はい、候補者のドメスがその蜃気楼の盗賊団の事を嗅ぎまわっているようなのです」
「何、ドメスが」
リオンは勢い良く立ち上がってしまった。モリスはその勢いに驚き、後退った。
「はい。レロの所や、ワイキの所へも盗まれた日の事を聞きに行っていると」
「その話、本当か」
「もちろんであります」
モリスは心外だというように口を尖らせた。
リオンはその場を右に左に暫くうろうろし、腕を持ち片手を顎に当てながら考え込む。モリスはいつまでそこにいていいかわからずに、耐え切れなくなって遂に口を開いた。
「では、私は失礼します」
モリスはそう言って、後ろを向きドアに手を掛けようとする。
「ちょっと待ってくれ。蜃気楼の盗賊団を捕まえるのを私も手伝う事にする」
モリスがその言葉に驚いて振り返ると、リオンの強い意志のこもった目がモリスを捉えていた。
二つの可能性が考えられた。一つは、ドメスが理由はわからないが独自に盗賊団を追っているという事。盗賊団に何か盗まれたか。
もう一つは、ドメスと盗賊団が繋がっていてドメスが調査の進捗状況を調べている事。
モリスに盗品リストを見せてもらったところ、ドメスの家から何かが盗まれたという事はなかった。つまり、前者だと理由がわからない。つまり、後者である可能性が高いという事である。
ともすると、魔王が盗賊団と繋がっている可能性が非常に強くなってきた。当初セメスが懸念していたとおりである。
「盗賊団を捕まえる手はずはどうなっているんだ」
リオンとモリスは今、港町の酒場にいる。どうやらこの街に仕掛けがあるようだ。周りには気を使っている(魔術を張っている)ので、少しくらいなら込み入った話をしても大丈夫だ。何より、モリスがここで話したいと言い出している。
「はい、まず盗賊団が好みそうな書物をこの街のトゥールの宝物展(この街の大富豪)に運びます。そして、次にその宝物展に盗賊団を誘い込みます。そこには罠があり、盗賊団を捕まえるという事です」
モリスが自慢気に説明する。もう捕まえた後のように余裕が伺える。
「そんなに簡単に上手くいくのか」
リオンは少し不安になる。今の説明だけでは盗賊団が盗みに来るとは限らない。
「はい。仕込みとして、書物は架空の書物です。開くとアラームが鳴り、周囲のものを眠らせる煙をまき散らす書物です。そして、書物は本当の歴史書という事にしています。盗賊団としてはメンツが潰されるのは癪でしょう」
と、そこで急に酒場が盛り上がり始めた。
とうぞくだん~はぎぞくのこ
ぬすんでぬすんで たみにかね
とうぞくだん~はおばかなこ
ぬすんだぬすんだ にせものを
とうぞくだん~はあたまよい
ぬすむぞぬすむぞ こうかんこ
男衆が酔った勢いで盗賊団の歌を歌い上げている。
少し説明すると、盗賊団はお金持ち、特に悪どい金持ちの金品を巻き上げて、貧しい人たちに還元する活動もしている。よって、貧乏人からは意外と支持が高い。そして、合間に重要書物なども盗むのだ。
「あれも仕込みです」
モリスは冷静に言った。
「どういうことだ」
リオンは問う。
「盗賊団がこの近辺に巣くっているらしいという情報は得てまして、そこで、この場所を選んでいます。あの歌は盗賊団が盗みをするように挑発してみているという事です。あわよくば本物の歴史書と交換する形を取ってくれれば儲けものです。最悪、盗賊団を取り逃がしても歴史書は戻ってきますから」
モリスは酒を引っかけながら説明する。
「そう、上手くいくかな」
リオンとしてはそのやり方には不安があった。
「挑発はともかくとして、交換するようなことはしないと思うな。特にこのやり方だと。敢えて違う方法を取った方が盗賊団としてもやりやすいだろう」
「ええ、交換は高望みです。もしそうなれば良いなぁというくらいです。結局は挑発が一番にやりたいことですね。歴史書を盗んでくれないと話が始まりませんので」
そう言いながら、モリスは酒を飲み干した。
「なるほどな」
リオンは一応の納得をする。
「では、次に行きましょう」
モリスは席を立った。リオンもそれについていく。どうやら次は問題のトゥールの所に行くようだ。
「これは、これはリオン様。こんな場所によくぞいらっしゃいました。私がこの家を保持していますトゥールです」
待たされていた客室にきたのは、でっぷりと腹の出た丸々顔の男だった。服装も煌びやかに、いかにも富豪ですと言った服装だ。
「初めまして、リオンです。今回はご協力ありがとうございます」
仕事柄、こういう人たちと会う機会も多い。毛嫌いする訳ではないが、しっかり仕事をしているのかは気になる。目の前の男は仕事はしていなさそうである。
「死ぬまでにこうしてドラグナー様に会えたこと、一生の思い出とさせて頂きます」
トゥールは恭しくお辞儀する。が、リオンは苦笑いを浮かべてしまう。
「別に、ドラグナーなど大したものではありませんよ。そんなに感激されても正直どうすればよいか」
「ははっ、リオン様はご自分の立場がよくわかっていらっしゃらないようですな。リオン様は歴代きっての名君であらせられますぞ」
モリスがごつごつした笑いを浮かべながらそう言った。
「それは言い過ぎだな。それに、もうすぐ引退だ」
リオンは肩身が狭い。
「だからこそ、貴重なのです」
一方でトゥールは喜びを吐き出した。
「さて、本題ですな。早速、現場を見させて頂きたい」
モリスが仕事の顔になり姿勢を正す。
「はい」
その意気を飲んでトゥールも姿勢を正した。リオンは元から姿勢を正している。
「ここが、宝物展です」
トゥールが案内したのは、本邸から離れたところにある、一般の人も入れるような美術施設だった。
「ここに、保管するのか」
リオンが不安になり聞く。
「はい。ここです」
一方モリスはどこか誇らしげだ。
「というより、こういう方法しか真っ当な理由を作れませんでしたので。当初はリオン様の協力は考えていませんでしたので。今回は盗み出されるのが目的なので警備に不安があっても問題はありません」
モリスが説明する。つまりは、歴史書を一般公開するためにここに運んだという事だろう。おそらく、本物(という設定)の歴史書がある証拠を見せつける為と、盗みやすくするため。一般には相次ぐ盗賊団の被害に不安がる市民を落ち着かせると言った効果もあるのだろう。
「なるほど。私は何をすればよい」
リオンとしての本題だ。一応、モリスなりに色々と練られた計画である。説明を聞いてて、なるほどと納得できる部分も確かにあるのだ。つまりは、方法を変えさせるよりは彼の方法に追従した方が効果が高いだろう。それなりに頭は切れるので、リオンの使い方も間違わないはずだ。
「公開で、歴史書の編纂をするというのはどうでしょう」
「名案ですな」
モリスの提案に食いついたのはトゥールだ。入場料を取る施設だ。客引きがしやすくなる環境は大歓迎と言わんばかりに食いついてきた。
「ドラグナー様の仕事ぶりを皆に示すというのは、とても良いことだと思います」
しかし、その浅はかさをあからさまに出さないのもこういう人種の得意とするところだ。リオンは極力無視をした。
「どれくらいが妥当かな」
時間を聞く。
「いえ、それはいつも歴史を編纂する際に使う時間で宜しいかと」
モリスもトゥールは無視しているようだ。
「では、二時間くらいかな。いつもは夜に行う事が多いが、昼の方が良いのかな」
「もちろん、その通りでございます」
トゥールが割り込む。
「ええ、昼の方が盗賊団も見に来やすいでしょう」
モリスが”リオンに”応えた。
「では、二時から四時の間に行うことにしよう。宜しいかな、ご主人」
ここで、初めてリオンはトゥールを見た。
「はい、もちろんですとも」
トゥールはリオン達の意図とはよそに、飛び上がるんじゃないかというくらいに激しく頷くのだった。
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