第二章 忍び寄る魔王の脅威 第三節 隠し事
三節はこれで終わり。
第三節 隠し事6
パンパンッ
食べ終わったのを見計らってケーテが手を叩く。
「次は普通にフルーツの盛り合わせです。
議題は、魔王が落ちた七人の中にいたのであれば、誰であるかを議論しましょう。私はコヨルドか、ヌードラ殿辺りかなと思っています。ただ、二人とも引っかかることがある。疑っているのはこれに、セメス殿とドメス君だが、ドメス君が平和的なので消去法でセメス殿という訳だ。
さて、コヨルドだが、やはり魔力の高さが目につくのが疑わしい。発言もかなり野蛮だ。魔王と言われても納得できる。ただ、ドメス君が言ったように自分を疑わしいと言っているのは引っかかる。ただ、かなり野蛮だし少なくても魔王サイドであるような気はしている。
ヌードラ殿に関しても、魔力が高いのが理由だ。意見も私と正反対。いや、むしろ一般の人と違う意見を言っており、魔王サイドである可能性はかなり高い。語気も荒めだ。ただ、発言自体は建設的で、しかも彼女は軍部にいる。常に誰かが傍にいるような状況で、騒ぎを立てずに成り代わるのは難しいだろう。操ること自体はできるのだろうが。
と、こんなところです」
ケーテが率先して流れを作る。
「私はケーテ殿が変な行動する前は、ドメス君とイサエル殿、ニムさん辺りを警戒していた」
意外にも、セメスが議論に参加する。
「イサエル殿は語気が不安定で、演技不足とも取れる感じだった。ニムさんもかなり攻撃的で、情に訴えかけるような発言が気になった。ただ、二人とも選挙に勝ち抜くには不安要素が多い。故に本命は申し訳ないが過剰演技とも取れるドメス君だった」
「ご意見、ありがとうございます」
ケーテが丁寧に礼をする。
「私は、この三人以外だとニムさんですね。さっき言っていた計算の点数が高いです。魔王としての要素も十分クリアしています。思うに、魔王はニムさんならいけると勘違いしたのでは。トルティ国の異形への態度を知らなかったとか。自治区の長という立場とか、普通にプラスと見ていたと思います」
「なるほど。ただ、そうするとニムさん本人から異形擁護の話が出るのは矛盾していませんか」
ケーテが少し考えてから突っ込んだ。
「ああ、なるほど。ただ、成り変わってから気付いてしまって、それを逆に利用しようとしたとも考えられますよね」
「まあ、あり得るな」
セメスが応える。
「なるほどなるほど、そういう感じですか。了解しました。では次に移りましょう」
パンパンッ
ケーテが一際高く手を叩いた。すると、コーヒーと小菓子が運ばれてくる。余談だが、コーヒーなどの豆類はまりょくのじゅんかんをよくしてくれる効果があると知られている。
「食事の紹介はいいですね。最後はこじれを無くしていきたいと思います。このままセメスさんに真っ向から敵対されても本当の魔王が喜ぶだけかもしれませんし。気分の悪いまま終わらせたくないもので。セメスさん。私の疑念を晴らしてくれませんか」
ケーテは恭しくセメスを見つめる。
「いくらでも、答えてやる。好きに質問しろ」
セメスは激昂したときに比べていくらか落ち着いている。
「攻撃的な発言。これは性格という事でしたが、間違えありませんか」
その質問を受けて、セメスは座り直した。ケーテを真っ直ぐ見つめ返す。
「ありません。中央で働く上で意見をはっきりと持っているという事が大切なことも影響してます」
極めて紳士的に話し出す。
「なるほど。では魔王に対しての発言、排除という事ですが、どれくらい魔王を憎んでいるのですか。私にはそれがわからない」
「この国に住む者なら、誰でも魔王は憎いはずです。私の両親は私を残して観測者という立場で魔族に殺されました。変な英雄感を持って散っていったのです。よほどの好奇心と自信があったのでしょう。子供を放っていなくなるほどですから。確かに私は成人していましたが。
こういった経験もあって、私は貴方の魔大陸侵攻には賛成できない」
セメスが過去を語り出す。リオンはもちろん把握している。
「なるほど。そんな経験が。そういう事ですか……。では、議論の時考えに没頭していたということでしたが、具体的に何を考えておいででした」
「各々が魔王だとしたときの発言ということで考えていました。何が有利で、何が不利になるのかを」
「それで、どうでした」
「やはり私が先ほど挙げた人々が怪しいかと。議論時点ではケーテ殿はあまり疑っていなかったですが」
どこか吐き捨てるように最後に付け加えた。
「そうでしたか。ありがとうございます。最後に愚かな質問ですみません。貴方は神に誓って魔王でないと言えますか」
「当然だ。神に誓って」
そこで、セメスは一度胸を撫で下ろす。少ししゃっくりが出たようにも見える。
「魔王ではない」
しっかりと言い切った。
「わかりました。ありがとうございます。質問を終わります」
ケーテはそう言って顎に手を当てて考え始める。しばし、沈黙が流れた。セメスもドメスも主催が黙りこくってしまったので、何もする事ができない。
しばらくして、ケーテが状況に気付きハッとする。
「これは、失礼しました。セメスさん、すみませんでした。質問でだいぶ疑いが晴れました。気分を害されたようなので、お詫びに私のコレクションから好きなものを一つお渡したいのですが」
ケーテは立って、扉まで歩き、恭しくお辞儀をして、セメスに謝罪の提案をする。
「いえ、そんなものは結構です。疑いが晴れたならそれで」
セメスはあまり乗り気でない態度だ。まだ引きずっているように見える。
「いえ、これはけじめです。こちらの気が済みませんので。是非」
ケーテが強く言うので、セメスは「では」と言って、立ち上がる。
「ドメス殿は少しお待ち下さい。コーヒーなどは申し付ければ運んできますので」
ケーテが残されるドメスに言葉を残す。ドメスはどこかあわあわとしながら頷いた。
このままだと見失ってしまう。リオンは分身を動かして追跡する。小さいので、気をつければ気付かれないはずだ。
二人は階段を上っていく。おそらくケーテの部屋に行くのだろう。コレクションが確かに散見していた記憶がある。リオンは道脇に沿いながらぴょこぴょこ移動した。身体が小さいので移動速度も速くしないと置いて行かれる。
そして、三人でケーテの部屋へと入っていった。途端、視界が消えた。暗い。入る瞬間は明かりが点いていたはずだ。
「どういうつもりだ」
セメスの怒鳴り声が響く。リオンは状況が掴めない。と、明かりが点いた。
するとそこには、手足を縛られているセメスと、その前にたたずむケーテがいた。
「セメス、いや、魔王。正体を現せ」
ケーテが厳めしく叱りつける。どうやら、ケーテの中でセメスは魔王であるとなったらしい。
「何を言っている。どういうつもりだ」
セメスは手足にまとわりつく魔法の蔓をどうにかしようともがくが、どうにもできない。よく見ると、魔法陣が足元に広がっている。
「まだ、演技を続けるか、観念しなさい。もう、貴方が魔王だという事はわかっている」
ケーテは確信をもって喋る。
「魔王に魔王と呼ばれる筋合いはないな。観念するのはお前の方だ」
と、セメスは意気込むも何も抵抗はできないようであった。
「ふふふふふっ、無駄です。正体を現さないのなら、このまま滅します」
ケーテはそう言って手を振り上げた。
「やってみろ、私は邪悪な魔力には屈さないぞ、魔王めー」
セメスが思いっきり叫ぶ。しかし、その叫びは叫びでしかなかった。ケーテの手が振り下ろされる。
と、その瞬間。リオンが顕現した。片手でケーテの手の動きを止め(見えない力がケーテを拘束している)、片手で魔法の蔓を振りほどく。ケーテは目を丸くした。
「リオン様、どうしてここに」
「何をやっているケーテ」
リオンが厳めしく叱咤する。セメスは手首を擦りながらケーテを睨む。
「貴様、殺してやる」
セメスがすごい形相で攻撃を仕掛けようとするので、リオンは先ほど弦をほどいた手でセメスの動きを止めた。
「セメス、落ち着いて」
「リオン様、こいつは私を殺そうとーー」
「わかっている」
リオンが片目をセメスに向ける。もう片目はケーテをしっかりと見ている。
「なぜ、リオン様がここに」
どうやら、ケーテには抵抗する意思はないようだ。リオンは手を下す。
「秘密の会合があると聞いてね」
リオンがそういうと、ケーテはハッとする。
「そうか、だから、昼に……」
ケーテは呟くように言った。
「その通り。それで、ケーテはどうしてセメスが魔王だと」
リオンは本題に戻した。
「リオン様、もう私も大丈夫です」
と、セメスが冷静な声でリオンに話しかける。リオンは「そうか」と言ってセメスの拘束を解いた。
「失礼しました」
セメスは詫びた。
「いい。それで」
リオンは構わずケーテに話しを戻す。
「最初から見ていたという事ですかね」
ケーテが聞く。
「ああ」
「そうですか、ならばある程度端折っても問題ないですな」
ケーテは落ち着きながら一息ついた。
「ああ、聞かせてもらう」
「ポテヘルについての説明は覚えておいでですか」
リオンは思い出す。確か、ワインに割っていた実だ。
「確か、珍しい実だという事だな。熱、例、風、木が詰まった食材という事だが、それがどうしたのかな」
何の変哲もない食材のはずだ。実はリオン自身もそれを使った料理を食べたことがあるが、別段なんともなかった。
「ポテヘルには、解明されていない部分があると言ったのを覚えておいでですか」
「確かに言っていたな」
「実は、条件を満たすとしゃっくりが出るという特性があるのです」
「しゃっくり」
リオンは言いながら思い返す。しゃっくりぐらいは誰でもいつでも出ると思うが、確かにセメスにしゃっくりが出たであろう場面はあった。しかし、だからどうしたのであろうか。
「はい、条件を満たし嘘を吐こうとするとしゃっくりが出ます」
「嘘を吐くと」
確かセメスがしゃっくりを出したのは、魔王ではないと言う時だ。
「はい、神に誓って魔王ではないと言う時にしゃっくりが」
「待て、それはしゃっくりではない」
セメスが反論する。
「まあ、待てセメス。条件というのは」
リオンが被せる様に話す。
「はい。摂取するときにアルコール分を多量に含んでいる事。感情的になった後の少し冷静になった時。少し前に心理的圧迫を受けている。そして嘘を吐いた時です」
なるほど、条件は満たしていそうだ。
「つまりは、焦点はしゃっくりが出たかどうかという事だな」
「出たと思いますが」
確信をもって言うケーテ。
「出ていない」
強く否定するセメス。
「セメスに聞くが、あの時少し溜めたのはなんでかな」
判断するのはリオンだ。
「はい、しっかりとした意思を示すために少し言葉を溜めただけです」
「正直、そう言われるとそう見えなくもなかった。ただ、一瞬半身が浮き上がったようにも見えたが」
リオンは冷静に問い正す。
「それは少し空気を吸い込んだからでしょう」
セメスに負い目は感じない。
「いえ、あの反応はしゃっくりです」
ケーテが食いつく。
「君は今冷静か、セメス」
ケーテを無視して気になることを聞く。
「えっ、あっ、はい。冷静ですが」
セメスには意図が伝わっていないようだ。
「いえ、少し興奮状態かと」
ケーテが言う。そこで、セメスはハッとした。
「ケーテに聞く。何故秘密裏に会合を開こうとした」
ケーテは少し黙った。しかし、リオンの目を見て観念したのか、話し出す。
「リオン様のようになろうと、リオン様を超えようと思いまして……」
ケーテは目を伏せている。
「つまり、自分で魔王を捉えようというのだな。愚かな事を」
リオンは察するも同情はしなかった。
「国を引っ張っていくにはリオン様を超える人気と、リーダーシップが必要です」
負い目こそあれ、言葉の奥には強い意志を感じる。
「わからなくもない。しかし、今は協力して魔王を退けるべき時。相談してくれればよりもっと効果的に行えたかもしれんぞ」
リオンは厳しく、優しく諭す。
「はい。それは……、その……、きっとそうかと」
ケーテは苦虫を噛みながら認めた。
「もう一つ。観測所の報告について、私に報告していないことがあるな」
事前に調べていたことだ。ケーテは重要な報告を怠っている。
「えっ、あっ……、はい。その」
明らかに目が泳いでいる。どうやらセメスを気にしているようでもある。
「構わない。それは何だ」
リオンはきつく、問い質した。
「その。実は、魔王がこちらに来たであろう観測が取れていないのです。今、何度も調べているのですが、それでも結界が開いた形跡がないのです」
「何、どういうことだ」
衝撃の事実である。
「その、観測は通例地表のもののみです。つまり、地表からの侵入はしていないという事だと思います。今、調べているのは海底の結界が開いたかどうかです」
「何故、早くに報告をしなかった」
「すみません。結果が全て出てないので早計かと思い」
色々と前提が覆る。グローバの仮説が正しいかもしれない可能性が高まった。あるいは、魔王が来ていないという事も考えられそうだが、それはありえない。前例を鑑みても。
しかし、なるほど、それでケーテはグローバを信用したのか。
「なるほど。わかった」
リオンは少し目を瞑って思考を整理した。
「ところで、ケーテもポテヘルは食していたな」
リオンは目を開けて明るく話しかける。
「えっ、はい」
ケーテは意味がわかっていないようだ。
「そうか、それならいい」
そこでケーテは気付いたようだ。
「では、これにてこの場はお開きとする」
リオンが場を終わらせた。
「えっ、しかし、魔王の件は」
ケーテが抗議する。
「考えてもみよ。魔王であるならば我々如きの拘束は跳ねのけるし、窮地は自分で脱出できる。それに、セ
メスは私には冷静に見えるな」
そこで、ケーテもハッとする。確かにリオンの言う通りだ。
「ケーテが魔王である可能性も無いと見る。同じような理由でな」
「はっ……、了解しました」
ケーテはそう言って項垂れた。
「まあ、私からの疑念も晴れました。後はドメス君が違えばそれで万々歳だ」
セメスはその言葉を残して出ていった。
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