第二章 忍び寄る魔王の脅威 第三節 隠し事
さてさて、中盤戦も盛り上がってきました。
第三節 隠し事5
パンパンッ
ケーテが手を叩く。次の料理が運ばれてきた。
「次は肉料理です。西の山脈の奥深くにいるライノという猛獣です。猛獣というだけあって肉が硬いのですが、それは上手く調理しています」
「これは、どこが硬いのですかね。まるでとろける様だ」
さっそく手を付けたセメスが感嘆の声を上げる。ケーテは満足そうだ。
「さて、議題ですが、流れでわかりますかね。セメスさんが魔王だとして、どういう部分が魔王かを話し合いましょう」
「ちゃんと全員やるんですね」
ドメスが聞く。
「ええ、私を含めて全員やります」
ケーテがニッコリと応える。
「セメスさんはリオン様の推薦人という強い立場があります。リオン様がまだ異を唱えていないところを見ると魔王が成り代わった気配はないのかと。前回魔王を見破ったリオン様がまだ異を唱えていないというだけで信じたいものですが」
ドメスが主張した。
「いや、むしろ魔王ならセメスさんのような場所に成り代わると私は思っています。正直な話」
「ほう、理由は何ですか。先のドメス君の主張も打破して教えて頂きたい」
セメスが応える。
「二つの可能性があります。一つはどういう方法かわかりませんが、前回の敗北を期にこのトルティ国に潜んでずっと人の皮を被っていたという方法。これはグローバさんの仮説によって私の中でだいぶ信憑性が増しました。もう一つは、成り代わるのが上手くなり、リオン様でも見抜けなくなっているという事です」
「そう言えば、グローバさんが魔王はずっと滞在できるようなこと言っていましたね」
ドメスが思い出す。
「私が思うにグローバさんは完全な白です。魔王でも無ければ操られてもいないでしょう。この仮説を発表するメリットが魔王側にありません。つまり、仮説は本当だと言っていいでしょう。グローバさんの過去の経歴を見ても彼が中途半端な学説を唱える人でないのは確かです。しかも、この大舞台で」
「つまり、一つ目も十分に考えられると。なるほど。しかし、いずれも推論の域を出ないのでは」
セメスが応える。手を口に当て始めた。
「ええ、それだけなら私もセメスさんを疑いません。一応はリオン様の推薦人ですし。ただ、気になる言葉が多過ぎるのです」
「気になる言葉」
セメスがすぐ聞き返す。
「まずは、最初の演説での排除という言葉。以前、この言葉の是非が騒がれて議員が非難された経緯があります。破壊的な言葉だと思っていいでしょう」
「それは、確かにそうだが、魔王に当てたものだ。そこを拾われると思わなかった」
セメスはいかにも意外だという態度を取る。
「そして、議論の時。少し魔王から気が逸れている発言が多かったように思われる。これは自身が魔王だからではないかと考えました。最初の演説で排除とまで言った割には意識が低過ぎる」
「なる、ほど」
セメスはあまり納得していないようである。
「そして、今回の会議での態度と言葉。破壊的な成分が多い気がしますな」
「う~ん。なるほど」
こちらは少し思い当たる節があるのか。実際、かなり攻撃的ではあるだろう。
「もちろん、中枢にいる、立場が有利なども魔王にとっては好都合です」
「では、反論します」
セメスは考えがまとまったのか、スッと切り返す。
「どうぞ」
「議論の時、魔王への意識が低いという事でしたが、私はかなり頭を使って誰が魔王であるかを考えていました。気が逸れているのではなく、その考えに集中したかったのです。もちろん、それを指摘された時に私もしゃべらないと他の方の推理が働かないと反省し、そこから参加するようにしましたが。
そして、今回のこの席での態度ですが。まず、非礼をお詫びします。しかし、これにもちゃんとした理由があります。それは、後でケーテ殿のターンが来るという事ですので詳しくはその時まで伏せますが、私がケーテ殿。貴方を疑っているからです。
現に、ドメス君への当たりはそこまで強くはないと思いますがね。あと、私は物事をズバズバいう性格ですので、それも相まってということはあるかもしれません」
「私を疑っている。いえ、まあ、そんな気はしていましたが」
ケーテがその言葉に目を細める。
「あの、すみません。お二方との意見。両方とも納得ができるので、私としては何とも言えませんが、二人がお互いに怪しがっているとすると、私はどうして呼ばれたのかなと」
ドメスが途中から自分も入らねばと一生懸命になっていたが、ようやくその機会を得たようだ。
「それは、一番に怪しんでいるというだけで、ドメス君も怪しい部分がないわけではないからですね」
ケーテが答える。
「そうですね。そろそろ次の議題に移りましょうか」
興が冷めたのか、ケーテがパンパンッと手を叩いた。
「次はセメスさんへの協力関係ですね」
そう話しだそうとするところで、料理が運び込まれてくる。そこでケーテはハッとする。
「と、その前に簡単に説明しましょう。生野菜です。口直しみたいなものです。ご覧の通りスティック状になっており、そちらの調味料をつけてお食べ下さい」
セメスもドメスも調味料をつけて食べてみる。二人とも目を見張って唸り声をあげた。
「美味しいですね。野菜の味が生きてくるし、調味料自体も特殊な味わいだ。この調味料は」
ドメスが気になって聞いてみる。
「そうですね。うちのシェフ自慢の調味料なのですが、詳しくは私も知らないのです。教えてくれませんので」
ケーテが一息つくようにして答えた。
「ドメス君には遊べと言った手前なのですが、私はリオン様の側近として遊びにも付き合うことが多かったため、実はそこまでそちら方面での願いはないです。そこで、協力を仰ぐとするとやはり施政への協力でしょうか。特にリオン様がやり残してきたことに関してはできる限りこなしていきたいですね」
「リオン様のやり残したことというと」
ドメスが聞く。
「先ほども言いましたが、選挙制度を変えるという事です。実はリオン様は今回から選挙制を変えたいという事を言っていたのですが、ブードー様に却下されてしまったようなのです。まあ、代替案がないからという事でしたが。だから代替案を皆で考えたいと。私が欲しい協力はそこですね。かなり大きなことを変えるので私一人では不安でした」
「なるほど。私は異存ないです」
ケーテが言う。
「私も、協力できます」
ドメスも同調した。
パンパンッ
「では、少し早いですが次の議題を」
と、給仕達が生野菜を運ぼうとするのだが、ドメスが運ばれる前にまだ残っているそれを一生懸命食べようとしていた。セメスもどこか名残惜しそうだ。
パンパンッ
「もう少し下げるの待ってやってくれ。すみません。配慮が至らず。少しゆっくり食べましょうか」
ケーテが申し訳なさそうにそう言った。ドメスが「そうですね、勿体ないので」と口に含みながら言っている。
「ドメス君。気持ちはわかるがマナーも大切にしてくれ。食事に失礼だ」
そんなダメ出しをセメスがした。わかったのかわかってないのか「あっ、ごめんなさい」とドメスが口に含んだまま応えた。セメスはあきれ返えり、ケーテと給仕達は少し笑っていた。
パンパンッ
食べ終わるとケーテがまた手を叩いた。
「まだ出るのですか」
ドメスが満足そうになって聞く。
「ええ、議論もまだありますしね。ただ、もうあとは軽いものばかりです」
ケーテはにこやかに応えた。
「私もだいぶ腹が膨れてきたので、それだと助かります。具体的には後どれくらい」
セメスも不安になって聞く。
「次を含めて四つですね。議題の数もちょうど」
ケーテが澱みなく応える。
「貴方はどこまでも賢しい人だ。まるで私に合わせて議題一つと料理を一つ運んでくるように提案していたが、今の話によると最初からそのつもりだったのでは。どこまでが用意なのか油断なりませんね」
セメスは警戒の目つきでケーテを見つめる。しかし、ケーテはあまり意に返していないようだった。
「はははっ、ばれましたか。しかし大した事は考えていません。もうわかると思いますが、私は将来ドラグナーになるかもしれない人たちと話がしたかっただけ。特に魔王が誰であるかを。でも、来る前からそれはお察しだと思いましたが」
ケーテが楽な様子で切り返す。
「私は、魔王が魔王でないことをアピールする為であり、場合によっては殺される覚悟もしていましたが。可能性として」
セメスが過激な発言をする。ケーテではなくドメスが強張った。
「ははははは。私は魔王ではありませんがね。それに殺すのは愚策でしょう。当選できるはずがありませんから」
ケーテは笑い飛ばすも、セメスの表情は変わらなかった。
そして、料理が運ばれてくる。チーズだ。
「何の変哲もないただのチーズです。強いて言うなら少し高級なものであるくらいでしょうか」
ケーテが目を据えて説明した。
「では、御二方。私を大いに疑って下さい」
前のめりになって二人をしっかり見据えている。
「ドメスさんから伺いましょう」
セメスがケーテを見つめながら提案する。ドメスは困惑するも、空気を飲み込んでそれに応じる。
「えーと、私が計算したところによると、この三人の中では一番他の候補者からの疑いが強いのがあげられます」
「計算」
ケーテが聞く。
「はい。疑いがある者を三点。優劣や順位がある場合は五点から一点で、上から五人。そして、ライチさん、ヌードラさん、コヨルドさん、グローバさんの点数を二倍にしたものです」
「なぜ、その四人は二倍なのですか」
「女性二人は単純に二倍前の点数が共に最低点だったので、ここは二倍にしなくても良いかもしれません。特にライチさんは。ただ、コヨルドさんとグローバさんは確実に魔王でないと思ったからです」
「なぜ、その二人は魔王でないと」
「さきほど、ケーテさんも言いましたが、自分を疑いの候補に入れてしまっているからです。つまり、魔王が自ら自分を疑わしいと言う理屈がありえません。というのも、魔王は必ずこの選挙に勝たなければならず。疑いの目は極力自分から遠ざけたいからです。
自分も疑うべき一人だと言ってしまうと、ある種この人はフラットに見ているから安心できると思える時もありますが、今回は魔王に勝たせてはだめで、魔王は勝たなくてはだめという状況ですから非建設的です。
まあ、コヨルドさんの場合は検査がなければ判明しなかったですし、半ば事故とも取れますが。後の議論でも自分がそっち側の人間だということはわかっていたようなので。
ライチさんを入れなくて良いというのは、女性以外が魔王という内容とこのコヨルドさんとグローバさんを倍化させたときの最低点はヌードラさん一人になるので。
やっぱり、ヌードラさんは一番疑わしくないという意味で倍加させた方が良いかもしれません」
「なるほど、それで計算すると。私な訳ですか。しかし、だとしたらどうして二人は自分を疑ってしまったのでしょう」
「二つ、可能性があります。一つは操られているから。もう一つは拡声器によって嘘がつけなかった」
「自分が魔王だから嘘がつけなかっただけでは」
「いえ、魔王はここに関しては嘘がつけるはずです。でなかれば簡単にバレてしまい、つまりは今までも簡単に見つけることができたはずですから。魔王はかならず嘘をつきます。故に、二人は魔王ではありません」
ケーテは少し考える。
「なるほど。しかし、そもそもその計算は疑いというあやふやなものからできているもの。疑いは疑いで正しいもの、確実なものではない。その延長戦にいるという事だけで私になるのですか」
「御名答です。これはあくまで参考値であり、確実性のあるものではありません。一つの根拠として捉えて下さい。そもそも私はこういう方法でしか候補を考えられなかったので」
ドメスが頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。
「なるほど。わかりました。これはあくまで私が魔王ならという話。その要素しっかりと胸に刻んでおきます」
ケーテは丁寧にドメスの意見を受け止めた。
「さて、セメスさんは私を疑っているという事でしたが」
ケーテがセメスに向き直る。かなり挑戦的な姿勢だ。何でも来い、といった感じである。
「はい。実はドメス君と同じ計算は私もしてまして、それが一つと」
ここで、一旦言葉を切る。
「はい」
ケーテが次を促した。
「この食事会です。明らかに怪しい。魔王について話し合いたいというのはわからなくもない。しかし、なぜ秘密裏なのかが問題だ。リオン様に知らせて会議の場を設けてもらえば良いだけだろう。断られたから三人で集まる。これはよくわかる。しかし、いきなり集まるのは不審以外の何物でもない」
「ああ、なるほど。確かにそうですな」
ケーテは「あっ、そういえば」という風な感じであまり疑いを受け止めていないようだ。
「反論はないのですか」
「ないです」
ケーテはきっぱりと答えた。
「はっ、今なんと」
あまりに予想のつかない答えが出てきたことに、セメスの声が裏返る。ドメスも口をあんぐり開けた。
「それで、終わりですか」
ケーテは涼しい顔だ。
バタンッ
「貴様、どういうつもりだ。なぜ反論しない」
セメスが勢いよく立ち上がる。ついつい言葉も荒くなる。
「いえ、その疑いはごもっともです。それを織り込んで開いていますから」
ケーテは動揺しなかった。
「だから、なぜ反論しない。どういった了見で開いたのだ」
「セメスさん落ち着いて」
あまりの激しさにドメスが割って入る。今にも襲い掛かりそうなセメスを自らも立ち上がって引き留めている。ドメスの介入で、セメスも少し落ち着いたのか、息を荒くしながらも座り直した。
「失礼。しかし、どういうことなのです。意味がわかりません。ご説明を」
セメスは言葉こそ冷静を装っているが、溢れる怒気を帯びている。
「はい。それですが、これは私の個人的な目論見であり、狙いがあることです。故に、お教えはできないのです。しかし、だから信じろというのも虫が良い話。その件についての疑いは甘んじて受け入れます」
ケーテは終始落ち着いていた。なんだったら給仕達までも落ち着いており、それがセメスを更に逆なでしていく。何かどす黒い足のパタツキがセメスの方から聞こえてきた。
トンットンットン
子気味よく不気味になるそれを聞いて、ドメスは肩を窄ませて身構える。
「ケーテ、貴様。私からの信用を失ったぞ。私は貴様を魔王と認定する」
声こそ冷静だったが、言葉が荒い。しかし、ドメスは予想よりも落ち着きのある形で良かったと安心する。
「致し方ありませんな。それもやもなし」
ケーテは顎を下げ、上目にセメスを捉えながらそう応えた。
パンパンッ
そして、ケーテは手を叩いた。
「次は甘いお菓子をご用意させて頂いてます。トールトーブッシュと言います。二種のシューを積み上げた
お菓子です」
言い終わるころにお菓子が置かれる。すると、セメスがすぐさま薙ぎ払った。
「魔王の出す料理など食えたものではない」
そして、そう吐き捨てる。
「セメスさん。食事に罪はありません。先ほどご自身でマナーとおっしゃったじゃないですか」
ドメスがその様を見て、怯えながらも注意する。
「ふんっ」
セメスは鼻を鳴らして顔を反らす。
「順番的には私に協力してくれることですが、この様子だと無理そうですね」
ケーテが苦笑いを浮かべる。
「ブードー様を殺すのを手伝ってくれと言うんだろう。誰が手伝うか」
セメスが顔を背けたまましゃべる。
「いえ、先ほどの魔大陸侵攻ですが」
「私は了承します」
ドメスが応えた。
「では、この件はそういう事で」
そこからケ-テとドメスの二人は黙々とトールトーブッシュを食べた。セメスはずっと顔を背けていた。
今後の活動のため、ご感想など頂けると幸いです。




