第二章 忍び寄る魔王の脅威 第一節 引退
盗賊団ってかっこよくないですか?
第一節 引退2
「レロ。歴史書が盗まれたそうだな」
リオンは大図書館に直行し、図書長の執務室に来ていた。図書長のレロは二人を見ると慌てて立ち上がる。道中警察やら報道関係者がうようよとしていて、まだ整理がついていない状況のようだった。入ってきた一瞬、レロも頭を抱えて机に伏していた。
「はい。面目ございませんリオン様」
レロと呼ばれた老人はしぼんだように頭を下げた。
「いや、私もここの警備が厳重なのは知っている。問題は誰が盗み、どうやって盗んだかだ」
歴史書を始めとする重要書物は幾重もの魔法がかけられた部屋に保管されている。また、その部屋に入ったところでそれぞれの本にはフェイクがあり、簡単には見つけ出せない様になっている。
「盗みはおそらく蜃気楼の盗賊団によるものだと思われます。魔力の痕跡が彼らのものと酷似しているという報告がありました」
リオンはそれとなくセメスを見る。セメスは目を合わせると少し、顔を伏せて応えた。
「詳しいやり方はわかりませんが、職員の巡回の間隔を考えると長くても一時間の内には盗まれたものだと思います」
本のフェイクの数を考えると、一時間は早過ぎる。予め場所を知っていたと考えた方が良い。
「内通者がいる可能性は」
一応聞いてみる。内通者がいれば場所を特定してるのもわかる話だ。あるいは警備の者が内通者で、時間の報告に嘘をついている可能性も考えられる。
「現在そのことも含めて調査中であります。いないものと思いたいですが。とりあえず、異変に気付いた者をお呼びしましょうか」
「そうだな。そうしてくれ」
レロはすぐに魔力石に手を翳す。トルティ国で流通している通信手段だ。同じ性質の魔力石を持ち合わせていれば、その石を通じて思念による簡単な通信ができる。
トルティ国は智の国であると同時に魔術の国でもあるのだ。魔術は経験でその威力を増す。経験とはある種の智であり、知識の深さは魔術の高さに通じるのだ。
「とりあえず、お座りしてお待ち下さい」
レロがそう言って、二人を座るように促す。リオンはそう言えばと気付いたように座る。
「盗賊団と推定する理由は何ですか」
セメスが座りながらレロに聞いた。セメスとしてはまだ魔族の可能性を気にしているのだろう。
「はい、噂にある盗賊団の物らしき花弁が落ちていましたので」
「幻惑の花弁か」
リオンも聞いたことがある。蜃気楼の盗賊団は特殊な花粉を用いて警備の者の目を眩ますのだ。
その花の正式名称はマンドーラ。毒性の高い花として知られている。処方によっては薬にも転換できるが、基本的には危険な花だ。というのは、魔力に反応して毒性の花粉を噴き出すのだ。その花粉を嗅ぐと気を失い、幻想の世界に引きずり込まれるらしい。
体験者の話によると、同じ世界を正常に生きているように感じるようだ。しかし、時間が経つほどに現実の身体は呼吸が浅くなっていき、そのまま呼吸困難に陥ってしまう。そのまま死に至る事もあるらしい。
「なるほど、確かにそれなら盗賊団の可能性が高いですね」
セメスもようやく納得したようだ。
「また花弁を用いられたという事かな」
「いえ、今回は使われませんでした。先程も申しましたが発見者は警備に就いていたものです」
そうなるとますます内通者を疑いたくなる。警備の目を盗み、的確に歴史書を盗み出すという技をこなすにはそれくらいが考えられる。
「失礼します」
「おお、ワイキ。リオン様がお見えだ。歴史書が盗まれた時の事を話してくれ」
入ってきたのは眼鏡をかけた女性だった。リオンを確認すると軽く会釈をする。
「お初にお目にかかります。図書員のワイキです」
少しさばさばしたような感じだった。リオンを目の前にしても特別に遜るという感じではない。
「ワイキ。ドラグナー様だぞ。もう少ししっかり挨拶しなさい」
レロが気になって注意する。
「はっはっは。いや、いいんだよレロ。私も一介の人間に過ぎぬ。それよりも何があったのか説明してくれるね」
リオンはにこやかに制した。正直この国にはこのようにドラグナーに敬意を示さない人間はほとんどいない。リオンはそれが少し新鮮でなんとなく笑ってしまった。
「はい。夜の警備は基本的に三人で行います。私が巡回するのは二十三時、二時、五時でした。私が歴史書を盗まれたのに気付いたのが二時の巡回の時です」
ワイキは何事もなかったように淡々としゃべり始める。きっと、こういう性格なのだろうと思いリオンは更に笑ってしまう。一方でセメスは舌打ちをした。そしてその舌打ちにレロが反応する。しかしワイキはやはり意に介していないようだった。
「正確には誰かの侵入に気付いたのが二時の巡回の時でした。すぐに他の警備の者を呼んで調べると、歴史書が無くなっていたという訳です」
「ちょっと待て。どうして侵入に気付けたんだ。どうして他の者は気付かなかったんだ」
セメスが半ば怒り気味に聞く。
「はい。私は他の者よりも探知に関する魔法は優秀ですのでその差かと。実際、かなり微細な波動でしたので」
「はっは。なるほどね」
リオンは声を出して笑ってしまった。自分で自分を優秀と言うところにかなり人柄が出ている。レロは呆れたように顔を項垂れている。セメスは少し面食らったようでもあった。
しかし、この言い方だと盗賊団はもしかしたらもっと早くに潜入していたかもしれない。一時間しか時間がないとは限らないようだ。
「リオン様-」
そこに大声が飛んでくる。扉が勢い良く開かれ、大男が入ってきた。リオン目掛けて前進してくる。
「リオン様。事件の事は私が話します。何故私をお避けになるのですか」
入ってきたのは刑事長のモリスだ。快活で豪快な性質であり、リオンはこの男が苦手だった。
「いや、すまんな。まずはレロを訪ねて、その後伺う予定だったのだよ」
一応嘘ではない。が、先にレロに会うという理由は、もちろんモリスが苦手だからだ。
「いや、そうでしたか。これは失敬。しかしリオン様。事件の事は警察が一番わかっています。当然、容疑者の盗賊団の事もです。私を訪ねてくれた方が遥かに効率的ですぞ」
モリスは胸を張って言う。リオンは苦笑いを浮かべた。
「おお、そうだな。これからは気を付けるよ。それで、何かわかったのかね」
リオンは心の中で溜息を吐きながら聞く。
「はい。先程も言ったよう。容疑者は盗賊団ですな。しかし、私が思うに彼らは間違った物を盗んだと思われます」
「間違った物を盗んだと。その心は」
引っ掛かる推理だった。モリスは性格はあれだが、腕っぷしは一流である。一考する価値があるのだ。
「はい。盗賊団の狙いは別にあったと思われます。というのは歴史書などは盗賊団には無用な者でしょう。確かに価値はありますが、歴史書が保管されている書庫にはそれ以上に価値のある物も多いのです。前回の事件では禁術の記された書を盗んでいます。おそらく今回の狙いもそこであったかと。
しかし図書館の警備は思ったよりも厳しかった。侵入こそできたが、狙いの物を盗み出すには至らなかった。調べているうちにどうやら侵入に気付かれてしまったようだ。逃げなければ。しかし手ぶらもやだ。そしてたまたま手を伸ばした先にあったのが歴史書だったという事です。
また、急いで去ったがために花弁を落としたという事でしょう」
なるほど。一理ある。これなら内通者を疑わなくてもいい。いや、今のところの調べではそれらしき者がいないためこの結論となっているのだろう。それに、実際ここの警備は確かに厳しい。気付かれずに入るためにはおそらく十数個の魔法を使いこなす必要があるだろう。
特に重要書物が保管されている部屋はかなり厳重である。本棚が常に移動しているのだ。特殊な呪文を唱えないとその動きを止められない。また、止まったところで数百ある棚から目的のものを見つけ出すのは困難だ。これにも特殊な呪文がいる。そして更には本を取り出すときにすら特殊な呪文がいるのだ。
それらの呪文を知っているのはレロと図書館の要職に就く数名だけ。いずれも内通者にはなりえない。それを考えるとこの説は有用である。
「しかし、現に歴史書という重要書物は盗まれてしまった。これは取り戻さねばなるまい」
そう、用途こそ無いものの、立派な国宝だ。間違って盗まれたにせよ、取り戻す必要がある。
「もちろんですとも、リオン様。それが例え小石であっても盗みを許すほどこのモリス落ちぶれてはいません」
モリスは張っている胸を更に張り上げた。もはや直角になっている。
「何か、当てはあるのか」
セメスがうるさそうな顔をして聞く。
「はい、盗賊団を炙り出す秘策を考えております。まあ、見ていて下さい。必ずや彼らのアジトを見つけ出し、盗品を根こそぎ取り戻してみせます」
モリスの様子だと、あまりこちらが関わることはできなそうだ。元々こういうのは警察局の管轄である。とりあえずはこの案件は預けるべきなのだろう。
「わかった。とりあえずは任せるよモリス。何か協力できるようなことがあったら何でも言ってくれ。歴史書には私も絡んでいる」
「お任せ下さい。しかし、心配ご無用です。こちらできちんと対処します。リオン様は政務にお励み下さい」
きりりっと敬礼をするモリス。
「本当に大丈夫なんだろうな。盗賊団は一年ほど前から活動しているが、未だに捕まっていない。警察局では手に負えないのではないか」
セメスが鋭く突っ込んだ。確かに盗賊団に対しては手を焼いているというのが現状だ。
「確かにごもっとも。しかし、今回彼らは大変な失態を犯しました」
モリスは気後れせず堂々と振舞う。失態という言葉に皆が興味を示した。
「我が国の国宝に手を掛けたのです。さすがの私も業を煮やしました。今回からは私が担当します。故に大丈夫です」
その場の者全員が少し呆れた。とは言え、モリスの能力は確かである。また何かあればその時でも良いだろう。
「うむ、頼もしいな。宜しく頼む」
リオンがそう言うと、セメスが抗議めいた目で見てきた。気持ちはわからないことも無いが、リオンにもモリスに託したい理由があるのだ。
「はい。もったいなきお言葉です」
無駄にバカでかい声を上げてモリスが返事をする。
「では、私は戻るよ」
リオンは腰を上げてその場を去る。セメスは納得しない顔のままついてくる。レロを始め、他の者は各々のやり方で見送った。深くお辞儀をする者、手をきりりと頭に当てる者、首を軽く前に出す者。さながら森の中にある様々な木の如く、一瞬部屋の中は身動きの無い空間になる。この森に光りが当たるのはまだ先の様だ。
明日には引退を宣言し、選挙運動に取り掛からねばならない。それはつまり来る魔王に備える必要があるという事だ。盗賊団の事は申し訳ないが後回しである。やらなければならないことは多い。リオンは歴史書の事はいったん忘れて選挙の事に意識を向けた。
一節はこれで終わり。
スマートに終わります。
次回はちょっと一万字オーバーすることになります(詳しくは次回)
二章の肝の回(節)なのでお楽しみを。
今後の活動の為にご感想などお待ちしています。




