第二章 忍び寄る魔王の脅威 第三節 隠し事
本文下部に中問題の答えあり(表参照)
第三節 隠し事
リオンがケーテが秘密の会合を開くと耳にしたのは。選挙が後半戦になって少し経った後だった。報告してきたのは何を言わそうセメスである。どうやら、勝ち抜いた三人を集めて意見を交わしながら食事を摂りたいという事であった。
「人目も知れずに候補者を集めるとは、怪し過ぎます。魔王が残っているとしたら彼しかいないでしょう」
選挙演説で魔王の排除を唱えたセメスとしては少し神経質になっているのだろう。かなりいきり立っていた。
「そうか、報告ありがとう」
リオンがそう言うと、セメスは「いえ」と一言だけ残してすたすたと歩いて行った。一応、選挙期間内はあまり候補者と絡まないようにしている。現状はドラグナーであり、殺されたら事であるし、親密になり過ぎれば票が偏ってしまうだろうからだ。
セメスの報告では三日後の夜に開かれるらしい。セメスの言う通り、秘密裏に行われるというのは少し変な話だ。最優先でケーテの裏を取る必要があるかもしれない。
三日間、全力を尽くしてケーテの裏を取ることとなった。ケーテの知人、ケーテの同僚、ケーテの家族。ありとあらゆるところから情報を集め、魔王である気配を嗅ぎ取ろうとする。しかし、そのほとんどからはいつも通りだという声が上がってきた。ただ一つを除いて。
ケーテの同僚から得られた情報である。どうやら、観測所の結果でリオンのところまで報告が上がってきてないものがあるらしい。観測所で観測したものは全てケーテを通じてリオンの元まで報告されることになっている。何か都合の悪いものでもあったのか。
同僚からはその情報がなんであるかは知りえなかった。というのも情報量が膨大なのと、三日という期間が短過ぎるのが原因だ。ただ、貰った報告の数と渡したはずの報告の数が一致していなかったという事だけわかった。
ケーテを通じて観測所の報告をさせるのは当然責任者であるからだが、同時に必要なもの不必要なものを一専門家として取捨選択し、整理しわかりやすい形でまとめてもらうためだ。故に、報告の数が一致していなかったとしてもそれはケーテの専門家としての判断でありそこまで問題ではない。
ただし、これはケーテとリオンの間ではどんな些細なものでも報告をするという取り決めがある。リオンとしてはどんな些細なものでも気になるのだ。それに、同僚の話によるとどうやら比較的重要な報告を怠っている節があるということだ。後少しあれば、その報告がなんであるかは割り出せそうだが、先に会合が訪れることとなった。
ケーテの屋敷はちょっとした民宿を思わせるような豪邸だ。魔術警備システムもかなり優秀で、泥棒の類もそう簡単に入り込むことはできない。簡易版のブードーの居穴と同じだ。正門から入らないとすぐに警備システムが反応してしまう。
まず、悪意探知術。範囲内に入った者の本性を暴き出す術だ。これが悪意に満ちた者なら警備分身体が発生し攻撃されてしまう。
次に、幻惑術。正門以外から入って来た者に自動的にかけられるようになっている。欲しいと思った物の幻が現れる術だ。視覚的なものだけでなく聴覚的なものにまで作用する術で、かなり厄介だ。
最後に、解除妨害術。上記二つの魔術を解除しようとすると発生する術だ。幾多の攻撃魔法が発生し、術者に襲い掛かる。かなり苛烈な攻撃が発生するため、普通に解除するのは無理だ。
他にも、屋敷内にいるメイドや執事は当然警備も担当している。いずれもエリートばかりだ。罠にかかれば当然彼らにも知られるところとなり、逃げることは非常に困難だ。この屋敷から何かを盗み出そうとする行為自体が愚かであると諭されるくらいだ。
ここまでケーテが警備を徹底するのは自身が観測所の責任者だからだ。国の重要書物もしばしば保管されてるし、魔族が邪魔しに来るとしたら真っ先に狙われる場所でもある。それを考えればこれくらいの防御は妥当なのだ。
リオンは考えた。自分が会合に出席することはできない。つまり、上手く潜んで盗み聞きをしなければならないのだが、警備は万全である。比較的正面から入った場合の警備は甘い事から、正面から乗り込んで上手く潜む必要がありそうだ。
そこで、リオンは会合が行われる昼にケーテ宅を訪れることにする。選挙のために抜き打ちで調査に来たという事にしたのだ。
「これは、これはリオン様。急なお越しで如何なさいましたか」
ケーテはかなり驚いたように答える。ケーテからすれば間の悪い訪問だろう。
「いや、念のため、残った候補者の中に魔王がいないかどうかを調べて回っているのだ。不快だとは思うが、協力お願いできるかな」
選挙期間中は立候補者は基本的に仕事はしない。選挙演説の類もこちらで許可しなければできないのだ。今回は全候補者に禁止を施している。家に行けば十中八九そこにいるのだ。
「ええ、そういうことでしたら。何をすれば宜しいのでしょうか」
断ればそのまま疑われることになるだろう。潔白であるのならば受け入れなければいけない。
魔王であるなら渋るところか。かなりすんなり受け入れている。別段変な反応もない。とりあえず、このやり取りでは白だ。
「普通に屋敷を案内してくれ。特に本人でしか知りえないようなことを説明しながら頼む」
簡単なことだ。成り代わっただけでは例えばどこで絵を手に入れたとか、いつ手に入れたとか、そう言う情報はわからないはずだ。もちろん、ここに住んで暫く経つだろうから、使用人とかに確認を取るようなこともできるかもしれないが、その辺は使用人たちに確認すればわかるはずだ。ともかく話に詰まるか否かが焦点だ。
「わかりました。ご案内いたしましょう」
ケーテの屋敷は地下を入れて四階建てだった。各十部屋くらいあるそうだ。客間、使用人部屋、家族部屋、物置、浴室、トイレ、台所、書斎等々。意外とまんべんなく配置されている。住んでいる人が多いため空き部屋は少ないのだ。
「ところで、ケーテ。私に隠している事や、報告していないようなことはないか」
説明を受ける道中でリオンは話を切り出した。
「隠し事ですか。いえ、特には」
平静を装って入るが、目が泳いでいる。
「いや、無いなら良いのだ」
とりあえず、この場はこれで終わらせる。少なくても会合の事は隠しているはずである。明かさない理由はわからない。しかし、今は言及せずに屋敷の説明を聞くことを選択した。
説明は時折あるインテリアや絵画まで滞りなくされる。二十人近くいる使用人の名前も全て答えていた。少しくらい間違えたり、詰まったりしてもおかしくないものだが、そう言う様子はなかった。使用人達との思い出までも語るものだからかなり時間が掛かる。意外とケーテはおしゃべりなのかもしれない。
説明が終わる頃には日が暮れ始めていた。
「如何ですかな。疑いは晴れましたでしょうか」
ケーテはあんなにしゃべっていたのにあまり疲れていなさそうだ。
「ああ、ああ、たくさんの話をありがとう。とても参考になったよ」
リオンは聞いていただけだが、終わった瞬間どっと疲れが沸き起こってくる。しっかり聞いていたつもりだが、所々夢現で聞いていたのかもしれない。少し頭がボーっとしている。
「それなら、何よりです。さて、実はわたくし今夜ちょっとした客人をお招きしていまして。そろそろ準備をしたいのですが、宜しいでしょうか」
会合の事だ。そう思うと気が引き締まった。居住まいを正す。
「そうか、野暮な時に来てしまったのだな。これは申し訳ない。しかし一体誰と会うのだ」
それとなく自然な流れで聞いてみる。ケーテは少し困ったように言葉を詰まらせる。
「あっ、いえ、ちょっとした知り合いです。お気になさらず」
目線が合わない。いかにも隠し事してますよって感じだ。もちろん、内容は知っている。先ほどもそうなのだが、知っているだけに何故隠すのかが気になる。別にリオンに知られても良いはずだ。会合を行うこと自体は別に禁止されていない。
「そうか。まあいい。では、お邪魔させてもらうよ。その前にトイレをお借りして良いかな」
別にトイレに行きたいわけではない。
「ああ、はい。どうぞ。場所は覚えていらっしゃいますか」
「ああ、ちゃんと覚えている」
「では、玄関でお待ちしております」
トイレに行くのはもちろん潜入の為だ。食事処もしっかり把握している。その近くに分身体を忍ばせておけば、それで大丈夫なはずだ。確か、食事処の角に植木鉢が置いてあった。そこに小型の分身体を潜ませよう。
最初は使用人の一人に化けようかとも思ったが、どうやら顔と名前を完全に把握しているようなのでそれはできなさそうだ。小型の分身体はかなりストックを消費するので、使い辛い面がある。残りストックが少ないと臨時の対応がし辛いという事だ。もちろん、数の上ではこちらが上なので、そうは言ってもすぐにはやられることはないだろう。
リオンは葉の陰に分身を潜ませて玄関へ戻る。ケーテは靴べらを持ってにこやかに待っていた。
「では、お邪魔した」
「いえいえ。これで私への疑いが少しでも晴れるのであれば良いのです。因みにですが、リオン様は今魔王の候補は誰が一番と考えておられるのです」
聞かれてリオンは少し言い淀む。
「それは、残った三人でという意味かな」
念のため確認を取る。
「はい。そうですね。気兼ねなく、私なら私で構いませんので」
リオンは少し考える。そのまま素直にケーテだと答えるべきかどうか。魔王だとすると警戒されてしまうかもしれない。警戒をさせない方がぼろが出やすい気がする。それに、ケーテだと断定している訳でもない。とは言え、セメスやドメスを引き合いに出すのは理由を言うのが難しい。
「正直、三人の中にいる可能性は低いと思っているよ。今回の調査も念のためのものだ。そこまで疑っている訳でない。ただ、それでもどうしてもというのであれば、申し訳ないがケーテ、君だ。一番怪しいから一番始めに訪問したというのもある。ただ、だいぶ記憶は鮮明なようだし、やはりいないのかもしれないとも思っているよ」
これくらいでどうであろうか。大体は本当の事である。ケーテへの疑いが本当になくなるのはこの後の会合と観測所の報告の件が晴れてからだ。
「つまり、まだ残りの二人へは訪問していないのですね。参考までに、二人の印象も聞いておきたいです」
自分が一番疑わしいと言われている割にはあっさりと流している。リオンは少し首を傾けながらも質問に応える。
「あ、ああ。セメスは私の推薦人という事で元々信頼している。選挙が始まってからも別段大きく変わったような様子はない。よく知っている人物だけにそこの辺りは安心している。ドメス君はやはりあれほど平和的でおっとりしたようなタイプが魔王である可能性は低い気がする。魔王なら少なからずもっと攻撃性を孕んでいるはずだ。消去法でケーテ君という事だ」
「なるほど。リオン様は過去に魔王を暴いた経験をお持ちだ。とても参考になります。ドメス殿が過剰演技しているという可能性はないという事でしょうか」
ケーテは少し突っ込んでくる。
「今までそういう形で魔王が成りすましたという事態が起こった記録はない。そもそもブードー様の術もある。簡単にはできないのではないか。演技は演技。本性がちらちらと見えてきてもおかしくないはず。もっとも、魔王が慣れてきており、ブードー様の魔術が効かなくなったとするならばその限りではないし、どこまで影響あるかは難しいところだと思うが」
本当ならブードーに確認を取りたいのだが、この期間に会いに行くのは危険だ。それに会いに行ってもブードーが素直に答えてくれるかもわからない。そういうところがあるのだ。ブードーは。
「そうですか。なるほど。とても参考になります」
ケーテは手を顎に当て真剣な面持ちで考える。そして、しばらく沈黙する。リオンはその様子をただ見ていた。と、急に気付いたように顔を上げる。
「これは失礼。私としたことが、リオン様を前に。私はリオン様を尊敬しております。もし私がドラグナーになるのであれば、リオン様を超える素晴らしいドラグナーになることを誓います」
ケーテは力強くそう言った。リオンはそんな様子を見て疑いを持つのが少し馬鹿らしくなってしまう。ケーテは真剣に魔王と向き合っている。そんな気がしたのだ。
魔王は選挙に、人に化けることに慣れてきている。もし、ケーテが魔王であったとするならばこれは一大事だ。あまりにも人間臭過ぎる。こういう演技ができるのだとすると、過剰演技もできてしまう気がしてしまう。もちろん、魔王は一人だ。そういうことはあり得ないと思うが、色々と考えさせられてしまう。
前回は実際警戒するトルティ国民をほぼ騙しおおせるくらい魔王は慣れてきている。つまり十分に人間臭さを出すことはできるのだ。リオンが前回気付けたのは、冷静に発言を整理したときに引っかかる言葉がいくつか出てきたからだ。それでも確信していた訳ではない。
身を捨てる気持ちでぶつかってみただけだ。それで魔王でないなら、それで良し。もともとその人が優勢だったのだからそのまま上手く収まる。劣勢である自分がその場でできることを最大限試してみただけなのだ。
実際、魔王だとわかって安心した気持ちよりも焦りの方が大きかった。もうすぐ当選しそうだったという事実と、皆が騙されていたという事実。その頃からリオンの中ではこの選挙の事を睨んでいたのだ。そして、その対策がセメスという枠であり、今までやって来た選挙法なのだ。
この三人にはいないかもしれない。そう思いたいが、そうさせてくれない過去と脅威。蓋を開けるまでは安心はできない。
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↓↓中問題の答えです↓↓
総得点ー得票=プラス得点ーマイナス得点になることに注目
さてさて、ケーテ君何を隠しておるのかね?
ご感想など、お待ちしています。




