第一章 英雄の誕生 第一節 エロい事ばかり考えてたらいつの間にか性転換することに
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第一節エロい事ばかり考えてたらいつの間にか性転換することに2
ムフッ、ウフッ、クフッ
コルットはもぞもぞと身体をよじってなんとか反動をつけようとする。ゆら、ゆら、と網が左右に少しずつ動き、その動きに合わせて身体を曲げて、更に大きな振り幅を作る。ここまででだいぶ体力を消耗して、腹筋と背筋が吊りそうになる。だが、ここで休んではいけない。ここで休めばまたゼロからのスタートだ。振り子に乗って思いっきり身体を屈曲させる。
と、枝に巻かれた網の塊が視界に入り、段々と迫って来る。そこでこれでもかというくらい大きな口を開ける。ガブっ。思いっ切り塊に食らいつく。一瞬、全身が安堵のために震え上がる。だが、問題はここからだった。顎の力だけで身体を支えなければいけない。いや、それだけではない。顎を閉じる反動で一瞬身体を浮かせ、縄の急所に噛みつき直すという大技が待っている。
フゴッ
口を閉じたコルットは上に行くことはなく、下へと急降下する。流れを正していた血液が、待ってましたとばかりに逆流を再開する。血が頭に回っていき、コルットは一瞬放心する。一体今日何度目になるのだろう。そんなことを考える一方で、もう一つどうしても抑えきれない衝動が顕現した。
「無理だぁああああ。誰か、助けてくれぇええええ」
叫びはただ虚しく響き、静かに木々に吸収された。はずだった。
コルットの叫びが影響したのか、草と木しかなかった空間が急に歪み始めた。時計回りに渦を描いて周りの空間が吸い寄せられる。と思ったら、反時計回りに空間が戻り始め、そこから一人の少女が現れる。
「あれっ、森の中」
見た目は十七、八くらいで、身長はそんなに高くはない。目はくりくりと大きく、顔立ちは端正で服はゴスロリ系だ。ラインがしっかりしており、スタイルも良さそうだ。
「だぁあああすかったぁ」
少女の見た目の良さはさておき、今はそれどころではない。コルットは半ば涙目になりながらそう言った。放っておくとこのまま号泣する勢いだ。
「えーっと、何してるのですか」
少女はコルットの泣き顔に困惑の色が隠せない。いや、そもそも何の意図があって青年がさなぎのように吊るされているのか。純粋な疑問が溢れ出る。
「悪魔に、悪魔に捕まって、捕まって、捕まったんだ」
半ばしゃくりあげるようにコルットは応える。少女は悪魔という言葉にびくっとした反応を示す。
「悪魔、がいるのですか」
自分は悪魔のいる場所に転移してしまったのか。少女はそんな不安を口にした。
「とりあえず、助けてくれ。ともかく助けてくれ。頭に血が上る。うっ血する。血管が破裂する」
だが、コルットにとってはそんなものは関係ない。とりあえず一刻も早く安寧の大地を踏みしめたいのだ。
「ああ、はい」
少女はそう言うと、指をパチンと鳴らす。すると、身体を縛り付けていた縄が急に緩み始める。そのまま身体は縄から解放され、コルットは頭から地面に落ちた。
「いぎっ」
「あっ、ごめんなさい」
ぎりぎりで手を出したが、しっかり頭部を打って頭を抱える。少女はその様を見て。少し申し訳なさそうに謝った。
「いや、ありがとう。助かったとよ。マイスイートゴッド」
「マイスイートゴッド」
頭を押さえながらもコルットはニコニコと明るい声で話しかける。少女は泣き叫んだり、痛がったり、ニコニコして意味不明な言葉を繰り出すコルットに理解が追いつかない。
「君は僕の女神様さ。死の窮地から救ってくれた運命の人。僕と君はそう、結ばれる運命だったんだ」
「運命」
コルットは意気揚々と語り出し、少女との温度差がいよいよ本格的にずれてくる。コルットは少女の手を取り、その手にキスをした。
「そう、運命です。我が姫よ。私は貴女との愛にこの身を捧げましょう。さあ早速、契りを私と」
コルットはそう言いながら少女の胸に手を伸ばす。すると少女はひゃっと言って、手の平を前に壁があるかように出す。と、コルットの手は見えない障壁にぶつかって弾かれる。コルットはそのまま木まで吹っ飛び、背中を打ち付ける。コルットは何が起きたか理解できずに、目をぱちくりさせる。
「ふぉ、おっ、おっ」
コルットは理解が追い付かずに意味不明な言葉が漏れる。そして、手に背中にジーンと痛みが広がってきて、思考がクリアになる。
「いてぇ、何が起こったの」
「あっ、その、すみません。急に変なことされるので」
少女は少し申し訳なさそうにそう言った。魔術だ。それだけはコルットにもわかった。そう言えば少女がここに現れた時も、縄を解いた時も魔術らしき方法を用いていたように思う。
「我が愛しの君は魔女でしたか」
魔術師はこの世界に普通に存在する。とは言え、この部族の集落ではそう数は多くない。魔術師が多いのはプル国でも南西に位置するドルト王率いる魔術地区だ。もしかしたらこの少女は魔術地区から来た敵かもじれない。そんな不安がコルットの頭に過ぎる。
「助けてくれて、ありがたいが、その、どこから来たのかな」
よく見たら、風貌もこの地区のものらしくない。どちらかと言えばこの地区では服を着るというより、簡易的な布を巻き付け、大事なところだけ隠すような露出の高い服を好む者が多い。
「あっ、はい。訳あって、人を探しに来たんです」
少女も察したのか、端的にここに来た訳を話す。しゃべり方からするに敵軍のスパイの類ではないようだ。
「人を。部族の地区に知り合いでもいるのかい」
先にも説明したが、プル国では五つの地域がドラグナーの座を狙い、争い続けている。そこには同じ国だからという意味での結束はほとんどなく、地区全体で他の地区を牽制し合うような仲なのだ。他地区に知り合いやら友達やらができることはまずない。百歩譲って、家族を殺されたからと言って復習を掲げる人はいて、そういう人ならば探し人がいるのは頷ける話だ。
「復讐かい」
コルットはまだ戦争で身内を亡くした経験はない。というより、孤児なので本当の家族はいない。とは言っても、ゼーケの家族や、あの恐ろしいゼーケ本人が戦争で亡くなったらと思うと幾らか怒りがわいてくる気がする。お国柄他地区へのヘイトは溜まりやすいというのもある。少女は見たところの年齢から恋人が殺されたということはないだろう。あるとしたら家族だ。とすると、少女も孤児なのかもしれない。
「あっ、いえ、そういうのでは」
少女はすぐにそう否定するも、どこか挙動不審ではっきりとしない。時々コルットの方をちらちらと見て、何かを考えているようだ。
「えっと、スパイって感じはしないからいいけど。何か僕で手伝えることあるなら手伝うよ。助けてくれたし」
コルットは話なら聞くよという感じで気楽な様子で話しかける。ワンチャン、仲良くなってあんなことやこんなこと等と考えもするが、先ほどよりは幾らかフラットになっている。純粋に手助けをしたいという気持ちが働き始めていた。
「ああ、えっと、そうですね。現地の人が協力してくれた方が捗るので、お言葉に甘えさせて頂きます。ちょっと、話が長くなりますけどいいですか」
少女が居住まいを整えてそう言う。その目はしっかりとしていて、強い決意を感じる。自然とコルットも背筋を伸ばした。
「はい、どうぞ」
「まず、私はドルト魔術地区のテンタティブドラグナーのシーミャです」
テンタティブドラグナー。仮のドラグナーという意味だ。この世界は三つの国と、中央に暗黒大陸を持っており、それぞれの国はその土地に住むドラゴンを守る人を一人選出することになっている。それがドラグナーだ。これは暗黒大陸に住まう魔族からドラゴンを守るためだ。ドラゴンは世界の均衡を司っており、一人でもかけてしまうと均衡が崩れ魔族の活動が暗黒大陸に抑えきれなくなるというのだ。
ドラグナーを輩出する理由は明瞭で、ドラゴンはドラグナーと共にいることで数倍から数十倍の力を出せるようになるからだ。封印しているとは言え、高位の魔族が時々ちょっかいを出しに来る。特に魔王クラスともなるとドラゴン一人では手に負えないのだ。
プル国では先に説明した通り、現在正式なドラグナーは決まっていない。つまり、一番魔族に狙われやすい土地だということになる。それを加味して各地域から選りすぐりの戦士を仮のドラグナーとし、ドラゴンの周辺に侍らせているのである。因みにドラグナーは一人しか制約が出来ないらしい。プル国のドラゴンプルードは力の竜と言われており、ドラゴンの中では力が一番強いとされており、そのためにこのような代行的措置でも魔族に対抗できるのだ。
「て、テンタティブドラグナーって、めっさお偉いさんじゃん」
コルットは驚きを隠せない。なぜドラゴンの近くで侍っている人がこんなところで人探しなんかしているのか。全くもって理解不能である。それほどに重要な人物なのだろうか。もう一つ、テンタティブドラグナーということは少女はこの国一番か二番くらいの魔術の手練れということである。目にした魔術の類があるにしても、なかなかに信じられないほど少女は若すぎる。
「はい。今貴方の目の前にいるのは私の分身です」
「ぶ、分身」
なるほど、国トップクラスの魔術の手練れならそれくらいできるかもしれない。尚且つ、それならこんなところにいる理由もわかる。
「えっと、それで、私は今英雄を探しています」
「英雄」
コルットの頭は完璧にパンクした。分身までならまだ理解できたが、英雄とあっては意味が分からな過ぎる。いや、訂正しよう。テンタティブドラグナーというほどの人が探す人物なのだから英雄というのはわかるような気はするが、新しい情報が多過ぎて整理できないのだ。少女、いやシーミャと名乗る者から、ちゃんと説明して貰わないと、手伝うどころではない。いや、そもそも手伝えるのだろうか。
「はい。えっと。貴方はこの国についてどう思いますか」
コルットはさらに頭を捻る。英雄の話ではなかったのか。とは言え、こちらの方がしっかり応えられる話だ。自然と頭が回る。この国。この国か。
「そうだな。戦争ばかりってのは良くないとは思うよ。悲しむ人がたくさん出るからね。プルードの意志 とは言え、どうにかならないかって思うことはある。けど、仕方ないんじゃないかな。どこかの地区がさっさと勝って、ドラグナーを決めるしかないんだから」
孤児として育って、やはり思うことはある。ゼーケの家族がどうということではなく、やはり親がいないというのは寂しいのだ。嫌にも孤独を感じることが多い。こんな戦争早く終わってしまえと、何度も思ったものだ。コルットが兵に志願しないのは単に力が無いというだけではない。そういう反戦的な気持ちが根付いているからなのだ。ただ、この国では、いや少なくても地区では軟弱者のレッテルを張られることになるのだが。
「まさにそこなんです。その通りなんです。。魔族の襲来を考えても、この国に広がる悲しみを消し去るためにも、ドラグナーの決定は必須なのです。でも、本当は皆そう思っているはずなのに、戦争は止められない。それがこの国の現状です」
シーミャが熱くなって自論を語る。コルットは納得しながら聞くが、やはり英雄という言葉が気になってしまう。
「この国の戦争を終わらせ、ドラグナーの決定に一役買う英雄。それを探しているんです」
なるほど、シーミャの言い分が整理できて来た。つまりはシーミャは戦争を終わらせたくてそれが出来る英雄を探しているということだ。そして、その英雄がこの部族地区にいるかもしれないということなのだろう。だが、シーミャは本当にそれでいいのだろうか、部族地区にその英雄がいるということはドラグナーも部族の誰かになる可能性が高い。それこそその英雄とやらがなる可能性が高い。
シーミャは仮にも魔術地区の人間だ。しかもテンタティブドラグナー。地区の代表核の一人だ。それを押しても英雄を探し出す意味とは。もしかしたら、シーミャは本当に自分と同じ孤児なのかもしれない。
「私の水晶では女性の姿が映りました。軍に女性の将軍はいますか。それか女性の武人で名を馳せている人とか」
コルットは一般市民なのであまり軍内部の事は詳しくないが、女性の将軍がいるということは聞いたことがない。同じように女性の武人も話に聞いたことがなかった。そもそも、この部族地区では争い事は男性がやるものとして、そういう類の話に登場するのは皆男性だ。そして、大抵は軍に所属することになる。自分の中では悪魔のように強いゼーケという化け物がいるが、まさかとも思う。
「いや、聞いたことない。強い人は皆軍に行くから、調べるなら直接軍に行った方が良いかも」
コルットは自分にできることは少なそうだと悟る。シーミャもそれを察したのか、前に出ていた姿勢が控えめになり、ついで程度にぽろっと言葉を足す。
「名前はコルットというらしいのですが」
その言葉を聞いた瞬間コルットは固まった。名をコルット。自分と同じ名前だ。いやしかし女性と言っていた。同名の人違いだろう。と、息を吞んで思考を巡らせていると、その異変を感じたシーミャが言葉をかけてくる。
「どうしたのですか。名前に心当たりでもありましたか」
「いや、その、ある。というか。俺と同じ名前なんだなぁって」
「えっ、同じ名前」
シーミャは目を見張り、コルットを舐めるように見回す。そして、手を顎に当て考え込み始めた。
「でも、そうか、だからここに転移を」
ぶつぶつと状況を整理し、何かの納得を得た様だ。もう一度鋭い目をコルットに送り、うんうんと頷いてみせる。
「えっと、コルットさん。理想の女性のタイプってどんな感じですか」
シーミャは唐突に質問を切り出す。
「えっ、理想のタイプ」
コルットは急なことに少し狼狽える。が、すぐに頭が回転し始め、如何わしい思惑が働き始める。
「えっと、君みたいな人かな」
英雄がどうとかは知らないが、尋ね人が自分である可能性をシーミャは考慮している。性別の違いあれど、これは運命を切り出して親しくなるチャンスなのだ。考える素振りをして右の空を見つめ、左目でじとっと流し見て言う。
「冗談はいいです。真面目に聞いているんです」
シーミャは真剣な眼差しそのもので、窘める様に視線を突き刺す。コルットは固まり、如何わしい思いを打ち切って観念する。
「いや、その、君もタイプなんだ。なんだけど、理想だけを言えば、エロい人かなぁ」
シーミャに気圧されて素直に言ったが、少し後悔する。女子相手にエロい人が好きは好感度が下がってしまう。
「そういうのじゃなくて、見た目的なってことです」
冷静にスパッと何でもないという風に切り捨てられる。コルットは少し顔が赤くなった。受け答えをミスったというのもあるが、後悔した感情まで明後日の方まで行ってしまったからだ。
「あっ、はい。えっと。美人で胸がDカップくらいで、スタイル抜群の人です」
人並みの理想像だが、これでいいのだろうか。だが、本音なのだからこれ以上もこれ以下もない。
「身長は」
シーミャは考える姿勢を崩さずに、冷静に続ける。コルットは段々居辛さ感じ始めてくる。
「うーん。小さいよりはそこそこ高い方が好みかもしれない。百七十くらいあってもいいかな」
コルット自身の身長は百八十を超えるくらいはあるので、多少女性が高めでも気にならない。とは言え、自分より高いのはさすがに嫌だが。
「これって、何の意味あるの」
さすがに堪らなくなってコルットはシーミャに尋ねる。正直意味が分からな過ぎる。何故英雄の話からいきなり好きな理想の女性の話になるのだ。
「コルットさん。女性になりたいって思ったことありませんか。今言ってた女性みたいな人に」
「はっ」
思わず柄の悪い返事をしてしまう。完全にこちらの質問を無視された挙句、今度は女性になりたくないかときた。頭が空っぽになり変な間が出来る。
「コルットさん。エロい事を女性の身体にしたいんでしょ。自分のものになっちゃえばしたい放題ですよ」
シーミャが誘導気味に言葉を繋げる。正直それは考えたことがある。求めても求めても手に入らなかったものだ。いっそ自分の身体なら、自分が女性ならどんなに良かったか。そう僻んだ事は山ほどある。それだけじゃない。女性の身体はほぼ無限に快楽を得られるという話も聞く。エロの探究者としてこれほどの素材が手元にないのはいくらか残念極まるのだ。
というかちょっと待ってくれ。今シーミャはエロい事したいんでしょって断定的に言ってなかったか。女性にエロを断定されるのは、いくら本当でもかなり恥ずかしい。
「コルットさん。女性は良いですよ。女性になりたくなりませんか」
急にシーミャが甘い声で話し出す。その声を聞くと頭が少しぼーっとしてきて、恥ずかしいとかどうとかがどうでもよくなる。
「うん、まあ、そうだね。そんな美人になれるなら、なってみたいとは思うよ」
女性になるかならないかそればかりが頭の中に木霊するようになり、そのまま思ったことを口にする。と、シーミャが少し気をよくしたような笑顔になる。
「女性になれますよ。なりませんかぁ」
シーミャは甘く優しく撫でる様に囁く。コルットはまるで本当に優しく撫でられているかのような錯覚が起き、幸福感が充満してくる。女性になると良いことばかりだ。いつの間にかそんな気分になっていた。
「まあ、なれるなら。なりたいな」
コルットは何故だか笑ってしまいそうになりながらそう応えた。女性になるか、どんな感じなのだろう。もう既に頭の中は女性になった後のことを必死に考えている。
「じゃあ、目を閉じて祈って下さい。理想の女性を思い浮かべて」
シーミャの眠りを誘うような言葉が響く。コルットは静かに目を閉じ、妄想を膨らませた。美人で胸がDカップでスタイル抜群。露出の多いエロい身体。でも、なよなよしているって感じじゃ無くて、逞しさがある強い女。ゼーケみたいな化け物じゃない。気品のある強さと美しさだ。馬に乗って荒野を駆け抜けたりしているのも良いかもしれない。強き姫君。強き戦士。ああ、良い女になれそうだ、なれる気がする。
コルットの思考は段々薄れていき、それと共にシーミャの呪文を唱える声が大きくなる。呪文がはっきりと聞こえる様になると、いつの間にかそこは何もない闇で、妄想していた映像も音もない何もない空間だった。コルットはその空間で、身体を抱える自分を感じた。
ご感想頂けたら幸いです。