第二章 忍び寄る魔王の脅威 第三節 隠し事
議論も本格的になってきます。
第三節 隠し事4
パンパンッ
ケーテの合図とともに給仕達が次の料理を運んでくる。次の料理は魚料理のようだ。
「これはガーディー国付近で獲れるヒージという魚のポワレに栗のバターソースをかけて、カーダ(高級魚)を添えたものです」
「ヒージですか。珍しいですね」
ドメスが感心している。
「ええ。漁師でもあるドメスさんもあまり食べたことでない魚を選びました」
「ヒージは獲れても手がつけられないので、嬉しいです」
ドメスは嬉しそうにフォークとナイフスプーンを持って手をつける。
「さて、ドメスさんが喜んでいるところ悪いのですが、そろそろ本格的な話にしようと思います。これはあくまで仮の話です。仮にドメスさんが魔王であればどういった部分が魔王かを話し合いたい」
ケーテがことさら低い声でそう言った。ドメスの手が止まる。
「どういうことですか」
「そのままの意味です。この中に魔王がいるかもしれない。そこでもし、ドメスさんが魔王なら、どういった根拠があがるのかを話し合いたい」
「私を疑っているという事ですか」
「半分正解で、半分外れです。ここにいる全員が容疑者です。これはあくまで仮の話です」
「過剰演技、立候補理由があまりにもお粗末、議論でも安全な位置に入った、魔王が隠れやすい位置という感じですか」
セメスが入ってくる。
「はい、そんな感じです」
ケーテが笑顔で応えた。
「仮の話とは言え、気分が悪いですね」
ドメスが悪態をつく。
「一つ一つ整理してみましょう」
ケーテが主にセメスに向けて言った。
「まず、過剰演技について。これは議論の中でも話しましたが大体は不可能という話でしたね」
「ええ。しかし私は正直その可能性を払拭できていない。というのも、魔王はかなり人間らしい行動ができるようになっているという話だ。
ブードー様の拡声器が万能でないことは周知の通り。だんだん人間らしい言動ができるようになっているというのを逆算すると、そろそろ効力がなくなっていると、影響しなくなっていると考える事は十分できる。私達には今までの常識があるため、過剰演技をすればそれだけで疑いが回避できる」
「なるほど。理屈は通ってますね。むしろ、ドメスさんが魔王ならそうでしかないとも取れますね。ドメスさんの反論は」
「反論……。ええ、そうですね。私としてはこれは私自身の性格的な部分であり、断じて演技ではないという事です。私の性格は私の家族や知り合いが証明してくれると思います。それにブードー様の力は偉大です。慣れてきたとはいえ効力がきれることや、影響しないという事はないと思います」
「しかし、魔王の力はブードー様のそれを超える。それを考えればセメスさんの主張の方が通るように聞こえます」
ケーテもどうやら疑っているようだ。
「それはもう魔王本人か、ブードー様に聞くしかないでしょう。それを言われたら私にはこれ以上反論はありません」
「なるほど、わかりました」
ケーテは一息つく。
「では、立候補理由についてはどうでしょう。確かに私としても理由がかなりお粗末なもので、おそらく候補者中一番、自分勝手な理由だったように感じます。今日の議論の中でいくらか納得できる部分も出てきましたが、時間もありましたし後付けも考えられる。セメスさんはどう思いますか」
ケーテがセメスに話を振ると、セメスはドメスを目で捉えて話し始める。
「まさに、ケーテ殿の言う通りだ。性格と言われればそれまでかもしれない。しかし、あまりにも魔王に都合の良い性格に思える。魔王がわからないから、自分は魔王じゃないから立候補しました。それを黙認していいものかどうか。何か反論はないのですか」
セメスの抉るような目がドメスに刺さる。
「ええ、まあ。これに関しては責められても仕方がないかなとは思っています。正直、立候補するときからそれは覚悟していました。ただ、どうしてもこの選挙は魔王を当選させてはいけないという思いがあって。これは私なりの結論の形です。愚かなのは認めます。ですが、私は本当に魔王ではありません」
「なるほど、反論はなしですか。では、議論で安全な位置についていたことはどうでしょう」
ケーテはさくさくと話を進める。
「安全な位置と言いますが、私は必至で議論に参加していましたよ。その結果皆さんの言う安全な位置に入ったというだけです。そもそも魔王ではないので当然と言えば当然ですが」
「いや、セメスさんが言いたいのはそこではないのではないですか」
ケーテが指摘した。思う所があるのだろう。
「はい。議論内容です。他が自分の意見を、特に魔王に関するもので話を深めていく中、イサエル殿の事とか少し話を折るような発言もあった。一方で、話が荒れれば和を求めるという平和的な態度もあったが、それに隠れて結局どれほど議論にちゃんと参加できていたかは疑問が残る。ということです」
余談だが、十人の議論は記録用に録ってあり、必要があれば魔力石を通じて何度でも見ることができる。これは一般市民の人もそうだ。
「これを引き合いに出していいかはわかりませんが、私は頭の良い方ではありません。なるほどなって聞くことの方が多かったのです。実際セメスさんも感心して話すのを忘れていた場面があったはずです」
「しかし、私はその後ちゃんと議論に参加した。それまでだってずっと黙っていた訳ではないです」
「ともかく私は私なりに参加したまでです」
ドメスが少しいらいらしてきている。
「ちゃんと、参加していたという事ですね。では、最後に魔王が隠れやすい位置ですね」
ケーテはそれに気付いたのかどうか話を進めた。
「実際、一応は中央の管轄である渡船の仕事もしていて、記録もそれほどしっかりあるわけではない。知り合いもそこまで多くはないでしょう。そう言う意味での隠れやすい位置だと思いますが」
ケーテが続けて話す。
「それに関しても、私にはどうしようもありませんね」
ドメスはどこか吐き捨てるようでもあった。
「ドメス君のような人で過去に魔王が成り代わっていた人物がいるというのが何よりも大きいですね」
セメスが付け加える。
「でもそれは、同じ手を基本的に使わない魔王という性分からは外れてませんか」
ドメスが反論の糸口を掴んだ。
「考えるにもう手が無くなったのでは。それに全く同じ手を使わなかったわけではありませんし」
セメスが控えめに言う。
「私に成り代わって勝つ保証はあるのでしょうか。あればその話は通りますが、正直かなり厳しいのでは。しかも立候補理由が魔王がわからないからときてる。自分で言うのもなんですが。本当にそれが魔王がやる手ですか」
ドメスがかなり熱くなってきた。かなり声を荒げている。
「まあまあ、これは仮の話です。ドメス君が魔王だという前提で、だとするならばどういう手を打ったかです。それに、魔王がわからないという主張が今回の魔王の手かもしれませんし」
ケーテがそう諫めるが、最後の言葉が引っ掛かったのかドメスがキッとケーテを睨んだ。
パンパンッ
「話はこれまでです。次の議題に移りましょう」
ケーテがドメスから目を逸らすようにして手を叩いた。給仕達も慌て気味に動く。セメスは手で口を覆って考えているようだった。
「口直しに、最初ワインと共に出しました魔力の実ポテヘルを用いた料理になります。こういうムースにかけても合うんです」
そう言い終わると同時に給仕達がマッチの火をムースに近付ける。すると、ぼわっと引火し、目の前が光り、ぱちくりと目が開け閉じする。檜の香りが漂って、少し落ち着かせてくれる。
「さて、今度は明るい話題です。ドメスさんがドラグナーになった暁に、我々が協力できることを話し合いたい。というのは、こういう腹を割り合った話をした仲です。お互いにお互いの健闘を称えて協力的になれたらなと思いまして。異存はないですかセメスさん」
「ええ、まあ。内容にもよりますが」
セメスは口に手を当ててまだ考えているようでもあったが、ケーテの言葉で我に返る。
「さて、どうですか。ドメスさん。今度は貴方がドラグナーになりました。何をしたいですか。何を協力しましょう」
ケーテの態度が柔らかくなる。
「そ、そうですね。外交の強化は当然やるとして、やはりさっき言った他の立候補者の意見を取り入れていきたい。それを纏める協力をして欲しいですね。たぶん私一人では纏められない。そうですね。施政にあたり、二人には積極的に協力して頂きたい、ですかね」
考えながら言っているため、少しゆっくりと話すドメス。途中からは考えが纏まったのかスムーズに話した。
「それだけで大丈夫ですか」
ケーテが聞く。
「と、言うと」
ドメスが首を傾けた。
「ドラグナーともなれば、かなり自由に色々なことができます。今までやってみたくてできなかったことも含めてです。そういう事はないのですか」
「失礼ですが、私はドラグナーの地位を私物化するつもりはありません。あくまでトルティ国のために尽力します。それがドラグナーのあるべき姿かと」
「息が詰まりそうだな」
セメスがぽつりとそう言った。
「息が詰まりそう。どういうことですか」
ドメスが聞く。
「君はドラグナーになるという本当に意味を知らない」
「ドラグナーになる意味」
「ああ、ドラグナーになるということはその半生を国に捧げるという事です」
セメスが諭すように話し始める。
「ええ、だからトルティ国のためにーー」
「だが、それだと君が持つはずだった君自身の人生はどうなるかな。ドラグナーでなければ遊べただろう時間です」
「それは、ドラグナーになるという時点で諦めなければいけないものでーー」
「人間には無理だ。そこまで、半生を他人に捧げるなど。国のトップだからこそ、重責伴う存在だからこそ、息抜きはしっかりしなければいけないのだ。こういう料理だってそうだ。重要な仕事について、他人のために奉仕した見返りだ。こういうのは。時々、庶民の味を知らないでみたいな者もいるが、お門違いだ。これくらいの見返りは絶対に必要だ」
セメスはしっかりと言い切った。
「では、国民が私に期待をする中で思いっ切り遊べというのですか」
ドメスは当惑気味に聞く。
「そうですね。そうしないと身が持ちませんよ。リオン様だって息抜きするときはちゃんと息抜きする」
「ええっ。あのリオン様も」
ドメスにとってはかなり意外だったようだ。しかし、セメスの意見は正しい。
「ええ、あのリオン様も」
「詰まる所、これはドメスさんへの宿題ですかね」
ケーテはニッコリと笑った。
今後の活動のため、ご感想など頂けると幸いです。




