第二章 忍び寄る魔王の脅威 第三節 隠し事
議論前哨戦
第三節 隠し事3
パンパンッ
ケーテが両手を叩いて給仕達に合図した。
「次の料理を」
給仕達がその合図と同時に規則正しく動き出す。お辞儀して、歩き出して、盆を手に持ち、食卓に運ぶ。その間は三人とも言葉を出すのを控えていた。お互い牽制し合っているかのようだ。運ばれてくるサラダには目もくれていない。
「一応、こちらの食の紹介から始めましょう。と、言ってもこちらはちょっと質の良い食材を使った普通のサラダですが。ドメスさんが船舶業をやっているという事で、海藻を扱ったものにしてみました。それとも、食べ慣れているのでもっと違うものが宜しかったでしょうか」
ケーテが目つきを変えずに説明していく。
「いえ、こういう場所で食べるものですから新鮮な気持ちで食べられると思います。他の食材も質が良いという事なので」
ドメスは少し表情を和らげてそう話す。しかし、目の奥は笑っていない。
「それは良かった。では次の議題ですね。そのままドラグナーになったら何をやるかです。私は先程申しました通り、暗黒大陸の開拓です」
「私は外交の強化ですが、私のように国に貢献したいのに仕事が任されていない役職も多いはず。少しその辺も整理したいですね。後はドラグナーとは成れなかったけど、国を想い発言してくれた他の候補者たちの意見も積極的に施政していきたいです。時に異形の人達への配慮はしっかりしていきたい」
ドメスが少し積極的になってきた。こうして聞くと彼なりに色々考えていることがわかる。立候補理由の段階ではかなりドラグナーとしては危ういようでもあったが、話せば話すほど素養はありそうだという気になってくる。ただ、もちろん甘い部分も多分にあるようだ。
「君も夢物語を言うのだな。立候補者全員分の施政を行う。理想ではあるが、矛盾でもある。仮に君がなれば私やケーテ殿は君の言うドラグナーになれなかった立候補者だ。そしてケーテ殿は我々が否定的に考える暗黒大陸への進行を考えている。これだけでもかなり矛盾を孕んでいるようだが、これを全員の発言を元に並べるともっと矛盾は広がるだろう」
セメスが強く非難した。彼は結構現実主義者だ。口調も悪く見えるかもしれないが、元々意見は真っ直ぐに言うタイプなのだ。リオンとしてはその真っ直ぐさを買っている。
「施政は理想を求めて動くものだと認識しています。矛盾も結構。矛盾をしているからと考慮しない方が問題あります。まあ、私の考えですが」
ドメスにしては珍しく熱くなっている。今まで彼のこういった姿が見れたことがないため貴重だ。施政者の素養としてはこれもプラスだ。
「議論が熱くなってくれて私としては感無量ですね。ただ、食事の方もお忘れなく。食事が済まないと次の議題にも進めませんので。ところで、そういうセメスさんはどういう方針なのですかな」
ケーテが上手く話を進める。こういうところはさすがに年齢からの経験が生きているように見える。まとめ役としては三人の中では彼が一番向いているだろう。
「私は先ほども話しました少子高齢化対策。主に教育の面からの見直し。外交の強化。ドラグナーの選挙制の撤廃。それ以外だと、観測所の活動の縮小ですかね」
「ほう、観測所の活動の縮小。聞き捨てなりませんな」
ケーテが食いつく。
「先ほどの話と、コヨルド殿の意見を参考にそうするべきだと思いましてね」
セメスの目つきがきつい。
「コヨルド殿の意見。つまり魔族を刺激しない方が良いという事ですね」
ドメスが確認する。
「ええ。大規模に送る、戻すという作業をすればそれだけ魔族がこちらに来る可能性も高まるものだと思われます。刺激するのはやはり危険かと。調査データも今までのものがありますし、規模を縮小しても問題ないかと」
「トルティ国の住人らしからぬ意見ですな」
ケーテは熱くなることはなかった。
「どういう意味ですか」
むしろ、セメスが少しむきになっている。
「トルティ国は智を追求する国。それは何よりも優先されるべきことで、智を得るにあたって多少のリスクがあろうともそれを探求し、得る、勇気のようなものを持っている。コヨルド君を含め、そういった意見は国の面汚しだと私は思いますね」
「随分な言いがかりですね。智を追い求めた結果自らが滅んでも良いと。滅びれば折角得たであろう智も無駄そのものです。もっと現実的になれないのですかね。智を得るのは結構。探求するのは確かに国民らしいでしょう。しかし、死んでは元も子もない。違いますか」
「智を得ることが我々の至福です」
「分かり合えませんな」
ドメスが加熱する二人の議論を止めようとするまでもなく、二人は落ち着いてくる。ただ、見ているこっちとしてはひやひやする展開だった。
「ところで、さり気なくセメスさんはドラグナーの選挙制の撤廃を謳っていましたが、撤廃までを考えているのですか。その、つまり、縮小ではなく」
ドメスはさり気なく話題を変えた。
「ええ、撤廃までを考えてます。どうにもこれ以上選挙で魔王を振るい落とすのは難しいものに感じるので。代替案を考えるべきかと。それに縮小は意味がないでしょう。魔王が喜ぶだけです」
「魔王が誰かわからないという事ですね」
「ええ。怪しそうなのはいますが、確定を作れません。私が愚かなだけかもしれませんが」
「まあ、そうは言っても魔王でないだろう人をドラグナーにすれば良いので、無理に魔王を見つけ出す必要はないかと」
ケーテが入ってくる。
「それも、疑い始めるときりがないと言いますか、いざ投票となると尻込んでしまう。もっとも、今回私は投票する立場ではありませんが」
「何故、投票者の事を考えるのです。我々がわざわざ考える事ではないでしょう。我々は自分の白を主張すればよいだけの事」
「確かに、私もそれに集中できるから立候補した経緯はありますね」
ドメスがケーテに同調する。
「そうは言っても、普通は考えませんか。自分がどのように見られてて、誰が魔王だと思われてて。他人事のように考えられないはずです」
「まあ、確かに。他人事ではないですし、気にはなりますね」
今度はドメスはセメスに同調する。
「まあ、他人事ではないですな。ところで、選挙制はブードー様の意志ですが、それについてはどうするおつもりで。代替案もないという事では変更は難しいのでは」
ケーテは目を右に流しながら話を流し、新しい問題提起をする。
「代替案は国民皆で考えましょう。ブードー様がどのような人はわかりませんが、国民の総意なら納得してくれるかと」
「大変な労力になりますな」
「覚悟の上です」
セメスは静かに言い切った。
「ふむ、では次の議題に移りましょう」パンパンッ
ケーテはまた手を叩いて給仕に合図する。まだ少し残っていたサラダをセメスとドメスは給仕が来る前に平らげる。
「美味しいのですが、味わってられませんね」
ドメスがそんなことを呟いた。
次に出てきたのはスープだ。暖かいのか湯気が立っている。
「これはかなり特殊なスープです。最初は混ぜないで食することをお勧めします。向かって右側が熱々のスープ。左側が冷え冷えのスープです。面白いと思いませんか。全く違う温度なのに二つとも湯気が出ている。それとなく両方楽しんだら真ん中の仕切りを外して混ぜて食して下さい。また変わった味を楽しめると思います」
ケーテの説明が自慢げだ。おそらく本人も好きなスープなのだろう。ドメスは説明を聞いてかなり興味深そうに見ている。セメスはとりあええず、温かい方から手を付けている。
「さて、今度の議題はどういう人物がドラグナーとなるべきかです。どういう意見をお持ちでしょうか」
「簡単だな。リオン様を見れば自ずと答えが出る。強く聡明で人々からの信望も厚い。これ以上ドラグナーに向いている人もそうはいないだろう。私の目標だ」
セメスが饒舌に応えた。
「確かにその通りなのですが、私は逆にリオン様のようになろうとは思いません」
ドメスが発言する。ドメスは冷たいスープから手を付けているようだ。セメスがぎっと睨んだ。
「どういう了見だ」
「いえ、もしリオン様と同じでいいなら皆で頼んでそのままリオン様がやればよいのです。しかし現実にはそうはいかない。ドラグナーが変わるのであればやはりそのドラグナーに任せるべきだと思います。リオン様の影に支配されているようでは変わる意味がありません」
なかなか鋭い意見だ。リオンとしてもその意見には賛同できる。
「リオン様を愚弄するのか」
「そうではありません。じゃあ聞きますが、リオン様を踏襲すると言いますが、ドラグナーになってからもリオン様に意見を求めるという事ですか」
「全部ではない。だがそういう事もあるだろうな」
「それでは引退する意味がないのです。それだと力関係はリオン様が上になる。リオン様は聡明な方なので悪用はないでしょうが、これが定着しでもしたら大変です。ドラグナーのドラグナーたる所以が崩壊します。ドラグナーは国のトップ。ブードー様と話し合い国の施政を引っ張っていくのです。決して前職のドラグナーではありません」
どうやらドメスはただの優男ではないようだ。あのセメスが少し気圧されている。
「それで、具体的にはどのようなドラグナーがふさわしいと考えるのですか」
ケーテが軌道修正する。
「はい。リオン様はセメスさんのおっしゃる通りとても優秀なドラグナーでした。つまり、その影が付きまとってしまいます。そこで、一番に必要なのは強いリーダーシップだと思います。ああ、この人にならついていける。この人になら任せられる。そう思わせることができる人がドラグナーにふさわしいかと。
当然そう思わせるにはリーダーシップだけでは足りないでしょう。知恵、強さ、勇気。そういった要素も優れていなければなりません。ただ、一番はリーダーシップだと思います」
ケーテは仕切りを解いて、スープを混ぜ始めた。
「なるほど。リーダーシップですか。確かに必要不可欠ですな」
「ケーテ殿はどのように考えるのか」
セメスがケーテに向き直って問う。
「そうですね。リオン様のようでもあり、リオン様の影を払拭するほどのリーダーシップを強く持つ人」
そこで、ケーテは一度切る。
「さすがにそれは卑怯ではないか」
セメスが強く非難する。
「まだ終わっていません。両方であり、両方でないのです。つまり、私は国のための新しい施策を果敢に取り組んでいける人が良いと考えています。そのためにはこの人にならついていける、任せられる。そういった人気とリーダーシップが必要なのです」
「新しい施策というと、例えばさきほどの暗黒大陸の侵略ですね」
ドメスが確認する。
「ええ」
「なるほど、一貫してはいますね」
そこで一瞬全員が黙った。そしてその様子を見て、ケーテが切り出す。
「では、次の議題に移りましょう」
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