第二章 忍び寄る魔王の脅威 第三節 隠し事
三者会議
第三節 隠し事2
リオンは屋敷を出た後、少し間をおいてから本体は近くの民家に潜んだ。すぐに行動するとまだ目があるかもしれないから間を開けたのだ。民家には事情を話してある。魔王の事になるとトルティ国の住人は皆協力的だ。もちろん、リオンがドラグナーというのもあるが。
目を瞑り、意識を分身体の方に集中させる。分身体は忍ばせておいた植木にしっかりと隠れているようだ。別段変化はない。使用人たちが動き回り夕食の準備をしているくらいだ。ケーテはまだ食卓に顔を出していないようだ。そのまま暫く時が過ぎた。
少し、玄関方向が騒がしくなる。セメスかドメスが来たのだろう。微かに声も聞こえる。
「一体、何の用で呼び出したんだ」
セメスの声だ。
「それは後程、一先ずは食事を摂りましょう」
ケーテの声だ。
食卓は玄関からそこまで離れていないので、ぎりぎり聞こえた。程なく、ドアが開いてセメスが入ってくる。使用人に案内され座らせられる。セメスはあからさまに不機嫌な様子であり、かなり警戒心をむき出しにしている。
続いて、また玄関で会話が聞こえる。
「どうも、今晩は。今夜はお招き頂いてありがとうございます」
ドメスである。
「いえいえ、どうぞこちらへ」
こちらはスムーズに案内される。
ドメスが先に使用人に案内され席に座らせられる。ケーテはすぐには来なかった。
食卓は真四角に近く、それぞれが三角形になるように席がおかれている。机の中央にある椅子はおそらくケーテのだ。対してセメスとドメスは対辺の端に位置された椅子に座らされていた。それぞれそれなりに距離がある。
「ドメス君と言ったね。君はどう言われてここに来たんだ」
なかなか来ないケーテを待ちかねて、セメスが口を開いた。ドメスは緊張していたのか、それともセメスの態度が気になっていたのか、いらだちのこもった声にびくっとする。
「あっ、はい。その。最終選考に残った祝いに三人で一席設けたいから是非来てくれ、と」
もぞもぞと応える。
「仮にもドラグナーとなるかもしれない身だ。もっと堂々とできないのか。だが、やはり君もそうか」
セメスはいらいら全開でドメスに当たる。しかし、すぐに落ち着きを取り戻して考え込み始めた。
「すみません」
ドメスが申し訳なさそうにそう言ったが、セメスは既に思考の中にいた。その言葉を最後に食卓には沈黙が流れる。それからケーテが現れるまでの十分ほどは、物音だけが時折聞こえる静かな空間となっていた。
「申し訳ない。少し準備に手間取りまして」
ケーテはそう言いながら席に着く。ドメスはケーテが入ってくると軽く会釈をし、思考の中にいたセメスは扉が開く音と共に現実に戻ってくる。
「招いておいて、準備がどうこうというのはどういう事ですかね。別に時間より早かったという訳ではないと思いますが」
やはりというか、セメスが突っかかってくる。ケーテは特に臆することはなかった。
「これは面目ない。家でのんびりする機会も少なかったため色々整理していたのですが、開け広げ過ぎて戻すのに時間がかかってしまって。本当に申し訳ない」
ケーテは水を含んでから物腰柔らかく謝り、お辞儀をした。
「まあ、ケーテさんも普段は観測所の責任者という事で忙しい身ですからね、お察しします。しかし、使用人の数も多いようですが、そういった整理は任せないのですか」
ドメスは柔らかく受け止めつつも、自分の疑問点を指摘する。
「ええ、私の書斎内は清掃はさせますが、整理はさせないのですよ。なにぶん、重要書物も多いので。今やっていた整理も一人でやっていました。いやはや、普段からやらないとなかなか捗りませんな」
ケーテはそう言って、軽く笑って見せる。セメスはその様子を見て納得してない顔つきのまま、水を含んだ。
「それで、今日は何の用で呼び出したのでしょうか」
セメスはとげとげしたような口調で本題を切り出す。
「まあ、そう焦らずに。それはおいおいゆっくり話しましょう。まずは食事でも摂って空いたお腹を膨らませましょう。余計に待たせてしまったのでお腹も変に空いてしまったのでは」
ケーテは笑顔のまま応えた。セメスはすぐに言い返そうとするが、ドメスが割り込む。
「はい。私はこういう席に呼ばれる機会が少ないので、結構楽しみで来ました。立派なお屋敷なので、なんだか楽しみです」
「ははっ。あまり期待されると逆にプレッシャーですな。とは言え、未来のドラグナー様になるやもしれない方々に失礼な物も出せないので、とっておきのメニューは用意させてもらってます」
「うわっ、楽しみです」
ドメスの能天気な会話にセメスはあからさまに不機嫌な顔になる。とは言え、不満を漏らすほどの毒気も抜かれてしまったのか、顔をぷいと背けるような形で落ち着いた。
パンパンッ
ケーテが二回ほど手を叩くと、部屋の隅にいた給仕達が動き出し食事を運んでくる。ドメスはその様に感動したのかどこか目を輝かせている。セメスは相変わらず不機嫌に目を泳がせていた。
最初に出てきたのはお酒と、何かの実だった。
「これは、二十年物のブランデーです。そちらにある実を割って中身にある液体を入れてお飲み下さい。あっ、お二人ともお酒は大丈夫ですよね」
「ああ」
「はい」
返事を確認してからケーテは自分から率先して実を割ってブランデーに液を流し込む。蛍光塗料のように輝く液がブランデーに混ざり、一瞬ぼわっと火を噴き出す。セメスもドメスもその光景に目を丸くする。
「うわっ、凄い。これは何の実なんですか」
ドメスが感嘆を漏らす。ケーテは二人の様子を見て満足そうだ。
「ポテヘルと言います。希少な実で魔力を濃縮した液を持っています。このように引火性の高いものに触れると発火し、それと同時に冷たく涼しげな味わい、そうミントの様な清々しさを与えてくれます。ブランデーの香りを檜のような香りに変える効果もあり、熱、冷、風、木と様々な特性を与える魔法の食材としてその筋では有名です。まだ解明されていない謎が多い食材でもあります」
セメスもドメスも自身に用意されたポテヘルを眺めながら説明を聞く。聞き終わると、ドメスは自身のポテヘルを割りブランデーに流し込んだ。先ほどと同様にぼわっと発火し、檜の香りが漂った。
「本当だ。檜の香りがする」
ドメスは童心に返ったかのように目をキラキラさせながら興奮していた。一方、セメスは不貞腐れながら実を眺めたままだ。
「あまり、乗り気ではないようですな。まだ見ぬものとは確かに不安を抱くものでしょうが、害のあるものではありませんので」
ケーテが見かねて声をかける。
「害のあるなしではないですよ。私は食事を楽しみに来たわけではない。故にこういう余興のようなものに興味がないだけです」
セメスは飾り気もなく素直な気持ちを言う。
「そうですね。わかりました。では料理が一品運ばれるたびに話を一つしていくという形を取りましょう。その方がセメス殿も楽しめるようですし」
ケーテの言葉でセメスは姿勢を正した。自身の実を割り、ブランデーに流し込む。
「そういうことなら」
そう言って、ブランデーを一口含んだ。
「では、始めはこのトルティ国の現状についてどのような意見があるか伺って宜しいですかね」
ケーテがグラスをくるくる回しながらにこやかな目で、しかしどこか鋭い目で見る。
「この国の現状ですか。そうですね。人口の高齢化がやはり気になる所ではありますかね」
セメスはすぐに答える。
「ほう、まず出てくるのが高齢化ですか」
「ええ、追従して教育です」
「追従。その心は」
「高齢化の原因は少子化でもあります。研究熱心な人が多いのは国の特色として素晴らしいですが、結局のところそちらにばかり気がいって子孫づくりが疎かになっている。教育の面から是正して、もっと恋愛や子孫繁栄の利を意識させる必要があると思います」
「因みにそれはリオン様の考えですか、それとも貴方個人の」
「これは私個人のものですね。この国で生活していて思ったことです」
「ほう、生活していて思った」
「リオン様の考えでは外交を強化し、もっと国と国との連携を深め暗黒大陸への牽制を強化するべきだという事ですね。当然、それもするべきだと思います。後はこういう選挙の形をかなり危惧されていましたね。魔王も馬鹿ではないのでそう何度も退けられないと」
セメスは流暢に意見を述べている。
「なるほど、なるほど」
ケーテはかなり満足そうに頷く。
「これは私も言うのですよね」
ドメスがきょとんとしながら不安気に話に入り込む。
「はい。お願いします」
「えーっと、私は船舶業をやっているのでその立場からになるのですけど、外交を強化するってのは賛成ですね。一応、国御用達の仕事なのにその国の仕事が年に一度しかないのがどうにももどかしく感じていたのですよ。いえ、バカにされるとかではないのですが、単純にもっと国のために働きたいのです」
「確かに、外交が強化されれば国の為に働く機会も多くなるでしょうね。しかし、漁も立派な仕事だと思いますよ」
ケーテは気遣うように言葉を忍ばす。
「ええ、漁が嫌だという訳ではありません。国営の漁で、他の業者より安いものが手に入ると人気はありますから。ただ、少し虚しいのです。他の方、つまり国の中枢にいる方は皆価値のある仕事をしているのに、自分は小さなこの漁場ぐらいでしか働けていないというのが。実は選挙に立候補したのもそういうもやもやがあったというのもあるのです。上手く言えなくて言いませんでしたけど」
「そうだったのですか。正直、理由があまりにも消極的過ぎて私としては例え貴方が魔王でなくてもドラグナーにはなって欲しくないなと思ってましたが、今ので少し変わりました。機会があれば、その主張は皆さんに聞かせてあげた方が良いかと」
ケーテの言葉をドメスは少しハッとするように飲み込んだ。
「そうですよね。私もそう思います。実際出たはいいけど、本当に私でいいのかどうか。ここまで残ってしまったし。でも、イサエルさんじゃないけど国を思う気持ちは私にもあります」
「敵に塩を送るとは、余裕なのですね。ケーテさん。貴方はどうなのです」
セメスが感情のこもってない声で入り込む。
「私はコヨルド君はああ言ってましたが、観測者を増やした方が良いと考えます」
ケーテはセメスの態度を意には介さずに話し出した。
「その心は」
セメスはやはりどこか冷たい。
「正確には軍を送り込んでみてはどうかと思うのです。守ってばかりではなく攻める姿勢も大事かと」
「だいぶ過激な意見ですね」
セメスは少し息を吸い込んで吐き出す。態度が少し変わった。
「暗黒大陸を制圧しようとかそう言うのではないのです。ただ、功績として魔族と対等にやり合える、撃退できるといったものがあれば、より安心して生活できます。それに、大陸の一部でも制圧できれば魔術の調査も観測者の安全も確保できます」
「それはさすがに夢物語では」
ドメスが珍しく顔を歪ませて入り込んでくる。
「ドラゴンを殺しうる魔王がいる土地ですよ。しかも結界の影響がない十二分に力を発揮する相手のホームです。どんな強力な軍隊でも全滅だってあり得る」
「概ねドメス君の言う通りですね。まず成功しないでしょう」
セメスが少し呆れたように相槌した。
「お二方とも観測者の生存率が高まってきているという事実をお忘れのようだ」
ケーテは物怖じしなかった。
「確かに観測者の成果は高まってきているようだが、大軍を押し寄せたとなれば魔王とて黙っていないでしょう。違いますか」
セメスはしっかりと相手に言葉をぶつける。
「魔王は介入して来ないと踏んでいます」
ケーテもまたしっかりと応える。
「その心は。理解できません。観測所の責任者としての勘ですか」
ドメスも強く言葉を発する。
「ええ、概ねそんな感じです。観測者の成果が上がる一方で魔王の介入は一度もなかった。報告によるとその気配すらなかったとのことです。
考えてもみて下さい。魔族は暗黒大陸に閉じ込められているのです。つまり破壊的な衝動は持っているものの、そのはけ口が見つからない。せいぜい味方であるはずの魔族同士で殺し合うしかない。これは不毛です。
そこへ人間が舞い込めばどうなるか。魔族は正しいはけ口を見つけて歓喜する。これが魔王が動かない理由です。
魔王は絶対的な力を持っています。どんなに大軍が動いても負けるなどとは造作も思わないでしょう。むしろ同胞が歓喜し楽しむ姿を眺めるのだと思います。つまり、魔王の介入はないということです。
一方、こちらは度重なる調査経験に基づき、一定の魔族相手なら互角以上にやり合えるノウハウを手に入れました。十分に価値のあるやり方だと思います」
ケーテが説明すると、二人は唸って暫く黙ってしまった。
「確かに理には叶ってますね」
そして、ドメスがポツリとつぶやいた。
「それが、ケーテ殿がドラグナーになった際の政策となる訳ですか」
セメスが考え込むながら言葉を漏らす。
「ええ、そうですね。では、その話題にシフトしましょう」
今後の活動の為、ご感想など宜しくお願いします。




